第十四話 前兆【後】
緑の生い茂る森林、白金鎧を身にまとった若い男が木の切り株に座り目の前を流れる小川を眺めている
「ここに居たのですね」
男の後ろには大きな三角帽子に黒いローブを身にまとった女性が大きな杖に腰掛けた状態で宙に浮いていた
「クロノワール様!」
男はクロノワールと呼ばれる女性の前で片膝をつく
「前にも言ったでしょう、私達だけのときは普通に接してくださいと。」
「すまないエレノア。」
男は恥ずかしそうに立ち上がる
「それでエレノア。各種族との話はどうなったのだ?」
「ある程度はまとまりましたよ。やはりこの世界の為に偽りの神である大天使を討つと。我々人間からは【アマゾネス族】と私達【魔女】が。東からはドワーフとエルフの連合軍。そして南からはアドラシア大連合がそれぞれ旗が上がりました。」
「よくそれほどの勢力を・・・」
「各勢力には前線で聖国の軍とぶつかっていただき時間を稼いでもらいます。その間に私を含めた5人の魔女は後方で詠唱を開始し伝説級魔法【エンド・オブ・レイ】を聖国の中枢であり地上と天使たちの住む天界を結ぶ塔に向かって発動させ、天使たちを地に引きずり下ろします。貴方には私達の守りについてください。」
その作戦内容を聞いて唇を噛みしめる男
「エレノアは此度の戦いが終わったらどうされるのだ?」
エレノアは杖から降りて男が座っていた切り株に腰掛ける
「そうねぇ。この際ですもの!いっその事、魔法は捨ててしまおうかしら。」
「な、何を言うんだ!そんな事をしてどうする!」
エレノアは男を見て微笑んだ
「それとも貴方の子を産もうかしら!争いの終わった世界で自由に生きてほしいわね。」
男は顔を真赤にして慌てる
「こ、子供か!私は平和な世界でどうすればいいか迷っている。元は聖騎士、正教会に言われるまま・・・この大陸の人間に対して罪を犯してしまった。」
「それが嫌だから、だから貴方は自分の大天使を殺したのでしょう?」
「エレノア。君にだけは話しておく、私は大天使を殺していない。」
「どういうこと?貴方のスキルは天使から奪ったものでしょ?」
「たしかに・・・これは天使を殺さない限り手に入るスキルじゃない。だが真相は違うんだ、彼は天使であることを辞めたのだ。彼は私にスキルの継承を行い聖国を離れた。」
エレノアは少し難しい顔をして考え出したが今は悩むのが無駄だと思ったのか優しい表情に戻り男を見つめた
「その話は今回の戦いが終わってからにしましょう。今は目の前のことに集中して?」
「ああ。わかった。君は必ず私が守る。」
「ええ。頼りにしていますよ。私のナイト。」
エレノアは笑みを浮かべ男に微笑んだ
-ラータ領主の館-
エルドが使っている大きなベッドの上でブレダは仰向けで寝ており4人の魔術師に囲まれ治癒魔法を受けていた
ブレダは落ち込んだ様子で腕を顔まで上げて他人に表情が見えないように隠していた
「エルド。街の様子はどうなの?」
ベッドの横に椅子を持ってきてブレダの側で座って居たエルド
「ポルカからの応援が来て2時間。町の入口の魔物たちは殲滅が完了しており現在はギガントが壊した居住区で救助活動が行われているがそれもじきに終わる。住民への被害は奇跡的にも一人がギガントに喰われただけだ。」
「そう・・・。エルド、ハヤテくんは?」
「ハヤテは現在隣の部屋でアルドバ様が封印術式を施されている。」
「封印って・・・どういうこと?」
部屋のドアが開きアルドバが入ってくる
「何なんだあいつは。意識の奥底になんか飼ってやがる。」
「アルドバ?どういうことなの?ハヤテくんはどうなったの?」
「あの若造なら意識を失ったままだ。ギガントを殺ったってのはあの若造じゃねえ・・・べつもんだ。とりあえず意識封じの術式をやった。今現在の意識を封じれば本来の若造が出てくるだろう。」
「別物って。そうだ、ソフィーは?」
「ソフィーならずっとあの若造の側にいるぞ。おいブレダ、あの若造の新しい鑑定盤は見たか?」
「いいえ、まだ見てないわ。ソフィーが持っているはずだけど・・・」
アルドバはブレダにハヤテが身につけていた鑑定版の片割れを放り投げた
「ソフィーから聞いてると思うが新しい鑑定盤は2つに分かれて片方はギルドで管理、そして今投げたのは冒険者が身分証明としても使えるようにした物だ。表には名前と所属支部と職業が刻まれている、裏には無地だがそのうち何らかの表示がされるらしい、こればっかは冒険者ギルドの本部にしか分からんことだが。
問題はもう一つの方だ、これがソフィーが持っていた鑑定版だ。」
そう言うとアルドバはブレダにハヤテの鑑定盤を手渡す
「相変わらずすごい数字ね・・・なに?このスキルは?」
「そこだ俺が言いたいのは。一つだけ我々の知らない言語でスキルが書かれている。おそらくそのスキルが原因ではないかと思っている。ともかく今は意識を封じてもとに戻すのが先決だ。魔法ギルドの支部長も来てくれているからなんとかなるだろう。」
「何とかなるのなら良かった、アタシの足も治癒魔法でそうはかからずに治ると思う。歩けるようになったら様子を見に行くわ。」
ブレダは疲れきっていたのか、そのままゆっくりと目を閉じて眠りだした
エルドはブレダにそっと毛布をかけアルドバに話しかける
「アルドバ、両ギルドの方々に食事を用意している。一階の大広間をお使ってくれ。私はハヤテを見てくる。」
エルドは部屋を出て廊下に出ると外で騒ぎが起きてるのを感じ取り館の入り口を出るとそこにはレオルンド、ベルトリクス、ルミカの三人が館の前に立っており、応援に来たギルドの冒険者に刃を向けられていた
「おい獣人共!ここはお前らの来るような場所ではない!さっさと帰れ!さもなくばここで討伐させてもらうぞ!」
冒険者の態度にレオルンドは自分の剣を地面に置き敵意がないことを示す
「待ってくれ!我々に戦う意志はない!我らの家主がまだ帰っておらず、領主のエルド殿なら何か知らぬかと訪ねてきたのだ。」
冒険者の中の魔道士が詠唱を始めるとレオルンドは地面においた大剣をすばやく拾い横に居たルミカを掴んで後ろのベルトリクスに投げる
「ファイアボルト!」
スイカほどの大きさの火球がレオルンドにめがけて飛んでいくがレオルンドは片手で持った大剣を横に振り払い火球を掻き消す
「プロテクトアーマー!ヴァリアントパワー!」
剣士が自身に強化魔法を唱えレオルンドに斬りかかるがレオルンドはその強化された攻撃すらも片手で受け止め弾く
「もうやめてくれ!私はお前たちを傷つけたいわけじゃない!」
「獣人風情が俺たちを下に見やがって!」
魔道士が再度詠唱を始めると屋敷の入口から怒鳴り声が聞こえる
「馬鹿者共が!止めぬか!」
怒鳴り声に主はエルドだった
「その者たちは我が街の冒険者ハヤテの縁者であり私が信頼をおく者たちだ!無礼な真似をするな!」
動揺する冒険者たち
「いやしかし、これらは獣人で・・・」
呆れ顔のエルド
「また獣人だからと・・・くだらぬ。よいか!私の街では獣人・・・いや、亜人だからと差別することは許さぬ!」
レオルンドはエルドの元へ歩み寄る
「レオ、すまない。嫌な思いをさせた。」
「いえ、それよりもハヤテ殿がまだ帰らないのです。なにかご存知ありませんか?それになんですか・・・街に戦闘跡が多く見受けられますが。何があったのです?」
「そのことについては話さなければならないこともあるし、私も今からハヤテの様子を見に行くところだ。ついてきてくれ。」
レオルンド、ベルトリクス、ルミカはエルドの案内で屋敷内のハヤテが治療されている部屋に入ると、そこには裸にされたハヤテに細かい幾つかの魔法陣とそれらをつなげるように術式が墨で書かれており6人の魔術師が詠唱を唱え続けていた
そして部屋の片隅にソフィーが床に座り込んでじっとハヤテを見守っていた
「ハ、ハヤテ殿・・・エルド殿これは一体どういうことなのですか。」
「それは私が説明させていただきます。まぁもっとも、分からないことだらけなんですが。」
詠唱していた魔道士の一人が立ち上がり被っていたフードを下ろすと青い髪の女性が顔をあらわした
「私は魔法ギルドポルカ支部の支部長【アンネ】。今彼に行っている術式は意識封じです。」
レオルンドは横たわるハヤテを見る
「意識封じ?なぜそんな事を・・・」
「彼には何か別の者の意識が存在しているのです。それが何かはわかりません。ただこの意識は危険すぎると我々は判断したのでこのように術式を展開しています。」
そう言うとアンネはレオルンドに青く輝く水晶を渡す
「これは?」
「それは場所の記憶を読み取り映像として再現する魔道具。ハヤテさんがギガントと戦った場所から記憶を吸ってきました。それで彼に何があったか見ることができます。」
エルドはレオルンドの肩に手を置く
「レオ、それは別室で見よう。私も駆けつけたのは終わった後でな、見せてもらいたい。」
館の応接間に移動するとアルドバとブレダが先に待っていた
「ブレダ。足はもういいのか?」
「ありがとうエルド。もう大丈夫。治癒で骨は繋いでもらったわ。」
アルドバはレオルンドたち獣人をチラッと見るが特に顔色を変えなかった
「アンネから魔道具を受け取ったんだろう?俺にも見させてもらおう。」
レオルンドは応接間中央のテーブルに魔道具を置くと魔道具は光りだし応接間全体に当時の街の映像を投映する
「な、なんなのこれ・・・」
ブレダは驚き辺りを見渡す、まるでその時間帯の街の中にいるような錯覚に襲われる
「落ち着け。これはこの魔道具が吸収した【場所が持つ記憶】だ。街の中に見えるが確かに俺達は部屋の中にいる」
アルドバの視線の先にはギガントに喰われる男性住民の姿が見える
「なんだ・・・あれがハヤテだっていうのか。」
ベルトリクスはただ唖然と驚いている
映像に映るハヤテはただ楽しそうにギガントを一方的に痛めつける姿に部屋にいる全員がゾクッとした恐怖感に駆られる
そこへソフィーとエルドが駆けつける様子が映し出されるとレオルンドは何故か湧き上がっていた恐怖感がなくなった
(なんだ・・・この感じは・・・。なんだか懐かしいような。ずっと昔から知っているような。)
「おい、レオ。」
レオルンドが気がつくとベルトリクスがレオルンドを見ていた
「すまない、考え事をしていた。」
「大丈夫か?なぜ涙を流している?」
「えっ?」
レオルンドは自分が涙を流していることに気が付かなかった
(なんだ。私が涙を流すなんて。・・・でも。)
そこへアンネが応接室に入ってくる
「やっと術式は終わりました。あの変な意思の気配は消えました、しばらくしたら本来の意思が目を覚ますでしょう。」
それを聞いた全員がホッとした様子でため息を付いた
「良かった・・・」
ブレダは安心しきったのかじわりと涙をこぼした
バキン!
何かが壊れる音が室内に響き渡ると全員が音のした方を向くとアルドバが魔道具を両手で粉砕していた
「いいか?これはあの若造には秘密だ。意識封じをした以上この事は覚えていないだろう、今回の出来事を話すことで何かしら悪影響を与えるかもしれん。」
「そうね、私からもそうしてちょうだい。またあんなふうに変わっても嫌だし・・・」
ブレダは心配そうな顔で部屋にいる全員にお願いする
全員はブレダとアルドバに対して首を縦にふる
アンネは壊れた魔道具を麻袋に放り込む
「アルドバさん。魔道具代、請求しますからね。」
「え・・・」
「当たり前でしょ?壊したんだから。あの魔道具は一度映像を再現すれば中身は消えるのよ」
ガチャ
応接室の扉が開くとローブ姿の女性魔道士が入ってくる
「アンネ様、ハヤテ様の意識が戻りました。まだすこし混乱はあるようですがご自分の名前を名乗っておられます」
その言葉を聞いた瞬間ソフィーは誰よりも早く部屋を飛び出しハヤテのもとに向かう
部屋に入るとハヤテは数人の女性魔道士に身体に描かれた魔法陣や術式を濡らしたタオルで拭き取られているところだった
「ハヤテさん!」
「ソフィーちゃん、なんか心配かけたね。俺大怪我してこの人達に治療されてたんだってね、いまこの人達に聞いたんだよ。」
「えっ・・・」
ソフィーはハヤテの身体を拭いてる女性魔道士を見ると魔道士は首を横に振った
「あ、はい。そうなんですよ。大怪我だったんですから!」
「俺の服は?」
ソフィーはハヤテを心配していてハヤテが裸だということを忘れていたのか今更顔を真っ赤にする
「魔物の返り血で汚れているので私がちゃんと綺麗にしておきます!それまではこれを着てください。」
ソフィーはハヤテに街で買った衣服を手渡す
「コッチの世界の服かぁ。思えばずっとツナギだったしな。」
ハヤテは衣服を着替えるとソフィーと二人で応接室へ移動する
「ハヤテ殿!身体はもういいのですか?」
レオルンドは心配そうにハヤテに駆け寄ると身体をペタペタと触り怪我がないか確認する
「大丈夫だよレオ、心配かけて悪かった。」
「ハヤテ、まだ起きたばかりだし今夜は屋敷に泊まっていけ。アルドバやアンネも今夜はこちらに。」
エルドの招待に応じるアルドバ
「そうだな、腹も減ったし世話になるとするか。なぁアンネ?」
「ええ、明日ハヤテさんたちの家を見せていただけないかしら?来る途中に見かけて気になっていたのよ、すごくおしゃれなお家だったわね。」
苦笑いするハヤテは初めて話すアンネと握手を交わす
「歓迎しますよ、えぇっと、アンネさん。自分の治療をしてくださったようで、ありがとうございます。」
「ではハヤテ殿。我々は一度ログハウスに帰り明日の朝に迎えに来ます。」
「大丈夫だよ。レオたちは明日はエルゴートを連れてゴブリンの村に行ってくれ。俺は明日になったらブレダと戻るよ。」
すこし呆れ顔をするレオルンド
(この人は、本当に平常運転だなぁ。)
「わかりました。明日は朝からゴブリン達の元へ行ってまいります。ソフィー殿はどうされますか?」
ソフィーはだいぶ悩んだ顔をした
「んー。私も戻ります!明日のレオさん達のお弁当も作りたいですし!」
尻尾を横に振るベルトリクス
「ソフィーのメシは美味いからな。弁当は食いたい」
「アハハ!確かにソフィーちゃんのメシは美味いよな!じゃあわかった、明日はブレダとアンネさん達と一緒に帰ってくるよ。」
ハヤテは屋敷から出ていくソフィーやレオルンドたちを見送った。
続く




