十話 姫と執事
浩輝は女王の部屋のインターホンを押した。ピンポーンと音が鳴り、数分待つと甲冑姿である愛優が出迎えてくれた。
「やあ、遅いじゃないか、僕らの後ろから付いて来ていると思ったのに居なくて驚いたよ。さあ、入って」
愛優はまるで自分の家を案内するかのようである。
「ここって、星野さんの部屋なんだよな?」
浩輝は玄関で外靴からスリッパに履き替え、横が広い廊下を進んだ。廊下はただ広いだけで、珍しいものはなかった。浩輝の廊下が大きくなっただけであった。
「そうだけど、何?」
「いや、愛優と陽介って、星野さんと仲いいよな」
「仲がいいというか、今はなんとも言えないね」
「どういう意味だ?」
「見ればわかるよ」
愛優は浩輝の部屋であったら、リビングに入る扉を開いた。
浩輝の目に入ったのは舞踏会が開けそうなくらいの大きさで、赤と金を主としたゴージャス感を漂わせる部屋の構造をしていた。天井にはシャンデリア、壁には金で作られた剣や盾などのインテリア、そして、奥には金で作られた黄金の椅子が置かれてある。星野はその椅子に座っていた。さらに奥には本棚が置かれてあり、昨日愛優が言っていた『私と執事』の漫画が置かれてあった。
「お嬢様、入ってよろしいでしょうか?」
愛優は丁寧な言葉を使い、一礼をした。浩輝が見る限り少しぎこちがなかった。
「どうぞ、お入りなさい」
星野が上品な感じに口元を扇で隠しながら言った。愛優は星野の了承により中へ入った。
「ついてこい。浩輝」
愛優は小さい声で浩輝に言いながら、目でも訴えていた。
「あ、ああ」
浩輝は愛優の後ろをついていった。
そして、星野の前までたどり着いた。
「お嬢様。浩輝を連れてまいりました」
「あなたが浩輝さんですか」
どこからか声がした。前にいる星野の声ではなかった。男性の低い声。
「師匠、後ろから出てこないでくださいよ」
愛優が言って、浩輝は後ろを振り向いた。すぐ目の前には二十代後半の男が立っていた。見た感じ180ぐらいの身長だろうか。今の浩輝の身長では胸ぐらいまでしか届いていない。その男は白いワイシャツに赤いネクタイをし、その上から黒いタキシードを羽織っていた。その人は常に笑っているかのように見える目が特徴的であった。
「誰?」
十四人の中には居なかった人であった。十四人は中学生ぐらいの身長であり、その中で一番大きいのは陽介だと思うがそれでも身長差がある。
「私のことでしょうか?」
「お師匠、こちらがさっきまで話した浩輝です」
愛優「そして」とため。浩輝の方へ向いた。
「この人が僕と陽の師匠。兼夢香ちゃんの執事アルバート様だ」
「愛優さん?あなた、また、お嬢様のことを夢香ちゃんと言いましたね?」
「あ・・・しまった」
愛優は何か失言をしたらしい。愛優は浩輝の横をガシャガシャと大きな音をたてながらすごいスピードで通り抜けた。。
よくあんなに走れるもんだなーと浩輝は思った。
「愛優さんはまだ懲りていないようですね」
アルバードは愛優を追いかけた。中学生の身体では簡単に追いつかれた。愛優は捕まり、首根っこをアルバートに掴まれながら戻ってきた。アルバートは鎧を着ている愛優を平然と片腕で持ち上げていた。
「愛優さん、もう一度言いますがお嬢様のことはお嬢様と呼びなさい。あと、私のことを様付けで呼ばないでください。お嬢様と同列になってしまいます。わかりましたね?」
「は・・・はい」
「よろしい」
愛優はアルバートから解放され、床にしゃがみ込み、口に手を当てて嘔吐いていた。
「ううっ。気持ち悪い」
「愛優に何をしたんですか?」
浩輝はアルバートに聞いた。
「少し頭を揺らしました。もし、よかったら、やってさせ上げましょうか?」
アルバートは手首をブラブラ揺らし、浩輝の頭の位置に手を浮かし、こちらへと近づいてきた。
「え、遠慮しときます」
しかし、アルバートに止まる気配はない。ゆっくりとこちらへ近づいてきた。浩輝は怖くなり目を瞑った。
「それが賢明です」
浩輝はそれを聞き、目を開いた。アルバートの顔が目に入った。浩輝の顔をジーと真剣な表情で見ていた。見定めている感じだ。
「んーー。あなた、少し汚れてますね。しかし、自分で覆い隠しているなんて、いや、自分もだましているのか?んーー」
アルバートは浩輝の顔を唸るように見ていた
「?」
浩輝は首を傾けた。
「・・・し・・・師匠、それ本当に見えて言ってるんですか?」
愛優はまだ吐き気があるのか口に手を当てて、苦しそうにしながらも、二人の会話に入ってきた。
「愛優さんみたいなお嬢様の害になる者はすぐにわかります。浩輝さんは違う。お嬢様に害にならないけど、少し黒い何かがあります。浩輝さんは自分と向き合った方がいいと私は助言しときます」
浩輝は今自分がどういった心境にいるのかわからなかった。なぜ、こんなに心が締め付けられるのさえ。
「し、師匠、ひどくないですか。何で助言してるんですか。最初に僕のことを見たとき、あなたには下心があるとか言って、容赦なく足技で転ばして、頭揺らしたじゃないですかー。」
愛優は自分と浩輝の扱い方が違うことに腹を立てていた。先ほどまでの吐き気がなかったように。
「私は女性に手は出せませんよ」
「浩輝は男っていいましたよね」
「はい、覚えてます。けど、今は女性です」
女でなければやられていたと言うのか。浩輝は初めて女で良かったと思えた。
愛優は憎らしいと言わんばかりの目で睨んできた。
「あなたたち、少々うるさくては?」
そこで黄金の椅子に座る星野が騒がしさに耐えかねたのか言ってきた。
「申し訳ありません。お嬢様」
アルバートはすぐさまお嬢様の方を向き、右手を胸に添えて、左手は後ろ腰に。そして、左足を一歩引き、頭を下げた。
「ほら、愛優さんも」
アルバートは小さい声で愛優に言った。
「あ、はい」
愛優はアルバートを見様見真似でお辞儀をした。さすがにぎこちがない。
「許します」
と星野は言ったのでアルバートと愛優は頭を上げた。
「それより、浩輝さん、あなた何でここに来たか忘れていませんか?」
「そうだ。有海だ。有海はどこなんだ?」
有海はこの部屋の中には見当たらなかった。
浩輝が言ったとき、ちょうど良く扉が開いた。その扉の向こうへ居たのは有海であった。服はジャージではなく、薄い赤色のドレスコードであった。しかし、星野みたいなウェディングドレスみたいなのではなく、今時の軽い感じで、スカートがひざぐらいの丈で上は肩を出し、とても露出が多いドレスであった。
「ちょうどいいですね。迎えに行ったらどうです?」
浩輝は星野に言われ、目を開けてなく腕を前に出しウロウロとさまよっている有海のところまで行った。
「有海さん、大丈夫?」
「あ!!その声は、ヒロ君」
有海は浩輝の服を両手でつかんで、目の前にいることを確認してから目を開けた。
「えへへ」
有海は服から手を離し、少し照れたようにはにかんだ。
「ど、どう?似合うかな?少し派手かな」
と有海は浩輝に服を見せるように一回転した。
「似合ってると思うぞ」
「良かった。この服、星野さんの服なんだけどね。たくさんあるのよ」
「じゃあ、俺も着てみようかなーってね」
浩輝は軽い冗談で言ったつもりであったが有海は目を輝かせた。
「それ、いいね。私が着させてあげるよ」
「え?」
「ほら、こっちへ来て」
と言って有海がさっきまでいたであろう部屋に引っ張られて中へと入った。
その部屋は多くの服に囲まれていて、側面には大きな鏡があった。浩輝は少し拒絶反応をしたが、それが普通の鏡だと分かると落ち着いた。
「いや、でも、勝手に着るのは星野さんに悪いよ」
「大丈夫よ。もう了解は得ているから」
といい、有海は浩輝に似合いそうな服を「んーー」と唸りながら選んでいた。
「いや、でも、俺は有海さんと同じ顔で、同じ体だし、意味がないんじゃないかな?」
浩輝は遠まわしにいやいや言ったのだが、有海は聞かずに、気づいたら、服を脱がされ着されの繰り返しの着せ替え人形状態になっていた。
「やっぱり、私が二人いるみたいでいいね。髪型も変えられるし、いろいろ試せるしね」
いろいろな髪型、いろいろな服を着され、今の浩輝は髪型をツインテールににされて、オレンジ色の肌によく密着するドレスを着ている。
「可愛いーよ。浩君」
有海は浩輝に抱き着いた。有海は無意識だと思うが、浩輝は意識しまくりで顔が茹でタコのように赤くなる。
「うおーい、やめろーー」
抱き着いた有海を引きはがそうと体を揺らすが中々離れなかった。
「わー。っもう、少しぐらいいいでしょ。女なんだから」
「いや、心は男だから。こういうことすると・・・」
意識してしまう。
「って、俺が似合うってことは有海さんにも似合うってことだから、次は自分で着たら?」
浩輝は疲れて投げやりに返した。
「えー嫌だよ。恥ずかしいよ。そんな恰好」
「じゃあ、なんで着させたんだよ?」
浩輝はガクッと肩を落とした。
「可愛いと思ったからだよ。でも私が着るにはちょっと勇気が足りないから」
「何だよ。それ」
深い溜息をついた。
「んーー。やっぱりどれも似合うなーー」
「もう、やめにしないか?」
浩輝はクタクタになり床に座っていた。
「えー、あともう少し、これだけ」
と服をもって浩輝に近づいてきたとき、扉からノックの音がした。有海は目を閉じ、「どうぞ」と言い、扉が開き、星野が入ってきた。
「あなたたち、遅いわよ。あら?」
星野はへたり込んでいる浩輝を見た。
「あ、夢香ちゃん。ほら?可愛くない?」
「そうね。でもこれなんかもっと似合うんじゃない?」
星野は新たに奥から服を取り出した。有海は目を薄く開けなるべく下の方を向き、徐々に上に向き、服を確認した。
「いいね。着させてみよう」
こうして、浩輝の着せ替え人形は二人によって弄ばれた。
浩輝をこの部屋から出られたときは疲労と苦痛で倒れそうなときであった。
服装はここへ入る前の服装に戻ったが、もうすぐで恥ずかしい恰好で出るところであった。
この時、女になったのを恨んだ。
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「おい、浩輝、何してたんだよ。お嬢様と愛未ちゃんと二人で同じ部屋で。羨ましすぎるだろ」
愛優は涙を流しながら悔しんでいた。
それを聞いた浩輝は深いため息をついた。
「どこがだよ。あんなの二度としたくないね」
「なら、僕と変わってくれよ。そうだ。お前の能力で俺を女に換えてくれよ。お願いだ。俺の鎧上げるから」
「鎧なんかいらねーよ。てか、そもそも、能力自体どう発言するのか未だにわからないんだぞ」
「じゃー。変えることができたなら変えてくれ。鎧がダメなら君の奴隷になってもいい」
といって、頭が軽い愛優すぐに頭を下げた。
「愛優、そこまで言うとみっともないぞ。浩輝はご苦労だったな。お嬢様がお世話になった」
その声はあまり聞いていない陽介のものであった。
浩輝がここへ訪れたときいにいなかった陽介がいた。浩輝が試着室にいたときに、陽介が来てたらしい。浩輝は陽介に初めて声を掛けられたような気がする。
「そうです。陽君の言うとおりです。少しは愛優君も陽君を見習ってほしいですね」
アルバートは陽介の言葉を同意するようにうんうんと頷いた。
「許せるんですか?師匠。もしかしたら、浩輝が女だからって、僕たちが入れない中でお嬢様の裸を見ているかもしれないんですよ」
その時アルバートのニコニコ笑っている表情が固まった。
「それは本当ですか?」
アルバートは腕をコキコキ鳴らしながら崩さない笑顔で浩輝の方へ近づいた。
「し、してませんよ。全て、愛優の妄言です」
アルバートはそれを聞き、愛優の方へ方向転換した。
「え?なんで、俺の方へ近づくんですか?師匠」
「愛優君。あなたはもう少し考えてから発言した方がよろしいですよ。お嬢様は気品あるお方です。裸になどなりません」
「え?でも師匠も想像したんじゃないですか?お嬢様の裸。だから、浩輝に近づこうとしたんで」
アルバートは愛優の言葉を最後まで言わせず、愛優の頭を細かい振動で揺らした。
「あああーーー」
愛優の声は振動しながら、部屋に響き渡った。
「うわ」
と陽介は揺らされている愛優を見てられないのか視線を別の方へ移した。
「陽介はやられたことがあるのか?」
「ああ、初めて会ったときに未熟者って言われて、頭を揺らされた。あれは受けてみないとわからない」
陽介の身体は揺れていた。浩輝はそれを見てそれほどやばいのだと身震いした。
「そうか・・・」
陽介と話してると、アルバートは愛優を揺らすのが終わったらしく、浩輝と陽介に近づいてきた。愛優は倒れたまま動いてなかった。
「ふぅ。お嬢様と愛未さんはまだ試着室にいるんですか?」
手を揺らしながら、浩輝に言った。
「そうですね。まだかかりそうですね。お互いの髪を編んで楽しんでましたし。ん?」
浩輝は二人はどうやって髪を編んでんだ?髪を編むときに目を見てしまうのではないか?
「どうしました?」
「いや、何でもありません」
もしかして、星野の目を見てしまっている?
「そうですか?んーー。そろそろ、お昼の時間なんですがどうしましょうか」
浩輝はアルバートが言ったのを聞き、ケータイを見たが12時を回っていたのを確かめた。
「本当だ。なら、西方さんが弁当作ってくれてるはずなので取りに行きましょうか?」
「その人は信用できる人ですか?」
「信用できますよ。とても優しい人です。なら、一緒に弁当とりに行ったときに一目見たら大丈夫だと思えますよ?」
アルバートの観察眼を信用して、浩輝は言った。
「すいません。遠慮しときます。私はお嬢様のそばを離れることはできないので」
「なら、俺一人で行ってきます」
と浩輝は言うと
「俺も行く」
と言い陽介がついてきた。
浩輝は陽介と食堂へ向かった。その間、歩きながらしゃべることはなく、陽介と何を話したら話題が広がるか考えていたら、食堂についてしまった。
食堂に入ると調理した後なのか様々な良い匂いが混ざっていた。
奥に進むとテーブルにぐったりと目が虚ろになっていかにも泥酔している谷崎と西方がいた。
「でね。西方さん、そいつが言ったんですよ。純一って夜になると変わるよねって、それで俺は答えたんすよ。それを見たやつはお前だけだぜって。どうですか?」
谷崎は酔っていて恥ずかしさを知らずに自分の過去を赤裸々に言っていた。谷崎はどうやら、酒を飲むと口が軽くなる感じであった。
「はっはっはっは。イカすねー。で、その人とはどうなったの?」
いつも落ち着いている西方は豪快に笑っていた。そして、声も豪快であった。
酒を飲むと人が変わる人間がいることを浩輝と陽介は実感できた。
「そのあと、別れました。あなたが何を考えているかわからないって言われて。ひどいですよね。俺。ちゃんと付き合ったのに」
谷崎はシクシクと泣いてしまった。
「おいおい、泣くな。飲んで全て忘れてしまえ。ほれ」
西方は良かれと思って、谷崎のコップの中に酒を溢れそうぐらい注ぎ入れた。
「おっ」と声に出しながら、谷崎は酒ぞこぼさないよう口元まで運んだ。
「ん?」
西方はようやくこちらに反応した。
「おーー。陽介くんに浩輝くんではないか。あーー。弁当だよね。キッチンの前にあるテーブルに置いてあるよ」
西方はいつもよりハイになっていて陽介の首に腕を回し絡んできた。
「それより、陽介くんも飲んでいかない?酒を飲むのはやっぱ多くないとね」
といって、西方は陽介に息を吹きかけた。
「未成年なんでやめときます」
陽介は自分の鼻をつまみながら丁寧な口調で断った。
「別にそんなこと気にしなくていいんだよ。ここには警察とかいないんだから、ほら、一杯だけでもいいからさー」
と西方は絡むのを辞めずに、コップに酒を入れようとしていた。
「浩輝、どうする?逃げたほうがいいと俺は思う」
「そうだな。俺も同感だ」
浩輝と陽介は弁当を持って、この部屋から抜け出した。
その際、西方が後ろの方で、
「あれー?いらないの?」
と言っていたが浩輝と陽介は構わずに逃げ、この部屋から抜け出した。
弁当は5つ。
「そういえば、アルバートさんの分がないな」
「いや、師匠の分は要らない」
「なんで?」
「師匠は人間ではないからだ」
「人間じゃなかったらなんなんだ?」
「とにかく、師匠の分は要らない」
陽介はアルバートが何なのかを知っているらしいがそれ以上何も言わなかった。
その後会話はないまま、もとの部屋に戻った。
「お嬢様、戻リました」
と陽介は部屋に入る前に一礼して入った。陽介も愛優と同じような立場らしい。
浩輝は礼をせず、その後をついていった。
「おーー、飯だー」
さっきまで倒れていた愛優が起き上がってこちらへ近づいてきた。
「いけませんよ。愛優さん。そんなに慌てない」
とアルバートが愛優の首を掴んで止めた。
「ぐぇ」
愛優は急に首を捕まれ、変な声が出た。
「それでは、お嬢様と有海さんを呼んでまいります」
アルバートは愛優を無造作に離し、試着室の方へ向かった。
「あーあ。容赦ないなー。師匠は本当に」
愛優は首を触り、アルバートが試着室の方へ向かったことを見計らい、口を軽くして言った。
「なー、前から思ったんだけど、何で二人はアルバートさんを師匠って呼んでんだ?」
「それは、人と戦うための方法を教えてもらうためだよ」
愛優が言い。陽介は頷いた。
「誰とだよ?」
「それは自分を殺しに来るやつに決まってる」
陽介は腕を組みながら言う。愛優も「そうだ」と頷き、
「浩輝もやっといたほうがいいぞ。生き残るためにも。ジョーカーを殺すためにも」
と言った。ジョーカーを殺さないとコロシアイが終わらない。だが、ジョーカーはターロットによって決められている。本人は殺したくないが殺さないといけない立場にあるのかもしれない。
もし、ジョーカーが知っている人ならば殺せるのだろうか?ジョーカーを殺して殺し合いが終わり、一つの願いは何と答えるのか。健と陽は生き返らせることは可能なのだろうか?しかし、それは一人限定。有海を守り、生き抜き、元の世界で出ることがべしとなのか?なら、他の人はどうなんだ?自分と同じなのだろうか?智也はこの世界がいいといっていた。
浩輝はどうなのか気になり、陽介と愛優に聞いてみた。
「二人はもとの世界に戻りたいか?」
すると、一瞬、表情が硬い陽介が目を見開いた。、
「何言ってんだよ!当たり前だ。戻りたいに決まってるだろ!」
陽介はいきなり大きな声を上げた。感情が表面に現れた。鋭い目つきがさらに鋭くなり、歯を力強く噛んでいる。
「まあ、落ち着け、陽。なあ、浩輝は戻りたくないのか?」
愛優は陽介の肩を叩き落ち着かせ、優しい口調で浩輝に言った。
「いや、戻りたい。今の言い方は戻りたくないって言い方だったよな。陽介。悪い」
「そ、そうか。良かった」
陽介は浩輝の返事を聞け、安心した表情になった。
浩輝はそれほどにも帰りたいと言う陽介がいて気持ちが落ち着いた。
二人は浩輝と同じ元の世界に帰りたいと願っている。普通である。だけど、誰しもではなかった。昨日あった智也はもとの世界によりこの世界のほうがいいと言った。この殺し合いの状況になった今も智也はこの世界、に来たことを喜んでいるのだろうか。
「で?浩輝も師匠に頼んでみる?」
「そうだな。俺も守るべき人がいるからな」
浩輝は頷いた。
「そうだな。愛未ちゃんがいるもんな」
愛優はからかって言った言葉ではなく、真剣な眼差しで浩輝のことを見た。
「ああ」
と浩輝が頷くとアルバートの声がしてきた。
「愛優さん、陽介さん、椅子とテーブルを物置から持ってきてください」
とアルバートが星野と有海を連れてこちらへと近づいてきた。その時、星野が有海の手を握り誘導していた。
やはり、補遺のは有海の目を見たのかと浩輝は思った。
「床でいいんじゃないですか?」
愛優がアルバートにそう言うと、アルバートの顔が一瞬固まった。
「愛優さん、あなたはお嬢様に床で食べさせるのですか?」
アルバートは愛優に近づき、いつも通りに頭を揺らす準備をしている。
「え?え?」
愛優はまた頭を揺らされる恐怖で動揺し焦る。
「アル。大丈夫です。床で食べましょう」
「しかしお嬢様たる存在が床で食べるなどと」
星野はアルバートに提案するが、アルバートは怪訝そうな表情をしている。
「昨日も床でいただきました。だから大丈夫です」
「そうなのですか?」
とアルバートは頬をぴくぴくしながら陽介と愛優に向けて言った。二人はびくびくしながら、何回もうなずいた。
「アル。いいでしょ?」
星野は甘えるような声でアルバートに言った。
「はー。お嬢様がそこまで言うのであればいいでしょう」
とアルバートは仕方がなくお嬢様の言うことに折れ、自分のポケットから白いハンカチを取りだし、お嬢様の前に敷いた。
「お嬢様、どうぞ、お座りください」
「ありがとう。アル」
星野は白いハンカチの上に座った。
「愛未さんは私のジャケットで我慢してもらってもいいでしょうか?」
「いや、いいですよ。私、別に気にしませんし」
「いや、女性にそんなことはさせません」
とアルバートはジャケットを敷き、「どうぞ」と有海を座らせようとした。
「座っときなさい。アルはこういう時、私以外には引いたりしないから」
「そ、そうなの?なら、失礼します」
有海は座り、浩輝らも座った。
そして、西方さんが作ってくれた弁当を食べた。
西方が作った弁当は見た目に凝っていて、色とりどりの食材を使っていて、味もとてもおいしく、アルバート以外の皆は良く味わって食べていた。星野と有海は遅く二人っで雑談を交えながら食べていた。他の男ども(浩輝含める)は味わって食べていたがすぐに食べ終わり暇を持て余していた。
「あのアルバートさんは食べなくていいんですか?」
先ほど、陽介に言ったことをそのまま質問してみた。陽介と愛優の視線が浩輝の方を向いた。それは質問してはいけないことなのだと浩輝はこの時分かった。
「はい、私はお嬢様のものですので」
アルバートは変わらずニコニコしていた。
「そうですよね・・・あははは」
浩輝は意味が分からなくてもこれ以上は聞いてはいけないと思い、笑って、このまま話を終わらせようとした。
「お嬢様言ってもよろしいでしょうか」
「ええ、いいですよ。アル」
「いいんですか。お嬢様」
陽介は戸惑う表情で星野に聞く。
「ええ、あなたもこれで楽になるでしょう」
星野は陽と愛優の方に向けて言った
「しかし、このままだと万が一・・・」
愛優はうろたえるように言う。
「愛優。あなたは疑っているのですか?大丈夫ですよ。万が一、そうなっても、アルバートは誰にもやられません。そして、私を守ってくれます。アルバート、言っていいですよ」
星野はアルバートに絶対的信頼を置いていた。
「はい、お嬢様。では、浩輝さんに愛未さん。これから私の秘密を教えます」
と言って、アルバートは話し始めた。
「私はお嬢様の能力によって今日生み出されました。なので、此処へ来て、まだ、数時間しか生きていません。
今まではお嬢様の想像の中の存在でいろいろとお嬢様に多くのことを命じられた身でした。しかし、想像上の私ではほとんどの命令は推考できませんでした。悔しい限りでした。お嬢様に無礼を働いた者、お嬢様に色目を使う者などを粛清したかった。なので、私は今、本当にお嬢様のお役になることができて誠に感激しております」
とアルバートは細い目から出てる滴を内ポケットから取り出したハンカチで目を覆っていた。それを見かねた星野は箸をおいた。
「少し、脱線してるわね。けど大体はアルが言っていることはあっているわ。私の能力は想像した者を生み出せることができるのです」
能力を言うことは生き残れる手の内を見せること。それはとても危ない行為である。それを聞いた浩輝は気になったことを質問した。
「デメリットとかないのか?」
「デメリット?」
「例えば、俺は変身するとき痛みも一緒についてくるんですけどそういったのはないのか?」
「私のカードにはそのようなことは書かれておりませんでしたわよ。能力の使い方だけでしたわ」
「ないというのもあり得るのか・・・」
浩輝は自分の能力がとても使えないものであることが分かる。
「いや、それはどうかな?僕と陽のカードにも能力の使い方しか書いていなかった。まー、僕と陽の能力のデメリットは予想につくけどね。多分書いてないだけでそれ相応のデメリットはあるのかもね」
「二人もカードを見たのか。能力は何だったんだ?」
「ひ・・み・・つ」
愛優は人差し指を口元にそっと触れ、ウィンクをした。
男が男にやっても気持ち悪いだけである。ときめくものは一つもない。見ている方も気持ち悪いだけだと思われる。
「はいはい、陽介も言えないのか?」
愛優をスルーし、陽介に尋ねた。
「言えない」
陽介は浩輝と目を合わせず、目線は下を向いていた。
「そうか。気になるな」
「まー、多分、いつか見せる時が来るかもしれないからその時に当ててみろよ」
「分かった。当ててやるよ」
「浩輝ごときに僕の能力が分かるかな」
と愛優は悪役の笑い方かつ見下すような感じで言った。
「では、そろそろ能力のことはここまでにして、そろそろ、昼食の後どうするのか話しましょうか?陽介さんと愛優さんは私と特訓します」
「あ。師匠。浩輝も一緒にいいですか」
浩輝の代わりに愛優がそう言うとアルバートは浩輝のことをジーと見た後、口が開いた。
「申し訳ありませんがそれは出来かねます」
「良かったな。浩輝・・・って、あれ?なんて言いました?師匠」
愛優はアルバートは断ることはないと思っていたらしく激しく動揺していた。
「私は無理ですと言いました」
「何でですか?」
「浩輝さんは人を殺めることができないからです。なので、私が教えても意味がないでしょう」
「俺だって、いざとなれば」
「残念ながら、できません。まだあなたにはそんな覚悟はありません」
浩輝が言い切る前に遮り、アルバートはできないと断言する。
「なら、愛優と陽介には覚悟があるんですか?」
できないと言われると反抗したくなる。自分はできるんだと。
「あります。何かを守るために人を殺める覚悟が」
「それは俺にもある」
有海さんを守ることだ。
「浩輝さんがあると思っていても、あなたの中にいるものがそれをさせないでしょう。それが何だかあなたは分かっていない。逆に何故か、愛未さんはお分かりになっているらしいですよ」
アルバートに言われ、浩輝は有海の方を見た。有海は少し戸惑ったように首を動かしていた。浩輝は自分の中にいるものが何なのかを聞くために、有海に聞こうと近づいた。
「有海さん、俺の中いるものってなんなんだ?」
「そ、それは・・・」
と有海はどうやら知っているらしいのだが口には出したくないらしい。
「言わなくていいですよ。愛未さん。もし、それを言ったとしても、浩輝さんは受け付けないでしょう」
「言ってくれれば、俺だって何をすればいいか、わかる」
「いいえ、あなたはそれ以前に認めないでしょう。全てをなしにするでしょう」
「あなたに俺の何が分かるんですか?俺のことをどれだけ知っているんですか?」
浩輝はアルバートが自分のことを自分以上にわかっていることを言っているのに無性に腹が立った。
「まったく知りません。ただ、あなたが恐れている何かはあなた以上に知っています」
「じゃあ、俺は何をすればいいんだよ?」
「浩輝さんは先ほど私が言ったように、あなたはまず自分と向き合って、自己完結してください。それが終わったら、特訓してもいいですよ」
「そう言われたってどう自分と向き合えば・・・」
「自分で考えて下さい。自分が疑問に思うことをとことん突き詰めればわかるはずです」
浩輝にはアルバートが冷たい言葉を言い放っているようにしか聞こえなかった。
「分かった。分かったよ。俺はこの場のお邪魔虫なんだろ。ここから出ていくよ。有海さんはどうする?」
「私は・・・」
「愛未さんはまだ私といろいろすることがありますので、出ていくのであれば一人で出て行ってください」
有海が戸惑っているのを見て、星野が浩輝に突き放すよう冷たく言い放つ。
浩輝は多くのむしゃくしゃに舌打ちをしそうになるが、それを堪え、代わりに歯を嚙み締めた。
「悪いな。浩輝」
「いや、あんがとうな。愛優」
浩輝は女王の部屋から出ていった。