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郵便局のアサシンさん。  作者: 國樹田 樹


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忍者飯とアサシンさん

「東雲ちゃん、後は局長とあたしでやっとくから。アサシンさんとお昼行っといで」

「ありがとうございます……!」


局内にある時計が十二時を過ぎた頃。


蓬莱さんから放たれたお達しに、やっと解放されると内心ほっとしながら返事を返せば、部屋の奥の方で局長が「え……僕もお昼……」とかごにょごにょ言うのが聞こえた。


「お客様の波も引いたし、暫くは大丈夫でしょー」


が、しかし蓬莱さんはそんな局長の言葉など微塵も聞こえていないように、局内を笑顔で見渡しつつ告げる。


はい。完全に局長無視です。問題ありません。これが日常なので。


何といっても蓬莱さんはこの轟郵便局ではボス的ポジにいる方なので、彼女に異を唱えることはすなわち死を意味するのだ。(主に業務的な意味で)


局で一番偉いはずなのに、実は一番影の薄い局長。つぎに女帝として君臨する蓬莱さん、そしてアサシンさんに私。以上四名が、比較的田舎と言われるこの轟郵便局のメンバーである。


「じゃあアサシンさん、片付けできたら行きましょうか」と隣の窓口に振り返ろうとしたら、突如背後に影がかかったので思わずぴしりと固まった。


ぎぎぎ、と首だけ動かし後ろを見れば、そこには既に、笹の葉でできた包みを手にしたアサシンさんが、気配無く直立不動で立っていた。そして、顎でくいっと「行きましょう」と休憩室を指し示す。


って早!デスクもう片付けてるしPCも待機モードになってるし!


毎度の事ながら、同僚の背後に気配消して出現するとか怖いですよ貴女!慣れたけど!


ちょちょちょ、ちょっと待って下さい私この伝票あっちとこっちのキャビネットに入れてからでないと……!


恐らく彼女の事なので、蓬莱さんがいつ休憩宣言をするか、とっくに見切っていたのだろう。先読みか。


しばし待たれよ、と片手でジェスチャーすれば、アサシンはこくりと小さく頷いてくれた。それを確認してから、私は大急ぎで伝票の収納とデスクの片付けを済ませる。


基本、休憩を取るときは私とアサシンさんでのセットが定番である。


何しろ四人しかいないので二人ずつ交代でお昼休憩を取っているのだ。


昔の郵便局では、十二時きっかりに窓口を全て閉めるなんつーお役所仕事をしていたらしいが、今や銀行ATMですらコンビニに出張するご時世、そんなことしてたらクレームものだ。


実際、その時代ではお役所でもあったんだろうが、なんとも羨ましい話である。


などと、よそ事を考えつつ私は簡単にデスク上の片付けを済ませた。


うん。アサシンさんがさりげなく、しかし目にも止まらぬ早さで伝票の幾つかを専用トレイに入れてくれました。ありがとうございます。

ナイスフォローですけどこちらはちょっと焦ります。消える伝票とか魔球か。


引き出しに入れてあったお弁当を取り出し、椅子から立ち上がると、アサシンさんと一緒に蓬莱さん達に一礼した。後輩と新人が先にご飯に行かせてもらうのだ。これくらいしなければバチが当たる。主に蓬莱さんから。


「では、行ってきます!」


「はーい」とか、「僕も……お昼……」とかの声を背に、私はアサシンさんと局にある休憩室へと入っていった。

局長がちょっと涙目だったけど気にしない。今日もくそ忙しかったので罪悪感は微塵も無い。


薄情と言うなかれ。お客様には菩薩の如き慈愛の心を、上司(局長限定)には地獄の獄卒が如く無慈悲に。それが郵便局員たる者の心得なのだ。




「あ゛~~~今日も忙しいどころじゃないですね……これ、お昼からはもっと壮絶なことになりそうですよ……ほんと、なんでうちの局は学生バイト入れてくれないんでしょうか……っ!」


両手でマグカップを持ちながら愚痴を零す。丸いカップの口からは白い湯気が立ち上り、青々しい日本茶独特の深い香気が鼻腔を擽る。


やはり日本人は煎茶である。ちなみに『この世界』に来て始めて煎茶を飲んだというアサシンさんも、今となっては毎日の食事で手ずから入れるほど、大のお茶好きになったらしい。


その証拠に、彼女はマイ湯飲みを局に常備している。しかも手作りらしい。


まさかの。休みの日にわざわざ窯元まで行って作って来たそうだ。よく受け入れてくれたなと思うけれど、考えたら負けなのでそこは放置だ。


アサシンというだけあってやはり道具には拘る質なのかもしれない。私なんてコーヒーや紅茶も飲むからマグカップなのに。


休憩室にある、会議用の長机で向かい合わせに座る彼女を見やる。


アサシンさんは、私の愚痴に丁寧に頷いてくれた後、黒い覆面の口元をまるで提灯おばけみたいにぱかりと開けて、先ほど持っていた笹の葉の包みに入っていた黒くて丸い塊を口に放り込んでいた。


……これまた毎度の事なんですけど。


いつも思ってましたがそれって一体どういう代物なんでしょうか……?


黒くて丸い物体にしか見えないのですが。

到底食物には……むしろ爆弾?丸薬?そんな感じなんですけども。聞いてもいいですかね。

いいよね。だってもうかれこれ九ヶ月以上は一緒にご飯食べてますし。


うん、いいや、この際だから聞いてしまえ。


年末の忙しさで脳内のネジが幾つか飛んでいるのか、私は思いきってアサシンさんに聞いてみることにした。この九ヶ月間、彼女がずっとお昼ご飯に食べていた『物体』の正体を。


(本当は会話が無いから、なんていう理由じゃありませんよ?アサシンさん基本無音ですし。無音……二人きりの休憩室で無音。結構な拷問だと思うのは私だけですか?)


「あの、アサシンさん。つかぬ事を伺いますが」


黒い覆面の口元を、微妙にもごもご動かしている彼女が私を見つめる。って、目なんて見えないんだけど。何しろ頭部全面覆面ですし。まあ、顔がこちらを向いているからそうなんだろう。


アサシンさんは「何ですか?」とばかりに首をことりと傾げてこちらの様子を窺っていた。


ああ……うん。その首が外れたみたいにコトっと動くの、凄く人形っぽくて生気無くて怖いので出来れば真っ直ぐのままが良いです私的には。


とりあえず、話を進めますね。


「その、いつもアサシンさんが食べてらっしゃるそちらの黒いモノは、一体何で出来ているんでしょうか?あまり……というか全く、私は見た事がないお品なのですが」


なるべく丁寧に言葉を選んで「あんた一体ナニ食べてんの」と質問すれば、アサシンさんは長机の下のどこから出したのか、しゃっと白い紙を私の眼前に差し出して見せた。


そこには、いつの間に書いたのか分からない一文が綴られている。

アサシンさんおなじみ、筆談である。


彼女は基本お客様にすら言葉を発しないが、私や蓬莱さんにだけはこうして筆談で会話を交わしてくれるのだ。(なんでか局長は圏外だけど)


「えーっと……?蒸してから干した米を丸く固めたもの、猪の肉に塩をまぶし乾燥させたものです……?」


紙に書かれている一文を読み上げてみれば、恐らく黒くて丸い物体の原材料らしき品名と調理方法が記載されていた。


蒸して、干した米……?あ、黒かったのは猪の肉が入ってるからか。

……。


……って忍者食かよ!!「他に、企業秘密ですが多種多彩な生薬も含んでいます」ってそれ完全に兵糧丸ですから!日本のアサシンさんも御用達のお品ですね!凄いな異世界でも共通か!


内心で色々と突っ込んでいたら、再び白い紙がぱっぱっと次々に並んでいく。


「こ……効能は滋養強壮に疲労回復、鎮静作用とリラックス効果に緊急時の医薬としても……なにそれ万能じゃないですか……って、え?こ、これ一粒で百二十キロカロリーもあるんですか!?おそば一杯分じゃないですかっ!?」


説明文を読みながら、つい驚きの声が出る。


アサシンさんが食べている黒くて丸い塊の大きさは、良くてビー玉一粒分程度の大きさだ。正直言ってお腹が膨れるとは到底思えないのに、内包するカロリーたるや恐ろしいものである。


「潜伏任務ともなると、数日は敵城にて過ごすことになるので……? 今風に言えば、栄養ドリンクと風邪薬とバランス栄養食などその他諸々が一つになった優れものでございますって、それ現代人が食べたら栄養過多で鼻血吹き出しそうな内容ですね……アサシンさんっていつもお弁当にソレ持ってきてますけど、もしかして普段からソレしか口にして無いんですか」


なんとなく察してはいたが、案の定こくりと頷かれてしまい思わず脱力した。


どうやら彼女は、身体を形成している要素すら常人とは異なっているらしい。異世界から来たんだからそりゃそうなのだろうけど。まさかこっちに来てまで継続しているとは。


道理であんな俊敏なわけである。時々人間業じゃ無いし。


あと……彼女の話で思い出したのだが、うちの局で常連さんである猟友会所属のおじいちゃんがつい最近「ここんとこは猪の数が妙に少なくてのー。どうしたもんじゃろなー」とぼやいていた原因は恐らく……いや十中八九アサシンさんが猪を乱獲しているからなのだろう。


なので私は、なぜかお昼休憩に日本国における猟についての基本的知識をスマホで調べつつ彼女に懇々と説明する羽目になったのだった。


ああちなみに、アサシンさんは勿論銃などは使用しておりませんでした。

まさかのナイフ一本でした。しかも果物ナイフて。

腕があれば得物は何でも良いそうです。


なんとも勉強になったお昼休憩でございました……あれ。どうして私、午前より疲れてるんだろ。


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