横四楓院絞男はオカンがお嫌い
人は誰しも大なり小なり己の胸の内に『信念』を持って行動するものである。しかし大きな謎の圧力の前には為す術がなく、結果的に他者に自分の信念が握りつぶされ、そして首振り人形に服を着せたようなイエスマンの完成である。現代に至るまでの社畜戦士によく見られる現象である。信念という名の『自分ルール』を他人に押し付ける行為は『焼肉はスイーツでごわす』とか元気にアヘ顔で答える相撲取りと同じくらい害悪であることは言うまでもないが、これだけは譲れないという確固たる信念は自分の存在意義の為にも必要である。いかなる謎の圧力にも屈さない己の信念に従って行動する姿は実に尊いものであることは最早言うまでもない。
このような誰にも譲れぬ信念を人一倍どころか人マン倍持ち合わせているのが我々各界のプロなのである。その道でその分野の技術や知識を習得・吸収し、頂点に勃った者が本当のプロフェッショナルではない。その道の訓練を怠らなければ、技術や知識は後から勝手にストーカーのように付き纏って来る。本当のプロというモノは大木のように己の根っこ部分の強固な信念を常に育んでおり、他人にはない突出したその精神性にあるのではないかと僕は思う。フン、無論プロのスパイこと横四楓院絞男であるこの僕も例外ではないのである。たとへ、核ミサイルの生まれ変わりのような実のオカンの謎圧(※謎の圧力)にも全然屈しないし、不動明王なのである。
「おい、てめぇは客人に茶くらい出せないのか、あーん?」
「はい」
茶髪ロン毛のオカンにメンチを切られてそそくさと茶の用意をしに台所へと向かう僕。畜生、どこの異世界に自分の実の息子に向かって、ヤクザも顔負けな眼力で睨み付けながらコキ使う母親がいるんだよ。立派な幼児虐待だろ、これ。あ、僕は幼児じゃないな。この場合は男児虐待?いや、少年虐待か?少年虐待とか微妙にスケベを連想させてくれて大変よろしいです。
「あっ、そんな、お母様良いですよ、お気遣いなく。ちょっとご挨拶に佐藤くんのお家にお邪魔させてもらっただけですから」
な ぜ か うちのリビングで我が物顔で当然のように居座るめぐみんさんはうちのおかんに愛想の良い笑顔を振りまいていた。お気遣いする相手を間違えているだろ、コラ。
休日の午後。
我が家のリビングは普段とは違う不思議な空間が広がっていた。突然の来訪、いや侵略かな?突然、めぐみんが手土産を携えて家に襲来してきたのである。いきなりの好敵手に身も心もアソコもかちんこちんになった僕。ていうか、何でこの方、僕の住処を把握しているのだ?僕の帰宅をストッキングじゃなくてストーキング?いや、背後に追っ手の気配は毛虱程も無かった。考えられることは前にめぐみんはうちのオカンと面識があるのを匂わせる発言をしていたからオカンから漏れたか?まあ、良い。考えても解らぬ結論の出ないことをいくら考えていても不毛である。
「おい、てめえ恵ちゃんに粗相の無いようにしろよ。あ、粗相ってションベン漏らすって意味じゃないからな! いいか!? 恵ちゃんの前でワンコみたいに失禁パレードをヤレッて意味じゃねーんだからな!」
オカンは真剣な表情で僕を叱る。そ、そんなこと事細かく説明されなくてもわかっとるわい!フリみたいで怖いわ!豪快で横暴な親の手前、めぐみんに向かって塩をまいて『帰りませう! 帰りませう!』と叫びながら追い払うこともできず、みすみす敵を自分の棲家に招き入れてしまうという最悪の展開になってしまった次第である。くっ、いざという時は睦海を犠牲にしてでも、乳繰り合うしか!酒池肉林の攻防戦の始まりだぜ!
......。
ナニを言っているのだ僕は。まあ、今回は最終兵器オカンもいることだし、奴も大それたいたヅラはしないだろう。
「にぃに、にぃーに! パフェ! にぃにの作ったパフェを久しぶりに食べたい! 作って!」
「おい、お向かいの伊佐坂のクソ妖怪爺にもらったショボい塩饅頭があったろ? それも茶と一緒に持って来いよ」
そして、リビングで寛いでいる睦海も参戦しているのである。僕は人間の勝手な欲求で無慈悲にもこの世に生み出されたメイドロボか?だいたい、僕はパフェなどというパリピが好むスイーツなんぞ作ったことはない。畜生、睦海の奴め、オカンがいるからって生意気な口をたたきやがって。お前が昨夜から冷蔵庫で育てていたチューペットがどうなっても僕はもぉ知らないんだからな!ついでにお前が風呂上りに楽しみにしているハーゲン●ッツも僕の人質だ!
「はあ……。やっぱり、睦海ちゃんって可愛いな……ウフフ、できればホルマリン漬けにしてお部屋で鑑賞したい」
「ヒッ、く、来るな! 来るな! クルナァ! にぃに、助けて! この女、ぽわぽわした顔で恐ろしい事言ってる!」
めぐみんは親の手前にも関わらず、幼女を視姦するおっさんのようなゲス顔で睦海を見つめている。フン、ざまあみろ。兄を顎で使いやがった罰でござる。その偏屈的な愛の的を出来ればそのまま睦海一本に絞って欲しい。
「ぎゃははは! そうだろ、そうだろ! うちの二発目に産み落とした姫は可愛いだろ? おい、秀夫~、茶はまだか?」
に、二発目って言うな。あ、あと!息子の名前を普通に間違えるな!僕の名前は秀夫じゃなくて秀臣だ!いや、違う!横四楓院絞男である!
「あれ? ママ、確かにぃにの下の名前って、戦国武将みたいな名前じゃなかったっけ? ひで...ひで...ひ...ひでよし!」
「え? そうだったっけか? ぎゃははは! まあ、良いじゃん。名前なんて所詮、記号何だからさ。極端な話、『恥垢で作るオニギリが大好き君』とか『ピザ山』くんとか『ロリ衛門』とか......てけとーでいいんだよ」
い、良いわけあるかあ!
ていうか何で睦海までうろ覚えなんだよ!家族の下の名前覚えてないとか非道すぎるだろ!ヤンキー特有の下品な笑いが声とは真反対の上品なリビングに木霊する。今更ながら、本当にこのオカンは僕のオカンなのだろうか?姿かたち性格のナニからナニまで似てもに似つかない。どこの遺伝子を受け継いだのですか?自分が橋の下で拾われた子だと思った時もあった。……いや、待て。うちのこの暴虐暴君なオカンがつぶらな瞳の優しい僕を拾う程、心の広い天使だとは思えない。『あん? 何だこの犬コロ? 邪魔!』バシッ『ギャァン!』……とかそんな感じでうちで飼っている犬を足で蹴り飛ばしてたくらいの冷徹人間である。
「あの、お母様? 佐藤くんって、ちっちゃい頃、どんなお子さんだったんですか?」
めぐみんは睦海の頭を高速で愛撫しながら、オカンに尋ねる。その言葉をそのままの意味で受け取る程、僕は馬鹿ではない。な、なんだ……その質問はいったいどういう意図があるのだ?よ、弱みか?僕の弱みを握って、僕の弱くて柔らかいリアルトカレフも握るつもりなのだろうか?なんて、いやらしい女なのだ!そ、そんないやらしい女には僕のリアルトカレフでお仕置きしてやらねば。
「ん? ああ、そうだなあ、まあ、一言で言えば童貞……ってとこかな?」
ど、どんな回答なんだよ、こら!
「あー、やっぱり。佐藤くんって、童貞拗らせた重篤な中二病患者ですよね?」
「ま、そんなとこ。ついでにオプションで剥けてないちん●すってのもつけといてよ、かははっ」
「まあ! 佐藤くんてやっぱり未経験なんですね! そっかー、でも大丈夫ですね。私が佐藤くんを育てるので、そこは問題ないです」
めぐみんとオカンはお互いに和やかに笑いあっている。
お、お、おかしいだろこの会話!な、何で、自分の家で同級生と母親が自分の陰口で盛り上がっているんだよ!いや、僕に聞こえてるから陰口じゃなくて只の悪口だ!あ、あと、めぐみんがぼ、ぼ、ぼ、僕を育てるってどどどどどどういう意味なんでしょうかおおおおおお教えてれーすぼいんなひと。
「ん? ということは……恵ちゃんは……あいつのこれ?」
オカンは左手で輪を作り、そこに右手の人差し指を入れたり出したりするジェスチャーをする。決して、二人の子を孕んだいい歳こいた人妻が女の子に向かってやっていい動作ではない。
「えっ、あっ、う。ち、違うよ! ち、違います! その......そっそういうのはこれからの実施予定です! はい!」
めぐみんは顔を真っ赤にして机を両手で叩き、声を荒げる。い、いや、その回答も年頃の女の子としてはおかしい。さらに言えば、天然で純粋無垢な女の子の反応ではない。しかし、僕の心の中ではぴょんぴょんとウサギが跳ねていた。……ハッ、待て!跳ねていない!僕の心はぴょんぴょんしていないぞ!危ない危ない、危うく僕の綺麗なスパイの心をめぐみんに支配されるところであった。
「そうか、それは残念だ。睦海とセットで姉妹丼とかできたかもしれないのにな」
ナニを言っとるんだこのおばはん。
「粗茶です」
「おう、遅かったな。ちょうどお前の長所で盛り上がってたところだったぞ」
僕の長所が童貞な訳がないだろ!!
畜生、二人して好き勝手な事言いやがって。僕だってな、僕だってな!経験したこと、あるんだぞ!コンニャクとです……。
「ふん、何か言いたそうな顔だな。どーせ、お前の事だから経験したことあるとか思ってんだろ。オ●ホで。ギャハハハ! それ、経験って言わねーから! ただの、自己満足のオ●ニーです」
「ブッブー残念でした! ボボボボクの経験はコンニャクです!」
「…お、おう…………」
「……あ」
「……佐藤くんの変態」
オカンは唖然とした表情で僕を引き気味で見つめていた。めぐみんはスカートを両手で押さえてプルプル震えながら僕を見つめていた。ち、違う!今のは誘導だ!巧妙なわなデス!す、スパイをこのような汚い罠でハメやがって!お前らを本当の意味でハメたるで!?あ、あかん!色んな意味で危険な未来しか想像できない!
「あ……そろそろ時間なのでお暇しますね。佐藤くん、そっそういう下品なのは……さすがに恥ずかしいよ」
い、今の今まで僕を下品なネタでいぢってやがった女がナニを言ってやがる!
「おうよ、また来てな。秀臣送ってやれって言いたいところだが、ケダモノの秀臣、略してケダ臣に恵ちゃんを送らせるのは危険だな。睦海に送らせようか?」
「ヒィッー! ママの鬼畜ー!」
け、ケダ臣とか言うな!
実の母親に名前を俗称されるなんて前代未聞だぞ!ていうか、やっぱ僕の名前覚えてるじゃないか!さっきのは確信犯か!
「あ、とっても嬉しいお言葉ですけれど大丈夫です。睦海ちゃんと一緒に帰ってたら……私が大丈夫じゃなくなるかも」
「ヒィイイイー!」
そうして、めぐみんは元気にうちの家から立ち去っていくのであった。……と、盗聴器とか仕掛けられてないだろうな。い、一応調べておこう。スパイにとって、発電中の喘ぎ声とか聞かれてたら最悪である。
「ねえ、ママ。さっきの姉妹丼ってどういう意味?」
「ああ、そりゃあ。他人丼ってことだよ。親子丼よりはましだろ?」
「??????」
うちのオカンはサキュパスの生まれ変わりかもしれない。




