風の中で
プロローグ
毎晩、私は夢をみる。
切なく、悲しいほどに。貴方が私の腕の中で冷たくなる夢を。
今日も、夜が私の元に訪れる。
そして、私はまた今日も何もできない。
第1章 出会い
1800年代のアメリカ。
私は、黒髪にブルーの瞳。名前は、とても気に入っている。
あの人が私を呼んでくれる名前。
「ナンシー」
私の名前は、ナンシー・・・。
いつも会いに来てくれるのは、軍服姿のあなた。
大好きな兄の友人。
「ナンシー、こちらはカークだよ。俺の友人だ」
「よろしく。ナンシー。カーク・ボルフィードだよ」
それが私とカークの出会い。カークは、三つ上の兄友人で、よく我が家を訪れていた。
カークは私とは対照的な太陽が透き通るような金髪。
話し方はとても、落ち着いていた。
私は、当時17歳。カークは20歳だった。
兄とカークが、話している姿を見るのが私はとても好きだった。
彼と目が合うと、彼は優しく微笑んでくれる。
私も微笑み返す。
私たちが、周囲の目を忍んで会うようなるまで時間はかからなかった。
「ナンシーは、不思議な子だね。いつも、笑っているだろう」
「そう?私は、あなたの方が不思議だわ。どうして、そんなに切ない目をしているの?」
「そうかい?」
「ええ」
そう、彼の綺麗な碧眼の瞳は、微笑んでいても・・・
いつも切なそうだった。
「なぜだろうな」
「私は、あなたの瞳が好きよ。まるで、海のようだもの」
「ありがとう」
このときも、彼は優しく切なく微笑んだ。
第2章幸福
やがて、わたしたちが、互いに結婚を考えるようになる。
兄も、父も、周囲の人々は祝福してくれて、幸せの絶頂期。
「よかったな。俺もカークになら、お前をまかせられると思っていたよ」
兄が微笑んでくれた。
カークも、一緒になって笑ってくれた。
私もこの幸福がずっと続くと信じていた。ところが・・・
アメリカという、この「自由」と謳う国が真っ二つになって、戦争を始める。
南北戦争・・・
誰が忘れるものか。
「大丈夫だよ。ナンシー。この戦争が終わったら、俺はいつでも君と一緒にいれるから」
「でも、南軍が・・・不利と聞いてるわ。私にもできることはないの?」
「大丈夫。俺たちがこの国を守るから。君に手出しはさせないから」
また、切ない瞳で私を見つめるのね。
あなたは、わかっていたの?戦争になることを。
だから、いつもつらそうな瞳をしていたの?
「私じゃ、あなたの力になれない?あなた、本当に私のところに帰ってきてくれるのでしょう?」
「当たり前だよ」
「なら、いいけれど」
でも、私は大きな不安を消すことができない。
時代の波に、あなたがどこか遠くへ行きそうで。
そうして、彼は戦地へ赴いていった。
第3章 うねり
時代は大きく変化していく。
戦争は幾多の人々の命を飲みこんでいった。
最初の不幸は、大好きな兄の死。
「立派な死でした」
何を言っているの?兄が死んだ?嘘でしょう・・・
遠くで、大砲の音が聞こえる。いえ、近く?
「なんで、兄さんが・・・義姉さんやローズを残して・・・」
「返して!!!あの人を返して!!!」
姉が半狂乱になって泣き叫ぶ。私は、不安がっている兄の一人娘のローズを抱いた。
私が泣くわけにはいかない。
まだ、兄の遺体を確認してない。
「姉さん、落ち着いて。貴方には、ローズがいるし、おなかの中には、まだ兄さんの残した命があるのよ。その子まで、死んでしまう!!!」
姉は泣き、そのまま、気を失ってしまった。
私は、カークが気になって仕方がない。
大丈夫なの?無事なの?
私は、彼の身を案じながら、必死に神に祈った。
連れていかないで。私の半身を。
第4章別れ
歴史に名を残した、ゲティスバーグの戦い。
「北軍が勝ち、奴隷が解放された。南軍が負けた」
たくさんの、死傷者が、運ばれていく。
私は必死に彼の姿を探した。どこ、どこにいるの?
半壊した瓦礫の横で、たくさんの死体や異臭がする中私は歩いた。
彼を求めて。
「これは、ナンシー様」
「えっ?」
兄の部下だった人。この人も、深手を負っている。
「このようなところに来ては、危険です」
「でも、カークは無事なの?教えて!」
「少佐は・・・」
嫌な予感が走る。私は彼にすがり付いた。
「お願い!あの人のところに連れて行って!お願いよ!」
「・・・分かりました」
彼は、今にもくづれそうな場所に私を導いてくれた。
そこにいた。変わり果てた姿となって・・・横たわっている。
傍に行くと、カークの切ない碧眼の瞳が少しだけ開く。
私がその瞳映っている。
「・・・おどろいたな・・・ナンシーかい?・・・・どうして・・・こんなところまで・・・」
「カーク・・・あなた、どうしたの。この傷は?」
「・・・兄さんを救えなくってごめんよ。そして、最後に君の顔が見れた。神が、俺の望みをかなえてくれた」
不吉な言葉を放つ。
最後?
「君の・・・ところまで帰れそうにもない。でも、最後に君の顔を・・・見られてよかった。・・・笑ってくれないか?最後・・・は、君の笑顔で・・・俺は救われた」
「何言ってるの?一緒に帰りましょう?家へ」
段々と、涙で彼の顔が見えなくなる。分かっていた、彼が助からない傷を負っていることは。
「頼む・・・笑ってくれ。その笑顔を覚えてまた、次の世界で会おう。覚えておきたいんだ。また会うために」
私は、涙を流しながらも笑った。彼が、好きだと言ってくれた笑顔で。
「またな・・・ありがとう」
彼の切ない瞳が、一瞬だけ、満たされたかんじがした。
そして、彼は、瞳を静に閉じた・・・
第5章 想い
風が吹いていた。私は、草原の中で、最愛の人を失ったまま呆然としていた。
さっきまで、話していたのに。何もできないまま、彼は神に御許へ逝ってしまった。
風が私と彼の抜け殻を包む。
ただ、私は彼の遺体の横で佇んでいた。
私は、戦争の結果なんかどうでもいい。風の中で冷たくなっていく彼の体を抱き寄せ、放さない。深くそして強く抱きしめた。
どうして、彼が死ななくてはならなかったのだろう。
どうして・・・
エピローグ
そうして、私はまた泣きながら、目を覚ます。
私は、あの後、彼の後を追うように、早くこの世を去った。
また、私は生まれた。ナンシーとは違う人間に。
あの時代とは、まったく違う平和な世の中に。
あの人にいつかまた、逢えるだろうか?
私の愛しい人。約束どおり、私は貴方をみつけてみせる。
あなたは前世を信じますか?
探してみてください。自分が生まれてきた意味を。
誰しもみな、それを抱えて生まれてくるのだから。
ゴイケン、ゴカンソウ、オキカセクダサイ。