横四楓院絞男は便所飯がお好き
皆様はベンジョール・ウィッシュ、という言葉をご存じだろうか?
僕の国では高尚かつ効率的として崇め奉られている程の食事法である。しかもその方法は簡単かつどんなゴリラでもすぐに実践できるといったその道の匠が生み出したすぐれた技法である。今まさに僕が実践しようとしているのがソレである。
「どっこいしょっと」
昼休み、トイレの個室にて。
僕は日曜日のお父さんみたいな声を出して、便座に尻を預けるような形で座る。そして自分の太腿の上に昼食をおっぴろげて、モサモサと獣のように喰い散らかす。ほら、簡単だろ?これが理想のベンジョール・ウィッシュである。この食事法の最大の利点としては汚い話であるが、食事の摂取と排泄が同時にできるという点にある。このサムライの国ジャパンでは何故か『ぼっち飯』だとか『便所飯』だとかスラング的な言葉で誹謗中傷されているが、そんな考えは馬と鹿に喰わせてしまえ、と僕は声を大にして言いたい。
だいたいトイレの個室という場所は諜報員の活動拠点としてもってこいなのである。その『不浄の場所』として近寄りがたいここは、意外性という利点を持ち、かつ敵対組織に見つかりにくいという永地である。そして人が人として本当の自分を曝け出す一種の秘密の共有の場としても知られている。上司である自分が個室でブリブリと一生懸命に用を足していると、外から自分の陰口を叩く部下が……といった苦い経験をしたことがある人もいるだろう。要するに『悪口大会』が開催される場なのである。そんな場所は二重の意味で吐き気を催す程のとっても素敵で気分の悪さを我々に否応なく与えてくれるが、同時に敵の弱みを握れるという諜報員ならではの利点があることも知っていてほしいのだ。
以上。
ベンジョール・ウィッシュの良さを分かって頂けただろうか?
……まあしかし、である。先程の利点を覆すが、流石に今はズボンは脱いでいない。何故なら、僕は自分のモモ毛と愚息をにらめっこしながら餌を喰い散らかす悪趣味はないからだ。
「フフフ、ウフフフ……」
夜の公園で徘徊している全裸トレンチコートおやぢのような声を出しながら僕はプラスチック製のタッパーの蓋を取り外す。すると中から何とも言えない公衆便所のような強烈な臭いが漂い、僕の鼻孔を遠慮なく攻撃する。くさや、である。健康食品としてさることながら……っと、こんな説明をしていたらそれこそ昼休みが終わるどころか翌朝になってしまうではないか。そして、もう一つ、欠かせないものはワインである。
「ウフ、ウフフフ、フフフ……」
風俗街で意味なく獣のような眼で徘徊しているオカマのような声を出しながら僕はワイングラスに小便のような色をした液体をとぷとぷと注いでいく。す、素晴らしい……涎が止まらない。早くくさやとワインもといベンジョール・ヌーヴォーを同時に味わいたいという僕のとめどもなく溢れるこの気持ちは抑え切れそうにない。よし、戦闘準備は整った。あとは、目の前のディッシュを頂くのみである。
「君の瞳に乾p」
「あるぇー、恥ずかしい台詞を言いながら何してんの」
お箸でクサヤを掴み、口に入れようとした瞬間である。
僕の頭上というあり得ない方向から人の声が聞こえた。ランチタイムを中断して、上を向く。すると、悪魔のような笑みを浮かべながらクラスメイツの女子生徒もとい田中某が個室の上から覗き込むように僕を観察していた。
ファッ、ファァアアア!?
え゛っ!?な、何、この人……きゃあああん、痴漢よ!!痴漢!!
と、悲鳴を盛大に上げたい気持ちをぐっと堪える僕。諜報員は何があっても気持ちが揺れてはいけないし、何よりもこんなメスの前で醜態を晒すわけにはいくまい。あくまで冷静に諜報員はメシを喰うんだぜ。
パクッ、もしゃ、ごっくん……んっ、不味い。我ながら取り合わせが悪すぎる。
「…………」
「うっわ、この状況でも私を無視してランチタイムですか……ホント良い性格してるね、佐藤くん」
マングースのような性格をしている貴様にそんなことを言われる筋合いはない。だ、だいたいこの女は何故平気な顔して我々男子の聖地にズカズカと土足で踏み込んでいるんだ?偶々、僕がエサを喰っているところだから良かったものの、もし見知らぬ用務員の禿げおやぢが下半身を無防備にさらしてウンウン気張っている光景だったらどうするつもりなんだ?女とは謎の多いイキモノだが、僕の目の前にいるこの女は謎過ぎてブラックホールのようなイキモノである。
「ていうか、便所飯だよねこれ……やだ、佐藤くん、とってもぼっち」
「べっ便所飯って言うなあっ!?」
「あ。にへへ、やっと佐藤くん反応してくれたね!」
思わず声を荒げてしまう僕。
し、しまった……スパイたる者こんなメスに心を乱されてしまうなんて。畜生、目の前のメスは何が可笑しいのか心底嬉しそうに笑っている。畜生、畜生、畜生め……もう、何があっても僕は絶対にこの女に口聞かないし、反応しないぞ。
「…………」
「あ、佐藤くん怒ったよね? 悪気があって言ったわけじゃないの。ごめんなさい」
「…………別に」
「でもね、くさやとワインをトイレの個室でドヤ顔で摂取してるのって変態の所業だと思うよ」
このメス、上げといて下げるようなことを平気で言うな。畜生め、絶対いつか犯してやる。
「にっしっし、でも本当に美味しそうに食べるね。私のほうれん草のお浸しあげるから、そのくさや一匹ちょーだい」
目の前のメスは自分のお弁当箱の中の銀紙ホイルに包まれたほうれん草を僕に見せつけながら、オカズの交換を要求する。等価交換って言葉を知らないのかこのメス。この一匹を持ってかれたら僕の手元にはワインとほうれん草しか残らないんだよ。ワインとほうれん草って……ムー●ンに麦焼酎と同じくらい可笑しすぎる組み合わせだろ。
「……あ。そうだ、あんまり長居しちゃうと男子に誤解されちゃうね。佐藤くんが私を無理やり連れ込んだ変態さんだと思われかねないし」
何でだよ。誰がどこからどう見ても初々しい男子の大便姿を個室の上からニヤニヤと観察している変態女の図だろ、これ。そして、女はここ一番な笑顔で『じゃあ、ブリブリ頑張ってねー』と余計な台詞を言い残し、この場から去って行った。
……ふぅ。
頭のおかしな輩と対面するのは、ラードをオカズにマーガリンを喰っているようなものだな。そして、僕はもう当初の食欲も失せ、いつもの一服タイムに入る。しかし、今日はあの女あっさりと引き下がったな。永遠に僕から引き下がってくれると有難いものだが。
「フウ~……」
葉巻の紫煙が僕の顔を通り過ぎてトイレの個室の天井へと昇っていく。その様子を眺めながら僕はぼーっとしている。スパイにも偶には一時の休息は必要だな……。
ピコーン!ピコーン!ピコーン!ピコーン!
「うひゃあああ!?」
突然のウルト●マンのタイマーのような火災警報器の音で僕は便座から引っくり返ってしまった。