サンタクロースの苦悩
ここは北極に限りなく近いとある雪国である。私は外国から外国へと放浪する旅人だ。同時にとある絵本雑誌の記者でもある。私はあるビッグニュースを掴んでいた。噂によれば、この国のどこかにある真っ白な山の上にサンタクロースの住居があるという。それがこの地にきてから、人々が口を揃えて私に言ったことだった。
私は最後の村から三日も歩いた。雪の大地には、もう人が住んでいる気配はなかった。そんな私がようやくたどり着いた雪山には、三角屋根から煙突が突き出ている古風な洋館があった。ひゅうひゅうと冷たい風が壁に吹きつけている。とてつもない吹雪なのである。私は、凍えながら窓の近くへと歩いていった。
「ええいっ、このままでは間に合わんわい!」
年老いていながらも力強い、しわがれた声が聞こえてくる。それに応えるように可愛いらしい声が聞こえた。しかしそれは人間の声ではなかった。なんというか、獣のような声だった。
「へえ。困っちゃいましたね。ふふふん」
「ペシ! 呑気に踊ってばかりいないで早くクリスマスの準備をしなさい。そうだ。プレゼントの気球のおもちゃはまだ北極工場から送られてこないのかね」
「まだです。吹雪でソリが遅れているらしいんですよ。困ったもんですね。ふふふん」
「遅れているじゃと? クリスマスに間に合うのか。ん? これはなんじゃ」
「プレゼントの絵本です」
「見ればわかるわ。それよりも中のページが破けているが」
「実は僕が棚にしまうときに……」
「しまうときに?」
「床に落っことしてしまったんです!」
「なにしとるんじゃあ!」
声があまりにも大きいから何事かと思ってしまう。私が、窓の中を覗いてみると、白ひげを生やしまるまると太ったサンタクロースのおじいさんが絵本を手にしている。陽気なトナカイが鼻歌を歌いながら部屋のまんなかで踊りを披露している。サンタクロースは頭を抱えている。予定表と送られてきた段ボールを見比べている。どうやら商品の数が合わないらしかった。
「北極工場からプレゼントが送られてこないとすると、本当にまずいことになるぞい。なにしろクリスマスは明日じゃからな」
「それは困りましたね。ふふふん」
「ペシ! もっと真面目にならんか。わしらは世界中の子どもたちの期待を一心に背負っているのじゃぞ!」
「知っていますよ。でもね、サンタのおじさん、こうして焦ってもしょうがないじゃないですか。プレゼントが北極工場から届かないんじゃ。謝罪の紙を、プレゼントの代わりに枕元に置いておくより他にしょうがないんじゃないですか?」
「そんなサンタいるか!」
おやおや、大変な事態じゃないか、それにサンタさんはこんなところに住んでいたのか、と私はとても面白くこの様子を眺めていた。
サンタクロースはだんだん仕事が嫌になったのか。プレゼントを投げだして、木づくりの安楽椅子に座るとこう叫んだ。
「もう嫌じゃ。もうやめたっ! わしはこの何百年という間、プレゼントを子どもたちに届けてきた。しかし、わしは子どもたちからプレゼントをもらったことがない。こんな面白くない話はないわいっ!」
サンタクロースはそう叫ぶと、長いこと文句を言っていた。それから、さんざんな事態になった。サンタさんは冷蔵庫から黒ビールとウォッカの瓶を持ってきて、それを浴びるように飲みはじめた。完全な焼け酒だった。
私は寒さに耐えられなくなったのでその洋館のドアを叩いた。しばらくしてドアが開き、サンタクロースが赤ら顔で現れた。すっかり酔っているのである。
「なんじゃあい。なんか用か。ええ?」
「ずいぶん酔っていらっしゃるのですね。サンタさん」
「誰じゃあ、おまあは?」
「絵本雑誌の記者です。実はサンタクロースに取材をしたいと思って、はるばるアメリカからやってきたんです。どうです。クリスマスが明日に迫っていますが、今のお気持ちは?」
「最悪だわい! どうやったってもう間に合わんわ。さあ、用がないならこのドアは閉めるぞい!」
「ああ、ちょっと待ってください。とても寒いので中に入れてください。凍え死んでしまいます。そして、できることなら温かいスープとパンをください」
「仕方ないのぉ。さあ、中へ入った。しかし温かいスープなどないわい。わしだって温かいスープを飲みたい。熱いコーヒーだって飲みたい。しかし今あるのはなぁ、酒じゃ。酒だけじゃあ。うっほっほ」
「落ち着いてください。サンタさん。取材をしたいのでお酒は飲めません。それよりも、このままではまずいのではないですか?」
「何がじゃ」
「明日はクリスマスでしょう? 準備しないと」
「さっき喋ったじゃろうが! もう間に合わんのじゃ。それに、もうサンタクロースなどいない! 今のわしを見たら、世界中の子どもたちが幻滅するじゃろう。そんなこたわしじゃって分かってるわい! だからつらいのじゃ! 飲まんとやってられんわ!」
サンタクロースはうわあと泣き叫ぶと、部屋の中に戻って、ジョッキ一杯の黒ビールを飲み干した。そして机に頭を打ち付ける。私は呆れてしまった。部屋の真ん中では、トナカイが陽気に歌を歌いながらコサックダンスを踊っている。それはこんな歌だった。
もう手遅れだよ ホワイトクリスマス
サンタクロースはお酒を飲んで
トナカイは踊っている
七面鳥は歌を歌い
ケーキは笑い転げている
手遅れ 手遅れ どうしようもないさ
こんなところを見たら
世界中の子どもが泣くだろさ
もう手遅れなんだ ホワイトクリスマス
どうにでもなってしまえ ホワイトクリスマス
「そうじゃ! もう手遅れじゃあ!」
サンタクロースは泣き叫ぶと、椅子から立ち上がり山積みになっているプレゼントの箱に飛びついた。
「これはわしのもんじゃあ! 遊ぶぞぉ! うおおお!」
サンタクロースはせっかく包装したプレゼントを破き、中から飛行機のおもちゃを取り出して、それを持って走り出した。
「ぶーん! それ、飛んでゆけぇ!」
サンタクロースは、窓めがけて飛行機を投げた。すごい音がした。ガラスが割れて、冷たい風が吹き込んでくる。
「ああ! 割ってしもうた! ええい。もうこうなったらやけじゃ。ペシ! 遊ぶぞぉ! プレゼントはわしらのもんじゃあ」
「わーい」
サンタクロースとトナカイのペシは、山積みになっていたプレゼントの箱を開けて、それが食べものなら食べ、おもちゃなら投げたりして遊び始めた。スポーツカーのおもちゃが床を走りまわり、ぬいぐるみが飛びだした。チョコレート、キャラメル、キャンディーもふたりは食べてしまった。新品のラジオは好き勝手に音楽を奏でた。その間も割れた窓ガラスからは冷たい風が吹き込み続けていた。私は慌ててふたりを止めようとした。
「何をしているんですか。楽しみに待っている子どもたちが可哀想ですよ!」
「わしらだって可哀想なもんじゃい。わしはプレゼントをあげたことはあっても、もらったことはないわい。一度もじゃぞ? それに毎年クリスマスにはたったの24時間で、世界中の子どもたちにプレゼントを届けなければならんのじゃ。わしらだって大変じゃ。可哀想だと思わんのか!」
「分かります。みんなサンタさんが大変なのは知っていますよ。でも朝起きて枕元にプレゼントがなかった時の子どものことを考えてもごらんなさい」
「残酷なことを言うな。それだけは言われたくない。わしはつらいのじゃ。北極工場からプレゼントが届かなければ、わしらは届けようがないんじゃ。それなのに、わしらを悪人扱いじゃあ。しかし、悪いのは北極工場じゃ。あそこはどんなものでも生み出すことのできる魔法の工場じゃ。じゃが、この吹雪でソリが遅れているんじゃ……」
サンタクロースはそう言うとがっかりして座り込んでしまった。私はもうなんと声をかけてよいのか分からなかった。
「サンタさん。なんとか手を打てませんか。子どもたちのために……」
「わしじゃって……わしじゃって……がんばっとるんじゃ。そんなに責めないでおくれ。ただ北極工場からプレゼントが届かないことには、どうしようもないんじゃ……」
サンタクロースは、ううっと顔を抑えると、床に体育座りをした。そして泣いてばかりいるのだった。その時だった。トナカイのペシが窓を見て叫んだ。
「サンタさん! きました。ソリです。北極工場からプレゼントが届きましたよ!」
サンタクロースは、はっと立ち上がった。そしてドアに駆けて行った。
私は見た。何台ものソリがトナカイに引かれてこちらに向かってきているのを。サンタクロースは涙を拭うと、私の方を見てこう叫んだ。私はこの時の言葉を一生忘れないだろう。
「まだ間に合う! まだ間に合うぞ。よし、ペシ! プレゼントを届けるぞ、世界中の子どもたちに!ほら、そこの君も手伝いなさい。なにを驚いている。届ける気になったのかって? 当たり前じゃろ。だってわしは子どもたちのためにがんばるサンタクロース。世界でたったひとりのサンタクロースなのじゃからな!」