暗器その名は千枚通し
その瞬間は、唐突に訪れた。
「オラァ! 金出せコラア!」
「きゃああああっ!!」
お昼過ぎの郵便局で、突如として上がる怒号。
自動ドアから現れたのは、頭から黒い目出し帽を被った迷彩服姿のおそらく若い男だった。
張りのある声をしたその強盗犯は片手に出刃包丁を持ち、頭上に高々と掲げている。
待合室にいたお客様達はパニックを起こし、私達窓口業務をしていた郵便局員達も同時に凍り付く。
ここ轟町はそれこそ超ど級のど田舎だ。起こる事件といえば交通事故が九割で、犯罪においては年に一度、それも殴り合いの喧嘩などのちょっとした傷害事件がある程度である。
そんなのどかな町にある郵便局で、まさか強盗事件が起ころうとは、誰も予想していなくても仕方が無いわけで。
一応防犯訓練はありますし、緊急通報ボタンや隠しカメラ、逃走犯へ投げつけるカラーボールなども常備されているものの、誰しも実際に使用したことがないのがこの町の良いところと言えたのです。つい先ほどまでは。
昨今世の中が物騒になってきたとはいえ、まさかこの轟郵便局にまでその手が及ぶとは、誰が予想できたでしょうか。
いえ、ちょっと待ってください。そういえば確実に、この場でただ一人だけは想定していたかもしれない人がおりました。
はい。アサシンさんしかいませんね。
人間は危機的状況に陥ると恐らく無意識に、この場で最も頼れる人に目を向けてしまうのでしょう。
私が実際そうでした。
視界に強盗犯を認め、咄嗟に取ってしまった行動は緊急通報ボタンを押すよりもまず、隣の窓口に目を向けました。すると、局内の空気が緊張に張り詰めていたその最中、アサシンさんのいた窓口から銀色に光る『ナニか』が飛び出すのが見えたのです。それから続くカカカカカ、という衝撃音。
「っぐあ!!」
連続して音が響いたかと思った次の瞬間には、黒目出し帽な迷彩服強盗犯は局内一番奥にある壁にどこかの神様みたく十字に張り付けられておりました。じーざす。
背中からちょっとだけ年末のお歳暮である化粧箱入りずわい蟹の写真が除いています。迷彩服の緑と赤が素敵にマッチしておりますね。
「なっ、何だこれえっ!?」
強盗犯の驚愕の声が、明るい郵便局内に響いて消えていきます。声質からして若い男性であろう強盗犯は、自分が着ている迷彩服の至る所に突き刺さっている『ソレ』を見て、明らかに焦り怯えていました。
そりゃそうでしょうね。私だって恐いですよ『そんなの』刺されたら。
強盗犯の両手足周囲にまんべんなく突き立ち、綺麗に壁に縫い付けている代物の正体はそう、局内の誰もが見慣れた事務用品でございました。
きらりと光る銀色の針。何枚かの伝票がまだ刺さったままになっています。黒い持ち手は美しく輝いて、正確に無慈悲に真っ直ぐ突き刺さる様は放ったアサシンさんの投擲能力を如実に現していると言えましょう。
そうです。
伝票などの紙の束に穴を開ける、見た目はちょっとアイスピックにも似てますし、よく台座付きの伝票刺しとも間違えられることの多い文房具―――その名は『千枚通し』!!
注文すれば明日来る的な、大手事務用品通信販売のカタログでも見かけるアレでございます。
普段から千枚通しも伝票刺しも、なぜかアサシンさんの窓口にだけ剣山のように備えられているのですが、まさかそんな風に使うためだったとは誰が予想出来たでしょう。いや普通しないですよね?
お客様達も吃驚し過ぎて開いた口が閉じないようです。実を言えば私もです。
緊迫感が一気に疑問符の嵐に変わりました。「千枚通しの使い方ってあれだっけ??」と。
「オイゴラアッ!! 降ろしやがれえっ!!」
四肢を完全に壁に固定されて、強盗犯は身動きが取れないらしく興奮して息を荒げながら怒鳴り散らしています。
何とか壁から身体を引き剥がそうと頑張ってはいますが、迷彩服の端っこが引っ張られているだけで、にっちもさっちもいきません。というか誰が降ろすっていうんでしょうか。割と残念な強盗犯のようです。
「ぶっ殺すぞクソがあっ!! っひ!?」
どうあがこうが数十本の千枚通しで迷彩服をピン止めされている強盗犯は、元気にそう脅してきました。今気付きましたが千枚通しは強盗犯の肉体自体は傷つけていないようです。
え、服だけ的確に刺してるって凄すぎませんか。そう思って私がアサシンさんに目を向けたのと、強盗犯が変な悲鳴を上げたのはちょうど同時でした。
私の視界に映るアサシンさんは窓口から微動だにしていません。しかし、強盗犯を確認すれば黒い目出し帽のすぐ真横にボールペンが一本、びぃぃぃん、と音の余韻を残して突き刺さっておりました。
どうやらおまけでアサシンさんが投げ放ったようです。ボールペン、壁に刺さっているけどまだ書けるでしょうか。ペン先が潰れていないと良いのですけど。全郵便局員お気に入りのジェット○トリーム様なのです。私ども事務職達が書きやすさに全幅の信頼を置いている名品です。ありがとうウニ。
とか思ってたのですが。
なぜか。
先ほどから。
強盗さんが壁に拘束され無力化されたというのに、局内では誰一人として、お客様はもちろんのこと、私や局長や蓬莱さんまでもが一言も発していないことに、私は今更気付きました。
喉が張り付いたように声が出ません。それに全身にびりびりと電撃が走ったような震えが起きています。産毛がすべて逆立っているような感覚です。
これは一体どうしたことでしょうか。
「っ……」
かろうじて吐息だけを出した私は戸惑い混乱しながらアサシンさんの方に目をやります。けれども次の瞬間声を上げたのは誰あろう強盗犯でした。
「あ゛あ゛あ゛あ゛……っ!!」
局内の誰もが強盗犯の―――前に立っているアサシンさんを見ていました。




