邂逅編第二話「he meets witch」
第二話です。第一話との分量の差が酷くてすみません。
国際魔法機構「教会」憲章
第一章 第一条
本機構は、普通及び特別公認魔法技術師(以下、魔術師と称する)による自治組織であり、それは一国家と同様の権利、義務を持つ。本機構に加盟した国及び魔術師は、魔術師としての尊厳ある最低限度の生活を送る権利を有し、本機構はその生活を提供する義務を有する。
第一章 第二条
本機構は、魔術師の世界での活躍を援助するため結成された組織である。そのため、本機構は国家法、国際法に抵触しない魔術師の活動を制限することはできない。
第一章 第三条
本機構の立法権は立法議会が有する。
本機構の司法権は司法院が有する。
本機構の行政権は元老院が有する。
元老院とは、アークを総帥、加盟国の魔術師から選出された六名を元老、立法議会、司法院からそれぞれ三名、計六名を元老補佐とした、合計十三名で構成される行政機関である。
ただし、立法・行政は加盟国代表との相互承認によりのみ行われる。加盟国または本機構が拒否権を行使した場合、司法院による審査が行われ、適切な判断を下す。
司法院とは、加盟国から各二名ずつ役員を招集し、これに本機構任命の司法長一名を加え、計十五名で構成される司法機関である。役員の任期は罷免の場合を除き四年間である。役員の罷免権はアークのみが持つ。その場合、追加役員の任命権もアークのみが持つ。
(『教会憲章』より一部抜粋)
ユーロ連合帝国。新ユーラシア大陸の西端に位置する、世界で一番の規模を誇る国である。人口は一億五千万人。その中の一億人は魔力を使える人間だと言われている。魔法使いの国としても最大の国なのだ。
魔力とは、今から四百年前に突如出現した「ホール」から現れた不思議な力である。ホールの出現とともに人類の科学文明、いや、暴走した機械軍は全て破壊された。なぜホールが出現したかは、謎のままだが、人々は、神の救済だと認識している。(そのせいで、魔法使いを徹底的に崇める宗教ができたくらいだ。魔法使いの多くなったこの時代でも地域によっては根強く残っている。彼らは魔法を極力使わないらしい)
現在、魔力は世界中のあらゆる自然物質、そして人間の体内に存在している。親が魔力の影響を受け続けると、一定量以上の魔力を貯め、それを扱うことのできる人間が誕生する。「魔法使い」と呼ぶべき人間だ。
ホールが生まれ、科学技術が崩壊した直後は、魔法使いは数えるほどしかいなかった。人々は彼らを英雄に祀り上げ、魔法使いはそれに押され国際組織「教会」を作った。そして彼らの中心人物であった魔法使い、ディーデリヒ・グリュックスブルクを教会のトップ、「アーク」とした。(ちなみにアークは、「聖」という意味らしい。世界を破滅から救った魔法使いたちは、人々にとってはやはり神に近しい存在に見えたのだろうか)
なぜ、魔術師ではなく魔法使いと呼んでいるかというと、この世界での「魔術師」とは資格の名であるからだ。普通公認魔法技術師または特別公認魔法技術師、の略である。普通と特別の違いを説明は難しい。また、これの他に第一級魔術師とか第二級魔術師とかいう分類があるため本島にわかりにくい。(魔術師や魔法使いというこの二つの名前は体系的な名前で、人々は魔法使いたちを区別するために様々な役職や能力で呼び方を分けていく。区別された呼び方のほうが一般的だ)
魔法技術師というのは、魔法を扱う技術を一定のカリキュラムを受けて体得した魔法使いに与えられる資格だ。魔力が満ちている世界では、もちろん魔力を利用した機器や制度が存在する。そういう役職には魔術師しか就くことができないのだ。子供の時の診断で魔法使いとされた人は五年間の基礎教育を受けなくてはならない。そして魔術師資格を取りたい者のみ、その上の中等科、高等科、研究科へと進んでいくのである。
そして世界の魔術師を管理する国際機関、国際魔法機構「教会」。教会の援助を受け世界の魔法国七つが各国一つずつ設立するものが、「学院」である。帝国の首都、アットガードに学院————正式名称を「魔術師育成機関学校ユーロ連合帝国校」という――はある。ただ、完全に学院は教会のもの、国のものではなく、学院は教会と当事国(主に軍部)と生徒の代表者によって権利を分割して統治されている。(どれかが出すぎた行動をしないように牽制しあっているのである。教会の三権分立に近い)
と、教会が作った学院のパンフレットを読んでいたナギは顔を上げる。
アットガード。世界最大の学院がある都市に到着したのだ。
「…………???? 初めてアットガードに来たけど……こんなに大きいのか、話に聞くよりでかい」
ユーロ連合帝国の首都、世界で二番目の規模を誇る魔法都市、アットガードは金属を魔術で加工して作られた巨大要塞都市である。
半径十キロメートルのドーム型をしたアットガードは大きく分けて五つの層に分かれている。一番上から、政府層、学院層、軍部層、学生層、臣民層。これがユーロのヒエラルキーをそのまま表しているといっても過言ではない。つまり魔術師は国の中で最も重要視される人種なのである。下層の方が面積も大きく住民も多い。上層に行くと設備が充実しているが自由に利用できるものは少なくなる。所定のライセンスが必要な区画が多くなるからだ。
ナギたち魔術師候補生の学生たちは、昼間学院層で魔術を学び、夜は学生層にある宿舎で過ごしている。
ナギは、臣民層の外部に設置してあるアットガードの総合エントランスに到着した。アットガードの首都外ゲートからこの総合エントランスまで長い廊下を十分も歩かなくてはならない。(そこだけ転移魔法がセキュリティの問題上使えないそうだ)。アットガードの広さを垣間見た。このエントランスから魔術での転移装置を使って各層へ行くのである。
エントランスには彼以外訪問者はいないようだった。受付の女性が二人で切り盛りしている様子。
「今日はどちらにご用事ですか?」
ナギが受付に近づくと黒髪を丁寧に結んだ初々しい受付嬢がにこやかに迎えてくれた。
「学院に入学するので学院層に用があるんですが」
ナギは少し緊張しながらも丁寧に話す。都市の人間と話すのは初めてだから戸惑うのも当然であろう。
「分かりました。入学許可証を確認します。お持ちですか?」
「あ、はい」
そういってナギはノルから預かった許可証を彼女に渡す。すぐさま彼女はそれを装置に接続しチェックし始めた。
もうノルはいない。既にホームに帰った。学院についたとき一言、
「お前の力を見せて来い。帰ったときはワシも、アランをも越えていることを願っておるぞ」
と、なんとも無理難題をふっかけて帰っていった。
(ノルさんは無茶苦茶なんだから……。とりあえず、「ホーム」とかアランのことは忘れて修行するか)
「確認完了です。では検査があるのでどうぞ~」
受付嬢に連れられてナギは廊下を歩く。ナギのホームとは打って変わって現代的、いや、機械的な通路だ。金属でできているのだからしょうがないのだろうが、これが全て魔力で動いているということが驚愕だ。先人たちの知恵には目を見張るものがある。
「検査って、何ですか?」
「えーとですね~、検査は、検査です!」
「あ、はい……?」
受付嬢の、的を射ていない回答に困惑し少し不安になるナギだったが、そんなことを考える暇はないようだ。受付嬢は検査室とかかれた扉の前で止まる。
「つきましたよ! さあ、アレの中に入って!」
扉をあけて女性が指差すのは、なにやら円柱のような容器、もといカプセルだ。
明らかに怪しい液体が満たされているのはナギも気づいたようだ。緑色である。青い顔をする。
「あ、あの、ぬれませんか?」
「え? 裸で入るんですよ」
「いやそういう問題じゃ……」
「早く入ってくださいー」
「えっ、あ、わかりした」
言われたとおりに服を脱ぐナギ。だが……、
「なんで見てくるんですかっ!」
「え? いや、男性の裸は久しぶりなので」
「はっきり言わなくてもいいです!!! てか変態ですか!」
「そんな褒めなくても」
「褒めてないです!」
混乱するナギ。確かにそうだろう。男の裸体をみてくる受付嬢、もとい検査員はおそらくいない。いやいてほしくはない。そもそも彼女を受付嬢にしたこのアットガードは何を考えているんだ、とナギは心底ここに変な不信感を抱いていた。
「ささー、入ってくださいね」
「み、見ないでくださいね!」
と言いながら女性は目を逸らそうとはしない。もはや男女逆の構図だ。ナギはついに諦めた。
(もういいか……。うん、検査に集中しよう)
本当は女性がしていることは半ば犯罪なのだということに、ナギはなぜか気づけない。女性だから大丈夫だと思っているのか。はたまた初めての学院に興奮しているからなのか。
しかし中に入ってみると、そんなことは忘れさせてくれるような、なんとも不思議な空間だった。液体だと思っていたものはなぜか魔力のような気体だったのだ。流体ではあるが皮膚を侵すようなことも染み込むようなこともない。
「大丈夫ですか? 息苦しくありません?」
「今のところはー」
ナギは、自分の体が何者かに、いや、何かにまさぐられるような感覚を覚えた。知らない何か————これは魔力と呼ぶべきものなのだろう————に包まれているのだから当たり前と考えることもできる。だが、色が着いた見える魔力など聞いたこともない。だからナギは疑問に思った。それだけだ。
無言のままカプセルの中に入って五分くらいしただろうか。さすがにナギが退屈して、ぼーっとしてきたころ、急に女性が口を開いた。
「終わりで~す。さ、着がえて~」
「あ、ありがとうございます」
カプセルを開けられ、外に出るナギ。先ほど感じた違和感の正体は掴めぬままだ。
(明らかにさっきのあの内部はおかしいんだけどなあ……。どこかで感じたような?)
ただ、彼にとってはこの後の結果発表のことが大事なのである。この検査は入学試験にも等しいもの。なんだか混乱している間に終わってしまったが……。だからさっきの考えは完全に頭の隅へ追いやられた。
「では、クラス分けの結果を発表します~」
「は、はい……」
(なんだ? いきなりクラスⅠとかはありえないだろうからその下のクラスⅡかクラスⅢかな……。結構修行したから上のほうになってて欲しいんだが……)
学院高等科での序列は大きく分けて五つに分かれている。(中等科、研究科に序列はない)。総合的な力を検査され上からクラスⅠⅡⅢⅣⅤと分割されるのだ。
ナギの目標としては、最低でもクラスⅢ————学院高等科約千人のうち百人程度の人数、上位二百位以上の強さのクラスである————に入りたいと思っている。
「え~と、ナギ・ダギステン君! ずばりあなたのクラスは、Ⅴですね!」
「はい?」
ナギは耳を疑う。今にも女性に襲い掛かりそうな勢いで身を近づける。
「あの、Ⅴって……」
「そうですよ。Ⅴは所謂、初心者クラスですね!」
「え、なんで、俺が? 俺、師に稽古つけてもらってて、そんな初心者はさすがにありえないと思うんですが」
自分の努力を完全否定されたようでナギはムキになって反論する。検査員はやれやれと言った顔でデスクに向かう。
「ん~む、納得できませんか~。では、詳しくナギ君の検査結果を伝えていきますね」
「お願いします」
ナギは少し冷や汗を掻く。予想と違う結果に理由を聞かずにはいられない。緊張もしているだろう。だがその眼には確かな炎が見える、気がする。ここでスタートを間違ってはいけないという思いの表れか。
「まず、総魔力量ですが~、これは上から二番目のランクA! 素晴らしいですね。これだけならクラスⅢは確定ですよ。次に、対魔力性。相手の幻術などからの抵抗力に関する力。これはトップのSランクです」
「SとAであればさすがにクラスⅣはいくんじゃ……」
「いや、ここからが問題なんですね……」
(やっぱりか……。なんか俺の体に欠陥でもあるのか……?)
女性はおっとりとした声と真剣な目で話を続ける。
「あと二つの項目、魔力親和性と魔力給与力が……、どちらも最低ランクのDです……」
「そ、それはどんな力なんですか?」
「結論からいいますね~。ナギ君、あなたは、魔力を外に出せない体質のようです。魔力を外に出さないから自動で外部から魔力を吸収しようとする力はほぼ0、そして自分の魔力を体外に出して契約し操る武器、『刻印武器』と呼ばれるものですね、それを作る力に至っては完全な0です」
刻印武器とは、百年ほど前に発見され、現代魔法のメジャーなジャンルとなっている魔法の一分野である。それまでは呪文や記号といった知識と技術が必要な魔法が主流だったが、「武器に自分の魔力を流し込んで自由にカスタマイズできる」刻印武器は、魔力の供給の仕方さえ覚えれば誰でも使えることから、瞬く間に世界に広まった。約五十年前から学院もこの刻印武器に関する魔力給与力を検査の項目に加えた。この時代にその力が全くないのは異常であり、大変なハンデを背負ってしまうことになるのだ。
「え? あ、はい……」
「ちなみに、親和性とは魔力吸収速度や量、放出速度や量の総合的な力で、給与力は武器契約に使うことのできる魔力量や魔力効率のことです。わかりました?」
「はい」
空返事だった。
それから先ナギの口が一時閉じなかったのは言うまでもない。
結果発表で一気に沈んでしまったナギは女性の案内により学院層へ到着した。
学院層は、いや学院層に限らずアットガードの層は全て円形の地形である。そして学院層は、一番中心部にある執行部塔――他の層との連絡塔である――を取り囲むように、クラスⅠ、クラスⅡ、クラスⅢの棟と、ドーナツ型の学校が五つあるのだ。ナギはクラスⅤだから、今一番外側で一番大きい棟にいる。
ユーロ学院の初等科————義務教育に当たる部分だ————には五千人、中等科には二千人、高等科には先にも言った通り千人、研究科には三百人ほどが在籍している。クラスの序列制は高等科だけに存在し、クラスⅠから、十・五十・百・三百・五百人ほどの生徒数だ。
この八千人強の生徒に加え、教師や施設の従業員も都市に住むことを許されている。さらにアットガードの場合政府や教会、軍部の人間もここで仕事をしているためユーロの人口の半分以上はこの巨大都市に住んでいることになる。これら全てを収容しているアットガードの大きさがよくわかる。
ナギは意気消沈したまま案内され、クラスに到着した。クラスⅤ-Ⅹ。13組あるクラスⅤの10組ということである。ちなみにクラスⅤの中での優劣ではない。
黒板に張り出されている座席表を確認し着席するが隣の席の生徒と話す暇もなく教師が入ってきた。そもそもナギにそのような心の余裕はないようだが。
髪を整えずに歪んだ眼鏡をかけた30代くらいの男だ。ふわあ、とあくびをして一言。
「んじゃホームルームはじめるぞお。おい、そこの男子、号令」
「起立! 礼! 着席!」
実は先ほど、教室に入る前体育館に行き、入学・進級式が行われたのだが、ナギはその内容など覚えていなかった。どうでもよかったのである。
(なんで俺魔力を外に出せないんだ……)
先ほどの女性検査員の言った言葉がまた頭に浮かぶ。
呆然としていた後にもう一度能力について質問したのだ。すると彼女は優しく教えてくれた。
「ナギ君は、魔力の吸収をその刻印、魔法使いの証ですね、それで行い、他の部分からは決して吸収しません。普通は、全身の体表から吸収するはずなのですが……。それにその刻印は一方通行の機能しか持っておらず、吸収はできても放出はできないみたいですね~。だから武器と契約することもできません。吸収力はなかなかのものですが放出に欠陥ありということで、ランクDです」
刻印。刻印武器という名前の由来にもなっているそれは、人が魔法使いか否かを判断する一つの材料だ。生まれた時からついている者もいれば、ある時不意に現れる者もいる。刻印という名前の由来は、体に刻まれたように赤く文字や記号が浮かび上がっているからだ。さらに、魔力を使うと光ったり形が変化するものも中にはあるらしい。ナギの刻印は、六芒星の中心に円があり、その円の中に何らかの魔法陣が書かれた幾何的なものだ。ちなみに刻印が現れている場所も人それぞれだ。ナギの場合左掌にある。
「普通は、ありえないんですか?」
ナギは自分の刻印を見つめながら質問する。
「……残念ながらありえません。ナギ君の特異体質と見て、間違いないでしょう」
落胆した。絶望というほどでもないが、心は沈んだ。普通の魔法使いとのハンデがあるのに、どうやって学院のトップに立とうと言うのか。
ナギは、自分の能力に絶対的な自信があるわけでも、逆に自信が全くないわけでもない。だが、だからこそ、自分は勝てないという確信が頭の中を支配していくのである。
ノルやアランといった師に教わった『能力』には、確かに他とは何か一線を画するものがあった。これは、ナギも感じ取っていた。エリアナや他の仲間は武器を自在に操り戦っているが自分は鉄で作られた刀。彼らはナギの体質を知ってなお、ナギに学院に行くように勧めたのか。
(なんでみんなは……。俺はどうやって登っていけば……)
「えーと、ナギ・ダギステン? いるかー?」
不意に明るい間の抜けた声がナギを呼んだ。はっと我に帰る。
「えっ、は、はいっ。います」
「ほいほい、出席チェック、と。次~」
「……ふう」
気が抜けてしまった。今の一言で。考えても始まらないことを理解したのだろうか。
「おいおいどうした? えと、ナギ、だっけ」
突然隣から呼びかけられ、ナギは振り向く。
「ん? あ、俺はナギだけど。どうしたの?」
「いやいや。ため息みたいなのついてたじゃねえか。始業式早々なのに元気ねえのかなあって思ってな」
金髪でイヤリングをつけ、ボタンを留めず制服のシャツをズボンから出している。前に立っている教師と同じ雰囲気を感じた。見てくれはいろいろイレギュラーだが気さくな男のようだ。ナギは苦笑して答えた。
「んー、そういうわけでもないよ。ただ、検査でクラスVって言われたことがまだショックで……」
「ああ、ナギは今年から学院へ編入したのか?」
「あ、うん」
「そりゃ、最初は誰でも落ち込むよなあ。俺は中等科からいるんだけどよ。そのころから才能ねえなあとは思ってたんだが、中等科最後の検査でクラスVって言われるのは、きついってもんだぜ。ま、気にするなよ。ここにいる奴らはみんなその気持ちは分かってやがるから、安心して、一緒に頑張っていこうぜ」
その男子はニカッと笑ってナギを元気付ける。曇り一つないその表情は落ち込んでいるナギにとっていくらかの救いとなった。
「あ、ありがとう。そういえば、名前は?」
「俺か? 俺は、ベンジャミン・オーウェンっていうんだ。気楽に『ベン』って呼んでくれよ」
ベンジャミンが手を差し出してくる。ナギはがっしりとそれに応じた。
「わかった。よろしく、ベン」
「おう!」
ほら、前向けよと黒板を指差すベンジャミン。どうやら新学期最初の担任の話らしい。
ベンジャミンのおかげで、ナギのこのクラスでの不安とやらは一抹されたようだが、それでも、彼の話によって、この魔術師になるための生存競争に勝てる自信が湧いたということはなかった。
「えー、このクラスは、まだ自分の武器を決めてないらしいからな。五月の末までにはみんな武器と契約できるようになってもらうからなー。あ、ダギステンは刻印武器作れない体質らしいからみんな了承してやってくれー」
クラスの目が一斉にこっちを向く。
(なんでこのタイミングで言うんだ……。まだ自己紹介とかもしてないのに……)
「え、お前武器作れないのか? ってか、武器が作れないってどんな仕組みだ!?」
隣の友人第一号が目を輝かせて聞いてきた。イメージとは真逆で、魔法とか武器とかに興味津々な男子のようだ。
「いや、魔力が吸収はできるけど放出はできない、みたいな感じらしいよ」
「ふむふむ、なんかよくわからないな!」
(興味だけが先行して授業聞いてないタイプだ……!)
見た目通りのベンジャミンにナギは驚いたり安堵したり。
「わ、わからないのか……」
幸い、ナギを見る眼に軽蔑の眼は含まれていない。皆、同じような境遇だからなのだろうか。ただ、魔力を外に出せないことがいかに不利かは、ナギも以前いろんな人から聞いていた。
今になって分かることだが、自分を育ててくれたアランはいろいろと魔術師的にハンデのあるナギを気遣っていたのである。そのあと修行をつけてくれたノルも然り。
例えばノルとの修行の合間での話。
「ナギ、一つ聞こう。名匠の作った剣で魔術師の魔力によって作られた剣で勝てるか?」
「え、勝てないんじゃないんですか」
「そうだ。では、それはなぜだ?」
「ええと、魔力の方が金属より強いから?」
「当たらずとも遠からずと言ったところか。いいかナギよ。魔力とはこの世界のものではないのだ。魔力とは我々の言う『異世界』『異次元』『異空間』のような場所にあるとされている」
「されている、とは?」
「魔力が公式に確認されてから四百年余り、魔力についての研究は進んでおるが確実に分かっているわけでない。しかし、この世界に存在するものでないことは分かっておるのじゃ」
「……この世界のものでないから、普通の剣に勝てるのですか?」
「簡単に言えばそうじゃ。詳しく言うならば、この世界の上位互換が魔力の世界であるから、我々の世界では干渉できんのじゃ。普通の剣では魔力で作られた剣に触れることはできても、傷つけることはできん。しかし逆に、魔力で作られた剣は下位互換である我々の世界に干渉できるため、容易く剣を破壊できるのじゃ」
ノルが普通の剣と魔力の剣とを見せながら説明する。ちなみに、魔力の剣は、魔法鍛冶のみが打つことのできる魔力を練りこまれた剣のことだ。普通の武器よりも契約しやすく、より魔法使いに馴染むといわれているが、何分鍛冶屋が少なく高価であるためメジャーではない。
「じゃあ、普通の武器で魔力の武器に対抗することは不可能ということですか?」
「いや、そうではないんじゃなあこれが。よし、少し実験してみるか。レフ、おらんかの!」
「どうしましたノルさん」
「ちょいと刀を二本試し切りに使わせてくれんじゃろうか? 鉄のと、お前特製魔法剣とを」
レフは首をかしげる。
「試し切りですか? はあ。ちょいと待っててください」
一分と経たないうちにレフは上物と見られる刀を持ってきた。
「ほほう、これはよく魔力を通しやすそうな刀だな」
「これで何をするんですか? ノルさん」
レフが刀をノルに渡しながら訊ねる。ノルはレフに刀を一本持たせ、
「レフ、その刀に魔力を込めてワシの刀に切りかかってくれんか」
「え? わ、わかりました」
「ナギよ、みておけ。まずは魔力の刀と普通の刀が戦った結果じゃ」
ノルがレフに切りかかるよう促す。レフは何も言わずに刀を振り下ろす。
ガギィッッッン。甲高い金属音が響き渡り、ノルの持っていた刀はちょうど真ん中あたりからいとも簡単に折れていた。
「え、の、ノルさん? なんで防御しないんですかい?」
レフが目を丸くして尋ねる。ノルはなんだなんだと言った顔だ。
「む? 実験したいと言ったじゃろう。折れても良いものを持ってこいと」
「言ってないじゃねえですか!」
「むむ、それはすまん。また打てばよかろう」
「は、はい……」
「それはそうと、もう一度こいつに刀を振り下ろしてくれんか」
「え……、承知」
「よいかナギ。今度は魔力対魔力じゃ」
折れた刀身にレフの刃が振り下ろされる。
もう一度耳をつんざくような金属音が響いたが、刀身は折れることもなく、そこにあった。
「す、すごい……」
感嘆の声を漏らすナギ。ノルは自慢げに、
「そうじゃろう! 相手がどんな剣であろうと、うまく魔力を流し込めば、鉄であろうと勝てる。素材の限界以上の力を引き出せるのじゃ。これが魔力の素晴らしさよ。わかってくれたかナギ」
「ええ、そうですねノルさん。でも、レフさんに謝った方がいいと思いますよ。なかなか落ち込んでるみ
たいです」
ナギが指差す方向には明らかに負のオーラを発しているレフが。
「す、すまぬレフよ……。今度奢ってやるから許してくれんか」
「え、いいんですけえ! ありがてえノルさん!」
このときナギが、「酒で仲直りなんてレフさん……」と彼を少し憐れんだのは秘密である。
「おーい、ナギ?」
彼を回想から現実に引き戻したのはまたしてもベンジャミンの一言だった。
つまるところ刻印武器がないと相手の魔法や武器は破壊できないということである。刻印武器がないのは本当に大きなハンデである。
「あ、ごめん。ぼーっとしてたよ」
「お前そろそろ元気出せよ! 明日からは本格的に授業もあるんだしさあ!」
「うん、そうだね。俺も頑張るよ」
「よしよし、その意気だぜ!」
よっ、とカバンを担いで教室を出ようとしたベンジャミンは不意にナギの方を向く。
「そういえばナギは、寮か? それともアパートとかか?」
「どういうこと?」
「住むところだぜー! 初めてここに来たなら今日から寮生活かアパート生活だろ?」
「あ、俺は下宿させてもらうことになってるんだ」
「おお、下宿か。いいねいいね。どこにあるんだ?」
「あー、住所はー」
バッグの中から小さなメモを発見し、ベンジャミンに渡すナギ。
「ふむふむ、そこまで案内してやろうか? 俺が」
「いいの? 実は俺学院が広くてまだ慣れてないんだ……」
「そりゃそうだよな! 学校区と居住区合わせたら広すぎて一日じゃわからねえよな。よし、それなら行くとするか! ホームルームも終わってるし」
「そ、そうだったのか。道理でみんなはしゃいでるわけだ」
少し冷や汗を掻いてしまう。ぼーっとしてたらホームルームが終わっていたなんて少々恥ずかしい。
聞き耳をたてると知り合い同士が多いらしく早速遊びの計画を立てている生徒もいた。ベンジャミンにも顔見知りが多いらしくよく声をかけられている。
「おいベン。今日遊びに行こうぜ! 新作ゲームだってよ!」
「あーすまん、俺はナギを下宿先まで案内することになってんだ。こいつ今日が初めてのアットガードだとよ」
「ま、まじか…! ダギステン、頑張れよ! ここは学生にとっちゃなかなか居心地のいいところだからよ」
「ありがと、あ、俺のことはナギでいいよ」
「わかったナギ。俺はジェニーだ」
「よろしくジェニー!」
おう、とジェニーは手を振ってクラスメイトの何人かと外に飛び出して行った。
「よし、ナギにダチができたところで、とりあえず第七地区への転移点行こうぜ」
くいっ、と親指で外を指差すベンジャミン。しかしナギは分かっていない様子だ。
「転移点?」
「ん? お前転移点知らないのか? 学院では遠くへの移動は全て魔術だぜ? 特に俺たちは学院層じゃなくて学生層に住んでるからな。転移が必須なんだぜ」
「そ、そうだったのか……」
(こんなに魔術を全面的に利用しているところなんて聞いてないんだが……)
「ま、とりあえず第七地区にいかねえとな。ほら、ついてこいよ」
「う、うん」
戸惑いながらもナギはベンジャミンについていった。五分も立たずに、転移点と見られるそれは見えてきた。クラスⅤとクラスⅣとの境目にあるらしい。ここから行き先を入力してその場所へ飛ぶのだ。
「で、でかいんだね……」
まさに転移と呼ばれるにふさわしい十メートルほどの高さの門がそこにあった。
「そりゃ、空間移動だからな! 大魔術じゃないとできねえだろ。ほら、入るぞ」
「えっ、そんなに簡単に潜れるんだ」
「おう、そうだぜ? 変なところにワープすることはないから安心しろよ」
「わ、わかった」
ベンはささっと備え付けのキーボードに第七地区と入力した。あとは入るだけだ。
目の前には開いた門。青く光っている膜のようなものがある。恐る恐る足先をその膜に付けてみる。何もない。体がばらばらになるといった心配はなさそうだ。
「!?」
そうこうしていたうちにベンジャミンは行ってしまったらしい。ナギも勢いを付けて膜の内部へ走りこむ。
「んっ?」
中は水、ではなく――正確に言えば内部というものは存在しなかった————特に息苦しくもなく、目の前には普通の住宅街が広がっていた。
「お、来たか。行くぞ」
ベンジャミンが呼んでいる。周りを見渡せば小さな子どもが滑り台で遊んでいた。どうやら隣は公園のようだ。
「なんか不思議な体験をしたみたいだ」
「そんなの今からいくらでもするぜ! さ、来いよ」
また再び歩き出す二人。
その後ろにはナギのほんの少し後に転移点から出てきた少女。
長い黒髪のおとなしい雰囲気の女子は一言、
「あの二人、確か……?」
と首をかしげて二人と同じ道を歩いていった。
アットガードは五つの階層に分かれた円形の都市、であるというのは先ほど説明した通りだ。
五つの階層はさらに八つの区画に分けられている。例えば、ナギの下宿先がある学生層第七地区は、商店街やデパート、娯楽施設の類がある学生層第一から第五の地区と違い完全なベッドタウンだ。第七地区を含む学生層第六から第八地区は学生の住居がひしめいている。
ナギとベンが歩いているあたりも閑静なアパート街だ。同じような風景が続いている。今は帰宅時間より少し早めだから外にいる学生も少ない。公園で遊んでいるのだろうか、子どもの笑う声がする。
「そうだ、ベン。聞きたいことがあるんだけど」
「ん? なんだー?」
「この学院というか、世界の魔法学院にはそれぞれ、ランキングが存在するんだよね?」
ベンジャミンは少し考え込むように腕を組み、そして、当たり前のように言った。
「あるにはあるけどよー、俺たちはランキング外だぜ?」
「な、なんだって!」
「何驚いてるんだナギー。あ、まさかランキングに入りたかったのか?」
「うん。高等科は全てランキング制なんだと……」
真顔のナギ。少し錯乱しているのだろうか。眼が危うい。だが、ランキング制は生徒の士気を高めるがないから、といって落ち込んではいられない。
ベンジャミンはナギの状況を察したのか、彼の肩をポンと叩いた。
「大丈夫だぞ、ナギ! クラスⅢに入れば公式の対戦が認められる。つまりはランキング制だ。Ⅲに入れるようにがんばるぞ!」
「……わかった」
どうも気乗りしないようだ。ベンジャミンはナギの顔を覗き込む。
(クラスⅢからじゃ不満足なのか……? とりあえずは学院の制度について詳しく知ってももらわねえとまたこんな事態になっちまいそうだぜ)
何か思いついたのか、ベンは拳を握りしめた。
「ナギ、クラス昇格試験は半年ごとに行われる。そこで能力を認められればクラスⅢに行けるぜ」
「半年かい!? わかった頑張ってみるよ」
どうやらクラスⅢになれるまでの時間が大きな問題だったようだ。ベンジャミンは胸をなでおろす。
「まずは、今日からの拠点だよな、ナギ」
「はは、そうだね」
ナギの顔ににこやかな笑みが戻る。
相変わらず周りはアパートや一軒家の通りだ。時々見え隠れする大きなマンションのようなものは寮だろうか。ベランダで洗濯物を干している学生の姿もちらほらと見かける。ベランダで黄昏ている女子生徒と目が合ってしまった。洗濯物を干していたわけではないがなんとなく気まずい。ベンにいろいろ聞くことにした。
「ねえベン。この学院に学生の親とかは住んでないの?」
「ん? ああ、そうだぞ。親が魔術師でないならこの学院に入ることは出来ないし、魔術師だったとしてもその家の魔法を守らなきゃいけないから、そう外に出る親はいないんじゃないか? 親がこの学院で働いたり研究したりしているのは聞いたことがあるが」
「じゃあ、ベンの親は?」
「俺の親は普通の人だからここには来ないぞ」
「寂しかったりはしない?」
「んー、ダチがいるしな。それに帰省もちゃんとするから一生あえないってこともないし」
「そうかあ……」
「ナギの親は? 魔法使いなのか?」
「それが……、わかんないんだよねえ。育ててくれたり、修行をつけてくれたりした人はみんな魔法使いなんだけどね」
「んー、じゃあ聞くぞ。その人たちって強い魔法使いなのか?」
「え、たぶん強いと思うよ。俺はアランって人と、ノルって人に戦い方を教わったんだけど。アランはこの世で一番強いんじゃないかって思うくらい強かった。ノルさんには知識のほうをたくさん教わって戦ったことはないからよくわからないけど、たぶんアラン並みに強いんじゃないかなあ。仲間たちが言ってた」
「すげえなあ。俺も戦ってみてえ……。一度会ってみたいぜ」
「呼んだかな?」
いつの間に現れたのか、二人の後ろには男が立っていた。
ベンジャミンは声に驚きびくっとする。
「うわぁっ! だ、誰だこのおっさん」
180センチはあろう長身。銀色の挑発をしたその男は黒いマントを羽織っていた。肩には教会の丸十字の紋章。金色の瞳がナギとベンを見つめている。
「あ、あ、ア……」
「どうしたんだナギ。私の名前を忘れてしまったかい?」
「アラン……!」
そういうやいなや、ナギは男――アランに飛びついた。アランは少し照れた顔をする。
「こらこら、やめなさい。友達の目の前だよ」
「あ、ご、ごめんベン」
「いや、いいんだ。感動の再開ってやつか? 初めましてアランさん」
ペコっと頭を下げるベンジャミン。こういうところは礼儀正しいようだ。
「初めましてベンくん。私は、アラン・ダギステンという。この子の育ての親だ」
「アランさんが育ての……。確かに強そうだ」
「強そう? それは買いかぶりすぎだよ、ハハ。私は教会勤めの役人だ。戦うことなんてしないよ」
そういいながら肩の紋章を見せて笑うアラン。しかしまだベンジャミンは疑いの目を向けている。アランも観念したように弁明する。
「まあ確かに、ナギに戦い方を教えはしたが、それは基本的なことだ。私みたいな人はこの世の中にたくさんいる。あまり恥ずかしいことを言わないでくれよ、ナギ」
「……はーい。でも、どうしてここに?」
「うん、ノルさんに頼まれてエリアナちゃんの志願書を貰いに来たんだ。ついでにパウラちゃんとナギの様子も見たくてね。あ、パウラちゃんというのはきみたちの下宿先の家主のことでね。いわゆるホストマザー、いや、ホストシスターだね」
アランはふっと笑いながらそういった。ナギとベンジャミンは首をかしげる。
「きみたちって……、ベンは下宿じゃないよ? アラン」
「いやいや、ベンくんのことじゃない。もう一人下宿生がいるんだよ。ちょうど去年パウラちゃんが下宿を営み始めたころから住んでいるんだ」
「なるほど。って俺のほかにもいるのか! 初耳だ」
「あ、ごめんごめん。パウラちゃんから聞かされてはいたんだけど、忘れていたよ。まあ大丈夫。かわいい子だよ」
「それはそれで問題があるような……。というかなぜ今可愛いの話を」
また考え込んでしまうナギ。それもそうである。ナギは一応は思春期の男子。パウラさんという人は大人だから大人の対応をしてくれるだろうが、その女子と言うのはどうも……。少し嫌な予感がする。周りには暴力女子がいたため女性不信になっているナギであった。
「さ、ついたよ」
ナギは、アランの声でふと我に返った。前を見れば、ここらでは見ないような風変わりな家があった。コンクリートでも石でも煉瓦でもなく、木材で作られているようだ。東洋の家屋をナギは想像した。
そんなナギの視線を感じ取ったのか、アランはそのナギの疑問に答えるかのように口を開いた。
「ノルさんがデザインした日本の武家屋敷という家屋らしい。どう思う?」
「い、いいと思うよ」
(周りの風景に完全に合っていないと思うんだけど……)
(ノルさんって人、好きなことに没頭しすぎちまうタイプみてえだな)
(うん……そうらしい)
「どうしたんだい二人とも。 ほら、入るよ」
「「は、は~い」」
門をくぐり、砂利と石の道を歩くと、女の人が玄関先に立っているのが見えた。エプロンを着て長い茶髪を風になびかせている。物腰も穏やかそうな人だ。パウラさんだろうか。
その女性はナギたちに気づくとかけよって一礼した。
「アランさん! ようこそこちらへ。遠いところからご苦労様です。 そっちはナギくんと、誰かな?」
はきはきとした口調で黒縁眼鏡のお姉さん(?)はベンジャミンの方を見やる。
「お、俺はベンジャミン・オーウェンです! ナギの友達っす!」
「あら、もう友達ができたのナギくん。よかったね」
ニコニコしてくるパウラ。少なくとも怖い人ではないらしい。
「で、では俺は失礼させてもらうっす!」
ベンジャミンは何かに気づいたようで、後ろを振り返ると、急に走り出した。ナギの伸ばす手も気にせずに。
「「「……?」」」
固まる三人。すると、門のほうから見知らぬ人影が。
「パウラさーん、今帰りましたよ。……えっ?」
その女子―ナギとベンの後から門をくぐったことはナギは知らない―は、黒い髪に青い瞳で、ナギとアランを見つめていた。いや、睨んでいる?
「ぱ、パウラお姉ちゃん、逃げて! ここは私が食い止めます!」
ど、どうやらナギとアランを不審者と勘違いしているらしい。慌てたパウラは少女を宥めようと叫ぶ。
「と、トーカちゃんまっ――」
「光れ! 刻印発動!」
少女の投げた符が目映い閃光を放つ。アランとナギはとっさを目を抑えるが目の前が真っ白になる。目をくらましてパウラと逃げるつもりなのだろうか。
「あ、アラン大丈夫ごばっ!」
アランを探して手を伸ばし歩き回っていたナギは急に後ろから殴られた。そのまま地面に倒れこむ。
「な、なにするんだ!」
「不審者は縄で縛って通報です!」
どうやら腕に巻きつけられているのはロープらしい。ナギはもがきながら叫ぶ。
「待て待て! 俺は今日からここに下宿するナギだ!」
「そんなこと言っても私は信じません! ナギなんて人知りませ……あれ?」
ナギを押さえる手が緩まった。そしてナギの顔を覗き込む。
「く、く、クラスメイトのナギさん! じゃ、じゃあさっきここから出て行ったのは……オーウェンさん?」
「そ、そうだ!」
「わ、私なんてことを……。オーウェンさんも不審者だと思って闇討ちしてしまいました……。避けられて逃げていってしまわれましたけど」
「そ、それは闇討ちなのか……。あいつこの展開を予想して逃げたな……?」
「と、とにかくっ!」
顔を赤らめて少女はもごもごと口を動かす。
「ご、ごめんなさい」
「気にしないでくれよ。怪我してる訳じゃないし。少し背中が痛いけど」
と、笑いながらナギは言う。
「わ、私が責任持って看病します! 地獄まで!」
「それはちょっと行きすぎだぞ!? あと俺は悪いことしてないぞたぶん!」
あ、あわわわわ」
少女の目がクルクルと回っている。いろいろとありすぎて混乱しているみたいだ。
「落ち着いて、トーカちゃん」
ポン、と少女の肩に手が乗せられる。微笑みながらパウラが立っていた。
「さあさ、自己紹介しましょ。ほら、トーカちゃん?」
「う、うう……。と、トーカ・キャトルです。お、同じクラスですねっ?」
(な、なんだその疑問系とも取れない言い方は)
「お、俺はナギ・ダギステンだ。よろしくトーカ」
「は、はい。ダギステンさん?」
「いや、普通にナギでいいぞ。呼び捨ては苦手?」
「え、ええと、ナギ、さんで」
「おう、わかった」
と、ナギは手のひらを差し出す。トーカは戸惑いながらもそれを握る。
これがナギとトーカの邂逅だった。
アランがまだ地面に横たわっている(寝ていると思われる)のを三人は忘れているのだが。
「とりあえず家に上がりましょう」
というトーカの提案を受けナギとパウラは屋敷へ上がった。もちろんアランはナギが背負っている状態だ。ナギは苦い顔をしている。案外重いのだろうか、それとも不甲斐無い親に苦悩しているのか。そもそもアランはナギに背負われたいがために気を失っているふりをしていると思われる。
「へえ、ブケヤシキってこんな感じなのかあ。ここらへんでは見ない様式だなあ」
思わず感嘆の声を上げるナギ。玄関を開けたすぐそこにはコンパクトな靴箱と、先に続く長い廊下が。
もちろん全て木製だ。木の薫りでナギたちは心を落ち着かせることができた。
「やっぱり木の家は煉瓦造りと違って何か安らかなものがありますね! 私ここにきてよかったです」
トーカもすっかりこの家を気に入っているようだ。玄関のすぐ近くの座敷部屋に入ってゆったりとしている。
ナギも同じ部屋に入り、トーカとちゃぶ台をはさんで向かい側に座る。ナギには言いようもない懐かしさがあったのだが、漂ってきた香ばしい薫りに打ち消されてしまった。
「あ、おせんべいですね! 私の大好物なんです」
「オセンベイ? これは……、ソーセージか?」
確かに平たくて円の形をしているそれは切ったソーセージにも見える。トーカはおもむろにナギの口に煎餅を突っ込んだ。
「んっ! にゃにすりゅんだ! …………、う、うまい」
「そうでしょう? 極東の国でしか売ってないものらしいですよ。この絶妙な味が病みつきになってしまいますね~」
ほっと息をつくトーカ。ナギは初めての味に興奮し早速二枚目をいただいている。トーカはその姿を見て喜んでいるようだ。
「うん、うまい! 俺は気に入ったぞ」
「それはそれとして、家を案内してもいいかしら? ナギくん、貴方は一応下宿生なんだからね?」
視線に気づく。ちらっと扉の方に目をやるとニコニコと(怖い笑顔だ)した若い女性、パウラさんがいた。
「は、はいっ! お願いします」
「じゃあ、私は部屋を案内してくるから、トーカちゃんは夕食の支度しててくれるかな?」
「任せてください、お姉ちゃん」
トーカは腕まくりをしている。やる気満々のようだ。
「ん? お姉ちゃん?」
ナギは首をかしげる。パウラはクスクスと笑った。
「ああ、それね、トーカちゃんが私のことをお姉ちゃんみたいだって言ってくれたからそのままお姉ちゃんって呼ばせてるのよ」
「え、でもそれにしては年が…………」
「何か言ったかしら? 私まだ二十五歳よ?」
「と、とにかく部屋を見に行きましょう」
「ええ」
笑みが怖い。この人の能力は拝みたくないな、とナギはつくづく思った。
一通り一階を回り、風呂場、居間、便所などを教えてもらい、一番奥の寝室にきた。
「さ、ここが貴方の部屋よ。一応荷物は宅配便から預かって箪笥の中にしまっておいたわ。衣服が足りなかったらまた買いに行きましょう」
「ありがとうございますパウラさん」
「そんな敬語使わなくてもいいのよ? 私あなたと十も離れてないんだし。気楽に『パウラちゃん』って呼んでくれて」
(やけに、「十も離れていない」を強調されたな……。年齢は禁句かな、やっぱり)
「さすがにちゃん付けは……、まあわかったよ、パウラさん」
「それでよし! あ、そうそう。いつまでも寝てるアランさんが聞いたノル師匠からの伝言。刀は最低でも三ヶ月はかかるらしいわよ」
「えっ、そうなんだ。レフさんの都合かな……?」
「それはわからないけど、たぶん刀の性質のせいじゃないかしら? あれは一応『魔剣』と呼ばれる部類だから。おそらく刀を打つときに長ったらしい儀式がいるんでしょ? 大変ねえレフおじさんも」
(それを折ったエリアナは一体なんなんだ……)
「さ、一通り見終わった……いや、見終わってなかったわ、こっち来て、ナギくん」
言われるままにパウラに付いていくと、パウラ自身の寝室に到着した。
「パウラさんここに何かあるの?」
「ええ、ちょっと離れていてね」
そういうと、懐から紋様の書かれた札を取り出した。ナギの見守る中パウラはその札を壁に貼り付ける。
すると、音もなく黒く四角い空間が壁に現れた。ナギはゲゲッと驚いた顔をする。
「!? これは……、結界術?」
「そう! 正解よ。ここは何かあったときのシェルターでもあるし、大事なものを入れておく金庫でもある。入るための鍵は、オリガさんの特製符よ。ナギくんにも一枚渡しておくわね、はい」
ナギは大事に受け取り、すぐさまポケットにしまいこんだ。ちなみにオリガさんとは術式作りのエキスパート。レフの奥さんでもある。
(あとできちんとしたところにしまいこんでおかないと……)
「あ、むやみに開けるのは禁止よ? 外部の人にばれたら大変なものもあるからね」
「はーい」
魔法使いというものは元来自らを相手に知られてはいけない者だ。この時代だからこそ魔法使いはオープンになり世界大会などでその術を見せ合い競っているが、その中でも機密と言うものは存在する。
ただ、古魔法と違い、新しく生まれたこの時代の魔法は、相手の術を理解しても、その術を自分も使うことはできないのだ。ナギはふと、大事なことについて疑問を抱いた。
「そういえば、パウラさんも固有魔法持ってるの?」
固有魔法。自分だけの魔法と言えばよいのだろうか。魔法使いには、術者の性格や想い、願いなどによって発現する唯一無二の能力が存在する。これが古魔法、詳しく言うと記録魔法、代償魔法と大きく違うところなのだ。
そして、もう一つ特徴をあげるならば、この固有魔法は、多くの場合『武器に付属する能力』として発現するのだ。ただそれは、外見的な変化をあまり伴わない。刀でいうなら特殊な刃、銃で言うなら特殊弾、のようなものだ。
それは文明を失った世界の科学者たちを、魔法使い――最近は武器使いと呼称されるようになった――にするには十分な証だった。ナギはこの固有魔法こそが重要なものだと考え、パウラに訊いたのだ。
「私の能力? 聞きたいの?」
「はい!」
「そんな見てびっくりするような強さのものではないから、気にしなくていいわよ。いつか見ることもあるでしょうし」
「そ、そうなんだ……」
「もしかして、私の能力が重要な秘密と思ったの?」
「い、一応」
「ふふ、私の能力は特殊だけど重要ではないから隠すこともないわ。隠すと言ったら……アランさんの能力かしら?」
「確かにアランの能力は見たことないね……、一度も本気を出してもらったことがないから能力を出す必要がないのか。パウラさんはアランの能力を知ってるの?」
するとパウラは少しこわばった顔をして、小声でそっと話した。
「ええ、見たことはあるわ。でもあれは……、人の域を超えていたわ。失礼な言い方かもしれないけれど。アレを見たとき、私自身がその強大な力に呑み込まれそうだったから」
「そこまでなのか……。やっぱりアランはすごいなあ」
と、改めてアランの強さに感嘆したとき、襖がサッと開き、トーカが顔を出した。
「あれ、ここにいたんですねお姉ちゃん、ナギさん。夕食の支度ができましたよ。早く食卓にきてください」
「あら、もうそんな時間なの。さ、ナギくん、いきましょ」
ナギは頷き、トーカとパウラに続いて部屋を出る。
台所に近づくと、何かを焼いたような香ばしい匂いが漂ってきた。その匂いに連れられて部屋に入ると、またもやナギの見たことのない料理が支度されている。
アランはいなかった。トーカに聞いたところもう帰ったらしい。教会の仕事が忙しいのだそうだ。ナギは少し寂しくなったが、とりあえずは食事をすることにした。
「ん? この茶色いスープは?」
ライスと魚の焼き物はわかるのだが、見たことのない汁が準備してあった。
「これは、味噌汁っていう東国のスープですよ」
「ああ、ミソスープってやつか。飲んだことはないけど聞いたことはあるぞ」
「さ、召し上がってください」
緊張しながら、まず初めての味噌汁を一口。
「なんだか知らない味だな……。だが、うまい!」
一心不乱に味噌汁だけかきこむナギ。パウラはその光景を見て微笑する。
「そうだナギくん。お風呂、沸かしてあるから一番先に入ってね」
「はい!」
ガツガツと魚とご飯を食べると、ナギは立ち上がり、流し台に茶碗を置いた。
「ナギさん、私が洗っておきますよ」
トーカが言うとナギは照れくさそうな顔をして、
「トーカ、ご飯も片付けもありがと」
「えっ、い、いえ、こちらこそ」
そのまま部屋を出て、すぐに風呂場に向かうナギ。トーカの顔は少し赤らんで見えるが、その顔をナギは見ていなかった。
ナギは淡々と風呂を済ませ、自室に戻っていた。
「さ、寝るか」
布団に潜り込む。今日初めての体験が多かったのだが、この布団もナギの初体験だ。興奮してあまり寝付けていない。
「魔力が外に出せない……か」
思わずため息をつく。入学やクラスのことがあり時間をかけて考えることもなかったが、魔力を外に出せないことは相当なイレギュラーなのだ。
古魔法に対する現代魔法のほとんどは「武器契約」。すなわち魔力を外に出して契約しなければ武器は完成しない。その、「魔力を外に出す」という行為ができない自分は一体何ができるというのか……。
ナギは、自分の背中に意識を集中させる。そこには、複雑な陣――魔法の術式を記す紋様だ――が刻まれている。アランが、自分のために作ってくれた陣である。これは分類的には古魔法に入るが今までナギはそんなことも知らなかった。明日から嫌という程このことについて学び、思い知らされるのだろうなと思う。
もしかして、とナギはふと思いついた。アランは、あの優しい父親は、自分が魔力を外に出せないからこそ、『この能力』を与えたのではないか、と。
そう思った瞬間、ナギの背部が少し光を放ったが、それはすぐに消え去った。
ナギは再び決意する。外に出せないからこそ――自分はその事実を知らなかったが――自分はこの三年間鍛錬を積んできたのだ。自分の体のことは後回しにして、まずはどこまで通用するのか確かめなくてはならない、と。
(明日からは、トーカとちゃんと仲よくしなくちゃな……)
トーカ・キャトル。名前を反芻する。
自分の大切なあの人とは、似ても似つかない名前、姿だ。
だから、思い出さずにいられる。
でも、トーカが魔法を発動したあの時。
凛としたあの少女の姿を、連想せずにはいられなかった。
誰よりも強かった少女。自分に魔法を教えてくれた少女。
……だめだだめだ。感傷に浸るのはやめなくては。
ひとまず落ち着いたナギは、眠ることにした。
時間は少し巻き戻り、午後七時ごろ。「円卓」での出来事。場所は不明。窓もなく壁もどこにあるのかわからない、不鮮明な空間。
「ではでは~、にゅうがくしきおちゅかれさまかいのはじまりはじまりだよ!」
円卓の一角に座っている背の小さい少女がグラスを掲げる。だが、周り数人の魔法使いは、それに応えない。
円卓には八人分の席が設けられているが出席しているのは半分程度。座っている魔法使いの後ろには護衛なのか一人二人お付きが立っている。
「姉様、これは慰労会ではありません、今年度の年間計画会です。あと噛んでいますよ」
と、彼女の後ろに立つ女子生徒。
「む、むむっ。またやっちゃった……。では今日も元気にごーれー、いこうか! いーち!」
ツインテールの可愛らしい少女が椅子の上に立ち人差し指を高々と掲げるが、一同、沈黙。
「ねえねえ会長ちゃん。オレもう帰っちゃっていーか?」
少女の真向かいに座る男がめんどくさそうに話す。暗闇のせいで姿はみえない。
「だめだよちゃらおくん! わたしのはなしが終わるまで帰っちゃ!」
バン! と机を叩きながら少女――会長は叫ぶ。銀色の髪が揺れる。
「はぁ……、今日はかわいこちゃんとのお食事会があるんだけどなぁ」
「五月蝿いよプレイボーイ君。ボクは仕事終わりで疲れてるんだ」
会長の向かい側に座っていた人物が愚痴を零す。浅黒い肌に漆黒の衣、黒いターバンに身を包んでいる。顔もほとんど隠されているが、薄暗い室内で光る目が煩わしさを表していた。
「すみませんナシム殿。私が責任を持ってこの男を葬っておきます故」
会長の後ろに立つ女子が腰の剣に手をかける。どうやら騎士の姿をしているらしい。
「おいおい! 待ちなよセシルちゃん! 今度食事奢るからさ!」
慌てておだてようとする男。
「食事ごときで私が釣れるとお思いか?」
「じゃ、じゃあカラオケ行こうぜ、な?」
「私は歌など歌わん。さあ、腹を括れ」
「くっ……、そうだ、好きな人形を買ってやろう! それでどうだセシルちゃん!」
「なぬ、人形だと? 何の人形だ」
ニヤリ、と男。彼は騎士少女――セシルに再び向き直り、余裕のある表情で口を開く。
「そりゃあもちろん、セシルちゃんの好きなお嬢様の人形さ」
「!!! それは、本当か?」
剣を抜くことなど忘れ、男の話に聞き入るセシル。
「オレは嘘はつかないぜ。保障しよう! 今度開いてるかい? セシルちゃん」
「む、それなら今週の土曜日でどうだ」
「オーケーオーケー。…………堅物の剣士もちょろいもんだな…………」
「ん? 何か言ったか?」
「何もないぜ。さ、会長ちゃん会議しようぜ」
「? 急に真面目になったなエンツェンスの奴……」
(会長。妹さんがプレイボーイに落とされているけどどうするんだい)
(むむむ~。これはあとで、おしおきだね!)
(勢い余って殺さないようにね。じゃあ、会議をしようか)
「ではでは~、ちゃくせきー」
もう一度席に座りなおす一同。会議の開始である。
「今日けっせきなのは何人かな? せしる~」
「はい、姉様。今日出席しているのが姉様、ナシム殿、ゴミ男、ルドルフ殿の四人ですから、欠席は四名です」
「あれ、るどくん? いたの?」
「……あ、……はい。…………はぁ」
「元気だしなよルドルフ君」
ナシムのねぎらいも虚しくその男はぼーっとしたままどこを見つめるともなく惚けていた。
ナシムの隣には、ルドルフと呼ばれる男が座っている。だが、あまりにも存在感が薄い。黒ずくめのナシムよりも薄い。ぼさぼさの髪とくまのできた顔。ご傷心のようだ。
「るどくんはおつかれなのか~。じゃあ、今日もるどくんの意見は聞かないで話するね!」
「姉様それは可哀想です」
「……おれ発言しないから……、いいよ……」
「なんと。だそうです姉様」
「ほらね? 言ったでしょ?」
「早く会長ちゃん始めてくれよ。この後合コンなんだよ」
「合コンとは不埒な! 成敗してくれる!」
と、またもや剣を抜こうとするセシル。デジャヴだ。だが、
「せしる! しずかに!」
「は、はい、姉様」
会長の威圧感に縮こまってしまった。剣を収め堂々と立つ。あくまで会長の後ろに、だが。あの小さな体のどこにそんな力があるのか……。
「ではでは、こーれーとなった新一年生のけんさけっか発表会だよ~」
「恒例ではないよね。まだ二回目だよ会長」
ナシムが指摘するもそれを無視しプリントを配る会長。
「…………」
「ではでは~、よっつのけんさから一つでもランクSが出たメンバーたちを見ていこうか。いわゆる『クラスⅠこうほしゃめいぼ』だね!」
「Sを取っていなくても上がった人は何人もいるけどね」
そこに書かれていたのは、三十人ほどの名簿と彼らの検査結果だった。暫く彼らは表を眺める。
「今年も例年通りです……か?」
「いや、違うね。『例外』が存在しているよ」
「この、クラスVにS取った野郎が二人いるってゆーことだな」
「いや~、ゆーしゅーだね! でもなんでクラスⅤなのかな?」
「会長、忘れたの? ランクDを二つ取ったら自動的にⅤ行きなんだよ」
「そのせいでこいつらはおっこっちまったのか、哀れな奴らだな、ハハハ!」
「笑うところではないぞエンツェンス」
「っだってよ、ある分野では突出してんのに他の分野のせいでⅤ落ちだぜ? こりゃ笑える」
「体質の問題だね……。ご愁傷様、と言うしかないね」
「ふむふむ、ナギなんたらと、ミカエラか。聞いたことのない名前だな。よっぽど他の奴らより気になるぜ、こいつら」
ハハハと高らかな笑いを口にする男。セシルは表とエンツェンスを交互に見た。
「? なぜだエンツェンス」
「こいつら才能が正反対じゃねえか」
「……確かにね。これは面白いね。どう成長するのか」
「おお~、なしむちゃんがマークつけた~」
「ナンパでもするおつもりですか? ナシム殿」
「ちっ、違うよ! ボクがそんなことするわけないじゃないか。ただの挨拶だよ」
今まで無表情だったナシムが慌てる。そんなナシムを見て堅いセシルも笑みがこぼれた。
「失礼、冗談ですよ」
「とかいって、よるのおさそいでしょ?」
「どこでそんな言葉を覚えたのですか姉様!」
「ふふせしる。わたしだって子どもじゃあないんだよ。よるのおさそいくらい知ってるよ!」
「では、なんですか?」
「ん? 夜いっしょにおさんぽしておほしさまを見るんでしょ?」
「会長の脳内はアダルトとは無縁の世界のようだね……」
「そうそう、じゃなくて! ……あれ?」
うーん、と考え込む会長。どうしたのだろうか。
あっとセシルが何かに気づき会長に囁く。
「もう会議をおわりにするのですか? 姉様」
「それだー! おわりだよみんな」
「これだけかよ会長ちゃん。じゃあオレは合コンにっ」
スキップをしながら出て行く彼。
「…………チッ」
セシルが舌打ちをしてエンツェンスを一瞥する。
ルドルフも一礼をして部屋を出て行った。
「じゃあまた明日、会長」
「またね~、なしむちゃん」
「お疲れ様ですナシム殿」
セシルと会長に手を振った瞬間、ナシムの姿は闇にまぎれて消えてしまった。能力だろうか。
「そういえばせしるちゃん」
不意に振り返る会長。セシルは首をかしげた。
「どうしたのですか?」
「なしむちゃんに、『びっぐくん』のかんしをおねがいしてたよね?」
「はい、依頼してますよ。今も任務遂行中であるようで」
「もうすぐうごきがあるみたいだからがんばってね! とつたえといて~」
「成程。わかりました」
「このにんむはクラスⅠの、『めんつ』ってやつにかかわるらしいんだよね! だからとりあえずがんばって!」
(面子を知らないのだろうか姉様は……)
そして彼女ら二人も部屋を出る。
すると、無人のはずの円卓の一角が光り始めた。紋様が浮かんでいる。
「そうか。俺の計画の邪魔をする気か、学院よ」
野太い男の声が聞こえた後すぐに、その紋様は消え去り、光もなくなった。
次回は明日投稿になります。