横四楓院絞男は天然系女子がお嫌い
僕の名前は横四楓院絞男。
とある某国の諜報員……今風で言うといわゆるスパイを生業としている一匹狼って奴だ。とある極秘任務の為にジャパニーズスクールに極秘潜入中である。スパイという名の裏の任務を遂行しているが故に、ここの代表の頭頂が蛸の吸盤のようなおやぢに最初は潜入を突っぱねられたが、スーツの懐からトカレフを取り出した瞬間、僕の潜入が成功した。
「なあなあ、これからカラオケいかねー?」
「ギャハハハハ、いくいぐいっぢゃぅうう゛う゛うう」
それにしても、である。
任務の為にこのスクールに潜入したはいいが、どうしてここはこうもミルク臭い連中が多いのだろう。鼻の穴にピアスを装備した所謂チャラ男が、これまた鼻の穴にピアスをフル装備したガングロギャルにダウナー系の声で遊びに誘う光景なんぞみていたら吐き気を通し越して急性胃腸炎になりそうである。小便臭いガキが小便臭いガキと群れを成して生息している姿を目の当りにしたら、今すぐ全員撃ち殺したくなるくらい不快で心が嫌悪感に染まってくるのを自分でも感じる。類は友を呼ぶ、とはまさにこのことである。
「ふう……」
ああ、心がイライラする。
極秘任務中は一切合切喋らないスパイのルールがあるが、つい溜息を吐いてしまう。ここ数日、イライラしっぱなしだ……こんな時は葉巻を口に咥えながら親の仇のようにクソ苦くて喉が焼け爛れるくらい熱い珈琲を一杯ヤるのが僕のストレス解消法である。僕は喫煙室に向かう為に自分の席から立とうと意識を両足に集中させた瞬間のことである。
「だ~れだ?」
視界が闇に包まれ、仄かな温かみを僕の皮膚細胞が感じ取った。
く、空襲か!?突然の謎の攻撃に動揺した僕は背後を思い切り振り返る。
「にっしっし、ヤッホー、元気?」
人懐っこい笑顔を浮かべ、仁王勃ちしているメスが一匹いた。
確か……このメスの名前という名の記号はクラスメイトの田中恵、十八歳。身長百六十五センチ、体重百八ポンド。家族構成は、父、母、妹、弟。好物はラーメン、食べられないラー油。嫌いなものはセロリ、パパの水虫。趣味はラクロスとエロゲー……こんなところか。諜報員であるが故に、クラスメイトの基本的データ及びパーソナリティなんぞ僕には筒抜けである。
「…………」
「あー、無視はひどいよー。カサカサカサカサ……蟲だけに」
呆気にとられて沈黙を保っていると目の前の小便臭いメスガキは黒い悪魔の如く、両手を上下に動かすジェスチャーをする。……何だその、クソ寒いおやぢギャグは?う、撃ち殺してやろうか?
「…………」
「あー、また無視したあ! おーい、もっしもーし! 聞こえてますかー!? 難聴系主人公とか今時、流行らんデスヨー!」
だんまりをきめ込んでいると、業を煮やしたのか目の前のメスは今度は僕の耳元で大声を張り上げる。メス特有の甲高い声が鼻につく……このメス、何故僕に構う?これでは僕の地獄のコーヒーブレイクができないではないか。諜報員の仕事を何だと思ってやがる。だいたい、自分のクラスメイトの中に一人だけ学園指定の制服ではなく、黒のスーツに黒のグラサン何か装備している輩なんかいたら気味悪がって、声かけるどころか近寄ることすら憚るだろ。少なくとも僕がこのメスの立場だったのなら『この人、冠婚葬祭のプロかな……』とか思っちゃうぞ。
「おーいっ! うぉーいお茶! おぉ~~い! もっしもっしカメヨーカメサンヨー!」
しかし、いつまでもこう気の狂ったように音響攻撃を受けていると身が幾つあっても足りない。ああ、足りないのはこの女の頭もか。沈黙を保っていた僕であるが、拡声器に服を着せたようなこの女に一発言ってやらないと僕の気が済まないし、僕の健康状態が悪化する。
「…………僕に、話しかけるな」
「あ、やっと、気付いてくれた。もー、いくら喋りかけても返事してくれないから漬物石妖怪に声を掛け続けている気分だったよ、にっしっし」
この女、人の話を聞いちゃいない。
「…………」
「あ、まだダンマリ? だんまりですか? だんまリズムが好きなお年頃って奴ですか? それ、いっこもかっこよくないから止めた方がいいよ」
だんまリズムって何だよ。
だいたい、僕は恰好の良し悪しで沈黙を保っているわけではない。極秘潜入スパイは『犯さない、走らない、喋らない、催さない』の『お・は・し・も』の精神を直属の上司から叩き込まれているのだ。そこいらに生息している一般バンビーと無駄に喋って、極秘の内容をうっかり口外なんぞしてしまえば僕は一発で打ち首切腹ものである。
「…………」
「ねー、ねー、ねー! いい加減、おねーさんと一緒に喋ろうよー! おねーさんと一緒にランナウェイしようよー!」
何故貴様のような女と駆け落ちしなければならないのか。
仕方ない、俗世の人間にはあまり使用したくなかったが……僕は、脅しの意味でスーツの懐から自慢のご立派なトカレフを先っちょだけ出して、目の前の女に見せつけてやる。フッ……どうだ?僕のご立派な武器は?これで失禁して、逃げ出さない輩は今まで一人もいなかった。
「あ、何それ何それー、かっわいいー! もっと見せて見せてー! 触らせて触らせてー!」
なっ……ぼ、僕の、逞しいトカレフが可愛い……だと?
あまりにもあんまりな目の前のメスの嬉々とした様子に、ポロッとご飯粒をこぼすようにトカレフをスーツの懐から机の上に零してしまった。
「うっほー! ナニコレナニコレー! かっちょいいー! うほー!」
机の上に自慢のトカレフを零した瞬間、好奇心の虜となったメスはソレを取り上げ、ベタベタと触りまくる。ウッ……し、しまった。命の次の次に大事なトカレフが敵に取り上げられてしまった。こ、これはまずいぞ。こんな醜態を上司に知られてしまったら反省文原稿用紙百枚ものだ。なるべく動揺を表に出さず。そして、可及的速やかに目の前のメスから僕の命の次の次の次に大事なトカレフを取り返さなければ。
「か、返せ…………返してください」
「やだ」
「返してください……お願いします」
「やーだよっ、私を無視する意地悪な佐藤くんには返さないモン」
さ、佐藤くんいうな。
僕の本当の名前は横四楓院絞男だ。
「返して…………返してください後生ですぅお願いしますぅ」
「やーだ! ふっふっふ、これが無いと佐藤くんは私を無視することが出来ないのだ。そしてそんな悪い子の佐藤くんにはおしおきだー!」
そして、目の前のメスは僕にトカレフの銃口を向ける。
あ、死んだな、これ。
「ばーん! なーんちゃって……って、あれ? 佐藤くーん? おーい、どうしたのー?」
そして僕は気絶した。