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1.大好きなスイカ

 町のレストランと魚屋さんの間に細い路地がありました。自動車がたくさん走る大きな通りからちょっとはなれた、小さな路地です。

 そこにはレストランと魚屋さんのゴミ箱がいくつも置かれていました。

 それを、町ののらねこたちがほうっておくはずがありません。自然とのらねこたちが集まって住み着くようになりました。

 町の人はその細い路地を『のらねこ小路こみち』と呼びました。

 のらねこ小路こみちに左耳の先っちょがチョッピリ欠けた白いこねこがいました。

 こねこは他のねこたちとはちょっと違った変なねこでした。

 お魚やお肉よりも野菜が大好きで、他のねこたちが見向きもしない、キャベツのシンやらほうれん草の茎やらピーマンのヘタやらがこねこにとってはごちそうだったのです。

 それでみんなはこねこのことを『なっぱ』と呼びました。




 ある夏の暑い日のことです。

 いつものようになっぱがレストランのゴミ箱をがさごそがさごそごちそうがないかと探していると、ありましたありました、まだ赤い実がいっぱいついたスイカの皮をひと切れ見つけました。

 なっぱはさっそくザラザラの舌で、赤い実のついたところをゾロリとなめました、

 口の中いっぱいにスイカのあまーい味が広がって、なっぱはしあわせ~な気分になりました。

 おいしいものを食べたときってしあわせな気分になるものですもんね。

「なんてあまくておいしいんでしょう」

 なっぱは思わず言いました。

 ちっちゃい声で言ったひとり言だったのに、それをしっぽが『く』の字に曲がったサバトラのねこがしっかりと聞いていました。

 しっぽが『く』の字に曲がっているので、『しっぽくの字のくーたろう』とみんなから呼ばれているねこです。

「おい、なっぱ。何がそんなにあまくておいしいんだ? キャベツのシンでも見つけたか?」

 しっぽくの字のくーたろうが聞きました。

「違いますよ、しっぽくの字のくーたろうさん。ほら、これですよ」

 なっぱは自分がみつけたスイカの皮を見せました。

 それはそれはみずみずしくてあまそうな赤い実がいっぱいついています。

「おい、なっぱ。オイラにもそいつを食べさせてくれ」

「いいですよ、しっぽくの字のくーたろうさん。どうぞ、どうぞ」

 なっぱは気前良く言いました。

 しっぽくの字のくーたろうは喜んでさっそく赤い実のついたところをザリザリとなめました。

 たちまちスイカのあまーい味のとりこになって、しあわせいっぱいになります。

「スイカっておいしいですよね」

 なっぱがにこにこして言いました。その口をしっぽくの字のくーたろうが、あわてて押さえます。

「しっ! そんなに大きな声で『スイカ』って言ったら、みんなにバレちゃうじゃないか!」

 けれども、もう遅かったのです。

 なっぱが『スイカ』と言ったのにみんないっせいに振り向きました。

「今、スイカって言ったか?」

「なに? スイカだって?」

「ほんとだスイカだ!」

「スイカだ、スイカだ!」

 今まで暑くて、ぐーたら寝ていたのに、みんなぞろぞろと集まってきました。

「おい、なっぱ。どうするんだよ。みんな集まって来ちゃったじゃないか。これじゃぁ、ひとりひとなめしか出来ないぞ」

 しっぽくの字のくーたろうが言いました。

「いいですよ。おいしいものは、みんなで食べましょう」

 そんなことはおかまいなしといった風になっぱは気前良く言いました。

 それを聞いたねこたちはいっせいにスイカの皮に跳びつきました。

「あーあ、これじゃぁ本当にさっきのひとなめでおしまいだよ」

しっぽくの字のくーたろうが不満を言いました。

「おいしいものをみんなで食べるのってうれしいです」

「オイラはひとりでおなかいっぱい食べられた方がうれしいけどなぁ」

 しっぽくの字のくーたろうは、また不満を言いました。

「ぼくにはキャベツのシンやほうれん草の茎やピーマンのヘタってごちそうだけど、みんなにはそうじゃないでしょ? いっつもぼくだけおいしいものをひとり占めして悪いなぁって思ってたんです。でも、スイカならぼくもみんなも大好きだから。ひとりじゃなくてみんなでおいしいものを分け合って食べられるのが、うれしいんです」

 なっぱは本当にうれしそうににこにこ顔です。

「そんなもんかね」

 しっぽくの字のくーたろうはあきれたように言いました。

 全くなっぱときたら、ひとがいいのにも程があります。

 その間に話を聞きつけたねこたちがどんどんどんどん集まってきました。

「あまーい!」

「おいしいね」

 スイカをひとなめしたねこたちはみんなしあわせ~な気分になります。

 でも、まだひとなめもしていないねこたちはそうはいきません。

「こら! おまえなめ過ぎだぞ!」

「おまえだって!」

「ぼくの分を残せ!」

 とうとうケンカが始まってしまいました。

「お前食べすぎなんだよ! ガブッ」

「やったな! ガリッ」

「お前こそ! バシッ」

 かみついたり、引っかいたり、パンチしたり、それはもう大騒ぎです。

「やめて! やめてよ! みんなで仲良く食べようよ!」

 なっぱが止めようとしましたが、誰も聞いてくれません。

「どうしよう、しっぽくの字のくーたろうさん」

 なっぱはなみだ目です。

「なーに、心配いらないさ。これだけ騒ぎになったら、そろそろ来るから」

 なぜかしっぽくの字のくーたろう余裕です。

 そのときです。

 騒ぎを聞きつけて、大きな大きなまん丸のスイカぐらい大きくて、スイカにそっくりなシマ模様のねこが現れました。

 スイカ模様のねこはケンカしているねこたちの頭を片っぱしから前足でポカリ、ポカリとやりました。

「ほら、親分が来ただろ?」

 しっぽくの字のくーたろうは別に自分が手がらを立てたわけでもないのに、自慢げに言いました。

 大きなスイカ模様のねこはのらねこ小路こみちのボスねこで『スイカの親分』とみんなから呼ばれているねこでした。

「スイカの親分のパンチは三丁目のお屋敷の番犬をのしたといううわさがある『うわさの左』だぜ。そんなのくらったら、みんなおとなしくなるしかないよ」

 しっぽくの字のくーたろうの言うとおり、誰も彼もおとなしくなりました。

 さすがはスイカの親分です。

「騒ぎの原因はこれか」

 スイカの親分はギロリとまだ赤い実のついているスイカの皮を見ました。

「このスイカの皮を見つけたのは誰だ」

「ぼくです」

 なっぱがおそるおそる言いました。

「なっぱか」

 スイカの親分の金色の目がギロリとなっぱのことを見ます。

 なっぱはスイカの親分が怖くて怖くて、しっぽがぷくぷくに膨らんでしまいました。

「スイカはみんなの好物だ。だからケンカの種になる」

 スイカの親分が言いました。

「今度から、スイカを見つけたら、俺のところに持って来い。いいな」

 それからスイカの親分は、スイカの皮をくわえて持って行ってしまいました。

 あまーいスイカをみんなで食べようと思ったのに、見つけたスイカの皮はスイカの親分に取り上げられてしまいました。

 しかも、これから先も、スイカを見つけたらスイカの親分のところに持って行かなければならないのです。

「せっかく、みんなといっしょに食べられると思ったのに」

 なっぱはガッカリです。

 あんまりなっぱがガッカリしているので、しっぽくの字のくーたろうは、なっぱが気の毒になりました。

 それで、元気づけてやろうと思いました。

「おい、なっぱ。『スイカの木』を知ってるか?」

「なんですか? それ」

 なっぱが聞きました。

「スイカの木は、スイカがいっぱいに成っている木さ。高い高い木で、上に行けば行くほど大きくてあまい実が成っているんだ」

 なっぱは目を丸くしました。

 そんな木があるなんて全然知りませんでした。なんてステキな木なんでしょう!

 なっぱは、まん丸で大きなスイカがたわわに実ったスイカの木を想像して、うっとりとしました。

 その様子を見てしっぽくの字のくーたろうはうれしくなりました。

 どうやらなっぱを元気づけるのに成功したようです。

 本当はしっぽくの字のくーたろうは、スイカの木のことなんか聞いたことがありませんでした。でも、そんなことは関係ありません。ようはなっぱが元気になればいいのです。

 ですから、なっぱが『よし』と言ったときちょっぴり不安になりました。

「おい、なっぱ。なにが『よし』なのさ」

 しっぽくの字のくーたろうが聞きました。

「ぼく、スイカの木に登って一番上の一番大きくてあまいスイカをとってきます。それをみんなで食べましょう」

 しっぽくの字のくーたろうの不安は的中です。

 なっぱを元気づけようと思って言った口からでまかせだったのに、スイカの木に登って実を取ってくるなんてできっこありません。

 しっぽくの字のくーたろうはあわてて言いました。

「おい、なっぱ。そんなこと言ってもスイカの木がどこにあるか知っているのかい?」

「ぼく、知りません」

 それはそうです。だってスイカの木なんて、口からでまかせなのですから。

「オイラだってスイカの木がどこにあるかなんて知らないよ。これじゃぁ登るなんて出来やしない」

 しっぽくの字のくーたろうは、なっぱをあきらめさせようと言いました。

 でもなっぱはききません。

「ぼく、絶対にスイカの木に登って、一番おっきなスイカをとってきます! そしてみんなでおなかいっぱい食べるんです!」

 なっぱが大きな声で言ったときです。

「スイカの木だって? 面白い話をしてるじゃないか」

 いつの間にかスイカの親分がなっぱたちの後ろにいました。

 なっぱもしっぽくの字のくーたろうも、ビックリしたのと、スイカの親分が怖いのとで、足がすくんで、しっぽがぷくぷくに膨れました。

「スイカの木の話なら、オレも聞いたことがあるぞ」

 これにはしっぽくの字のくーたろうはビックリ仰天です。

 スイカの木なんてただの口からでまかせだったのに、それをスイカの親分が聞いたことがあるだなんて、思いもしなかったのです。

 そんなことを知らないなっぱは大喜びです。

「親分。スイカの木がどこにあるのか教えてください。そしたらぼく、のらねこ小路こみちのみんなのために、てっぺんにある一番大きくて一番あまいスイカをとってきます」

 けれども、スイカの親分は首を横に振りました。

「スイカの木がどこにあるのかは知らないなあ」

 なっぱはガッカリです。

「オレは知らないけれど、『いるのにおらん』なら知ってるかもしれないぞ。何しろオレの10倍は生きているおばあさんねこだからな」

 スイカの親分は言いました。

 いるのにおらんは、町中のねこが知っている長生きのおばあさんねこです。

「確か町外れの一軒家に住んでいるんですよね」

「そうとも。町一番の長生きで、町一番の物知りのいるのにおらんなら、きっとスイカの木のことも知っているだろう」

 スイカの親分が言いました。

 なっぱはもうスイカの木にたどりついた着いたような気がして大喜びです。

「それで、なっぱ。お前は木登りは得意か?」

 スイカの親分が聞きました。

「ぼく、あんまり上手じゃありません」

 なっぱはまだ小さなこねこなので、木登りがそんなに上手ではありません。それで正直に言いました。

「しっぽくの字のくーたろう。お前の話だと、スイカの木の一番てっぺんにある実が一番大きくて、一番あまいんだったな」

「はい」

 今更、自分が言ったスイカの木の話が口からでまかせだったなんて言えません。

 それでしっぽくの字のくーたろうはこう言う他ありませんでした。

「一番てっぺんにある実が一番大きくて、一番あまいです」

「そうか」

 そう言うと、スイカの親分はつとつとと電信柱の下まで歩いていきます。そこでおなかいっぱいに息を吸い込みました。まるで本物のスイカみたいにまん丸です。

 それから、吸い込んだ息を一気に吐き出して、えい! と左のパンチを電信柱にお見舞いしました。

 すると、電信柱がぐらぐらとゆれて、下に置かれたゴミ箱の上にドスンと一ぴきの白黒模様のやせっぽっちのねこが落ちてきました。

「やっぱりそこにいたか、でんちゅー」

 やせっぽっちのねこはビクビクして震えています。

 そんなことはおかまいなしで、スイカの親分は言いました。

「でんちゅーは臆病者で、すぐ電信柱に登って逃げちまうが、木登りにかけてはのらねこ小路こみち一番の名人だ。スイカの木のてっぺんまで登るならいっしょに行くといい」

 なっぱは喜びました。

「よろしくお願いします。でんちゅーさん」

「えと、あの、その、ぼく」

 でんちゅーは何がなんだかわからなくて、もごもごしていましたが、スイカの親分がひと睨みするとビクっとして、ようやく「よろしくお願いします」と言いました。

「それと、しっぽくの字のくーたろう」

 今度はしっぽくの字のくーたろうをジロリと見ます。

「お前はスイカの木に詳しいみたいだから、お前もなっぱといっしょに行くんだ」

 スイカの親分にこう言われてはしかたありません。

 しっぽくの字のくーたろうは観念して言いました。

「はい! スイカの木のてっぺんの一番大きくて一番あまいスイカをとってきます!」

 それを聞いて、スイカの親分は満足そうにうなずきました。

「今から、スイカが楽しみだな。頼んだぞ!」

 スイカの親分は舌なめずりしました。

 しっぽくの字のくーたろうは、口からでまかせなんか言うんじゃなかったと、チョッピリ後悔しました。


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