〈最適化〉フィルター
なんか、すいません。
まあ、入れたことはよしとするので、入る方法でかわいそうな被害が出たのは仕方のないこととしよう。
【仕方ないじゃあ済まないですよ?あれ。絶対、記憶に残っていますからね?】
「さてと、まずは宿だが……。」
アンの忠告に無視を決め込み、宿を取ろうとするがこの時間に空きのある宿なんてあるのだろうか?
【マスターのくせに無視ですか?喋ると変なくせに。】
それは関係ない。今は宿を取ることが先決だ。
では、宿を探すかね。
【マスターは、どれが宿かわかってるんですか?そもそも、マスターは寝る格好はできていますが、お金を用意していないとか、替の服がないとか、泊まる準備は全くしてないじゃないですか。】
…そうだね。てことは?
【その辺でうずくまって寝るしかないですね。】
やあーっぱり?それ以外に方法は?
【また、門番と同じように話を自分の都合のいいようにすすめればなんとかなるんじゃないですかね?】
いーやーだー。それは、やっ。絶対に、やっ。
【やっ、てマスター…そうでしたね、まだ5歳でしたね。】
そーだぞー。尻出しても『まだ、5歳だから。』で許されるんだぞ〜。…あっ、それ言い出したら大浴場で女湯に……
【マスター、それはやめた方がいいですよ。】
なんでだよー。男のロマンだぞー。
【女顔に育ちそうなガキが何を言うか。だいたい、マスターは、冒険者になろうとしてるんですよね?】
何回も言ったと思うけど?そうだよ。
【子供ってだけで馬鹿にされるのに、そんなことしてみてくださいよ。マスターはやっぱりクソガキってことで、いじめられますよ。】
えー。やだなあ、それ。メンドくさそう。
【わたしも、メンドくさそうなのは勘弁です。なので、クソガキってこと以外に悪い印象を与えないでください。】
いやいや、俺はクソガキじゃないよ、可愛い可愛い5歳児だから。
【いや、可愛い5歳児が、街を消し飛ばすってアホでしょう。】
ごもっとも…
「あれ?子供が、こんな時間にこんなところで何してんだい?」
と、アンとの後からいつでも決められる活動方針をなぜかまとめていると、後ろから女性の声が聞こえた。
振り返ってみると、ああ、食堂のおばちゃんという感じの女性が立っていた。
「あら、とっても綺麗な顔をしてるじゃないか。でも、男の子か、女の子か見分けがつかないね…」
と、やはりもう成長が表面的な容姿にも影響し出したのか、そんなことを言われて、非常に不本意だったため言い返す。
「フッ、我が綺麗なのは当然のこと。もっと賛美してもいいんだぞ?まあ、貴様のような凡人には形容し難いであろうががな。」
【マスター、忘れてたでしょう。とことん、おっちょこちょいですね。】
おっちょこちょい、って……
だが、見た目食堂のおばちゃんに悪印象を与えるのはよくない、弁解すべきと思うも、
「なんだい、ちっちゃいのに難しい言葉知ってんだね。もしかして貴族様かなんかかい?」
と、おばちゃんから聞かれた。
やっぱりいたのか、貴族。
だが、そんなことより弁解を!
「笑止!我が貴族などと下等な生物と同じに見えるとはな!クズばかりではないとは思っても見たが、勘違いだったようだな!」
なーーんでお前は適当なこと言っちゃうのよ!
何が笑止だよ!子供のくせに、こんなこと言う方が笑止だよ!
「じゃあ、貴族様じゃないとなると……あんた!…王族かい?」
ごめんなさい、そんな特権階級じゃないです。今日やっと外に出られた箱入り息子です。あ、でも5年もダラダラできていたから、ある意味特権階級かもしれないなあ。
でも、王族って勘違いされると、ほとほとメンドくさい。それだけは勘弁です。あー、なんでこうなっちゃうのよ……
俺の自由気ままな旅はここで終了かな?
でもこのおばちゃん、王族っていうのにすごく反応を示しているな…上流階級を尊敬する、畏怖する、また、軽蔑するとも違う何かだね。
「王族なんぞ、この国の正当な統治者ではないくせに、一番上で踏ん反り返っているような豚どもと一緒にするな!我はーー、」
(ごめんなさい!本当にごめんなさい!わたしも5年間ベッドで寝転がっていた豚です!土下座でもなんでもしますんで許してくださーー、)
と、そのタイミングで、グゥー、っと腹が鳴る音が辺りに響いた。音の発生源は日が落ちて静寂に満ちたこの場で、上流階級を罵倒していた、女の子にも見える男の子だった。
「……。」
「……。」
再度、訪れる静寂。ただ、発生源である男の子は、
(よっしゃーーーー!これで空気が変わった。ここから、俺の真正誠意ともいうべき、土下座を炸裂させてこの場をのりきる!)
などと、へんてこで、奇妙で、未だ誰も知らない前代未聞の決意をしていたが、それは不要なことだった。
「ふう、わたしも焼きが回ったものだね。子供相手に勘ぐりするなんて……。あんた!口調から男と判断したけど、名前はなんだい⁉︎」
「こんな場所で、我の真名を訊くとはな……いいだろう!聞かせてやろう!
我が名は、シリウスである!」
「随分、溜めていったけど、苗字がないってことは貴族でもなんでもないんだね。あまりに堂々とした口ぶりに貴族様かと思っちまってたよ。」
「仕方ないことよ。しかし、愉快よの、この街は。会う人が皆、我を愉しませてくれる。あるものは我を友と呼び、あるものはかような場所で我の真名を問い質す。ふむ、我がこの街に入ったのも間違いではなかったようだな。」
「何、いってんだい。友達って言ってくれるのがやっとできたって、あんた、一人ぼっちで寂しかったのかい?はっはっは。そんなことなら早くいいなよ、独りが寂しかったって。」
「何を馬鹿のことを言うか!我は一人などではなければ、独りが寂しかったなど、毛ほども思っておらんかったわ!」
「ははははは。そうかいそうかい!独りが寂しいならうちに泊まっていきな!」
「な、我が下賤の者の所に泊まるなど、馬鹿にしておるのか!」
「いいから、いいから。これ以上、暗くなってここにいると危ないから。早く行くよ!」
「待て、話を聞かないか!」
「はっはっは。そんなの家で聞くよ!」
と、俺はズルズルとパジャマを引き摺られながら食堂のおばちゃん風のおばちゃんの家に泊まることが決定した。
(なあ、アン。うまい具合に収まったし問題ないんだが……これはちょっと……)
【そうですね。微妙に事実が混じってる勘違いですからね。ちょっと面倒くさいですね。】
(なあ、やっぱ、これって?)
【はい、〈最適化〉の同調効果ですね。】
(ああ、やっぱり、)
俺のせいか、と心の中で唸るも、口にしていないので誰にも響かないし、届かない。ただ、それが口で発せられていたとしたら、何かに諦めかけたようなとても悲しみに塗れた嘆息であったことだろう。
ーーーーーーーーーー
「ただいま!」
「お帰りなさい!お母さん。…ねえ、その子は何?」
と、家に着いた食堂のおばちゃん風のおばちゃんは、殴りこむのか?と訊きたくなるような、豪快な音を立てて玄関のドアを開ける。
ん、俺?俺はもちろん、耳を塞いでたよ?だって、『家に着くよ』って、家に着く直前で自分で言ってんのに、一向に速度落とさねえから、あ、この人はこういう人なんだ、ってわかったから、ほぼ条件反射で耳に指をねじ込んでた。はっはっは。………鼓膜が破れかけたよ。
そんで、勢いのまま家にドーン!で、扉バーン!、条件反射で指突っ込んで耳ジーン!って感じで俺の生来の感覚がおかしくなるような体験をした後は、謎の超美少女のお出ましってわけさ。
ただいま、お帰りなさい、と挨拶してるし、『お母さん』って言ってるから、娘なんだろうが全く似てない。父親似なのか?
そんなことより、尋ねられたからにはこちらも挨拶を、って生の超美少女に忘れかけていたが、口を開けばめんどくさいことになる。
そう思案していると、家の中なのになんでそんな叫ぶの?って訊ねたくなるくらい大きい声でおばちゃんは俺の紹介をする。
「この子はシリウスっていうのさ!見た所アシュリー、あんたとおなじくらいだよ!」
へえ、この子はアシュリーっていうのか……
「え、本当⁉︎あなたは、何歳なの⁉︎」
と、はしゃぐように訊ねてくるが、すごく可愛い。
なにか、すごく落ち着いてくる。
だがな、俺に訊くのはやめて!口を開くと変なこと言っちゃう!って、おい!俺の口のくせに勝手に動くな!どうして動くんだよ、お前⁉︎
【簡単なことです。厨二はやはりかっこいいと思ったことをするものですよ。】
つまり……今までの変な言動は俺がかっこいいと思っていたことなのか⁉︎
【ま、そゆこと。】
適当だな、てめええええええええ!
「5歳である!」
なんだよ、『5歳である!』って!威張んなよ。
「5歳って、本当に同じ歳だ!やった!私、あまり友達がいないから、同じ年の子がいるのは嬉しい!」
「ふっ、そうか。貴様も並び立てる者がいない孤高の存在だったのだな……。」
「何、馬鹿なこといってんだい!私のアシュリーに変なこと教えてんじゃないよ!」
パシーンと頭を叩かれる俺。
痛いのは嫌だったが、自分でも制御の効かない勝手に動く口にツッコミを入れてもらえるのは、ざまあって感じがして快感だ。
「ゲホッゲホッ!お母さん!その子、土まみれじゃない!叩くと埃が舞うしやめてよ!」
と、引き摺られたことが原因で俺は土まみれになっていた。
そんなところをおばちゃんが叩いたものだから、土埃が舞って、それを吸い込んだアシュリーが咳き込んでしまう。
「こら、お前のせいでアシュリーが病気になっちまうじゃないか‼︎」
「な、冤罪だ!」
また、パシーンと頭を叩かれる。そして再度埃が舞う。すると、アシュリーは咳き込む。それに文句を言う、おばちゃん。対して、無罪を俺は主張する。そのあと、結局おばちゃんは俺をまた叩くものだから、終わらない。この後俺は、7回叩かれて、『裏で水を浴びてこい』というおばちゃんの言で、ようやく解放された。
ーーーーーーーーーー
「お前には娘はやらん!」
「いや、俺は別に欲してなどいない!」
「なあにーー⁉︎俺のアシュリーがほしくないというのか⁉︎」
「シリウス!やっぱり私のこと……」
「違う!そもそも、俺たちはまだ5歳なのだ。男と女という感情を意識する年齢じゃない!」
「ほう、君は自分が大人よりも優れていると言ってのけたにも関わらず、年齢で結婚できないというのか?」
「いや当たり前だろう⁉︎男として女を養う甲斐性もないうちに結婚など、阿呆のすることだ!」
「シリウス!私は…あなたといられるだけでいいの!あなたさえいてくれればそれで十分なの!」
「アシュリーーーー!お父さんは許しませんよ!こんな身分のわからないどこの馬の骨ともしれない女みたいな男と結婚なんて!」
「はっはっはっはっはっはっはっはっは!」
どうして、こうなんだよ……!
【やはり、面倒くさいですね。】
何が間違っていたんだ!俺はいい感じに馴染めていたはずなのに!
【もう、マスターは……。わからないのなら、順を追って思い出してみましょう。】
ーーーーーーーーーー
「う〜、さみぃ。」
新たな発見。誰もいないと普通に喋れる。
【逆に言えば、人がいると見せつけるように厨二を発動してしまうんですね。】
なんだよ、人を希少生物、『変態さん』みたいに言うなよ。
【しかし、マスター。水を浴びましたね。】
そうだけど……それがどした?
【着替えは?】
あ、…
……
「しまったーーーー!」
【マスター!叫ぶと面倒くさいことに‼︎】
「どうしたの⁉︎」
【ほら、来た!】
え、
振り返ると、着替えを持ってきていたんだろうアシュリーがいた。
…
俺は水浴びのために服を着ていない。そのまま女の子の方を振り返ると見えてしまう。だが、俺は子供だから、と甘く見ていた。子供の裸を見たくらいで、子供だし大げさな反応はしないだろう、と。思った以上にアシュリーの異性に対する意識は高かったようだ。
「きゃあああああああ!⁉︎」
バシーーン‼︎
俺は、綺麗な紅葉を頬に刻んだ。
…
……
水浴びを終えて、アシュリーが持ってきてくれた着替えを着て、先ほど一緒に教えてくれた場所に行く。
そこに着くと、嗅いだことはないが芳しく、朝から何も腹に入れていない俺の感覚が再生していくような匂いがした。
中に入ると、おばちゃんにアシュリー、そしておばちゃんの旦那だろう父親がいた。顔立ちはワイルドでイケメンではあるのだが、アシュリーとは似ていない。何故だ、と少し訝しみながら、顔を赤く染めながら手を振ってくるアシュリーに促されるように席に着く。席に着く前に見たおばちゃんのニヤニヤ笑う顔が、良からぬことが起きる気がしてならない感じを与えてくるが、分からないので無視をした。
一番に話しかけてきたのは、おばちゃんだった。
「シリウス。よくよく考えたら、名前を言ってなかったね。私は、マーサというよ。普通にマーサと呼んでくれても構わないし、お義母さんでもいいからね。」
「お母さん!」
「くっ!」
と、マーサおばさんの自己紹介だけで様々な反応がある。俺の気持ちとしては、顔を真っ赤にして立ち上がってマーサおばさんを諫めようとするアシュリーに訊ねたいことがたくさんあるのだが、父親がすんごい形相で睨んでくるのをどうにかしないとまずい気がして、アシュリーを問いただすことができない。
と、次に父親の自己紹介にうつるために顔を父親の方に向けたわけだが、先ほどはアシュリーを見ながら目で確認するように顔しか見ていなかったために、わからなかったが父親の手元のテーブルがすごいことになっている。
「俺は、アシュリーの!父親であるラインだ。以上だ!……貴様にも名乗ってもらおうかな?アシュリーを手篭めにしたような下衆だ。さぞや、清々しい屑なのだろう。」
「お父さん!そんな言い方しちゃいけないよ!」
……なあ、なんで、俺がこんな騒動に巻き込まれてるんだ?
【簡単ですね。マスターの顔ってかなりの美少女ですからね。しかも、髪切ってないし。まあ、マスターは女顔が嫌でしたようですから、顔を鏡で確認していないのでしょうが。ここで言わせてもらいますよ。マスター!このまま育てば、この星で2番目の聖女って言われるような顔になってしまいますよ!】
なぬーー!それはまずいぞ!なぜに男なのに聖女なんて女性を褒め称える二つ名を授からなきゃなんないんだ!
まて!それにアシュリーだって聖女になれるくらい可愛いぞ!
【それが、人の性だからですね。いいですか、マスター!属性の話なんです!可愛いはジャスティス、なんですよーーーー!】
勝手に人間をおかしくするなーーー!
俺は男だーー!
「アシュリー!こんな奴のどこがいいんだ⁉︎」
「お父さんには関係ないでしょ⁉︎」
「関係ないわけがないだろう!お前の夫になるということは、俺たちの義子なるということだぞ!」
と、俺がアンに残酷な現実を突きつけられているうちに2人の口論は激化していっていた。話の話題は俺なのに、話には入れない。
マーサおばさん?あの人は、ラインおじさんとアシュリーの口論を見て笑ってるよ。止める気はさらさらないみたい。
目を向けると、目が合う。するとニヤリと笑って言う。
「まあまあ、ラインもアシュリーも落ち着いて。この話は一度、シリウスにも訊いてみないとわからないじゃないか。この子は、会った時に私が『貴族様か?』って訊いたら、『貴族などという下等生物と同じにするな!』って言ってのけたくらいだからね。難しい言葉も使えるようだし、その辺もはっきりしてくれるよ。」
……何言うてんの?このおばちゃん。俺としゃべって分かってるだろうに!俺が変なことを言うってことを!このおばちゃんは!
「なにぃ?貴族に対して下等生物とはな。そんなことを言うのは、よっぽどの馬鹿か、自分が絶対だと思い込んでいる狂った自信家だけだ。ふん!どちらにせよ、アシュリーはやらん!」
「戯けが!貴族なんぞを下等生物と切って捨てて何が悪い!貴族など、何匹もいる間引きすべき出来の悪い豚に過ぎん!」
「貴様!そんなことを誰かに聞かれたりしたら、首が飛ぶぞ!お前のようなクズや、俺ならばいいが、何の罪もないアシュリーの首が飛ぶようなことになったらどうするのだ⁉︎」
「そんなことには、決してならん!そこら辺の有象無象や我よりも頭の劣る大人などに、貴族なんぞの罵倒を聞かれただけで罰せられるなど訳がわからん!そうあるから、貴族なんぞはゴミなのだ!」
「だが、それがルールだ!それを守らなければ、俺たちは行き場を失う。安全に暮らすにはそれを受け入れていくしかないんだ!」
「そんなルールなど知らぬわ!たかが、貴族の陰口をたたいた程度のルールを破ったごときで、友の首が飛ぶのをわかっていて友を売るなど、そんなものは友ではない!」
「友とか友じゃないとかじゃない!人として生きるにはーー。」
「阿呆が!人として生きたいのなら、『使命』を知れ!自分の、自分だけの決意を胸に秘め、たった一つの守りたいものに命を使え!そしてそれを全うできたなら人として生きたことになるのだ!貴族からのくだらぬ命令が『使命』なのではない!自らが進む道筋…夢への努力の中の譲れないものが自らにとっての『使命』なのだ。」
「!!」
「人を傷つけないでも、生物を食べないでもいい。ましてや、金を人には払わないや、価値のわからないものは即座に捨てるなどのくだらんものでも、自らが心に誓った『使命』である以上は決して他人は笑うことができないのだ!貴様にはないのか?自分にとって誰にも譲れない『使命』というものが。」
「お、俺は、ーー
…
……
長く静寂が続いた。笑っていたマーサおばさんは、真剣な顔つきでラインおじさんを見ている。
アシュリーも、最初は俺が喋り出した時の雰囲気に驚いたのかなんとも言えない顔をしていたが、今は真剣にラインおじさんを見つめている。その瞳には少し、光を反射して光るものがあるが、決して泣き出しそうではない。その表情は、5歳児が作り出せるものとは違っていた。その違和感は、ラインおじさんの雰囲気の変化で忘れることとなった。
を、 たい。」
「貴様の『使命』は5歳児に対して胸を張って言えぬような惨めなものなのか!」
俺も少し雰囲気を変えながら言う。
「違う!」
「ならば、なんだ!申してみろ!この我、シリウスが貴様の『使命』がどんなものであろうと、この身一身に受け止めてやる!」
「お、俺の『使命』は、
アシュリーを…守ることだ!」
ラインおじさんは言い切った。その表情は晴れやかで、自分を再確認したような顔だ。そんな言い切った男に、俺から告げることはないのだが、これだけは言っておこう。
「貴様の『使命』!しかと聞き届けた!これからはその思いを胸に、この世界を見ていけ!その『使命』一つで、世界は変わる!今まで見てきたものがもっとよく見えるようになる。今まで触れてきたものがより繊細に伝わるようになる。そして、今まで感じてきた愛情がより信じられるようになる!
…もし、命を使ってしまって守れなくなる時は、我を頼れ。一宿一飯の恩だ。アシュリーにどんな理不尽が向かってこようとも、我が消し飛ばしてやるし、誰も彼もが離れていったとしても俺だけはアシュリーの側にいるし、絶対に離れないし、たとえ王だろうと神だろうと絶対に渡さない」
「ふん!貴様なんぞに頼る時は来ない!俺が、アシュリーが寿命で生き絶えるその時まで、たとえ百年であろうと、一千年であろうと生き抜いてみせるわ!」
「よく吠えるな。貴様が今行ったことができなかった暁には、我がアシュリーをもらおうかな?」
「ふん!一生来んから、貴様は一生独り身だな!」
「ならば、そうさせてみろ!」
と、二人で不敵に笑いあう。ここでマーサおばさんが口を開く。
「一宿一飯って言ったけどずっといてもいいんだよ?なあ、アシュリー。あんたもそっちの方がいいだろう?」
アシュリーは急に話を振られて肩をビクッと震わせる。そして、何かを決意した面持ちで顔を上げてこの出来事を思い出す羽目になった爆弾発言をする。
「お母さん、お父さん、私決めたよ。シリウスが言ってた『使命』、わたしも見つけた。」
「ほう、何かな?」
「私の『使命』は!一生シリウスを隣で支えること!」
「「「え、………」」」
再び静寂。それに放心していたのだろう、マーサおばさんのふざけた質問に素で答えていた。
「なあ、シリウス。お前はアシュリーのことを、どう思ってんだい?」
「いや、すごく綺麗で将来に期待できる。本当にこんな女の子がお嫁さんになってくれるなら、俺は幸せ者だよ。」
「おっ、それが本当のあんたかい?それーー。」
と、マーサおばさんが何か言ってるのを遮って、ラインおじさんが叫ぶ。
これが、一連の騒動の流れだった。
ーーーーーーーーーー
俺は、再度始まった親子喧嘩を傍目に見ていた。
なあ、アン。こんなのも幸せだな。
【おっ、どうしました?幸せとか言い出して。なんです?5歳児なのに盛ってきたんですか?】
違うね。なんか門番とも喧嘩みたいになったじゃん?あれも結局最後は、友達になって終わったわけじゃん。だから、喧嘩するほど仲がいい、っていうよりは、喧嘩で芽生える関係もある、ってかんじじゃない?
【そうですね。本音をぶつけ合った方がいい時もあるし、建前なし、隠し事なしの、出会えば喧嘩なんて関係も存在しますからね。】
そうだね。ただ、これが親子なんだなって感じるわけよ。愛されてたのはわかるけどこんな風に喧嘩もしたかったなあ。
【まあ、心を読んでくるような方でしたからね。それも、不可能だったでしょうしね。】
そうだなあ。あ、親父様は、旅をしてれば分かる、って多くのことに関して、そう言ってたけどこれからわかっていくのかな?それに婚約者を捕まえる旅って話だったし、これで旅の目的は開始早々、それも当日でクリアしちゃった訳になるし。
これから、どうするかな?
「おい、クソガキ!てめえのせいでアシュリーが言うことを聞かねえじゃあねえか!どう落とし前つけんだあ?あ゛あ゛?」
「もう、シリウスからもお父さんに言ってよ。さっき言ってくれた、お、俺が、そ、側にいるから、お、お前なんて必要ないって。」
いきなり聞かれたが、何故か精神状態はすごく落ち着いていた。そして、思案を打ち切り前を向く。
顔を真っ赤にして言うアシュリーは可愛いし、ラインおじさんの娘を思う気持ちがひしひしと伝わってきて、居心地は悪いが嫌な気分ではない。
「さあねえ。俺の『使命』は自由気ままで、自分の正しいと思ったことを貫くことなんでね。」
俺は、初めて〈最適化〉フィルターを通さずに自分の意見が言えたことを不思議に思わず、続ける。
「ほら、外を見てみろよ。満月だぜー。」
そう、満月だ。正確には違うかもしれないが。
ただ、外を知らなかった俺だが、月のような星はあったようだ。
その眩しさには、俺の目は慣れていないんじゃないのか?と思ってみるも、しっかりとその蒼眼で直視できる。
そしてその星は、夜という日の当たることない時間にしても、正しくかき消されることなく、円満を描き輝き続け、手を伸ばせば届きそうなほど身近に感じられる、眩しい星だった。
主人公の言動は、仕方なしと思ってくれると嬉しいです。