人間辞めました。
続くかどうか分からないので、とりあえず短編で上げてみました。
※7/3あらすじを少し変えました。
誤字のご報告ありがとうございます。
ある時私は呟いた。
「もう人間辞めたい……」
しかしこの後「兎とかモルモットとかそういう愛玩動物になって呑気にもそもそ餌食べて寝てなでなでされて一生を終えたい」と続くのだが、どうやら私のぼやきを聞いていたお方にはこの部分はまるっと聞こえていなかったようで。だというのに、後半の「それかここではないどこかに行きたい……」という痛いフレーズは拾いなさったのはなにゆえ?
ある日突然どういう訳だか人間辞めて地球ではないどこかにおりました。
側頭部からくるんと生えているメノリ種の羊を彷彿とさせる角。プラス地面に引き摺るまで伸びた異形の腕の先には、歪で柔らかさの欠片も見えない大きすぎる掌アンド鉤型の爪。プラス自前の血色の悪さと消えない隈。
イコールどこからどう見ても立派な化け物ですね本当にありがとうございます。
可笑しい。私が願ったのはこんな禍々しい変身ではなかったはずだ。柔らかい毛皮はどこいった。
『ぬしさまー』
「はいはい、何だね」
そして森に住む動物さん達から『ぬしさま』と呼ばれております。
どうやら私、人外になって異世界に飛ばされただけでは飽き足らず、彼らの主になってしまったようです。
愛玩動物にはしてあげられないけど、小動物達を可愛がる権利はくれてやんよって事でしょうか神様。素直にお礼を言いたくない気分です神様。
てててと木に上る要領で私の身体を器用に駆け上がったリスさんは肩の上で上機嫌そうに鼻を鳴らした。
『ぬしさま、これあげるね』
「わあ、綺麗な花だね。どこで見つけたんだい?」
『あっちにたくさんさいてたよ』
小さな友人が指し示すのは鬱蒼と茂る森の南の方。そういえばあっちには少しひらけた所があったなと思い出して、辺り一面に色とりどりの花々が気持ちよさそうに風に揺られている様子を思い描いた。
そうか、もうそんな季節なのかと口元を綻ばせていると、リスさんが私の角と髪の隙間にお土産を挿して嬉しそうに言った。
『むかしはこのもり、とてもさびしいところだったんだって。でも、ぬしさまがきてからたべものもおはなもたくさんできるようになったっておとうさんいってたよ。ぬしさま、どうもありがとう』
「いいえ、どういたしまして」
何のてらいもなく礼を言われたが、実の所私は何もしていないに等しい。
気が付いたら知らない森の中に放り出されて混乱していた私に、丁寧に事実とこれからの事を教えてくれたのは他でもないこの森の住民達だった。
彼ら曰く私はただそこに居ればいいのだと言う。
何やらこの辺り一帯が、強い魔力とやらを有する土地だそうで強すぎるそれは生命にとって毒でしかないらしい。そこに私を投入する事により、土地から発生するそれを吸収し別の物へと変換して森に分け与えるという眉つば物の効果があるそうだ。そしてその物質(仮に生気とでも呼ぶ)を受け取った森の植物がすくすく育ち、果物を実らせれば、それを食物とする動物達もどんどん増えて行く。そして月日が経ち、土に還った彼らの身に残る私の力の残滓が土地の性質により発生する魔力の元となるのだと聞かされた。
そんな突飛な話を突然聞かされた当初は「んな馬鹿な」と身に覚えのない自分の力に半信半疑だったが、何年もここで暮らしている内に木々が青々と茂り、徐々に生き生きとしていく森の姿を見て、自分に宿った人ならざる力や、それが巡り巡ってもたらす物を漠然と受け入れて今に至る。
住民達も「何もしなくていい」と言う言葉の通り、私に不便のないよう色々と手を尽くしてくれた。唯一森の外に出られない事だけは少しだけ残念だが、限りなく黒に近い灰色の会社でパワハラモラハラセクハラ三重苦の上司にあれこれ仕事を押し付けられ、ストレスマッハだったあの頃と比べるまでもなく、ここでの生活は快適自適だ。
ただ、こちらが素直に感謝を伝えると揃ってお礼を言うのは自分達の方だと逆に感謝されてしまうのはどうにも座りが悪かった。だって、私は本当に何の労力も払わず、日々を無為に生きているだけなのだ。それなのにお礼を言われるってどうなのよ? って話だ。
そして贅沢な事と言われるだろうが、世話を焼いてくれるのは大変ありがたいのだが、焼き過ぎて炎上寸前だった。代わる代わる私の元にやって来ては、『ぬしさま、おなかへってないですか?』って日に何度も聞くのやめよう? この身体になってから食べ物が嗜好物になってしまったので空腹感はない。もし何か食べたい物があったらその時言うから。と何度説明し何度それをスルーされた事か。
とにかく最低限の事は自分で出来る事と、自分も他に何か出来る事を探したいと切々と説得し、何とか納得して貰えるまで半年ぐらい掛かった。
そこから更に試行錯誤を重ねた結果、私が土地から吸い取った魔力とやらの他の使い道を発見し、そこから森で出来た物や渡り鳥のお土産の種子に手を加えて品種改良してみたり、時々新種の植物を作ってみようとして失敗してみたり、随分と丈夫になってしまった身体を生かして住民達のいざこざに仲裁として入ってみたり、力仕事でいい様に使われたりして何とか「主」と呼ばれても気後れしないよう色々やらせてもらった。
そんな感じで過ごす事五十年余り。私がやって来た当初に比べ森の雰囲気は明るくなり、住民達も徐々に数を増やしたし中々活気付いてきたのではなかろうか。
人外になってから年を取らなくなり滅多な事では死ねなくなった私とは逆に、森の住民の顔ぶれは最初と殆ど変わってしまったけど、どの世代の子達も皆私を慕ってくれる。至らない主で申し訳ないと言ってもどいつもこいつも「そんなことない」「ぬしさまはやさしいよ」と口々に言う。アホかと。馬鹿かと。どっちがだと。心の底から彼らの大らかさには勝てる気がしない。そんな彼らだから、優しくされたらその分だけそれを返してあげたいと常々思うのだ。
肩に乗ったリスさんと「今日はお花畑で日向ぼっこでもしようかな」『きっととってもきもちいいよ』なんてほのぼの会話しながら森を闊歩していると、私達の会話を聞いていた小鳥さん達が『まあ、二人だけずるいわよ』『そうよそうよ』『私達がいたら絶対にもっと楽しくなるのに』とピーチクパーチク忙しなく鳴いて私の角にちょこんととまった。そして彼らを皮切りに、道なき道を行けば行くほど、恐れ多くも私を慕ってくれている小動物さん達がわらわらと寄ってきて、あっという間に私はふわもこ達に完全武装される。ああ、至福……。
『やっと見付けたぜ、主さん……だよな?』
「おうふ……」
どうやらもっふもふにされた私の姿は、一見して私だと気付かれないような形姿をしているようだ。茂みを掻き分け、私達の進行方向に現れた真っ黒な毛皮の大きな生き物は、私を発見した事に安堵して目を細めたがそれも束の間、眉間に皺が寄り訝しげに首を傾げた。
『……いっつも思うけどよ、何でそんなカッコになってるのに抵抗しねえのアンタ』
「もふもふは正義だからだよ、タローさん」
のしのしと近寄って来た成獣の熊さんは心底呆れているような口ぶりで溜息を吐いた。この間、自分より大きな肉食獣が寄って来たにも関わらず、私に群がっている小動物達は逃げる様子もなく寧ろ彼の登場にきゃっきゃとはしゃぐという豪胆っぷりを発揮していた。我が森は本日も平和で何よりである。
『いや、わりーが今日はちっとばかし平和じゃねーんだなこれが』
「おや大変お耳にシャッターが付いちゃったみたい。ガラガラガラガラ本日の営業は終了しました」
『ついてねーよそんなもん。てかしゃったーって何だよ』
ぶっちゃけると、この熊さんことタローさん(命名:私)がこうやって私の事を探しに来るという事は、何か問題が起こったんだろうな、という予想はしていた。
だからと言ってクソ正直に話を聞くと思ったら大間違いだ! え? 主としての仕事云々言ってたのは何だったんだって? それはそれ、これはこれ。
「やだ。聞きたくない」
『やだじゃねぇ。オラ、耳塞いでる奴らどけ』
『いやー』
『ぬしさまいやがってる』
「あ、この天然イヤーマフ素敵。今度は是非とも寒くなってきたらやってもらいたい」
『アホな事言ってんな。いいから話を聞け』
「やだって言ってるじゃん!! 今度は何! また痴情の縺れ!? どいつもこいつも皆同じようにもっふもふして可愛い癖に! 何いっちょ前に一匹を取り合って喧嘩しちゃってんの!? このリア獣共めが! それとも縄張り争いですか?! どこも同じような場所なんだから、そんなケンケン言うなら私の家に皆住んじゃえばいいじゃな、ぷぎゅっ」
『うるせぇ。黙って聞け』
頭を大きな肉球で押さえつけられてぐりぐりされる。ゆうに私二人分ほどはあるんじゃないかと思われる巨体が持つ肉球は、彼の風貌からは想像できないぐらいふわふわだ。まっこと卑怯なり。こんな気持ち良い事されて、抵抗なんて、出来る訳ないじゃない……っ!
私の角や頭から飛び立ってしまった小鳥さん達には申し訳ないが、しばし魅惑の柔らかさを堪能する。おお、おおお、けしからん。実にけしからん……。ぐりぐりしてくる当の本人がすっごく可哀想な生き物を見る目をしているのは基本スルーの方向で。
『人間が来たぜ、主さん』
「あぁん?」
ここに人間は住んでいない。(私はベースこそ人間だが、付属品が付きまくっているので人外扱いだ)昔教えてもらった話によると、この森は人里から遠く離れた大陸の片隅にあるらしく、滅多に人間は寄り付かない。時折、偶然ここまで辿り着いてしまった輩も過去に二、三人程居たが、森の外は相当劣悪な環境なのか入り口付近等で力尽きた仏様としか御対面した事がなかった。
そういう場合、所持品を検めそっとポッケにしまい、亡骸は土に埋めて丁重に葬って差し上げるのが通例だ。そしてそれも巡り巡って私に吸収される、という算段だ。いやはや、なんてとってもエコロジー。私ってば環境に優しい女だわ。
「久々だね。今回はどんな人? いつかみたいに商人っぽい人? そうだったらまた便利な道具をがっぽがっぽ……」
『いや、それが……生きてるんだ』
「え?」
『いつもの奴らと同じで、森の入口でぶっ倒れていたんだがまだ息があるんだよ』
「……えー……」
『……そんなあからさまにガッカリした顔するなって』
生きているのなら追剥のような真似は出来ないなと肩を落としたらタローさんに窘められてしまった。だって、森の中でしか暮らせないから、外から入ってくる物を見るとワクワクするんだよ!
と、そこで私に群がっていた動物達の纏う空気がピリピリし始めたのに気が付いた。
「どったの君達」
『ニンゲン、いきてるニンゲン』
『ぬしさまぬしさま、はやくおうちにかえって』
「いやいや、なんでやねん」
『だめだよ、ぬしさまがあぶない』
『ぬしさま、ニンゲンにひどいことされちゃう』
「そんな馬鹿な。この身体がそう易々と傷つけられる訳あるめぇよ」
だが、動物達は幾ら言っても聞く耳を持ってくれない。小さな体で私の服の裾を引っ張ったり、足に体当たりして押してくる。小鳥さん達に至っては髪の毛を遠慮なく引っ張ってくれるのでとても痛い。
なんなのこの子達の反応。そんな疑問が表情に出ていたのか、タローさんがずんぐりとした肩をひょいと上げて辟易とした様子で言った。
『他の連中もこんな感じだ』
「えーそりゃまたどうし、いたたたっこら! 痛いって!!」
『さぁな、だがどうにも穏やかじゃねえ。と、言うか早くしねえと流血沙汰もありえるかもな』
「は?」
『人間を発見した奴らが今にも息の根止めそうだ。ほら、チビ共やめてやれ』
『だめー』
『ぬしさま、おうちかえるのー』
「いや! 帰らないからね?! 森でそんな物騒な事が起きそうなのに、そんな呑気な事してられる訳ないでしょーが! タローさん、先に行ってジロー君と一緒に皆がやらかさないように見張ってて! 私はこの子らを何とかしてから行くから!」
『あー……その事なんだが……』
「へ?」
『ジローの奴が率先してやらかそうとしてるんだわ……今、ハナコがそれを止めてる』
「あんの馬鹿犬ぅぅぅぅぅぅっ!!」
ジロー君というのは薄鈍色の若い狼さんの事で、ハナコちゃんと言うのは茶色い体に黄色い嘴のアクセントが光る鷹さんの事である。タローさん、ハナコちゃん、ジロー君の三名は森の住民達の中でも私の側仕えみたいな事をしてくれていて、何て言ったっけ? 眷属? とか言うらしい。彼らが他の子と違うのは私が死ぬまで死ねない事と、他よりちょびっとだけ頑丈になった所だ。まあ、私がした事と言えば、彼らに名前を付けてあげた事だけなんですけどね!
ジロー君はその若さゆえか結構な短気さんで猪突猛進な所がある。べたべたに懐いてくれているのは嬉しいのだが、お前はカッとなったら、行動を起こす前に一度十数えろと毎回言っているのにあの子はどうしてそんなにお馬鹿なのか。
何だか頭が痛くなってきて、必死に私を押したり引っ張ったりしているこの子達の言う通りお家に帰りたくなってきた。しかし、ちろりとタローさんを横目で見たら首を振って却下されてしまった。ですよねー!
ちくしょう、事が全部終わったらその硬い癖にふっさふさしてる腹毛にダイブしてやっから覚悟しろ!!
*
『どけ年増!!!』
『まあああ!! この糞餓鬼なんて口の聞き方なの!!』
足元に縋りついて来る小動物達を涙を飲んで振り切り、現場に駆け付けてみればそこはド修羅場だった。
ハナコちゃんに噛み付こうとするジロー君を華麗に交わしながら、彼女はジロー君の顔に引っ掻き傷を幾つも作っている。どうやらジロー君の方が劣勢のようだ。
口汚く罵り合いをしている二匹の傍らに、ズタボロになったぼろ雑巾のような塊を発見した。ハナコちゃんの隙を付いて、その塊が牡鹿さんにゴインと蹴られた瞬間を見てしまい、私は思わず悲鳴を上げた。
「ぎゃああ!! ちょっと待ったぁぁぁぁ!!!」
『あるじ様!!!』
『もう! 遅いじゃないの主ちゃん!』
『主様、来てはいけない』
『すぐに終わるからあっちに行って』
ハナコちゃんとジロー君を筆頭に私の方へと寄ってくる動物達。森中の中型から大型の動物達がそこに居るのを見て、どうりで今日は見掛けないはずだとぐったりした気持ちになった。
とりあえず私は、一番早くこちらに駆け寄って来て褒めてと言わんばかりに尻尾を振るお馬鹿さんのドタマに拳骨をお見舞いしてやった。
『ぎゃん!』
「お馬鹿ジロー君や、君は何をしているのかな?」
『お、俺は! ただ侵入者を排除しようとしただけッス!! なのに殴るなんてひどい!!』
「うっさい、誰がそんな事頼んだよ。森に異変が起きたらどうするんだっけ? 報告・連絡・相談を怠るなって私、何度も言ったよね? ん? ジロー君のおつむはお飾りなのかな?」
『うぐぅ……』
「他の皆も! 何勝手な事してるの! ちょっと落ち着きなさいよ」
小動物達にもやられたように、ぐいぐいと私の身体を押して人間から遠ざけようとする動物達を見回しながら窘めるが、皆一様に頑固で中々引いてくれない。
心配してくれるのは大変ありがたい。だが、抵抗する力も残ってない相手に対してこれはどう見ても過剰防衛だ。
しぶとい連中にこんこんと言い聞かせながら、徐々に自分の語気が強くなってくるのを感じた。
「もおおお! 何で君らそんなに硬くなな訳!!」
遂に癇癪を起して声が大きくなってしまった。
お互い熱くなっていたせいか、キレ気味にまた説教を始めた私も必死に食い下がる動物達も、倒れ伏した渦中の人から完璧に意識が外れていた。
ゆらり、と風が吹いたら倒れそうな弱々しさで立ち上がった影は誰にも気付かれない。
「そこの邪悪な魔物っ! 我が名はエルヴェ・エカルラート!! かの、勇者キルリアンを祖に持つエカルラート王家現国王が第二子である!!! 我が国王が定めた貴様の罪を裁くため、はるばるやってきた! 命乞いなど聞く耳持たぬ! 覚悟しろ!!!」
既に満身創痍だと言うのにどこからそんな大声が出るのか、森中に響き渡る勇ましい口上。倒れ伏していたハズの人間は腰に差していた剣を抜き、こちらへと突進してきたのだと、一部始終を傍観していたタローさんから全て終わった後に聞いた。
……はい、正直に申し上げます。私はすっかり彼の人の事を忘れていました。彼が吠えた台詞もまた新しい抗議の声が出てきた位にしか感じませんでした。
結果、
「うっせーーーぇぇぇ!!!!」
「ごふっ!!」
『あ』
『あ』
『あーあ……』
べちん。と私が振り抜いた掌に何かがぶち当る感触がした。
言い訳をさせてもらうと、別に群がる動物達に危害を加えようと思ったのではないのだ。ただ、こちらに向かって勢いよく駆け寄ってくる存在が目の端に映ったものだから、いい加減鬱陶しくてこう、軽く手を振って牽制しようとしただけだったのに。
「あ゛」
ハッと我に返った時には、行き倒れの人が私の手により木に叩き付けられた後だった。
後に、某国の歴史書にて彼が賢王の右腕として名を残す事になった起点としてこのファーストコンタクトが挙げられて「第二王子 禁忌ノ森ノ王ニ 助言賜ル」などと書かれる訳なんだが、当事者としてはこの一文を目にするたびに頭を抱えてじたばた暴れたくなるし、歴史書の執筆者に違うんだと物申したい次第である。
そしてそんな私の心中を察してか否か、この第二王子様は私の心臓の柔らかい所を先割れスプーンで抉るように、事あるごとにこの事を持ち出しては羞恥に悶え苦しむ私を見て満足気にほくそ笑むのでした。
まあそんな未来、この時の私が知る由もないんですけどもねっ!