横四楓院絞男はラヴレターがお好き(後編)
今更ではあるが、スパイの諜報活動において重要なのは『相手を知る』行為である。名前、性別、国籍、年齢、住所、家族構成、好きな部位、性癖など……そのような個人情報を知ることなどプロのスパイにとって骨と皮しか存在しないような隠キャラの手を捻るようなものである。しかし中でも一つ、プロのスパイでも知ることが難しい情報が存在する。
人間の心低である。
心の底、本心と言えば分かりやすいか。相手の心底を完璧に知るのはペ●ちゃんとド●えもんにガーターベルトを履かせるのと同じくらい難易度が高いといっても過言では無いだろう。それは基本的に人間は心に仮面を被っている為である。人間という生き物が口から出す言葉は半分が嘘、というのは言い過ぎかもしれないが、大抵は建前という名のおやぢアーマーを被せている場合が多いのである。では、上の口から出る言葉の反対が本心なのかと言われればそうとも限らない。嘘を吐くのが上手な人間は本音の中に少しの嘘を混ぜると言われている。その言葉が嘘か真か……それを我々が完璧に区別する術は残念ながら今のところ無い。完璧に知る術は無いが、推察する術はある。
──それは『相手を理解する』行為である。
──放課後、屋上──
「ハーックサイ! とっても寒い、ですっ……」
放課後の寒空の下。
僕は激臭漂う靴箱に怪文書を投棄した不届き者をお仕置きする為に殺意を込めて今か今かとベンチに座って、相手を待ち望んでいる。ふふふ、目の前の校舎に通じる屋上への扉が開いた瞬間、忽ちこの世の悪夢が始まるのである。ああ、今から楽しみである!久しぶりに活躍するであろう僕の愛棒もといトカレフが武者震いでビックンビックンしているぜ。
ピトッ。
「ピャァアアアイッ!?」
瑞々しい赤さんのようなほっぺに熱が生じ、思わずイケボを上げてしまう僕。な、ナニ!?いきなりの火炎放射器による先制攻撃だと!?くっそう、『放課後の放火魔』め!不意打ちとは卑怯だぞ!僕は思い切り熱源に振り向く。
「エヘへー、びっくりした? さっとくんの大好きなあったかい缶コーヒーですよー」
僕の悪夢は既に始まっていたのです……。
悪戯な笑みを浮かべためぐみんさんが隣でホットな缶コーヒーを僕のわんぱくなほっぺにグイグイと押しつけています。あ、これゲロ甘な微糖じゃないか。僕は飲めば胃がキリキリと痛くなるくらいの苦みと渋みしかないブラックが好きなんだけどな、などとツイートすれば忽ちこの世の地獄が始まるかもしれないから黙秘しとこう。ふ、フン、勘違いするな、これは戦略的撤退である。
「あ、あひっ、アリッアリガトゴジャァァアハス!?」
「あはは、なにそれこの世の言語? でも、大丈夫! めぐみんさんがこれからゆっくりじっくりコトコトと真人間に戻したげるから安心して!」
めぐみんさんはどや顔で胸を張る。
い、今は真人間じゃないみたいな言い方をするな!ち、畜生、上から目線で僕を馬鹿にしやがって!あんまり馬鹿にしてるとパイ乙をマッサージするぞ!自分のな!
「アリッあざぁぁっしゃあアアアアッスっ!」
うっそーん。何でそこでお礼が出てくるのか自分で自分の事がよく分からないや。ふ、フン……ま、まあ?闇の世界で生きてきた僕であるから、ある意味、普通の人間ではないかもな。闇人間だな。ダーク人間。
「えへへ、いいよいいよ。さっとうくんは今日から私のお嫁さんになったんだから」
エッ。
な、何か違くない?て、ていうか!そ、そんなアンニュイな夫婦関係になった覚えはないぞ!あ、あくまで、その、一時的な、あれ、その、あれです……あれ。兎に角アレだ!アレな関係になっただけです!あるぇー?何にも伝わらないぞ!
「ち、違いましゅ……」
「あ、さっとうくんは私のお嫁さんじゃなくてお婿さんだよね。佐藤くんはわたしのムコムコー」
僕の頬をツンツンしながら、明らかに熱っぽい眼差しを向けてくる。な、なんどすか、これ。た、確かにあの時、突然の謎の無表情告白に『はっ、ハヒィン!』とか咄嗟に馬の鳴き声みたいな声をあげちゃったけど!あ、あくまで付き合うだけだ!僕のウィークポイントであるお前を理解する為にな!僕がお前という人間を理解すればするほど僕は有利となり、お前の弱点を曝けるという寸法である。お前の弱点を握れば最早僕の諜報を邪魔する者はいなくなる。お前はまだ知らない、そうやって浮かれている裏で僕の掌で踊らされているという事実をな!フハハハハハハ……ハハッ……は、はあぁぁ、辛すぎィ。
「あ、さっとうくんって呼び方も苗字だし、味気ないよね? ん~……さっとうくんの名前が『雅臣』だから『邪眼くん』なんてどうかな?」
な、なんか、いきなり斜め上の単語が飛び出してきたんですけど。うまいこといったでしょみたいな顔をするな!どういう思考回路してその呼び方が上の口から飛び出してきたのだこの女?ていうか、THE☆厨ニ病の教祖みたいでヤダ!それならまだ、『机のガタつきを直すのに机の足の下に敷くアレ』とか『ウン●製造マン』だとか『ギャランドゥをご飯のふりかけにモサモサと食べる伝説の男』とかの方がマシだ!
「きゃきゃきゃっ……却下ですぅ……」
「声量すくなっ。えー、邪眼くんが気に入らないならえーっと……ジャガーンくんはどうかな?」
邪眼くん、言うとるやんけ。
そして、発音の問題でもない!もっと他にあるだろうが!『まーくん』とか『まーくん』とか『まーくん』とか!
ガッチャン。
「どもー、ちわーっす! お待たせしました先輩!」
いきなり屋上の扉が開き、中からキャワワなメス…後輩が飛び出してきた。タ、タイミング!
「ねえ、ジャガーンくん……わかってるよね? そっその、ジャガーンくんにはもう、私っていう……その、か、彼女がいるんだから……」
めぐみんさんは僕の耳元で小声で恥ずかしそうにモジモジしながら囁く。
えっ、もうそのあだ名、決定事項ですか?やめて、それだけはやめてあげて?その間違ったガイコク人みたいなクソダサイあだ名だけは止めてちょうだい?『横四楓院ジャガーンくん』『佐藤ジャガーンくん』……うわああああああ、やめてええええええ!
「ヤァアですぅ!」
「えっ、何がですか?」
「アッ、イエッ、なんでも、はい……」
目の前にいるキャワワな後輩ちゃんは僕のタラちゃんボイスのシャウトにキョトンとする。
「とにかく打ち合わせ通りに誠意を持ってヨガ土下座で告白をお断りするんだよ、ジャガーンくん」
ジャガーンくん、無事爆誕です…。
絶望的な面持ちで俯いていると、さらにめぐみんさんは畳みかけるように僕の耳元で呟く。ヨガ土下座ってなんすか?事前にそんな打ち合わせしてませんよね?無茶ぶりが過ぎますよぼっくんの彼女。と、とりあえず、知らない人と話すのは怖いけど、切り出すか…。
「こっ、こここっ、コォー! コケッー!!」
「えっ、タキシード先輩って、ニワトリか何ですか? あはは、ていうか貴方誰ですかー? 変な人に私、話かけられてますー」
目の前の見知らぬキャワワ系後輩女子は少し僕から距離を取りながら、愛想良く笑っている。あらー、貴方誰とか不可解な言葉頂きましたわよ奥様。え、どゆこと?
「あ、え、しょ、しょの……あ、の……ぼ、ぼっくんの、靴箱に、奇怪な、て、てがみ、い、いれ、ました、よ、よね?」
「あはは……え? 貴方みたいな奇怪な格好した人の靴箱に手紙なんかいれてませんですー」
「あ、あなたのつっかけよりって……ぼ、ぼっくんのつっかけと、け、けけけ結婚したいとかそういう?」
「え? なに、ちょ、この人気持ち悪いですー……。あー、私に用があるのは田中先輩なんでちょっと、生ゴミはどいててもらえますか?」
な、生ゴミとか言われたんですけど!
え、ちょっとまって!このクソみたいな展開に頭が追いつかない!僕、この娘にラヴ、挑戦状をもらったんだよね!?
「えっ、えっ!? わ、わたし!?」
「そですそですー! わたし、田中先輩のおっかけなんです! とりあえず、わたしとセフレから始めませう!」
と、とりあえずから始めるレベルじゃないと思うのですが。
「え、でも……手紙には『佐藤先輩』って書いてあるけど」
めぐみん氏は僕から(無理矢理奪い)取ったラヴレターに指差し、口にする。そ、そうだそうだ!あの手紙の宛先はどう説明するつもりだ!僕は納得しないんだぞ!ちゃんと説明して全裸土下座で責任をとるんだ!
「あー、そうですね。話があるのはそこの変質…げひんげひん、白いタキシード仮面さんなんです。でもでも、田中先輩! 私は貴方のおっかけでセフレになりたいのは事実なんですです!」
「あ……はい、そ、そう、なんですか」
キャワワ後輩女子の圧にたじたじなめぐみん氏。
た、タキシード仮面言うな。えーっと、つまり?あの怪文書を僕の靴箱に入れた行為自体は間違いでもなんでもなく?手紙の最後の『あなたのつっかけ』は『めぐみんのおっかけ』のことで?後輩女子はめぐみんとゆりんゆりんしたい……と?ややこしいなもう!てっきり、告……放課後の放火魔による僕への挑戦状と勘違いしちゃったじゃないか!や、やべえ……この後輩ちゃん、どこぞの変態レズ魔と同じ匂いがプンプンするぞ。
「ほっ……ほ、放課後の放火魔じゃなかった……でしゅ」
「は? 何ですかその恥ずかしくてクッッソダサいおやぢギャグ? まあ、いいです。私は貴方に話があるんですです」
「えっ……と? は、話でしゅか? お、お付き合い?」
「寝言は寝てから言ってください! 貴方は最近執拗に金魚のフンのように田中先輩に付き纏っているようですね! 今すぐ止めなさい! 付き纏っていいのはおっかけの私だけです!」
キャワワ後輩に指差され、非難される僕。
ど、どちらかというと付き纏っているのはめぐみんさんなのですが、それは。や、やべえ……この後輩ちゃん、どこぞの変態レズ魔と同じ匂いがプンプンするぞ。




