バイオレンスクエスチョン・娘 ③
ある日、仲睦まじいかは別として、一つの家族が娘をあやしながら、ある会話をしていた。
その会話は、夫の失笑から始まる。
「……あなた、どうしたの? 急に笑い出して……」
娘の面倒を見ていた妻は、テーブルで吹き出す夫に訳を聞く。
すると夫は妻にとって、驚愕の答えを返す。
「いや実はね、君がWeb小説サイトに投稿した作品を見つけて、スマホで読んでたんだけど……これ、恋愛詩?」
その言葉を耳にした妻は顔を真っ赤にし、娘を胸元に抱っこしながらも、夫からスマホを奪い取ろうとする。
「何勝手に読んでるのよ!?」
しかし、夫は妻の追撃を器用にかわし、テーブルを挟んで対峙する。
「まあまあ、そんなに気にする事無いじゃないか。 結構面白いよ、これ」
「身内に読まれるのは、何か恥ずかしいのよ!!」
「そんなものかなあ……」
妻は何とかスマホを奪い取ろうと隙を伺うが、夫はその気配を見せない。
「……でもあれだよね、君って……」
「…………な、何よ」
しばし沈黙が流れた後、はっきりと妻に言い放つ。
「語彙力が無いよね」
「……っ……!」
痛い所を突かれた妻は声にならない声を出す。
そして、夫は無謀にもダメ出しを始める。
「何て言うのかな、例えばここ『彼が激しく壁を叩くと、私と顔を合わせる。すると、私の胸は激しくなり、息づかいが激しくなる』……て、勢いのある動作を全部、『激しい』で表してるよね? もうちょっと、何とかならなかった?」
夫にまともな指摘をされ、ぐうの音もでなくなってしまう妻。
だが、それでも何とか妻は言い返そうと、懸命になる。
「な、何よ! あなたならいい文章が書けるっていうの!?」
「そうだなぁ……。俺だったら、こういう風に書いてみるかな」
夫はそういうと、妻に一例を挙げてみせる。
『私の頬をかすめた彼のその右腕は、力強く壁を叩きじっと目と目を合わせる。その瞬間、私の胸の鼓動はしだいに速くなり最後には、息が出来なくなるほど痛くなる』
「……とまあ、『激しい』を使わなかったら、こんな感じかな? でも、もっと凄い文章を作れる人なんていっぱいいるけど」
その文章を見せつけられた妻は、心の中に何かしらの敗北感を味わい、そのままテーブルに突っ伏しそうになる。
そんな妻に夫はある助言をする。
「でもまあ君もさ、語彙力をあげるために辞典でも読んでみたら?」
「辞典なら、言葉の意味を調べる為につかってるわよ」
夫は妻が意味を取り違えていることに気付き、言葉を噛み砕くように伝える。
「違う違う、調べるんじゃなくて、読むんだよ。新聞や小説を読むように」
「……は?」
「だっていくら辞典で言葉の意味を調べようとしても、解るのは自分の知ってる範囲だけだろ?」
「……どういう事?」
「つまりさ、自分の知らない言葉は調べようがないということさ」
「……ぐっ……!」
その夫の一言に妻は心が折れそうになるが、何とか耐えると必死に夫に言い返す。
「で、でも、辞典なんてそれこそ読み終わるのに何年もかかるじゃないのよ!」
「別に読み終わるまで小説を書くなって言ってるわけじゃないよ。読み終わった所までの知識を小説に使えばいいだけだよ。俺も、毎日少しずつ読んでるし」
夫が辞典を読んでいるという話を聞いた妻はある質問をする。
「そこまでいうのなら、あなたは語彙力があるんでしょうね」
「まあ、それなりにはね」
「じゃあ、何か私に言葉を教えてよ」
「いいよ、じゃあ、こんなのはどうかな?」
そして夫は妻に言葉を教える。
「哀咽とか、東風とか、藍鼠とか、合間とか、曖昧宿とか……」
「それ、全部あ行じゃないのよ!」
「でも、知らない言葉ばかりだっただろ? 使い所は無いかもしれないけど」
「使い所が無かったら意味無いじゃない」
夫に突っ込みをいれる妻。しかし、夫は妻にこんな事を言う。
「まあまあ、もしかしたら君の小説のどこかに、曖昧宿が使えるかもしれないよ?」
「入れられる訳無いでしょ!? そんな言葉!!」
「曖昧宿は知ってるんだ」
「うるさい!!」
そんな夫婦のやり取りを、妻の胸元で抱っこされながらも一部始終見ていた娘は、妻と夫にあることを聞く。
「ねーねー、お父さん、お母さん」
「んー、どうしたのー?」
「んー、どうしたのー?」
娘に微笑みかける夫婦。しかし次の瞬間、娘は驚愕の言葉を発する。
「曖昧宿ってなーにー?」
「曖昧宿って言うのはね……」
「教えなくていいわよ!!」
ごめんなさい、
あぁ、ごめんなさい、
ごめんなさい。