私がきっと馬鹿だから
薄いさくら色の綺麗な角。
傷だらけの女衆が持ち帰れた唯一の亡骸。
歯を食いしばり、震える手のひらを必死に抑えようとする御館様。そこには一国の当主ではなく一人の父親の顔が滲み出ていた。
「”人間”ごときが……我々が何をしたというのだ…」
民に悲しみの色が広がる。
女衆が決死の想いで持ち帰った鬼の誇りである角。 国で一番美しいとされていた姫の角を一体誰が間違えようか。
「さて、皆の者…心づもりは出来ておるか…」
御館様の一言に民は何を言うでもなく皆一斉に海岸へと走り出した。
そんな中、御館様は角から未だ目が離せずにいる男のもとへ歩み寄る。
「瞬よ…姫は…姫は、これをお前に持っていてほしいと言っていた…。」
そういって御館様は角の乗った小さな手ぬぐいをそっと彼に持たせた。
「わかって…わかっておいでだったのですか…ひ、姫は…全て、こうなることも…」
「…わかっておった。そして、この先のことも…わしには伝えてお行きになった。」
「…嫁いだのですか…姫は…あの男の元に…」
「そうであろうな…それが時間を稼ぐ一番の方法であった。」
「何故姫はあの男を殺さなかったのです…姫ならば、寝首をかくことなど、女衆とてそうでは…」
「私がお止めした時に仰られた。”餌を奪ってはならぬ”と。」
ぐっと息が詰まった。
姫の意図を理解したからだ。
”鬼”にとって、”怒り”は古来よりなににも代えがたい原動力であった。
鬼が生まれた起源もその元となるのは恨みや辛みだと伝えられている。
姫はそれを利用した。
いくら人より強い鬼とて生き物だ。国が取り囲まれた環境で戦えば篭城もできずに陥落するだろう。 だからそうなる前に婚姻に応じる内容の手紙を出した。
相手の手が空いた間に民を外へ逃がし、己は囮となる。 嫁入りに一人は怪しまれることと、証拠を持ち帰らせるためだけに女衆を連れていき、後は現状の通りだった。
これはただ姫が賢いが故のものではない。姫が”先読み”の力を持って生まれたが故に実行された約束された未来だった。
「姫から君に、伝えてほしいと言われていた…。」
「…姫は、なんと…」
「…笑いながら言っていたよ…”わらわの方がかっこ良いであろう”と。実にあの子らしい。」
「…っ、馬鹿姫…!」
鬼が泣いた。
それが始まりの相図となり、その後本島の方では三日三晩、怒りに囚われ自我を失い、暴れに暴れた鬼の民によって島から人間はいなくなった。
後の”鬼が島”である。
「姫、すぐそちらへ参ります。」
泣いた鬼は戦の終わりに自ら死んだ。
胸には薄さくら色の角を抱いて。
(…馬鹿な男よ…)
死の直前。
そう言って笑う、女の姿が見えた気がした。
彼女が最初に彼を“馬鹿だ”と言った時、既に彼女は理解していた。
彼が求婚するために手柄を立てようとすることも、自分の死を知って涙を流すことも、彼が戦の後自分の後を追うことも。
そんな彼と知りながら、止めなかったのは、その気持ちが嬉しかったから。
道連れになんてしたくはないのに、それでも共に死んでくれるのが嬉しかったから。
という小話でした。
さらに小話。
姫の死因は角を取られたから。
事に及んだ後か前かは皆様のご想像にお任せ致しますが、姫は豚野郎に人間にはない角を馬鹿にされ、豚野郎の刀で削り落とされた為に死にました。
角を落とすと死ぬということを豚野郎は知りませんでした。気にかけるわけもないような外道です。
やっと手に入れた姫だというのに悪戯心からすぐ殺してしまい、また角のことを告げず、さらに抵抗も叫び声一つあげることなく死んだ姫に意図的なものを感じ苛立つ豚野郎。
その晩近くにいた家臣が何人か斬られたとか斬られてないとか。
ここまで読んでくださりありがとうございました。