episode 4 動かないでください
……ここは?ベッド??野戦病院か。生きて、戻れたのか。はっ。意外と運が良かったのか。
ベッドの淵には黒い髪と銀髪がうつ伏せになって少し寝息を立てながら寝ていた。
彼女達も包帯をところどころ巻いており、激戦の匂いを漂わせる。
「アルフェリアとクロエか。無事だったのか」
「ああ。それと12時間。お前が眠ってた時間だ」
入口の方を見やると頭に包帯を巻いたエルヴィンが立っていた。腕は骨折しているようで、添木を沿わせるように包帯をぐるぐる巻きにしている。流石に動かすと痛いようで少し嫌な顔をしている。
「はっ。お前もこっぴどくやられたらしいな」
「お前ほどじゃない。回復術式があるとはいえ、お前の怪我は全治1ヶ月ものだぞ??」
俺は自分の状態を見やる。
太ももに銃弾一発、腹に二発、そして肩には穴が空いており、身体強化と魔力刃の酷使で右足が折れている。右足の回復までは戦線に復帰は難しいだろう。皮肉にもようやくマシな休暇が得られるってわけだ。
「敵大隊の指揮官に砲兵陣地の破壊。とんでもない戦果だな」
「あ?そんなもんただの結果だ。別にやる必要がなかったらやってねぇ。運が良かったんだろうな」
あの時は色々噛み合った。敵の魔導士が思いの外後方にいたこと、砲兵陣地が前線の押し上げに伴って戦地に近かったこと。そして、陸戦魔導士に遭遇しなかったこと。それに、大隊戦闘時には味方が囮にもなってくれたことの方が大きい。
「はぁ。流石に疲れたな」
「だな。いてぇし」
「はっ。大男のくせに、痛みには弱いと見える」
「うるせぇ。こちとら魔導士と取っ組み合ってんだ」
「それなら俺は魔導士と舞踏会を開いてやった」
「あっはっは。そりゃ傑作だ。さぞお悦びになっただろうな」
さて、本題に戻るとするか。
多分ここは東部4区だ。前線の東部6区は放棄していく方針だろう。となると、もうすぐ最終防衛ラインが近くなってくる。要するに国の正念場だ。ここを突破されると、グランベルグを筆頭に物流の用地、国の心臓部である工業地帯と石炭発掘地。それに植民地からの資源を運び込む港、クーエルも占拠候補に挙がってくるだろう。そうなればまず帝国はゲームオーバーだ。
参謀本部はどんな手を打ってくるのだろうか?
ここで戦い方を変えないとか言わないでくれよ。亡命を考えるからな。
「士官学校にいた頃は、こんなことになるとは思わなかったな」
とエルヴィンが遠い目をしながらそう言う。
俺の士官学校、西方のものなのだが、そこの出身の物は軒並み戦死したらしい。
当然知り合いもいた。エルヴィンはどこか英雄思考もあった。だけど実際の戦場は違う。血反吐を吐いて、泥をのんで、もがいて苦しんで、死屍累々の尸の上に活路を見出す。1人で一騎当千なんかの幻想はすぐに崩れ落ちる。それが学校のエリートとなれば天狗になっていた部分もある。
「ああ。魔導士の残存数は??」
「ん?東部戦線では残り120人ほどだと聞いたな」
その数を聞いてため息が出る。
数は後方にいるだろうが、援軍が遅い。いや、敵の侵攻が想定以上に速いのか。
「120……笑えてくるな。敵は大隊をダース単位で送りつけてくるというのに」
「笑うしかないだろ?こんなバカみたいな戦場。どうせ俺らもすぐに戦線復帰さ」
「億単位の金をもらわないと話にならないな」
「全くだ」
やってられない。だから笑うしかない。笑いがない職場なんか最悪だ。だから笑うしかないんだ。
まじでどうなってんだよこの現状。帝国が共和国に負ける??ありえない、とはもう言えない。共和国の侵攻ドクトリンは圧倒的だ。戦場を支配する程度には。でもただのドクトリン、ひいては作戦だけでここまで押し込められるか??いや違う。作戦じゃない。じゃあ、なんだ?基本兵装の性能は帝国の方が上、歩兵や砲兵、機甲師団はわからないが航空魔導士、陸戦魔導士に限って言えば帝国の方が質が高いとはっきり言える。それは俺自身実際に戦ったことにもある。
では、どうしてこのような状況になってるのか。数だ。敵は数が多すぎる。あまりにも不可解なレベルで。帝国の空軍が爆撃をするものの減る様子がない。減らしたら、減らした数の倍の敵がいるイメージだ。
そんなの普通じゃない。あくまでも、消耗を減らしながらの戦争が普通だろう??でも、共和国のそれは違う。消耗を眼中としていないのだ。あまりに独特で不可解な…まるで軍じゃなく国全体を相手にしているような…
「おや?起きていたのですか??」
夜戦テントの入り口から、夜空のような黒い美しい髪を長いサイドポニーにしている少女が入っていた。軍服に相応しくないその容姿、俺と同年代に見えるほど若い。
エルヴィンは面識があるようで軽く挨拶していた。
「よう、モニカ少尉」
「あなた、准尉ですよね???階級下なのにそのフレドリー感。極めて遺憾です」
「硬いこと言うなよ〜。助けてもらった仲だろう??」
「あなたが!私に!助けられたんです!軍規違反で更迭しますよ!!」
全くとぼけながら言ってこちらに歩いてくる光景は最前線とは思えない微笑ましいものだった。
白衣を軍服の上に纏っており、首には聴診器をかけていた。
夜空のような瞳でこちらを見ながら話し始める。
「初めまして。私はモニカ・ラーヴェルヒ少尉。あなたの治療を担当している衛生兵だとでもお思いください」
「私はルノー・カールヴェイン准尉です。命を救っていただき感謝しています」
「私に感謝するのも当然ですが、そちらの銀髪のお嬢さんにも感謝しておくことです。あなたをここへ運ぶために魔力を使い切るレベルでここまで飛ばしてきたのですから」
「アルフィが、そうですか」
すやすやと規則正しい寝息を立てる彼女を見やる。
どこか安心している顔を見るとなぜか安心した。
「後方に戻ったら、デートにでも連れて行ってやれよ」
「デート??何言ってんだ??こいつには別にいい男がいるだろ。だけどまぁ、感謝は伝えておこう」
「お、お前。マジで言ってんの???ないわぁ、マジでないわぁ」
「はぁ????」
エルヴィンにすごく軽蔑されてそうな気がする。なんなのだ??エルヴィンに災いあれ!!
「はぁ、この子の苦労も思い知らされますね」
「えぇぇ????」
どうしてこうなった??何を間違えたのだ俺は。
わからん、ああ。こいつらが精神干渉術式でとち狂ったのか。そうなのであれば納得納得。
「本題に戻りますよ」
手を叩いて、モニカがそういう。
「服を脱いで上裸になってください」
聴診器を持って早く脱げと話してくる。
俺は服を脱ごうとした、脱ごうとしたのだ。
「………………」
「??どうしました??」
「どうしたんだよ」
「痛い。すごく痛い。肩が上がらないんだけど」
な、何その目。そんな汚物を見るような目でこちらを見るな。仕方ないだろ!?肩に穴空いてんだぜ!?どうやって服を脱ぐんだよ!お前らは悪魔か!!
「仕方ありませんねぇ。エルヴィン。押さえといてください」
「あいあいさー」
「お、おいやめろ。エルヴィン!わかった。お前の好きなエールを一本買ってやるよ!!も、モニカ少尉も!!お願いします!!お願いします」
「ああーーーーーーーー!!!!!」
ーーーーーーーーーーーーーーーー
「鬼だ。お前らは鬼だ」
「うるさいです。消毒の気が散るので黙ってください。またキズが開いたらどうするんです??」
べしっと頭を叩かれてそう言われる。
俺は銃弾を取り出された後の傷の消毒をしてもらっている。
無論すっごく痛い。
撃たれた時よりこっちの方がよっぽど痛いぞ。エルヴィンはアルフェリアとクロエをテントに運んで、俺も寝ると医療テントを出て行った。
「よく生きてましたよね。あなた。普通は出血死であってもおかしくはなかったんですから」
「そうなのか??」
「ええ。流石に私も死体の処置をしろと言われた時はびっくりしました。生きていたのにも恐怖しましたけど」
「そう」
「激戦だったようですね。聞きましたよ。敵の指揮官含む12騎の撃墜。砲兵陣地の破壊。とてつもない戦果ですよ。誇ってもいいと思います。」
あれは、たまたまうまく行っただけだ。
次もできる保証はない。
次はおそらく、
「エースの活躍ですよ。私も基本的には戦場に立つのですが、あなた程の活躍は見たことありませんよ?」
「じゃあ今は?」
「衛生兵の数が少ないようですので。医学の心得が多少ある私が医者の代わりをやっていると言うわけです。どこも人手不足ですから」
「………そうか。やっぱり」
「ええ。帝国は押されています。局所的に勝ったとしても、この侵攻スピードに押されてしまうと時期に負けますね」
同意見、か。
「それは私の仕事ではなく、参謀本部の仕事です。だから私は自分の仕事を精一杯やるのみです」
自分の仕事を精一杯か、軍人らしいな。
「今の方針は??」
「………私も知りません。作戦は極秘事項ですから。私たちが知るはずもないです。これで終わりです。包帯を巻くのでじっとしていてください。くれぐれも消毒中みたいにくねくねしないでください」
「消毒中のクネクネは仕方ないだろ…」
「おしっこしたいのかと思いました」
「………勘弁してくれ」
ふふっと笑い、モニカは包帯をするする巻いていく。その動作は丁寧であり、痛みもなくすぐに巻き終えた。
「あとは、回復術式ですが。あんたのノーマルセルは壊れていましたね。だからこれ使ってください」
そう言って、持ってきていた荷物からコンパクトサイズの魔導機関を渡された。
「………これは??」
「回復術式のみを発動させる魔導機関です。術式対象が一つだけならそれくらいコンパクトにできるのです」
そう言ってモニカは立ち上がる。
ベッドの横にあった椅子を治し、立ち去ろうとする。
「なあ、ひとつ聞いてもいいか??」
「ん?なんでしょう??」
モニカは振り向きそう言った。
「なんで俺しかこのテントにはいないんだ??」
さっきからずっと疑問に思っていた。どうしてそこそこ広いテントなのに俺1人しかいないのか。それに呻き声ひとつ聞こえてこないのか。野戦病院ならもっと衛生環境も悪く、血みどろの病院とかしているはずだ。
「それは単純です。生存者が少ないからですよ。ここは後方であり、運び込まれる人も少ないです。その運び込まれる方達は軒並みお亡くなりになられましたから。後方がこの状況ですので、前線の野戦病院はあなたの想像通り、もしくはもはや病院そのものがないかもしれませんね」
「………悪い。いらないことを聞いたな」
「いえ、目を背けていても仕方ないですから。それに南部の方はさらにひどいと聞きます。リアスでは凄まじい進行を受けているようですね」
「マジかよ………」
リアスといえば天然の要塞都市であり、山地と河川に囲まれた鉄道網が集まる東南部きっての重要地だ。
そこが落とされるのならば、より一層帝国東部戦線は苦しくなる。
敵はそこを足がかりにして侵攻を強めるのは確実だ。
援軍を出さないと、まずいが東部戦線全域が火の海でなかなかそうもいかない。
帝国は遊軍を動かさないし、どうするつもりだ??
「だから、ここはマシな方ですね」
「はは、言えてるな」
少なくとも砲兵の砲弾が地面に落ちる音は聞こえない。
「さっさと戦争を終わらせてくれないものかねぇ」
俺は帝国の上層部に向けて思わずそう呟いた。