第十一話 お風呂
ログハウス内の内装に取り掛かるハヤテ
部屋の数だけ扉を作り、通路の壁や各部屋にポルカで購入した照明に使う蝋燭台を設置していく
「さて、ここはこんなもんか。後は・・・暖炉か・・・。まずはセメントに取り掛かるか。」
ハヤテが玄関からログハウスを出ると外のベンチで木を切り終え休憩していたレオルンドとベルトリクス、その二人に飲み物を出すソフィー。ブレダは近くの小川に設置した手作りの水車を眺めて居た
「レオ、休憩してからで構わない。家の裏に積み上げてあるレンガを玄関の前に移してくれなかな。」
「レンガ?ああ。あの四角い石のことですな。わかりました。」
ハヤテはプレハブに行くと戸棚から肘までカバーできるゴム手袋とマスク、それにゴーグルを取り出し内壁に立て掛けてあった布の包を持って外に出る
ハヤテは誰も居ない方向にあった切り株の上に布の包を置いて木槌で布を叩き出した
バキン!ガシャン!
何かが砕けるような軽い音がするとブレダが近づいてくる
「何を砕いてるんだい?」
ハヤテはブレダの方に手のひらを見せるように突き出す
「今こっちに来ちゃ駄目だ!ガラスを粉々にしてるから!目に入ったり吸ってしまったりしたら危ないから!」
ビクッと止まるブレダ
「何に使うのよそんなの・・・」
その場でしゃがみ込みじっと作業を見ている
「どれどれ・・・細かくなったかな?」
ハヤテは包をちらっと開くと小さな粒状になるまでガラスは砕かれているのを確認し更に丁寧に砕き始めた
しばらくするとガラスはサラサラと砂状になるまで細かく砕かれ、それを石灰が入ったバケツに投入し、レオルンドが居る方を見るとレオルンドとベルトリクスがレンガを少しづつ玄関前に運び出していた
「さて、次は酸化鉄か。」
ハヤテはプレハブの横に以前掘り当てた鉄鉱石を放置していた
「お、いい感じに錆びついたな!」
工具箱から金属ブラシを取り出し、石灰と砂状のガラスが入ったバケツの上で錆びた鉄鉱石を磨き出した
「なぁレオ。あれは何をやっているんだ?」
ベルトリクスはハヤテのやっている作業をじっと見ていた
「なんだろうな。鉄鉱石の錆を落としてるだけに見えるが・・・錆が全部あの中に入ってる。もしかしてあのサビが必要なのか?・・・しかし、すごい速さだ・・・」
ハヤテは金属ブラシで鉄鉱石を磨き錆を落としていくとその場で磨いた鉄鉱石を放り投げる。
ブレダはそれを拾い上げる
「あたし鉄がどんなふうに加工されて武器になるかよくわかってないんだけど、これを削ったりすれば武器になるの?」
「いや、それはただの鉄鉱石・・・いわば原石だから溶かして製鉄しないと駄目だ。この世界って俺の居た世界と同じ金属も多いけど、こっちだけの金属とかあるのかな・・・」
そう言いながらハヤテは全ての鉄鉱石のサビを落としきり、今度は掘っておいた粘土をバケツの中で石灰・錆・砂状のガラスと混ぜ始め、しばらくすると全てが粘土の中に取り込まれその塊を取り出し平らな岩の上で捏ねだした
「ハヤテ様!」
「ん?」
ハヤテが振り向くとルミカが立っていた
「どうしたルミカ?」
「お願いがあるでし!鍬が欲しいでし!」
「クワ?農機具の?」
「そうでし!ちょっと小さい農園をやりたいんでし!」
「んー。街で買えば早いんだろうが、人間用はルミカには大きすぎるか・・・。よし、夜までには作ってやるよ。」
ルミカはその場でピョンピョンと跳ねながら喜んでいた
「やったでし!やったでし!」
ハヤテは捏ねた粘土をちぎり小さい球状をいくつも作り続けていく
全ての粘土を小さい球状に作り変えるとバケツに戻し、レンガを焼いていた炉に投入する
「ふー。めんどくせぇ。この作業も機械化の目処を立てないとな・・・ずっと手作業は無理だ。」
そこから一番始めに作った小さな炉に行き炉の壁を崩していくと中から真っ黒な木炭が姿を見せた
木炭を取り出し粘土を投入した炉に入れて火をつけると空気穴を残して土で投入口を塞ぎラータの方を見る
「エルドのやつ、また勘違いしてこねぇだろうな。」
ブレダはハヤテの作業が珍しく、ずっと目で動きを追いかけているとハヤテは頭に巻いたタオルとマスクとゴーグルを外してその場でツナギを脱いでトランクスパンツ一枚になった
「は、ハヤテくん!?」
ブレダは顔を真っ赤にして手で顔を隠しながらもチラチラとハヤテを見る
「ん?なんだ?」
ハヤテはタオルとツナギをパンパンと叩きながら小川に入る
「あぁぁ!!つめてぇ!!」
この世界での季節はもう秋。気温もだいぶ下がりだしていた
「ハヤテくん!何してんのよ!」
「ガラス砕いたから服とかに付いてたら危ねえだろ。こうやって流しておかないと。」
ブルブルと震えながらハヤテは小川から這い上がるとレオルンドがプレハブから新しいタオルをもってハヤテに差し出した
「風邪を引きますよ?」
「いやぁもう水も冷てぇな・・・ドラム缶風呂でも作ろうかな」
「なんです?ドラム缶風呂って。」
「ドラム缶って金属の樽にお湯を張って浸かるんだ。」
「金属の樽・・・そんな物があるのですか・・・」
「あそこにな。」
ハヤテが指を指す方を見るとプレハブの屋根に乗った青い円柱状の物体
「あれは雨水を貯めるために置いたんだが・・・アレを使うか。」
ハヤテは濡れたタオルとツナギをレオルンドに預けてプレハブの上に飛び乗るとドラム缶の中を覗いた
「この水は捨てちまうか」
ドラム缶を傾け中の水を流して捨てていく
空のドラム缶を担いで飛び降り、手頃な大きめの石を幾つか地面に円を書くように並べる
「こんなもんかな」
石の上にドラム缶を置くとガタツキがないか確認して小川から水を運んでドラム缶の中を3分の2程度まで満たした
「あっ!大事なもん忘れてた!」
ハヤテはいそいそとあまった木材を切り始め丸い形状のすのこを作りドラム缶の中に入れる
「ハヤテ殿。この木はなんですか?」
レオルンドはドラム缶の中で水に浮いているすのこを手で押して沈めたり、放して浮かばせたりしている
「これは入るときに踏むんだ。そのまま入ると足をやけどするからな。ベル、そこに散らばったあまりの木材を持ってきてくれ。」
ベルトリクスは言われるまま木材を拾い集めてハヤテに渡すと木材をドラム缶の下に入れ火をつけた
「よっし!後はお湯が沸くのを待ちながら仕上げをしちまうか!もう暗くなりだしたな・・・みんな先にメシを食っちゃえよ。ソフィーちゃんが作ってるから。俺は後から行くよ。」
ブレダ、ベルトリクス、レオルンドはログハウスの中に入っていった
-ログハウス-
三人が家に入るとルミカがテーブルに皿を並べていた
ソフィーが鍋を持って歩いてくる
「もう食べられますけど、皆さん食事にします?」
ブレダは食料が入った木箱からエールを取り出す
「もう!ブレダさん!毎日お酒飲みすぎですって!」
「だって暇なんだもん!」
レオルンドがブレダからエールの入った瓶を小さな樽を取り上げる
「そんなほっぺた膨らませても駄目ですよ。」
「レオ。おいっ、レオ。」
レオルンドが玄関に振り返るとハヤテが手招きしていた
-ログハウスの外-
「どうしましたハヤテ殿?」
「あのさ、後でベルが使う武器って何なのか聞いておいてくれないかな?あいつポルカの憲兵に荷物全部取られちまったから武器くらいは買ってやろうと思うんだ。」
「ハヤテ殿が直接聞けばいいのでは?」
「いやぁ、あいつ自分に金を使われたことに罪悪感持ってんだよ。真面目だよなぁレオといいベルといい。そんで明日のエルゴートを捕まえに行くのはレオとベルに頼みたいんだ。その間に俺はいったんラータに行って買い出しついでにベルが使える武器でも買ってくるからさ。」
レオルンドはニッコリと笑みを浮かべる
「なるほど、そういうことですか。わかりました、お任せください。」
レオルンドがプレハブ内に戻ると結局ブレダはエールを呑んでいた
「結局呑んでしまったか・・・まぁいい、我々も食事にしましょう。」
ハヤテを覗いた全員で食事を摂っているとソフィーがぼそっと愚痴をもらす
「はぁ・・・もうちょっと塩気が欲しいですね・・・」
ベルトリクスは出された野菜のスープを飲み、ああなるほどっといった顔をする
「塩か。あまり手に入らないものなのか?」
「そうですねぇ、王都や港町なら手に入るんでしょうが。ここは内陸ですからねぇ、ここまで流通する頃には値段が跳ね上がるんですよ。だからあまり手を出せなくて・・・あとは胡椒も欲しいです。調味料全般が高くて・・・」
「それこそハヤテに言えばいいのではないか?あの者には我々の知らない様々な知識がある。きっと何か方法を導いてくれるのではないか?」
ベルトリクスの発言にパンと手を合わせ納得するソフィー
「そうですね!何か手に入る方法がないか聞いてみます!」
「おーい、ルミカ。」
ハヤテが木で作られた鍬を持って入ってくる
「ちょっと自分で持って軽く振ってみろ。握り心地とかもちゃんとお前に合わせてやる。」
ルミカはハヤテから鍬を受け取り両手で持ち縦に振る
「長さは丁度良いでし!でもちょっと持つところが太いでし。」
「ちょっと貸してみろ。」
鍬をハヤテに渡すと玄関の外で小型のナイフで柄の部分を削り太さを調整していく
「これでどうだ?」
再びルミカに渡して振らせると飛び跳ねて喜んだ
「振りやすいでし!人間は器用でし!ハヤテ様!ありがとうでし!」
「気に入ってくれたようで何よりだ!それと風呂が完成した!一人づつだが順番に入れるぞ!」
ブレダはエールをグビグビ飲みながらハヤテに聞いた
「ねぇハヤテくん、あたしたち一般の平民は風呂になんか滅多に入らないんだけど。ハヤテくんの世界は平民でも毎日風呂にはいるの?」
「はぁ?」
キョトンとするハヤテ
「お前ら普段はどうしてんだ?」
「石鹸を溶かしたお湯で布を濡らして身体を拭くわね、そして残り湯で髪を洗う。そもそもお風呂なんて貴族のお屋敷か宿にでも行かないとないわよ。」
「中世のフランスかよ。そっかぁこの世界ってトイレだってそのへんに排泄物捨ててるもんなぁ。江戸以下じゃねえか。」
「フランス?エド?」
「あぁ、いや、なんでもない。」
しばらく考え込むハヤテ
(この世界は位の高い所でないと風呂がない・・・だが下水に関しては位の高さ云々の話じゃなく皆無だ。これはやることが多すぎる、ここを含めラータは下水の整備が必要だ。景観もあるがそもそも衛生問題ってのが最優先か。こればっかはエルドと一度話さないとな。それも明日ラータに行くついでに話すか。)
「まぁとりあえずこの話は置いといて・・・。いいか、俺の居た世界、その中でも俺の居た国はとにかく風呂に関してはうるさくてな。沢山の種類の風呂がある【健康センター】や天然のお湯を利用した【温泉】など、風呂の国と言ってもいいほどの国だ。俺たちが住む家には必ず風呂がある。身分関係なくだ!」
「いい国なのねぇ。」
ブレダがハヤテの世界の話に関心を持つ
「今回作ったのはドラム缶を利用して作った【五右衛門風呂】というものだ。」
「ごえもん・・・なにやら力強い響きを感じますな!」
レオルンドは何故か五右衛門というワードに反応した
「五右衛門というのは人の名前でな、俺の国【日本】に居た昔の大泥棒だ。処刑されちまったんだが、その処刑方法が大きな釜で煮えたぎるお湯の中に入れられ殺されたそうだ。その時の形と似ているからか【五右衛門風呂】と言われているらしい。」
身をブルッと震わせるレオルンド
「かなり残酷な処刑方法ですな・・・」
「そういう時代だったんだよ、それはともかく。もう風呂に入れるぞ誰から入る?」
レオルンドとベルトリクスは目を合わせ、レオルンドが答えた
「ではソフィー殿とブレダ殿がお先にどうぞ。」
-プレハブの外-
ドラム缶をもとに作った風呂は木で作られた壁で囲まれ一つの個室となりドラム缶に薪を焚べる所だけ外から投入できるようになっていた
ソフィーが先に個室に入るとハヤテが外から声を掛ける
「ソフィーちゃん!そこに棚があるだろ?服は脱いだらそこに置けばいい。浮いてる木を足で踏んで床に足をつけるんだ。」
「はぁい!」
ソフィーは服を脱ぎゆっくりとお湯に足をつける
「あったかい・・・」
そのままゆっくりと前進をお湯の中に入れると声を漏らした
「はぁ・・・」
その声が聞こえたハヤテが声を掛ける
「人間風呂に入るとみんなそういう反応するんだよなぁ。」
ハヤテに声を聞かれたことに顔を真赤にする
「・・・・・」
個室は壁に一つ、蝋燭台の上でゆらゆらと暖かい光が揺れていた、急造で作ったためか天井はなく月明かりが差し込む
「ハヤテさん・・・」
「んー?」
「私、こんな気持ちいいの初めてです。ポルカの宿はお風呂ありましたがすっごくぬるかったですね。」
「ああ、そうだったなぁ。」
「このお風呂、すっごく暖かいです。」
「そうか。」
「こんなに落ち着いた気持ちになれるのも初めてです。」
「・・・うん。」
少しの間沈黙が続くとハヤテから口を開いた
「あのさ、もしソフィーちゃんとブレダさえ良かったらなんだけどさ。こっちの家で暮らさないか?」
「えっ?」
「あのギルドってさ、壁の板が隙間だらけだったりして風が入ってくるだろ?」
「はい。」
「ラータに来て6年だっけ?毎年冬は寒いだろ・・・」
「は・・い。」
ハヤテは木の枝を折ってドラム缶の下に焚べる
「この家は俺が作った完璧な家だ。隙間風なんか入ってこないし冬でも暖かい。」
「はい。私もそう思います。」
「もう寒い思いなんかしなくてもいいだろ。大変な思いしてここまで頑張ってきたんだ。」
「いい・・・んですか?」
「ああ。ちょっとレオのイビキがうるさいがな。」
「・・・」
風呂の中からソフィーの微かな泣き声が聞こえる
「よぉし!明日は引越し作業だよ!ソフィー!」
ハヤテの後ろにはエールを飲みながら話を聞いていたブレダが居た
「ブ、ブレダさん!?」
「いいじゃないか!ここに住みましょうよソフィー!あのギルド支部もいい加減嫌だったのよね!冬は寒いし、たまに壁の隙間から覗き込んでくる親父は居るし!あそこは仕事場として分ければいいのよ。」
ソフィーは風呂から上がり個室を出る。その顔は少し泣いた後のように目が赤くなっていた
「んじゃ!次入れせてもらうよ!」
ブレダも個室に入り服を脱ぎ風呂に浸かる
「ハヤテくん。」
「あぁ?・・ゲホッ!ゲホッ!」
木を焚べながら息を吹き込んでる最中に返事をしたため大きくむせる
「ありがとう。ほんとうに・・・」
「別にいいよ。最初からそのつもりで部屋数も確保したんだ。ベルとルミカで急遽構造変えたけど。」
「明日ラータに行くんでしょ?ついでに引っ越しもお願いね。」
ムッとするハヤテ
「いいけどお前も動けよな?」
ブレダは月を眺めながら嬉しそうに笑みを浮かべていた。
-続く-




