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ヒロインと悪役令嬢の親友の敗因【連載はじめました】

作者: 卜部 うら

私は、何を間違えたんだろう―――



私は普通の会社員だった。

アラサー通り越してアラフォーのしがない独身女性。仕事一辺倒でそれなりに楽しく生きてきたのにある時期からの記憶がない。


次に気づいたとき、私は赤子だった。ああ自分は転生したんだなとあっさり理解した。


そして新しい人生で、私はなかなか恵まれた環境に居ることを知った。


カレン・クォルツハイムというのが私の名前。そしてなんと侯爵家の娘!


家はお金持ち。両親も仲良しで子供大好き、兄は私にべた惚れ――つまり超シスコン――で、天使のようだと甘やかされて育った。


イージーモードってこれのこと?もう顔がニマニマしてしまう。


そしてもっとも私のテンションが上がったのが、中世ヨーロッパのような服装と習慣。ドレスとか騎士とか執事とかメイドとか。そんな中自分は侯爵令嬢だ。これでテンション上がらなかったら女じゃない。


甘くて楽しくて幸せな日々。

そんな怠惰に子供時代を満喫していた私に衝撃が走ったのは6歳のとき。


私と同格家柄で同年代の子供たちが、王族の子と引き合わされた場面でのことだった。


9歳の第一王子。

9歳の第一王子の乳兄弟。

6歳の公爵家嫡子。

5歳の伯爵家次男。


このメンツを見て私はひっくり返りそうになった。他にも子供は何人もいたが、もうこの4人しか見えなかった。


これ、乙女ゲームの攻略キャラたちだ…!


前世で妹がまってた18禁乙女ゲーム「悪魔の遊戯〜生命いのちの狭間の恍惚〜」略して「悪遊あくゆう」。

市井で生まれた貴族の落胤であるヒロインが、華々しく社交界デビューし、その中で見目麗しい王族良家の男性たちを攻略するという王道もの。


ちなみにキャラの役割分担は上から


第一王子

→のちの王太子。俺様ドS。

第一王子の乳兄弟

→のちの近衛騎士隊長。ヤンデレ(独占型)

公爵家嫡子

→ライバルキャラの実弟。遊び人と見せかけたヤンデレ(監禁型)

伯爵家次男

→ヒロインの義弟。年下クーデレ。


と、なかなかハードめだ。


しかしこのゲーム、発売後は「これのどこが18禁!?15禁じゃないの!」という苦情が殺到したという。

何がって、タイトル「悪魔の遊戯」に合わせたイベントの残虐度合いが半端ないのだ。街中で、城の中で、家の中で普通にばりばり命を狙われる。方法も不意打ちの刺殺、毒殺、誘拐殺人、放火殺人、強姦死、拷問死などバラエティー豊かだ。


その犯人は、ライバルキャラや攻略途中のキャラ達。特に攻略中のキャラは好感度が一定具合になると、なぜかヒロインに執着を見せるのである。なので複数名を中途半端に攻略すると、あっという間にキャラの1人に攫われ(ロマンチックな意味ではない)、殺される。

貞操を狙われるのなんてついでだ。どうして全員ヤンデレと言わないのか不思議なくらいだ。


ちなみにこれらの事件は、うまく行けば攻略キャラによって華麗に解決される。巻き込まれたヒロインは助けに来たキャラと吊り橋効果でラブラブになれる。そうしてうまく行けば幸せいっぱいの甘々ハッピーエンドもあるのだが、いかんせん道のりが険しすぎた。


前世では妹にも散々愚痴られた。仕事で死ぬほど疲れていた時に長々とゲーム説明と自分の(正確にはヒロインの)不幸を嘆かれたときは本気で床に沈みそうだった。

お蔭でゲームにはとても詳しくなった。無理矢理スチルとか攻略サイトとか見せてくれた妹よありがとう。


それで、だ。


このゲームの中での私の役割って何?というところなのだけど。


実はモブだ。


けれども、ひゃっほいゲームの世界を安全圏から観賞だーと楽観的にはなれない。


私の正確な立ち位置は、18歳で社交界デビューするヒロインの同年齢の親友。15歳の頃、お忍びで街に出ていたカレンが平民として暮らすヒロインと偶然出会い、身分を超えた友人となるのである。良家の血筋と判明し貴族として生きることになったヒロインを精神的に支える役どころなのだ。ゲーム内での出番は少ないけど。


そして。


王太子ルートと近衛騎士ルート、公爵家嫡子ルートで恋愛抗争に巻き込まれて死んでしまう。そりゃもうあっさり殺される。


おふざけにならないでほしい。


他人に巻き込まれて死ぬなんてまっぴらだ!


私は今の幸せな生活をエンジョイして、そして幸せになりたいのだ。

普通に生きれば侯爵令嬢として何不自由ない人生が送れるはずなのに、会ったこともないヒロイン1人のせいで死ぬなんてとんでもない。


そう考えた私のとった行動は2つ。


1.ゲームキャラと接点を持たないこと。

2.死なないように鍛えること。


1.について言えば。

攻略キャラについては、大人になっても社交界に出なければ危ない接点はできない。

ということでその日から私はさっそく病弱になった。家族はおろおろし、医者も原因不明と匙をなげた。我ながらすばらしい演技だった。

加えて、ヒロインの住む地域には近づかないようにした。徹底的にだ。ゲーム補正が働いてうっかり会うことになってしまっては適わない。


また2.については、武術、馬術、毒への耐性を身に着けるなど身を守るためにあらゆる方法を学んだ。「病弱」な私がどうやって武術を学べたかは、もう演技力の賜物としか言いようがないだろう。

ついでに前世で40年近く生きた経験を土台に、この世界のあらゆる知識も身に着けた。政治、経済、商業、農業、薬草学、多国言語、家事全般にガーデニング、占い。後半は趣味である。

とりあえず、6歳から英才教育を始めた私は、わずか13歳で大人と渡り合える人材となっていた。



だが、私がひとつだけ失敗したことがある。



顔合わせの時、たまたま私の隣にいた7歳の少女と友人になってしまったことであった。


彼女の名はレイラ・カルフォーネ。

カルフォーネ公爵家令嬢。


彼女はなんと、このゲームの悪役令嬢役となる少女であった。


高圧的で厚顔無恥、そして残虐非道な美女。王太子ルートと近衛騎士ルート、そして弟である公爵家嫡子ルートで出現するキャラ。


つまり、私を殺すキャラである。


精神年齢アラフォーと言っても、世間知らずな当時たった6歳の私。

初めて来た知らないばしょ、偉そうな大人たち、そして知らない子供たち。そんな中で不安で、年が近い可愛らしい少女にうっかり自己紹介をしてしまったのは責められないだろう。


金髪、赤目の美少女。目元がキツい顔立ちだったが、挨拶した印象がおっとりしてたので安心して自己紹介をしたのだ。

が、名前を聞いて卒倒しそうになった。耐えた私を褒めてほしい。


「おともだちになってくださいね」


ふんわり笑って握手を求められ、あれゲームと印象が違うなという意外性から無意識に握手をしてしまった。

帰宅してから床をのたうち回り、絶望して泣いたけど、もう引き返せなかった。


悪役令嬢レイラとカレンが友達という設定はなかったはずだ。これがどうゲームに影響するかは分からない。

相手は公爵家。拒否もできないので、結局つかず離れずの距離を保つことにした。

病弱設定が功を奏し、手紙のやりとりと、年に1回のお茶会で交流が済んだのは不幸中の幸い。



そして私の16歳の誕生日。ヒロインが社交デビューをし、ゲーム開始となる年の2年前。


「私、実はここがゲームの世界だと知っているの」


私の誕生祝いの席で、悪役令嬢レイラから衝撃的告白を受けた。


「貴女と会った、顔合わせの席で思い出したの。私がそのゲームの中で悪役令嬢役であるということも。そして私が―――死んでしまうことも」


二重のぱっちりした瞳を苦しそうに細めて、彼女は静かに言った。

そう、彼女はヒロインのライバルだけあって暗殺や誘拐をされることはないものの、どのルートでもヒロインと結ばれたキャラに殺される結末を辿る。

特に王太子ルートでは悲惨だ。身分だけで射止めた王太子妃候補の立場に固執し、ヒロインをいたぶり毒を盛り暗殺者をけしかける。しかし真の愛に目覚めた王太子により断罪され、ヒロインが王太子妃になるハッピーエンドでは公開処刑、ノーマルエンド、バッドエンドでは貴族令嬢の殺人未遂で生涯幽閉ののちひそかに毒殺されるのである。


彼女は公爵令嬢。この時点で王太子妃候補の筆頭に挙げられていた。


「貴女も転生者だとすぐ分かったわ。そしてゲームの運命から逃れようとしているのが分かって益々仲良くなりたいと思ってた。…私、もともと悪役になれるような性格でないわ。それより静かに幸せに生きたい。嫉妬で他人を貶めて死ぬなんて嫌だったの」


おっとりと私に言う彼女は確かにゲームのレイラとは違う。実際のレイラはどちらかと言えば控えめで欲が無い。

元々性格が違うことに疑問は持っていた。が、まさか彼女が転生者でしかも悪役になる気がないなんて思いもしなかった。

私はゲーム補正が万能だと思ってはばからなかったのだ。


「それでレイラはどうするの…?」

「従兄がずっと求婚してくれていたの。今婚約中よ。とても優しくて素敵な人。来年成人したら結婚するわ。両親も私の性格で将来の王妃など無理だと理解してくれたの」


この国は18歳が成人。17歳の彼女はゲームが始まる前に結婚をし、さっさと舞台から退場するつもりらしかった。

彼女の従兄は子爵家の嫡男だったはずだ。身分は彼女の生家に劣るが、人を見る目のある彼女が決めた人なら大丈夫だろう。


「そうだったの。おめでとうレイラ。あなたの幸せを心から祝福するわ」

「ありがとうカレン。これからも友達でいてくれる?」

「ええ、変わりなく…いいえ、これからもっと仲良くなれるわ」

「…ありがとう。大好きよ。カレン」


こうして私たちは本当の親友になった。そして。



これで私が殺されることはなくなった!!


私を殺す悪役令嬢は結婚で退場。

私はゲームから完全に離れた。


念のためヒロインと合わないようにだけ気をつけ、開放的な気分で2年後、18歳を迎えたのだった。


めでたしめでたし!



――――となるはずだったのに。



2年後、私18歳。


私は何かを決定的に間違えた。


今、目の前には熱い瞳で私を見つめる王太子がいる。


私の後ろには壁。そして顔の両側には王太子の腕。

いわゆる壁ドン(両側版)である。


金髪碧眼、完璧美貌、無敵の王太子。そこらの令嬢だったら一撃で陥落だろう。


が、私はあまりの出来事に完全に魂を飛ばしていた。


なぜこんなことに……


遠い目をして私は記憶を反芻する。



**



この日は王宮主催の夜会だった。

私も18歳になり、レイラも無事子爵夫人となっていた。


滅多に夜会に出ない私とレイラだったが、ゲームの脅威は去ったとすっかり油断し、身内に言われるがまま夜会に出席してしまった。

私については、そろそろ結婚相手を見つけろと親にせっつかれたのも理由だったが。


そこでヒロインに会った。

もちろん初対面である。


なのに彼女は私たちのことを知っていた。彼女も転生者だったのだ。

そしてキャラたちの攻略に意気込んでいた。


私たちは何も知らない振りをしたが、親友でないカレンと、既婚者になった悪役令嬢レイラを見てヒロインは驚き、私たちが転生者でないかと疑った。そして


「これじゃあイベントが…」


と呟いた。


そう、この夜会は王太子ルートの初回イベントだったのである。ヒロインはこれを狙っていた。


そのイベントとは。

それまで夜会で顔見知りになっていたヒロインと王太子。この夜会で庭園をひとり散策するヒロインが、慣れないヒールに足を痛めて座っていると、王太子と偶然で会う。

そこで彼に傷の手当をしてもらっていると、そこにヒロインを狙う暗殺者が登場。王太子と、警護をする近衛騎士がそれを撃退するが、暗殺者を差し向けたのはレイラだった。

一部始終を見ていたレイラを王太子が見つけ、彼女の罪状を問い詰める…というイベントである。

これをクリアすると、ヒロインに同情した王太子と彼女の交流が始まるのである。


最重要警護対象の王太子が偶然ひとりで庭に居る訳ないだろとか、暗殺者差し向けて現場に居るなよ悪役令嬢とか、突っ込みどころ満載のイベントではあるが、そこはご都合主義の恋愛ゲーム。


が、しかし悪役令嬢がもう自分のライバルキャラではないのである。暗殺者が来る訳がない。


「どうしてくれるのよ!」

「何のことかしらシェリル・サーミュラー伯爵令嬢。初めてお会いしたのにこのような罵倒をされるいわれ、わたくし達にはございませんわ。行きましょう、カレン」


ごきげんよう、とレイラは優雅に立ち去る。私も扇で顔を半分隠したまま、軽く礼をとりその場を辞した。

伯爵家の彼女は、侯爵令嬢である私より身分が低い。現在子爵夫人とはいえ、貴族トップの元公爵家のレイラも特段丁寧に対応する必要もなかった。


だが、彼女は諦めていなかったようだ。


そのあとも何かと私たちに話しかけ、言い掛かりに近い言葉をかける。

周囲にも険悪なムードが漂い始めたので、私たちは彼女を伴って庭園に出た。


気付くと、彼女によってイベントの場となる東屋に連れ込まれていた。


そしてなぜか王太子と近衛騎士が現れ、暗殺者も現れるのである。


きゃーきゃーと騒ぐヒロインに、ゲーム補正恐るべし!と固まる私とレイラ。


暗殺者は見事攻略キャラ2人が撃退してくれたが、レイラが巻き込まれ、軽い怪我をしてしまった。


「大丈夫か、レイラ・モートレイ子爵夫人」

「ええ、腕を切っただけで大事ありませんわ。王太子殿下」

「ご婦人に傷を負わせてしまった…すまない。手当をさせよう。…おいマリグ、夫人を個室へお連れしろ。侍医を呼べ」

「は」


王太子も近衛騎士隊長も私たちも、子供のころに何度か会っているため少しだけ気安い。

すぐに、王太子の乳兄弟であり近衛騎士隊長であるマリグは、青ざめたレイラを伴って去って行った。

ここでマナー上、親族でもない私がレイラに同伴することはない。救急車と一緒である。またあとで見舞うわ、と目線でレイラに伝えた。


そして残ったのは1名の護衛騎士と王太子、そして私と、ヒロイン。

他の護衛騎士は周囲の再警戒に散ったため人は少ない。


「あ、痛い、足が…」

「どうした。怪我をしたか。ええと貴女は…」

「は、はい、シェリル・サーミュラーと申します。殿下。実は慣れないヒールで靴ずれが…」


このタイミングでゲーム通りのセリフを出すとか、空気読めない感すごいなヒロイン。


王太子は一瞬ぽかんとしたが、すぐにまじめな顔で対応した。


「…そうか。では手当をさせよう。おい、彼女も侍医の元へお連れしろ」

「畏まりました」

「あ?え?」


当然と言うか何というか、ヒロインは名もない護衛騎士に伴われ退場した。…何だか可哀想になったのは私が優しいからだろう。


「カレン侯爵令嬢、巻き込んで悪かったな」

「え?あ。ありがとうございます。殿下にもお怪我がなくて何よりですわ」

「…面白い人だな」

「…え?」

「こんな状況なのに貴女は顔色ひとつ変えない。まるで慣れているようだ」


面白がるような王太子の言葉に一瞬顔が強張りかけたが、気合で表情筋を動かし怯えた顔をする。


「まさかそんな…。酷いですわ。突然のことに戸惑っておりましただけですのに…」


武術を一通り学んだ私は、もちろん暗殺も想定した剣術も身に着けている。実際、ゲームと関係なく身分的に狙われる事も少なくなく、幼い頃から幾度と命の危機にさらされている。

家族は知る由もないが、私はこの年で人を殺めることを知っていた。もちろん身を守るためである。

まあ要は、大した腕もない暗殺者1名とその他の立ち回りなんぞ舞台で殺陣たてを見るような感覚なのである。


「悪かった…。からかうような事を言った」


一応騙されてくれたのか、王太子は眉を下げ謝罪をしてくれた。

誤魔化せた、と思ったとき。


私の向い、彼の背にある茂みが微かに動いた。

それとともに殺気が発せられ、全身黒づくめの男が剣を振りかぶって飛び出してくる。


狙いは王太子。


さっきの暗殺者は囮だったか。気づくが、王太子の反応が遅い。


間に合わない。


とっさに私はドレスを捌き一瞬で王太子の背後に回ると、持っていた扇で男の剣を受けた。


きいぃん、と金属音が響く。

この扇は金属を埋め込んだ特別製だ。もちろん暗殺対策である。しかし勿論、剣を受ける程の強度はない。


私は勢いを流すように扇を傾け、男の剣を滑らせて避けた。

同時に反転し、肘で男の鳩尾を突き飛ばす。私の軽い体重で気絶させることはできないことは承知の上。身体を低く沈めるとヒールを履いた足を回しよろけた男の脚を払い、転倒させた。


この間3秒。


この頃になると王太子も状況を把握し、剣を抜いて倒れた男の喉元に突きつける。


「上手く気配を殺していたな…。先ほどの男と共犯か。ゆっくり吐いてもらうぞ」


護衛の騎士も駆けつけ、男は縄でぐるぐるまきにされ連行された。


で、私だが。

暗殺者が連行されるのを見届けるためゆっくりその場に留まる…訳がない。


さっさととんずらした。

正確には、とんずらするため馬車に乗るべくエントランスホールに向かっていた。

令嬢があんな体さばきをしているのを見て、王太子に根掘り葉掘り聞かれては堪らない。うっかり正当防衛とはいえ私が人を殺した経験があることがバレたら、社交界から追放され、実家にも迷惑がかかる。

さっさと帰って病弱演技を再開して、ほとぼりが冷めるまで家にこもろ!そう決意をしていた。


エントランスホールの手前には夜会場がある。現在ダンスが佳境で人が溢れているので、まずそこに紛れてしまえば見つからない。

私は人気のない回廊を急いだ。


「どこに行く気だい。カレン」


 目の前に 王太子が あらわれた


昔のRPGゲームの表示が目に浮かんだ。

うまく逃げたと思ったのに。


しかもさらりと幼い頃のように名前を呼ばれている。


「先ほどの体術は見事だった。私に気配を悟らせない暗殺者を事もなげに撃退するとは…恐れ入ったね」


両手を広げ、滑るようにこちらに近づいてくる。

避けようと廊下を左右に動くうちに、壁際に追いやられてしまった。


あと一歩の距離に詰め、王太子が優雅に問いかけてくる。低く美しい声が回廊に響いた。


「さて、貴女は一体何者だ…?」

「…ご存じのとおりジェイド・クォルツハイム侯爵が第二子、カレン・クォルツハイムですわ」

「そう。病弱な(・・・)カレン・クォルツハイム侯爵令嬢だね」


イヤミか。イヤミだな。


「その病弱な侯爵令嬢が、どうしてあんな動きができる?…貴女は何を隠している?」

「何も隠してなどおりませんわ、王太子殿下。自分の身を守るため精一杯のことをしているまでです。守られるだけなのは性に合いませんの」


全てを説明する必要もない。だが嘘を言うとまずい気がしてほんの少し真実を伝えた。

下手にはぐらかして場が長引いても事だ。


具体的に説明もせず納得してくれるかは疑問だったが、以外にも彼はあっさりと頷いた。形の良い顎に手を当て、ふむと独白する。


「なるほど。立場があれば危険もある…私も先程のように狙われる身だ。自分を守る術を身に着けることが悪いことだとは思わん」


よっしゃクリア!王太子チョロい!と見えない場所で拳を握る。

…しかし甘かった。


王太子は素早い動きで私との最後の一歩を詰め、両側を腕で塞いだ。壁ドンだ。実際されたのは初めてだ。


鼻先、息のかかる距離に王太子のきれいな顔が迫る。


「だからと言って女性の身であの体さばきは普通ではない。…貴女はまだ何かを隠しているね」

「しがないいち令嬢ですわ…買い被りです」


目を伏せ、悲しそうに視線をそらす。


「はは。誤魔化し方が堂に入ってる。とても興味が出てきたよ。貴女の事が知りたくなった」


可笑しそうに言った王太子は、一転、美声に壮絶な色気を含めて私の耳に囁いた。


「女性の秘密を暴くのは……興奮するね」


背筋に寒気が走った。


忘れてた、こいつドSだった!!


「…決めたよ。カレン、私と遊ぼう?私から逃げきったら貴女の勝ちだ。私が貴女の秘密を暴いたら……私の妃になってもらおう」


えええええええええええ!?


私は心の中で絶叫を上げた。いやいやいや、それおかしい、すごくおかしいよ殿下!

ヒロイン、ヒロインどうした!!おーい、ここに王太子いるよ!?攻略してー!!


絶賛混乱中の私の頭の中など無視して王太子は続ける。


「私ももう21歳でね。婚約者を決めないといけないのだが、その辺の令嬢は皆同じでつまらない。政略結婚だからと諦めていたけど…貴女はとても面白い。楽しめそうだ」


熱に浮かされたような王太子の、青い瞳が私を射抜く。


…なぜ、王太子を助けてしまったんだろう。

私は現実逃避でぼんやりと考えた。


考えてみれば、か弱い令嬢が目の前で王太子が刺されようと普通何もできるはずないのだ。放っておけばよかったのだ。王太子が死んだら国家的大問題だが、私には何の影響もないはずだった。

自分が王太子ルートに入ってどうするんだ。このままでは、悪役令嬢レイラの立ち位置が私に変わるだけではないか。


と考えて、はっと気づいた。

王太子ルートでの悪役令嬢は…たしかハッピーエンドで処刑、それ以外でも生涯幽閉&毒殺…


冗 談 じ ゃ な い !!


ヒロイン親友より質が悪い。それなら親友ポジションでさっさと殺される方がましだ。


きっとゲーム補正が働いたのだ。何とかしなければ。


私は一瞬で現実に戻った。


「…その条件では、私が勝ってもメリットがありませんわ」


王太子権力を使われたらバレてアウトだ。ここは賭けに乗って逃げる可能性を残した方がマシだ。


「…いいだろう。勝ったら何が欲しい?」

「王太子妃候補から完全に外れる権利を。そして婚姻選択の自由を」


18歳になった侯爵家の私は、王太子候補に挙げられていた。病弱ということで末席ではあったが。

そして貴族は親同士で決める政略結婚が当たり前だ。私も例に漏れない上、身分があるだけに拘束も強い。しかしそれではいつまたゲームに巻き込まれるか分からなかった。

だが婚姻の選択さえ確保すれば後は身に着けた知識で何とかなる。


「…前者は可能だろう。だが後者は貴女の家の問題では?」

「貴族の結婚は国王陛下の承認が必要です。殿下が裏で手を回し、私が望む相手のみとの婚姻を許可してくだされば結構です」

「陛下の決を王太子の私が左右できると?」

「可能でしょう。殿下なら」


王太子が、婚姻を含む貴族管理を司る貴内院の実質的最終権限を握っていることは分かっている。そして王の承認は形骸化している。

王太子妃候補に口出ししたいがため、彼が手をまわして実権を握ったのだ。真面目なのか馬鹿なのか分からない。


王太子はくすりと笑った。


「…やはり貴女は面白い。益々欲しくなった」

「…恐縮ですわ」


半目で返してやる。


「いいだろう。勝負だ、カレン。期限は王太子候補選出期限の1年後。本気で追い掛けるから……覚悟しろ」


言葉とともに、唇が重ねられた。


目を見開いた私の視界に、悪魔のような笑みを浮かべた美形の王太子の顔があった。


「…では、ゲームスタートだ」



私は、何を間違えたんだろう―――

も、もしご希望が多ければ連載も検討しますです。連載しなかったらそっとしといてください(笑)

2014/12/14より、同名で連載を始めています。

短編で書ききれなかったエピソードを盛り込み、新しいキャラも登場させていますのでよかったらそちらもどうぞ!

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