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邂逅編第一話「departure」

ここから本編です。短くてすみません。明日二話を投稿します。

 

 少年は、光のごとき速さで切りかかった。

 真っ黒で少し伸びた髪。茶色の瞳の中に紅い闘志を燃やしている。

 小柄ながらも両手で一本の刀を持ち疾走する姿は人の力を越えている。

 その速さのせいであたかも刀が閃光を散らしながら舞っているようにも見えた。

 

 目標は目の前の短髪の少女。茶色い髪が激しい戦闘のおかげで乱れている。

 少年は何かをつぶやいて地を蹴った。さらに速いスピードで彼女に近づく。

 少女は碧眼をかっと見開き、その動きを見逃さない。少年が切りかかるまで一呼吸もかからなかったが、相手もなかなかの曲者である。斜めから振り下ろされた斬撃を容易くかわした。

 衝撃で地面のコンクリートに亀裂が走り、両者はすぐ後ろに飛び去った。


「ナギ、遅い! そんな速さじゃアタシには勝てないっつーの!」


 ナックルを手につけている彼女は両拳を構えながら少年――ナギを挑発する。どうやら彼女の方が勝気らしい。


「お、俺が手加減してるだけなんだが」


 ポリポリと頭をかきながら答えるナギ。それは余裕の表れなのか否か。口元が震えているように見えるが、萎縮しているのは作戦なのだろうか。


「へえ、そう? じゃあ次はアタシを満足させろよなっ!」


 すぐさま少女はナギの顔面に拳を叩き込む。

 だがナギも負けるわけにはいかないようだ。少女の拳をかわし上に跳んだ後、再び刀を構え、振り下ろす。重さを味方に付けようというのだ。


「そんなやわな刀、無駄だって、言ってんだろ! はあああああああぁ!」


 少女は気合を全面に押し出してナックルを構え、突き出す。彼女の拳から衝撃波のようなものが発射されているように見えた。いや、衝撃波だ。高速で突き出した拳が空気の流れをも変えている。


「やってみなくちゃ、わからねえよ!!」


 ナギも吠え、覚悟を決める。ナギの刀と少女のナックルがぶつかりあう。ナックルの素材は分からないが、金属と金属がぶつかりあうような豪快な衝撃音を響かせながらあたりに火花が散った。

 二人はほぼ同時に着地する。双方表情に乱れはない。そして……。

 バギィッッッ。


「……え?」


 思わず硬直するナギ。聞いたことがない音。不自然なタイミング。少女も彼の見つめる場所を凝視している。

 刀の刃だ。刀身一メートルもあろうナギの刀は、ちょうど真ん中のあたりから、綺麗に折れてしまっていた。

「う、嘘だ……、俺の刀が…………」


 急な出来事に言葉が出ないナギ。少女もナギの近くに駆け寄り、言葉を失う。と同時に苦い顔をする。どうやら刀が折れたのはナギにとっても少女にとっても予想外の出来事だったらしい。


「あ、アタシは悪くないからな! ナギの刀が脆いのが悪い!」


 少女は顔を赤くしながらも、頰を膨らませて怒ったような声で叫ぶ。素直に謝れないのが彼女の性格らしい。混乱しているのもあるだろうが。

 だが一方ナギは冷静だ。目が黒く染まっていない以外はいつものナギである。


「一緒にレフのおじさんに謝りに行こうか、エリ」


 ナギの笑みは怒りと悲しみと悔やみが入り混ざりながらも平静を保とうとしていることを表していた。つまりは、少女にとって恐怖そのものだ。

 エリと呼ばれた少女は流石に観念して、ぺこりと頭を下げた。


「ご、ごめんな……」

「さ、行こうか」


 彼女はナギに従い、コンクリートでできた地下室、彼らが修行場と呼ぶ場所を後にした。




 「ノル」と札のかかった部屋の前に二人は立つ。この家――100人もの人間が住んでいる施設を果たして普通の家と呼べるかどうかはさておいて――の主の部屋だ。エリはナギの折れた刃を持っている。俯きながら無言でナギについていっていたのだ。

 ナギがノックする。しゃがれた声で応答があった。彼はふう、とため息をついて扉を開ける。

 あまり物がない部屋だった。応接間を基に作られているらしく、真ん中に机、両脇にソファー、そして部屋の隅にティーセット。紅茶を淹れている老人がこちらを振り返った。


「こんにちは。ノルさん」

「おお、ナギか。どうした、稽古でもつけて欲しくなったか?」


 ノルはおっとりとした声で話しかける。しわは多いが白髪一つない顔。異国の「ハカマ」と呼ばれる衣服を今日も身につけていた。その立ち振る舞いはこの部屋には異端にしか映らないのだが。見た目の若さと行動的な性格から、50代とよく言われるが実際は70を越えているらしい。まだまだ若さを滲ませている老人である。


「実は……ちょっと大変なことがあって」


 ナギが言いにくそうに打ち明ける。ノルはその声の調子で判断したのか、紅茶を淹れる手を止める。ナギの後ろに立つエリに気づき何かを理解したようだ。ばつの悪い顔をする。


「またエリが何かしたのか……?」

「の、ノル爺、アタシは」

「はいやりました。これを見てください」


 エリの弁明を遮り刀を見せるナギ。エリもさっと折れた方の刀を差し出す。ノルは、やはりと言った顔だ。

 しばらく刀を見て、折れた場所を合わせたりしていたノルだが、ナギとエリの方を向き、申し訳なさそうな顔をした。


「うーむ。さすがにこの折れ様ではレフも直すのはむずかしかろう……」


 ノルは顎鬚を触りながらうなるように呟いた。ナギとエリは落ち込んだ表情を見せる。


「す、すいませんノルさん……」

「ご、ごめんノル爺! ……あっ、でも折ったのはアタシじゃなくてナギだからな!」

「またそんなこというのか! 自分の刀を折る奴がどこにいるんだぁあああああああああ!」


 ナギはエリの髪の毛を引っ張り怒りをあらわにする。エリは半分泣き目だ。


「ご、ごめんって! 折ったのはアタシですすいません!!」


 何度もノルに頭を下げるエリ。今度こそ本気で謝っているようだ。

 ノルは少しの間考えていたが、穏やかな目をしてエリの頭を撫でた。落ち着いた声で話す。


「う、うむ。わかった。とりあえずワシはレフの奴を呼んでこよう。レフにはワシが話しておくからの、安心せい」

「「はい…………」」


 ノルはいそいそとその部屋を後にした。彼が去った後も、ナギとエリは座り込んで俯いていた。どうやらかなり後悔しているようだ。


「ご、ごめん、ナギ。『学院』に行く日の朝に、その……武器を折っちゃって。やっぱり、今日本気で修行するのは、まずかったな……」


 いつもは強気であるはずのエリも参っているようだ。一方ナギはというと……。


「………きにしないでくれよ」

「な、ナギ? 眼が死んでるぞ? 大丈夫なのか!?」

「…………これからどうしよう学院に行って武器がないことがわかれば『デュエル』もできないいやもしかしたらできるかもしれないけど体一つで戦って勝てるほど学院が甘いはずないしどうしようどうしよう…………」


 ぶつぶつと声にならない叫びを聞いてエリはナギから目を背ける。自分のせいでナギが相当病んでいることを理解したようだ。


「アタシやらかしちゃったみたいだな……」

「む、ナギ坊もエリアナ嬢も難儀してるみたいだな、どうした?」


 聞きなれた声がしてエリアナは振り返った。ナギとエリアナの後ろには、鉢巻姿のまさに職人と言った男が立っていた。


「レ、レフのおっちゃん……、アタシ、やっちまったんだ……」

「おう、話は聞いたぞ、ノルさんから。刀が、その……折れちまったんだよなあああああああ。うおおおおおお」

「お、おっちゃん……泣いてるの?」

「ああ。オレの鍛えた刀が折れたんだからな」


 親指を立ててガッツポーズするレフ。おそらく、刀が折れたことを悲しんでいるのだろうが、悲しすぎて混乱しているようだ。エリアナは少し身を引いた。


「ナギがああなっちゃったから早く刀、直してくれないか! お願い!」

 

 とっさに頭を下げる。レフはエリアナの頭をポンポン押さえながら、


「分かってるよ、お嬢。必ずや刀は直して坊ちゃんに届けるぜ!」

「あ、ありがとおっちゃん!」

「だが嬢ちゃん」


 レフの声が急に暗くなる。エリアナはゆっくりとレフの顔を見る。


「坊ちゃんの刀を折ったのは、嬢ちゃんだよな?」

「え、は、はい、そうです」

「落とし前、付けさせてもらうぜ。たとえ嬢ちゃんでもな」

「わ、わかってます……」

「刀を鍛える時、全力で手伝えよ! いいな!!!」

「はいいいいいい!!」


 やっと元気を取り戻そうとしたエリアナは再び恐怖におののくことになった。

 その会話をぼーっと聞いていたナギは一言、


「外で空気吸ってきます」


 と、部屋を出て階段を上がっていった。


 彼らが住む「ホーム」は、地下にある。それはここらの地上は人が住むには住めない場所だからだ。

 階段を上り終わる。太陽の光が眩しい。そこに広がっていたのは……。


「いつ見ても、最高の景色とは言い難いな。でも、落ち着く」


 崩壊した旧都市の姿がそこにあった。100階はあろう高層ビル、巨大なドーム、町中に張り巡らされた空中道路。かつて科学技術の結晶でできていた都市はその姿を留めていない。風化して形は変わったものの、自然分解することのできない部分が何十、何百年と残っているのだ。まさに負の遺産、である。

 文明が消失した瓦礫の山の中、ナギは立っていた。この下に、古い地下水脈を広げコンクリートで固めた地下施設がある。彼らの「ホーム」だ。ナギとエリアナが戦った修行場も、ノルの部屋も、レフの鍛冶場もそこにある。


「早く撤去して欲しいもんだけどなあ……。ま、そんなことしたら俺たちの隠れ家がばれちゃうか」


 人は崩壊の後も、再興のためにその命を燃やし続けた。科学を捨てた人間は新たな力を手に入れ、古い場所、つまりは都市を捨てた。そして、崩壊の少ない農村を新たな拠点として発展してきたのだ。


「学院のあるところはさぞかし都会なんだろうなあ。楽しみだ」


 旧都市を寝ぐらにしている彼らのような人間もいる。だが、それは少数派。はぐれ者なのである。ただ、はぐれ者でもどんな者でも、この世界の人間にとって、科学とは旧世代の遺物であり、旧世界を崩壊させた憎むべきものなのだった。




「まだかあ、ナギ。もう行くぞい」


 ノルがナギに呼びかける。ナギの部屋から騒がしい音が聞こえる。

 準備が済んでいないようだ。

 このホームには常時100人くらいの人間が住んでいる。皆、社会の外れ者や浮浪者、孤児たちだ。ノルはそんな人たちを見つけてはここに引き取っているのである。ナギも一年ほど前、ノルの知人からこのホームに預けられた。

 いつもは地下で暮らしているのだが、今日はナギの「旅立ち」ということで、久しぶりに彼らは地上の空気を吸っていた。彼らもナギの出発を心待ちにしている。


「す、すみませんノルさん。まだ精神的ダメージが……」


 みんなの待つ出口に素直に行こうとしないナギ。そんな彼にノルは勢いをつけようと大きな声で叫ぶ。


「なぁにをいっとる! 刀が折れたからなんじゃ! このホームでワシたちが教えたのは剣術だけではない! きっと学院でもその力は通用する。案ずるな。お前の才能はワシの弟子が見つけた折り紙付きなんじゃからな」

「……、ありがとう、ノルさん」

「うむ、では行くか、『学院』へ」


 ナギは拳をぎゅっと握りしめる。

 ナギとノルの後ろには、エリアナやレフ、それに子どもたちや大人、老若男女が二人を見送っている。ホームにいる人間のほとんどがきているのだろうか。様々な仲間がナギの心の支えだ。


「坊ちゃん、元気でな。刀はちゃんと後で学院に送ってやるからな」


 レフとエリアナが二人の前に立つ。エリアナは少しふくれた表情だ。


「うん、ありがとうレフさん」

「ノールーじーいー! アタシも学院にはいりたーい! ナギと一緒に勉強するってー!」

「仕方ないのう、ナギを送ったときについでに入学申請しておくわい」


 許してくれ、といわんばかりにノルは苦笑しながらエリアナを鎮めた。


「やった! ナギ、また後で会おうな!」

「あ、ああ!」

 

 思い思いに別れの言葉を告げていく。ナギは寂しくはなかった。身寄りのなくなった自分を育ててくれたのはここの皆だ。家族の元を離れるのは悲しいものなのだろう。そういう気持ちもあったが、ナギはそれよりも、これからの学院への期待の方が大きかった。これが思い残すことのない旅立ちの理由だろう。

 

 だがそれとは別に、気になることが一つ、ナギにはあった。


「ノルさん」

「なんじゃ?」

「し、師匠は……、まだ帰ってこないんですか?」

「…………アランか」


 そのときのノルの顔には少し陰りが見えた気がしたが、すぐにそれは消えた。ナギはその変化に気づいてはいない。


「あやつならまだ『任務』中じゃ。ここにはまだ帰ってこんじゃろう」

「そうですか……」

「見送って欲しかったのか?」

「え、いや、そんなことは」

「はっは、遠慮することはない。二年もあやつと二人で過ごしておったのだから、さみしくなるのも当然じゃろう。そんなことはみんな分かっておる」

「そう、ですか?」

「ああ、そうじゃ。心配せずとも、学院に行けばアランに会えることがあるかもしれん。あやつは教会の仕事についておるからの。それを待っておけ」

「ほ、本当ですか! わかりました」


 ほっとしたナギは明るい表情に戻る。最後に皆の方を向いて、


「じゃあみんな。いってきます!」


 それからは振り向かずに、ただ前を向いてノルと共に学院への道を歩き始めた。



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