悪巧み
ゆっくり書いてます。読んでもらえたら嬉しいです。
「こんな乱暴なの、信じられない」
愛子が嘆いた。僕は彼女を睨む。
「運がよければ、すぐに済む」
悪巧みなのだから。
「今から襲って、荒らしてくればいい」
パンフレットには研究所の地図もある。
軍隊の基地みたいに、すぐに入れない場所というわけでもない。
が、乱暴なのは間違いなかった。
「僕が愛子の紐になって、大学に通って、研究所に入って、何年かかる。そんな計画は嫌だ」
愛子が出してきたのは、大学のパンフレット。入試に受かって、研究所に入るコースは邦人のみ認められている。スパイである彼女にとっては、確実な手段に思えるのだろう。
研究者と取引を始めるより、取引相手を育ててしまう方法は、なるほど理に適っている。
「宗一は直線的すぎる」
「悪いが、何年もかかるだろうから僕は嫌だ」
でも、僕は感情的だ。論理的に行動できるなら、そもそも昨日は逃走していた筈なのだ。
「内部の情報までは判らないでしょうに」
ジイド内部には基地があるだろうから、その情報が不明だということが問題だと愛子は指摘した。
「だから行って確かめればいいだろう」
僕の骨刀なら。そういった活動ができると信じたい。
そんな無茶ができるなら、僕がこれまでしてきた、
「人とは違う修練ってやつをしてきたんだから、できる」
やってきた事の意味になると思う。
「愛子のアイデアは無理がないけど。
僕じゃなくても、ちょっと頭のいい学生を捕まえれば済むだろう」
「やっぱ宗一はNinjyaだ」
彼女はため息をついて首を振った。
「あなた人を殺した罪悪感とか無いの?
言いたくないけど、処理を私がやったんだから。証拠は私が持っているのよ?」
「今更だな」
捕まる事とか、裁かれることとか想像ができないわけじゃない。彼女が僕を言い含めようとしている意図がどうであるにせよ、僕の論理を押し通す。
「僕でなくてもできる事なら、僕の性能に関係ない」
僕は、僕の性能を活用したい。それが非常識であればあるほど、僕は僕が掛替えの無い存在だと信じれるから。
ふと時計を見れば既に午前6時半。
「今日はできない、って事だよね?」
日常を擬態するなら、長居は無用と思う。
「ええ。昨日の今日で騒ぐのは、あまりにも危険すぎるの。死体の処理だって完了しているわけじゃないんだから、もし蜥蜴を入手しても輸送できない」
「そういった方向は確かに判らない」
僕の都合じゃないけれど、愛子が手間取るには十分な理由でもある。僕は納得して、頷いた。
「だから、今日の晩までに答えを出すわ。あなた、人知れずコンタクトできる方法ってあるかしら?」
「僕の部屋は誰も居ない」
「一人暮らしなの?」
「ああ。使うなら僕が学校に行っている間に掃除してくれれば助かる」
愛子は面倒なことに盗聴器だとか監視だとかが怖いみたいだし。
「車があるから、案内して」
「ああ」
七時前に家に着けば、学校に行くのも十分間に合う。
「五分待ってね。準備するから」
僕は頷いて、彼女が荷物をまとめるのをぼうっと眺めていた。
「煙草、吸うんだ?」
助手席に座って、ふと思うままを言った。
「意外だったかしら?蓮っ葉なイメージを出したくて」
「あ、この先の国道を右ね。ただ、車に匂いがしたから」
何気ない会話って苦手だ。
「苦手かしら?」
「判らない。僕は煙草を吸ったことがないから」
「ダッシュボードにあるわ。気にならない?」
彼女の投げかける質問があるから、間が持つ。大人はすごいな、と思えた。
「煙草って文明だね?」
僕は思うがままを話すことしかできないけれど、愛子はきっとそれだけじゃない。
「どうしてそう思うの?」
「火を使う。紙を使う。丸い。どれも文明の発展に欠かせないアイテム」
「宗一はユニーク」
ふん、と彼女は鼻で笑った。
「あと2ブロック先に駐車場があるから」
「OK」
そう云いながら、駐車場を通り過ぎての路上駐車。
「おい」
「安全確認してからね」
彼女はけちけちしている訳じゃない、ただ別のことを考えている。
愛子を家に押し込んで、僕は登校する。
返事がどうあれ、傷が治るまでに動けたほうが、僕には都合がいい。
骨刀はそういう技術だ。
あまり時間をかけるようであれば、正義の味方でもするしかない。
けれどそれは、敵が少なくなるやり方だ。だから僕は迷って、日常生活を続けることができた。悩みながらであれば変化の無い日常だって気にならない。愛子の言うような、長期潜伏だってできるかもしれない。自分の可能性があるのだ、迷うのは仕方が無い。
傷の絆創膏と塗り薬が痒かった。
授業が終わり、家に帰ろうとすると山田に捕まった。
「山河ぁ」
「何だよ」
「ちょっと来なさい」
ぼけっとしていたら、肩くらいは掴んできそうな勢いだった。
「あんた、レポート書いた?」
「何の」
「呆れた。大学の公開授業、行ったでしょ」
昨日か一昨日の話とはいえ、そんなことより頭を悩ませていることがあるから。
「そんなこともあったな」
その程度にしか関心が沸かない。
「昨日のことでしょ。ノートとか見せてよ」
「山田、部活はどうした」
「進路が優先です」
真面目なことだ。けど、僕はそれより気になっていることがある。
いつになったら、戦闘ができるのか。
「実験の時のノートなら、山田のも見せてよ」
「うんっ」
ここで無愛想に帰ってしまうのは、戦闘の妨げになるだろうと思うから。僕は山田と会話を合わせる。それが常に無く面倒だと思えるのは、やはり。
昨日の余韻が残っているからなのかもしれなかった。
晩になって、愛子が家に訪ねてきた。
「結論から言うわ。あなたが作戦を立てて、異世界から何か持ち帰るなら、私はそれを買い取ることができる。
けれど、私が作戦を立ててあなたを使うのは無理。この違いは判るかしら」
僕は黙って考え込んだ。
「つまり、勝手にやれってことか」
「そうまでは言わないけど。私たちは、あなたの活動に対してバックアップができません」
戦えない。単純明快に僕は僕の機能、骨刀を使用することができない。それを投入するに値する戦闘なり作戦なりが必要だ。そして、僕はそれが不足しているからこそ。
「生かしておいてやったんだけど?」
見下すように言い放つと、愛子も顔色を変えた。
「舐めきられたものね。私を殺したとしても、あなたはこの国の司法から逃れられるの?捕まってしまえば、それこそあなたの戦力だって無意味になってしまうわ」
「そうか」
睨み合う。アーモンドのような楕円の瞳、彫りの深い輪郭……美しい相貌。僕が彼女を好きになってもおかしくはない。けど、そうならない。
「僕は、戦いたい」
隙か、切欠があれば僕は技を仕掛けようと思った。まだ僕の傷は直っていないから、骨刀はすぐにでも使える。そして、骨刀は使えるときが限られているから。
ここにチャンスがあるなら、理由はどうあれ斬りたいのだ。
「顔が怖いわよ、宗一。あなたが研究所に潜り込めば、蜥蜴だってすぐ手に入る。焦らないでくれれば、私の協力者としてやっていける」
警戒しながら、愛子は直接的な口説き文句で僕を誘う。それは多分魅力的なことなのだ。
「僕は、まだ未熟なんだな」
何とも決め難い。時間があれば考えられるかもしれないから、愚痴が出た。
「そんなことないわよ、あなたは強い。状況があなたの意図にそぐわないだけで」
慰めようとするのか、僕を。
「待てよ。僕はまだ、どうするか決めていないんだ」
「決めてよ。私と一緒にやるか、独りでやるか」
「時間をかけるか、さっさと済ませるか」
警戒心が高まっているのだろう。僕も彼女も睨み合っている。
「今すぐ答えが聞きたいわけじゃないわ。食事でもしましょう?」
愛子が言葉の勢いを弱めた。
「また、仕切りなおしか」
「ええ」
僕の戦意をうまく避けたようにも思えて、苛々する。
無闇に暴れ回ることができれば、そんな葛藤はしなくてもいいのだろうけれど。それにだって理由が必要なのだ。
結局僕は、無理矢理に。研究所に押し入ることを決めた。
それは、報酬が欲しかったということもあるが。
何かやってみようとそもそも思っていて。
僕がやりたい事に近くて。
普通じゃない事なんて、他に無いからだ。
道具の手配に1週間。地図はあるから、戻った後の連絡方法だけは決めた。
僕は、来週。異世界に行くことにした。