瑞樹さんに泣かれた僕。ブジャルの正体を自白しました
陽人でも女の涙には勝てなかったようです
「僕、ネトゲとかしてないんだけど……」
ブジャルと陽人じゃ口調がかけ離れ過ぎてる。正体がバレる事はないと思っていたんだけど……何故バレた?
「今更誤魔化さなくていいよ~、陽人がブジャル君だってもう知ってるから」
ニンマリと笑みを浮かべる瑞樹さんを前に冷や汗が止まらない。彼女はどうやって五味陽人=ブジャルの結論に辿り着いた? ゲームしてるところでも覗き見した?
「知ってるって言われても……本当に何も知らないんだけど」
パソコンの中にはUWОが入ってるから見られれば確実にアウトだけど、ブジャルが僕だという確固たる証拠にはならない。だって、ブジャル垢にログインできないと意味ないし
「さっきも言ったでしょ? 誤魔化さなくていいって。陽人がブジャル君だってもう知ってるから」
「知ってるって言われてもねぇ……僕は本当に何も知らないんだけど……というか、ブジャルさんが僕だって言う根拠はどこ? 声? それとも、口調?」
声はボイチェンで変えてるし、口調も五味陽人のものとはかけ離れたものにしてる。バレる要素なんてどこにもないはずなんだけど……
「う~ん、強いて言うならブジャル君から出てる雰囲気かな~?」
雰囲気って……似たような感じの人なんてたくさんいるでしょうに……
「雰囲気かなって言われても……探せば似たような感じの人はたくさんいると思うよ?」
世界には自分とそっくりな人間が三人いるって言うし、雰囲気だけでブジャルと僕を結び付けるのは無理がある。確実な証拠がないとね
「確かにそうかもだけど~、実はさ、美南海ちゃんとのコラボの時に見ちゃったんだよね」
「何を?」
「陽人がゲームしてるところとマイクに向かって喋ってるところ」
彼女の言葉に僕の思考は停止した。見られてたなら誤魔化しきれない。大人しく自白して……いや、まだいける! この前のコラボの時に僕がゲームしているところとマイクに向かって喋ってるところを見たと言ってるけど、ゲームをしていたからといってUWОをしているとは限らないし、マイクに向かって喋ってたからといってVCで喋っていたとは限らない。まだ誤魔化しようはある
「ゲームをしていたかもしれないけど、それが瑞樹がやってるゲームだとは限らないし、マイクで喋ってたからといってゲームしながら喋ってると決めつけるのは早計だと思うよ? 確かな証拠がないと僕は納得できないな」
ブジャルの正体がバレても死にはしない。ただ、身内のVtuberにバレたとなると動きづらい。配信のコメント欄に行く事はほぼほぼないけど、アンジュの配信を荒らしにくくはなる。あのオバサンは自分の配信を荒らされると短絡的な発想から誰かから命令され、組織を組んで荒らしていると思い込むところがある。組織を組んで荒らしていると思い込むのはまだいいんだけど、関係ない配信者の名前を出されたら名前出された人に迷惑が掛かる。瑞樹さんはブジャルは僕だと言うけど、彼女に迷惑を掛けないためにも正体を明かすわけにはいかないのだ
「そっか……そうだよね……」
彼女の悲しそうに目を伏せる姿に心が痛い。思い切って正体を明かした方が楽なんだけど、うっかり配信で僕の名前を出さないとも限らない。安全面を考慮すると瑞樹さんも他のVtuberもブジャルと関わるべきじゃない。ここは心を鬼にして突き放そう
「うん。僕がブジャルって人だなんてあり得ないよ。ゲームとかあんまりやらないしさ。それに、話を聞いた限りそのブジャルって人はアンジュって人の配信を荒らしてるんでしょ? こう言っちゃなんだけど、そのブジャルって人にはあんまり関わらない方がいいんじゃない?」
昨日のコラボが特別だっただけで本来ブジャルとは関わるべきじゃない。SNS上で少しでも親しくしているとアンジュの標的にされる可能性だってある
「そう……だね……本当は関わるべきじゃないよね……私だって配信荒らされたし……」
「瑞樹の配信を荒らされた話は知らないけど、配信荒らしで有名だったら関わるべきじゃないよ。平和に楽しく配信してた方が自分とリスナーの為だと思う」
瑞樹さんに関係なく、他のVtuberはアンジュにもブジャルにも関わるべきじゃない。これは僕とアンジュの戦いだから
「うん……でも……」
「でも?」
「悲しいなぁ……陽人にとって私は信頼するに足らない人だったなんてさ……」
そう言った瑞樹さんの目から一筋の涙が落ちる。信頼してないわけじゃない。迷惑が掛かるから突き放してるだけで
「信頼してるよ。ただ、今瑞樹が言った事は全部憶測で具体的な根拠がないし、ブジャルに関わるとアンジュに配信荒らされるでしょ? 仮に僕がブジャルだったら迷惑が掛からないように突き放すと思う」
本当は僕がブジャルなんだけど、瑞樹さんにも美南海さんにも迷惑は掛けられないから突き放した。じゃないと彼女達にも彼女達のリスナーにもしなくていい不快な思いをさせてしまうから。コメ欄荒らされてるから無関係じゃないとは言い切れないんだけど
「信頼してるなら本当の事を言ってほしいよ……誰にも言わないから……お願いだから……」
これを皮切りに瑞樹さんは本格的に泣き出してしまった。彼女がどうやってブジャルの正体を掴んだのかは知らないけど、正体を明かすのはちょっと……だけど、僕ってこう女性泣かれると弱い部分あるんだよなぁ……
「はぁ……他のVtuberに言わない?」
「言わない……」
「関わってると迷惑掛かるよ? それでもいいの?」
「いいよ……陽人の秘密を知れるなら……」
「配信でブジャルの名前を連呼しないって約束できる?」
「できる……」
涙声だからなのか若干幼さを感じるのは気のせいかな? あっ、泣いてる姿が甘えてくる時の仕草と被るからか。僕理解した
「どうやってブジャルの正体を突き止めたかは知らないし、聞くつもりもない。だから結論だけ言わせてもらうけど、瑞樹の言う通り僕がブジャルだよ。アンジュの配信を荒らしているのも前に一度瑞樹の配信を荒らしたのも僕」
女性が泣いてるってだけで決心が揺らぐとは我ながら情けない。けど、アンジュ以外の女性に泣かれると弱い。弱いって言うのには語弊があった。正確には弱いというより面倒臭い
「やっぱり……私は何も間違ってなかったんだ……」
「そうだよ。僕からしてみればまさか正体がバレるとは思ってなかったけどね」
口調も一人称も変えてたのにバレるとは思わなかった。結構いい演技だと思ってたんだけどなぁ……
「他の子は分らないけど、私はあの時すぐに分かったもん」
「あの時?」
「綾ちゃんと私でブジャル君……ううん、陽人に会いに行った時」
「あー、甲谷と丈達が言い争いを始めて動物園みたくなった時ね」
「うん……」
あの時にはもうバレてたんだ……僕もまだまだ詰めが甘いなぁ……無言でアンジュ諸共瑞樹さん達を殺せばよかった
「お願いだからブジャルの名前は配信や他のVtuberの前では出さないでよ? どうやって突き止めたかは聞かないし、アンジュに何かされたら全力で守るからさ」
「出さないよ。誰の前でも……これは私だけの秘密だから」
「ならいいよ」
僕の秘密を知って幸せそうに目を細める瑞樹さん。泣いてたはずなのにもう泣き止むとは……単純だなぁ……自分で言うのはなんだけど、好きな人の秘密を知って舞い上がってるのかな? 何でもいいか
「名前を出さない代わりに一つ聞いていい?」
「何?」
「陽人はアンジュって人がこれまでに荒らした配信どれくらいあるか知ってるの?」
「知るわけないでしょ。僕の耳に届いてる実害は綾さんと瑞樹の配信が荒らされたって事だけだよ」
探せばアンジュの被害に遭った人は多分たくさんいるんだろうけど、全員の敵討ちなんてしてたら何年あっても時間が足りない。アンジュがネット世界から消えない限り
「そっか……ねぇ、陽人」
「何?」
「抱きしめて……」
「いいよ。今回ばかりは僕が泣かせたと言っても過言じゃないし。おいで」
「うん」
こうして僕と瑞樹さんは抱き合いながら眠りに就いた。義姉二人が変わった理由を聞くの忘れてたけど、どうでもいいや
瑞樹さんにブジャルの正体がバレた翌日の朝────
「えへぇぇ~」
目が覚めるといつもと同じく瑞樹さんが幸せそうな顔で寝ていた。この顔を見るとブジャルの正体がバレたとはとても思えない
「正体バレちゃったんだよね……」
口に出すと改めて正体バレたと実感するけど、いまいちバレた気がしない。これまで通り過ぎて何かが変わったような気がしない
「はると~」
どんな夢をみているのやら……幸せそうに顔を綻ばせ、僕の名前を口にする瑞樹さん
「先行きが不安過ぎる……」
彼女を信用はしている。信用してるけど……果てしなく不安だ
「バレちゃったものは仕方ないか……でもねぇ……アンジュから他のVtuberも守らなきゃいけないのかと思うと頭が痛い」
別にアンジュから他のVtuberを守るのは僕の使命じゃないし、義務でもない。自分の身は自分で守れるだろうし、コメント欄に出没した時にはモデレーターによってコメントを消してもらえばいい。ただ、あのオバサンはゴキブリみたいなものだからコメントを消そうとブロックしようと無駄。やるなら心を折るくらいしないと
「まるっきりゴキブリだよ……」
アンジュのコメントを消したり、彼女をブロックしても無駄な理由は別の機会に話す。今はアンジュがゴキブリ並みにしつこいという事だけ知っててくれればそれでいい。配信者としてゴキブリ並みにしつこいストーカー行為は褒められたものじゃないんだけど、本人に悪い事をしているという自覚がないから質が悪い
「悪質な事してるクセにどうして被害者面できるのやら……」
自分はしていいけど、人はダメだなんて世の中では一切通用しない。やったらやり返されるのが世の筋でアンジュが何もしなければ叩かれる事もないっていうのに自覚してないのは本人のみ。いい大人が情けない
「ああいう大人にだけはなりたくない」
大人として尊敬できる部分が全くないアンジュを心の中でバカにしながら僕は瑞樹さんの頬に唇を落とした
今回も最後まで読んでいただきありがとうございました




