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英雄のつくり方  作者: 河合しず
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序章

 ウルド=アイラーが上司である親衛隊隊長ディーンに呼び出されたのは、日も沈みかけた、勤務終了間際だった。

 ウルドはディーンが待つ親衛隊長の執務室へ続く薄暗い廊下を歩きながら首を傾げていた。ディーンから直接指示が下されることは決して珍しくない。しかし、わざわざ執務室に呼び出されることは滅多になかった。違和感は感じつつも、隊長のいつもの気まぐれだろうと、深くは考えていなかった。

 執務室の前に立ち、扉を叩いた。

「失礼します」

 ウルドがノブに手を伸ばそうとすると、扉は音もなくすっと開いた。

 すぐ目の前にはディーンが立っていた。ディーンの細長の顔は満面の笑みを浮かべ、激しく揉み手をしていた。待ってましたと言わんばかりだ。

「よく来てくれた。さ、入って入って」

 ディーンはウルドを室内に招き入れ、応接用の長椅子に座らせた。次に部屋の隅のサイドテーブルに近寄り、何やらゴソゴソと引き戸の中を漁り始めた。

「何が飲みたい? ……珈琲か? 紅茶か?」

「えっと、あの……」

 ウルドはディーンのいつもとは全く違う雰囲気に戸惑った。いつもの横柄で威張り散らしたような物言いではなく、子供をあやすかのような優しい声で話しかけてくるのだ。

 そんなウルドの不審そうな表情を気にもとめず、ディーンは続けた。

「おっ、そうか、酒の方がいいか? ……なに、まだ勤務中? 相変わらずの堅物だなあ君は。上司の私がいいって言ってるんだ、気にするな」

 ディーンはブドウ酒の入ったボトルと二脚のグラスを持って、ウルドの対面に座った。

「私の秘蔵の一品だ。ホイリヨ産の年代物だぞ」

 ブドウ酒がなみなみとグラスに注がれ、ウルドの前に置かれた。

 ウルドはしばらくグラスをにらむ。

 グラスを受け取るべきかどうか。終了間際とはいえ勤務中だ、仕事もまだ残っている。しかし、上司に勧められたものを全く口にしないわけにもいかない。

「ほらどうした? せっかくのブドウ酒だぞ。遠慮せず飲んでくれ」

 ディーンは相変わらず愛想良い表情で酒を勧めてくる。

 仕方がない、そう思ってウルドはグラスを持つと一口だけ飲んだ。

「う!」

 芳醇な香り、そして口に広がる絶妙な酸味と甘みのバランス。思わず唸ってしまった。

 ——旨い!

 こんな旨い酒は飲んだことがなかった。ついついもう一口に運んでしまう。

「旨いだろ。取り寄せるのに苦労したんだ」

「は、はい。大変上品な味です」

 素直な感想を伝えた。最早勤務中であることを忘れ一気に飲み干した。ディーンは焼き菓子もウルドに勧める。今度は躊躇せず手を伸ばした。焼き菓子もなかなかの美味だった。

 一方ディーンはブドウ酒にも焼き菓子にも手を付けようとしない。額にうっすら汗をにじませながらも、笑顔を崩さず話を続けた。

「ところでアイラー君。君は親衛隊に配属されて何年になる?」

「はい、間もなく二年になります」

「なんと、まだたったの二年だと」

 ディーンは大げさに両手を広げ、驚いた表情を見せた。

「……たった二年。実に素晴らしい! ささ、もっと飲んで」

 ディーンはウルドの空いたグラスにブドウ酒を注ぎ足す。

「君は親衛隊に配属されて以後、無断欠勤はもちろんのこと、病欠すら一度もない。仕事も早く丁寧だ。更に、他の多くの親衛隊達がその地位に甘んじて、兵士としての訓練をないがしろにしているのに比べ、君は日々の鍛錬を欠かさない」

 ディーンはウルドの腕をぐっと掴んだ。

「このたくましい肉体は兵士として申し分ない。それに比べて他の親衛隊の奴らときたら。顎や腹がたるんでいるか、骨と皮だらけのどっちかだ」

 身長だけは高くて細身のディーンが首を振った。

「実に情けない。親衛隊も国を守る国王軍の一員だと言うのに。その点アイラー君、君はその仕事の有能さ、兵士としての素質、どれを取っても非の打ち所がない。君こそが理想の親衛隊員だ! 彼らに君の爪の垢を煎じて飲ませてあげたいよ」

「いえ、私などまだまだ若輩者。隊長と先輩諸氏のご指導のおかげです」

 ウルドは優等生的定型文のような返答をする。親衛隊配属直後なら「あんたや先輩がだらしなさ過ぎるんですよ」などと、もっと刺のある言い方をしていたかもしれない。丸くなったな自分、とウルドは思う。

 そんなウルドの腹の中など知る由もないディーンは口元を緩めた。

「そんな謙遜しなくていい。他の文官達のアイラー君に対する評価も高いぞ。そんな部下を持った私を誇りに思うよ」

 自分のことを誇りに思ってるのかよ、と思わずツッコミそうになったが、すんでのところで堪える。上司の言葉にケチをつけるなど実に畏れ多いことだ。

「ここだけの話だが、私は親衛隊の若手の中で君に最も期待している。将来、親衛隊を背負って立つのは、君以外にいないとすら考えている」

「た、隊長……」

 ディーンの言葉にウルドは衝撃を受け、そして感動した。

 いつもは威張り散らして、部下に罵倒の言葉を浴びせることは当たり前、朝令暮改な指示など日常茶飯事、そしてたまに行われる隊の親睦会も上司先輩関係なく等しく割り勘にするケチっぷり。正直なところ、ディーンの上司としての能力に疑問を抱いていた。しかし、裏ではちゃんと自分のことを評価し、期待をかけてくれていた。

 ディーンのことを今まで酷い上司だと思っていた自分を恥じた。——俺、一生あなたについて行きます!

 ……と、喜んでいいのだろうか? ウルドは疑問を感じる。——俺はただお褒めの言葉を賜るためだけに、この場に呼び出されたのか?

 ここで昔読んだ娯楽小説を思い出した。その小説は、普段弟子達をいびり倒す親方が、ある日突然人が変わったかのように弟子を褒めそやし始める。そして弟子が気をよくしたところで、親方がそっと無理難題な仕事を押し付けてくる、というものだった。読んだ時はそんな馬鹿な話なんてあるものか、相手をヨイショする親方も親方だが、見え透いたお世辞で簡単に気をよくする弟子も弟子だ、なんて思っていた。……あれ、今の状況にそっくりじゃないか?

 ウルドの訝しげな表情に気づいていないのか気づいていても無視しているのか、ディーンはにこやかな表情のまま続けた。

「そんな優秀な君も、ここで一つ更なる成長の為、大きな仕事をやってみたいと思わないかね?」

 ——ホラキタ!

 何か仕事を与えようとしている。しかも展開上、とびきり厄介なものを!

 仕事が残っているので失礼します、そう言って今すぐにこの部屋を出て行きたかった。しかし、いつの間にかディーンは逃がすまいとウルドの手をしっかりと掴んでいた。力づくで振り払えないこともないがそれは後々面倒だ。

 ウルドは何も言えないでいた。はいと言ってもいいえと言っても、待っているのは地獄だろう、そう直感した。

 一方、ディーンは沈黙を肯定と解釈したらしい。

「まあ初めての仕事には困難がつきものだ。場合によっては非常に苦しい状況に陥ることもあるかもしれない。不安になるのも当然だ。だが、その経験が更なる成長を君にもたらすことだろう」

 ディーンは空いている方の手でグラスを掴むと、ブドウ酒を一口飲んだ。

「忘れないでほしい。これは全て君を思ってのことだ、アイラー君。君にもっと成長してほしいと願う上司の愛だと受け取ってほしい」

 ディーンはウルドの手を両手で力強く握りしめる。

 ……拒絶はできないらしい。もっとも上司命令だ、はなから拒絶などという選択肢はない。是非もなし。せめてもの意思表示でウルドは大きな溜息をついた。

「で、何をすればいいのでしょうか?」

 抑揚のない声で尋ねた。

 ディーンは目を見開き、口を大きく開けて、未だかつて見たことがないような歓喜の表情を浮かべた。

「よくぞ言ってくれた。これから従事することになる職務とは……」

 ディーンは気合いを入れるかのように、グラスに残ったブドウ酒を一気に飲み干した。

「魔王の討伐だ」

 その直後、ディーンは大きなゲップをした。

某懸賞で落ちたものを少し改修しました。

文字密度高めなので、読むのに気合いがいるかもしれません。携帯での閲覧は向かないかと。

回りくどい言いまわしや冗長な文章等はお許しください。。。


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