五話 鏡と自分
自分の部屋に入るとまずあったのは、傘置きと靴棚に乱雑におかれた靴。玄関であった。
「これって、俺の家?」
乱雑におかれた靴に、笠置と靴棚の位置、全て自分が住んでいたアパートと同じであった。
浩輝は靴を元から履いていないのでそのまま部屋に上がり、自宅と同じようにバスルーム、トイレがあるか確認したが、すべて同じ配置であった。それと、水が出るかも確認したが、出た。
「あとは、リビングだけか」
浩輝は落ちついていた。多分リビングも自分の家と同じように、いつも通りの見慣れた部屋なのだろうと安心しきっていた。
リビングへとつながるドアのノックに手をかけ、開けると自分が思っていたようなリビングとは違った。
リビングの窓から出る夕日で映し出された部屋は自分の姿を映す鏡が壁に二か所あり対面してあった。
その鏡は自分の姿を反射して、もう一方の鏡が反射してきた自分の姿をまた反射して、最初に反射した鏡に戻る。その繰り返しを何回も行って、自分の姿が何重にも続いた。
「なんだよこれ?」
驚きというよりも気持ち悪いものを見てしまった感覚であった。心臓の鼓動が早くなり、喉に何かが詰まり出てこないような苦しい感じがした。
「なんで、こんなのが置いてあるんだ?何かあるのか?」
自分が写っている鏡を触り、変わったところはないかを調べたがただの鏡であった。
浩輝は何でただの鏡にこんなにも恐れているのかと自分の心に疑問に思った。今も見ただけで、嫌悪感がする。自分はこんなに鏡が嫌いなのに初めて気づいた。浩輝は一回鏡から目を反らし自分を落ち着かせた。そして、再び目を鏡に向けた。黒髪で短髪のいかにも純情な青少年の姿が写っていた。自分であった。ここに来る前の自分の姿であった。
「なんだよ、変わってないじゃないか。女でもないし。」
この鏡は使いにくい。顔が映るところが上にあり見にくい。真正面から見ると自分の胸が見えるだけ。そもそも、体自体の大きさも違った。光の屈折の効果なのだろうか、わざと見にくくしている使用なのか。
「そんなはずはない。これは今の俺じゃない」
浩輝は鏡を触った。鏡の自分の手が上の位置にあった。
「本当の自分を映す鏡・・・」
本当の自分を映す鏡に嫌悪感がでていたらしい。
人の本質は変わらない、そう投げかけられているようだった。
浩輝は鏡から逃げるように視界から外し、部屋内を調べはじめた。
部屋には鏡の他には、元の浩輝の部屋にあったテレビやゲームといった娯楽用品がなく、ベット、クロゼットだけであとキッチンと食べ物があれば生活に困らないなのだが。
「ん?」
浩輝はベットにある一枚のカードに気付いた。そのカードはB5サイズの大きさで、何かが赤と黒が混ぜ合わせている最中の絵みたいなのが描かれていた。浩輝はそのカードをめくってみた。すると、そこには、ハートの6のトランプカードが書かれていた。ただのトランプカードであった。
「ハートの6番。俺の番号と同じ。あと色もか。」
浩輝はなぜトランプが置かれてあるのかを考えてみたが出てきたのはそれぐらいしかなかった。
「クローゼットの中見ないと」
浩輝はクローゼットを開けた。そこには、浩輝が通っている高校の制服とあの爆発の時に着ていた外出用の服と上下ジャージの部屋着がそれぞれ一着ずつ入っていた。
「これを着て行くのか」
浩輝はターロットが言っていた身をキレイにという言葉が浮かんだ。
それは、体をきれいにして、この服で来いということなのか。
浩輝は早くべとべとの服を脱ぎ、外出用の服に着替いたいと思ったが、服の臭いが自分の体に染みついたので、シャワーを浴びてから着た方がいいと決め、外出用の服を持ちバスルームへと向かった。
バスルームには、浴槽とシャワー、洗面所がある。そして、鏡もあった。浩輝は鏡が目に入った。
浩輝は初めて今の自分の姿を見た。女の子であった。しかも、今の有海の姿と似ていた。
目の色は青空のようなきれいな淡い青。茶色でさらさらの髪。白い肌。
愛優が言っていたことに間違いはないようだった。
「これが俺の能力なのか?」
浩輝は自分の顔を触りながら、実感していた。
でも、どうやって能力が発動したんだ?あの時は、確か有海さんが俺の目を見てしまって倒れたところを俺が有海さんの肩を揺らして、大丈夫かって言ったんだよな。その行動のどれかに発動条件があるはずだが・・・・
「試したくないなーーー」
浩輝はあの激痛を再び起こしたくなかった。あの痛みはここへ来る原因となった爆弾よりはるかに痛かった。爆弾は一瞬の痛みだが、あの痛みはじわじわと時間が止まっているかのように長く死にも通ずる痛みがある。かと言って、この姿のままだと不便な気がしてくる。いずれこの体にも慣れてくるだろう。浩輝はそう願った。
バスルームで浩輝はすぐに着ていたものを全て脱ぎ、シャワーを浴びた。
「気持ちいいー」
シャワーから出てくる水は暖かく調整でき、浩輝にとってのちょうどいい温度の水が体に撃たれていた。今の体が女の体だということをあまり意識しないようにいつものように自然体で全身くまなく洗った。女の子の体は思いのほか柔らかった。
有海さん、ごめん。
「ふー、すっきりした」
浩輝は持ってきた服に着替えた。服はここに来る前の自分のサイズのものであり、今の体には、合わなかった。なので、Tシャツの袖とズボンの裾を折り曲げたが、Tシャツの丈が大きく膝ぐらいまでTシャツがきていて、だらしない感じになった。
「まーいいか」
浩輝は今の状況で別段気にする必要はない。ただ、服を着がえることができただけで充分であった。
浩輝はバスルームでやること終え、普段のリビングであったら戻ろうと思ったが、今の気味が悪い部屋にはあまり行きたくなかった。
「他の皆にも同じようにカードが置かれているのかな。聞きに行こうかな」
と理由をつけ、乱雑に置かれていた靴のペアを見つけたものを履いた。リビングには入らず何かから逃げるように廊下へ出た。
廊下を出ると目の前には有海が立っていた。有海は浩輝の部屋のドアの横にあるスイッチを押そうか、押さないか、人差し指を小刻みに震わしながら迷っていた。
「何してんだ?」
「あ!浩君。よかった。出てきてくれて。あれ?」
有海は浩輝の体をジーと見てきた。
「どうしたんだ?」
「いや、私の部屋には服がなかったんだよね。だからみんなも同じなのかなって思ってたんだけど、違うみたいだね」
確かに今の有海は服はそのままであったが、シャワーを浴びたのか、体がきれいになっていて、ボサボサになっていた髪もさらさらのストレートになっていて、浴びたばかりなのか、少し濡れていて、乾ききれていなかった。
「じゃー、俺のを貸そうか?」
「え、いいの?」
「高校の制服とジャージだけど、どっちがいい?」
「あ、いいよ着れるものだったら、何でも」
「じゃー、すぐに取りにいてくるからちょっと待ってて」
「ありがとうね」
浩輝はもう一度あの部屋に入るのは避けたかったが、自分の部屋ということもあったので、今のうち慣れないといけないような気がした。
浩輝はリビングの部屋の前で深呼吸をして、心の整理を終えてから、ドアを開けた。
やはり、鏡が目に入ってしまう。あまり鏡を見ないでクローゼットに速やかに移動し、ジャージを取り部屋を後にした。そして待っている有海のところに駆け寄った。
「はい、とってきたぞ」
「ありがとう・・・。ごめんね。取りに行かせちゃって」
有海はお礼を言った後浩輝の目を見て謝った。
「どうせ、慣れないといけないからな」
「それもそうだけど・・・」
愛未は戸惑っていた。
「そういえば、俺が廊下へ出たとき、あのスイッチ押そうとしてたよな?」
浩輝は有海に心配されたくなかったので違う話題を話した。
「うん、インターフォンかなと思って」
「確かに、ドアの横についているスイッチっていたらそれぐらいしかないよな。確かめてみるか」
浩輝はスイッチを押そうとするが、愛美によって止められた。
「でも、危ないかもよ。もしかしたら、爆弾のスイッチだったり、毒ガスが発生するスイッチかもしれないよ。」
「だから、さっき押すのをためらっていたのか。でも大丈夫だと思うぞ。ターロットっていうやつがここで実験動物の俺等を殺す意味なんてないから。殺すとすれば、実験内容を言った後の方がいいだろ?」
そもそも、実験内容を実験動物に教えるのは良い成果が出るとは思えないがターロットは自分が言ったことを捻じ曲げることはしない。予言した爆発事故で証明されている。なので、明日に言うといっているので、約束を破らないであろう。恭真の推測である。
「そうかな?」
愛未はまだ不安そうにしていた。
「そうだと思うけど、やめとくか」
浩輝もあまりにも不安そうにしている愛未を見ると自身がなくなってきた。
「それよりも、番号の部屋以外の部屋を見に行こうよ?」
有海が言ってきた。浩輝もまだ、あの部屋には入りたくなかったので言おうとしていたことであった。
多分、有海は浩輝の記憶を見て、気を利かせてくれたのだろうか?
「いいぞ。」
浩輝はありがたく返事を返した。
「じゃー、私、浩君が持ってきた服に着替えてくるから、今度は浩君が待ってて」
「分かった」
「なるべく早く済ませるから」
愛未は、駆け足で5番の部屋へ入って行った。
@@@@
「はー」
深いため息が出た。疲れた。
本当は自分の部屋で済ましたかったことだったが、部屋が自分には受け付けない部屋であったので無理だった。本来なら、自分のため込んでいるモヤモヤを吐き出したかった。弱音を吐きたかった。そうやって、心の整理したかった。
そう思ったことも全て有海さんにはバレバレなんだろう。なぜ、俺に何も言ってこないんだ?見損なったりしないのか。
自分の過去を全て見てしまったら、浩輝という人物がどれくらい最低な男なのかが分かっているはずなのに有海は何も言ってこない。
俺を恐れているのだろうか。言ったら、ひどいことをするとでも思っているのだろうか。
分からない。
けど、怖がれているのかも聞きたくない。答えられたくない。それを答えることができるのかも不安だ。
浩輝は曖昧な感情に囚われた。
「終わり」
と顔を引き締まるように手のひらでたたく。
よし、そろそろ、着替え終わるだろう。どうせ、心の中を見られてわかってしまうけど、表面上だけはよくしよう。
と浩輝は心構えをした。
そして、少し時間が過ぎ、有海が5番のドアから出てきた。有海の髪型が変わっていた。ショッピングモールで見た有海と同じ二つ結びでゴムがなかったのか赤い紐で髪が結ばれていた。
「ごめん。待った?」
「いや、それより、髪型どうしたんだ?」
「ほら、月原さんが言ってたでしょ?今の私達、見分けがつかないって。だから、してみたの。似合ってる?」
有海は髪を浩輝に見せつけるようにくるりと体を回した。
「似合ってると思うぞ」
浩輝はデートの待ち合わせしてる時に出てくる会話のようで少し照れ臭かった。
「ん?」
有海は浩輝の目を見て反応した。
「どうした?」
浩輝は有海は何に反応したのかはわかっていた。
「うん。怖くないよ」
有海はただその一言を恭真に言って、駆け足で先へ行ってしまった。
浩輝はただじーと有海の走る姿を見て、胸がジーンとなった。自分の心が安心しているようだった。
「ヒロ君、早く」
有海は何も気づいてないように浩輝のことを急かした。
「分かった」
浩輝はなぜ有海は自分のことを受け入れたりできるのかが分からなかった。
浩輝にとって有海愛未は謎の存在である。だがその謎のところに魅かれてしまうのだろうか。
とすると、自分にはないものを持つ相手を好きになるというが本当なのかもしれない。
魅かれる理由はそれだけなのか?
自分自身の心も謎である。