prologue 1 軍人はクソである
先に言っておく。軍人はクソである。
「こちら第二観測班。帝国標準時1600の定時通信。異常なし」
帝国国境付近、高度1000。いつもの定時連絡を報告する。澄み切った青空に輝いている太陽。温暖な気候は眠気を誘ってくる。なかなかにめんどくさい仕事なのだが、楽である。楽とめんどくさいは違うぞ?仕事はそもそもめんどくさいものだ。それこそ強制された仕事ほど嫌なものはない。
「こちらFCP。報告受領。引き続き観測にあたれ。オーバー」
「第二観測班了解。オーバー」
引き返しの通信を受領し、返事をする。ここ数日の俺の仕事である。
俺ーーールノー・カールヴェイン。ヴァルミュント帝国の第52期航空魔導士である。先日戦争の機運の高まりを受けて、こうして晴れて士官となった。階級は准尉だ。
現在俺は帝国とラフレーヌ共和国との国境沿いにて観測任務を一個小隊として行なっている。要するにただのパトロールである。しかし、油断は禁物、なぜなら共和国は軍事行動の兆しを見せているらしく、上官が言うには兵力を西側に集めつつあるらしい。嫌な話だ。戦争なぞクソッタレである。戦争で死ぬのは俺のような一兵卒なのだ。全くもって勘弁してくれよと言う感想しか出てこない。
話を戻すと、俺は現在パトロール中だ。とはいってもただ敵の国境を望遠鏡で見るだけのお仕事。副業として魔力探知が付くぐらいだ。航空魔導士の簡単なお仕事だ。
十歳から魔導適性があると伝えられて適性がある奴は強制徴兵なクソ帝国。嫌でも帝国万歳とは言えないな。もはや国旗を踏むレベルだ。悪い、冗談だ。しかし、この10代半ばの青年すら国境線に放り出すのは如何なものなのかと疑問に思うが、それが国の方針である。魔導適性なんて持って生まれてくるんじゃないぞ、新生児たちよとコウノトリが運ぶものにそう言ってあげたいです。
「しっかし、暇だな」
隣を飛んでいる、俺より身長が大きく頼りがいのあるナイスガイであるエルヴィン・ヴァルナーがそう言う。
暇、その通りだ。でも業務中でもある。
「うるさい。仕事に集中しろ」
「へいへい。でもまぁお前らもそう思うだろ??」
エルヴィンがそういいながら背後を振り向くと、そこには2人の少女がいた。
片方はお淑やかなお嬢様という印象、もう片方は可愛らしい活発少女だ。
「そうね…お天気もいいし、お昼寝したくなっちゃう」
アルフェリア・フェルメルは銀髪の髪を帽子とヘルメットで抑えきれずに靡かせながら、そう言う。彼女は綺麗なお淑やか美人という印象であり、魔物みたいなエルヴィンとは大違いだ。
「そうだね!ピクニックとかしたい!」
そう言うのは活発少女の方。クロエ・ドライゼンだ。こちらはハーフアップの黒髪で笑顔が眩しい心優しい少女であり、軍の強制入隊義務がなかったら今頃花屋になってそうな存在だ。やはり、帝国。こんな少女らを戦場に送り込むなどやることえげつない。男女平等パンチどころかラリアットかましてるものだ。
「お前らまで…」
「あら?ルノー君は眠くならないの?」
「眠くなるわ。でも今は仕事中だ。少なくともその話は三ヶ月後の後方に戻る時にしろ」
「ふふ、はーい」
そう返事するアルフェリア。それを片目にため息を吐く。でも、雑談が業務中にでる場所はかなりいい雰囲気なんじゃ??
「何もないなぁ、ほんとに。でっけえカブトムシでも飛んでくればいいのに」
「エルヴィン。さすがに高度1000には虫は来ない」
「わかってる。冗談だって」
「ふっ。もっと面白い冗談を吐いて欲しいものだ」
「はっ。間違いない。」
そう2人で笑う。これが俺たちの距離感である。俺たちは帝国軍魔導士官学校の卒業者である。帝国では十歳から2年置きに魔導検査を受けることになる。それは単純で帝国の開発した一般魔導機関である“ノーマルセル“を動かせますか??って試験だ。もしそれの適正に入ったら強制徴兵。もちろん10歳でも。そして、5年ほどの士官学校生活を経て、魔導士官デビューってわけだ。そんなことで俺たちみんな16歳になる年なのに立派な軍人をやっているわけだ。そんなことすれば生産性は愚か、反乱が起きそうなものの、そもそも魔導士の適正率は少なく、プロパガンダや教育のおかげで魔導士への憧れは老若男女根強い。しかし、大人たちに問いたいのは子供が戦争することへの倫理観は大丈夫ですか?ってことなんだけど、そもそも今でも帝国主義なのはヴァルミュント帝国ぐらいだ。だからこそ、警戒され周辺国全てが仮想敵国になるんだ。嬉しくてお涙が出るね。
「最近じゃ共和国の動きもある。気を抜きすぎるなよ」
「わかってるって。じゃあそろそろちゃんとやりますか」
そうエルヴィンが言う。わかってるなら態度に見せて欲しいものだが。まぁ、いい。仕事は気を張り続けながらするのは疲れる。たまにはこういう時間も必要だろう。
今回、共和国の動きを受けて帝国軍の東方方面軍は国境を挟んで対峙するように展開している。空軍も滞在しており、防衛戦力は充実していると言えるだろう。戦争さえなければバードウォッチングがてらに共和国を見張るだけで良かったのだけど、軍事的緊張が走っている以上そうもいかない。むしろ俺たちが気を抜きすぎなのかものしれない。
「のんびりやりたいけど軍事的緊張が走っている以上、油断は禁物ね」
と、アルフェリアが言う。やっぱりこのような女の子が戦場に立つとかおかしいわ。帝国に災いあれ。
「そうだな。そもそもの話、仕事中だしな」
そうだ。その通りだ。今は仕事中だ。賃金の代価は労働だ。しっかりやらなければ。
しかし、このタイミングでの軍事行動はよくわからないな。帝国は景気も良く産業基盤も地に足ついた超大国である。それはそれは列強諸国からしたら軍事力の強い新興国は目の上のたんこぶであるのだろうが。実際共和国単独なら局所的には苦戦するだろうが、余裕を持って勝利するのは帝国であるだろう。故に今回の軍事行動は背後に大国、海の向こうのセント=ローレン大公国か北方連合の横槍があるのは確かだろう。ともすると帝国は共和国の宣戦布告があるのであればそれを皮切りに、北方連合や大公国の攻撃を受けるかもしれないな。二方面作戦、いや三方面作戦ともなればいくら帝国でも厳しい。西方の諸国であったと言われる合従軍に似た何かがあるのかも知れないな。
何はともあれ今は、観測任務の途中だ。考察は後ほど、今は仕事に集中しよう。
ん??誰だ帝国内で照射するバカは。え??照射??
「照射だ!!総員散開!!」
「え??っ!!?」
「うそっ!?」
「マジかよ??」
俺はそう叫ぶ。すると他の3人は咄嗟に散開する。その数秒後にそこに爆裂術式を帯びた砲弾が発射されており、着弾地点は大きな爆発音を起こし、砂煙が立っている。
これは、共和国による攻撃だ。つまり、戦争が始まった???
「第二射くるぞ!!散開だ!!」
エルヴィンがそう叫ぶ。それに反応して俺たちは四方へ飛び回る。
飛び回っている最中に魔導反応を感知。魔導周波は共和国によるものだ!?つまり、本格的な戦争状態へと突入したと言うのか??
「メーデー!!FCP共和国軍魔導士と思われる敵性魔導部隊に攻撃を受けた!!至急緊急警報を!!至急処理を要請!!繰り返す!緊急警報を発令されたし!至急処理を要請!」
電撃戦で一番警戒すべきは航空戦力つまりは、爆撃機と航空魔導士だ。共和国軍魔導士は質が低い。だが、劣っているわけではない。帝国と比べたら低いだけの話だ。魔導反応は数キロ先、数は一個大隊。おそらく偵察か、観測魔導士、観測兵の排除が目的か。つまりは、敵の本体の誘因が目的??陸軍か。
そもそも報告ではこの地域近辺には魔導士は確認されていないはずだっただろ??クソポンコツの諜報機関め。役にも立たない。このままでは先制攻撃からの電撃戦に持ち込まれる可能性すらある。
クソッ、ルーキーが敵の主力魔導大隊を小隊規模で破壊できるわけないだろ。俺は死ぬ気はないし、生き残りたい。バカな判断を司令部がしないことを願う。
「第二観測班より、FCPに報告っ!!魔導大隊確認!繰り返す!!魔導大隊確認!」
そう伝えるが返答はすぐには返ってこない。くそ、どうなってる。まさか司令部が落とされているってことはないよな??
「敵魔導大隊高度三千に48騎!!ルノー君!!エルヴィン君!!このままじゃ撃墜される!」
「司令部につながっていない。ジャミングだろう。これは侵攻で確定だ」
「どうする??距離はおよそ3000だよ!」
「わかってる!!一旦魔導出力を上げて少し応戦する」
そう俺は言う。
「正気か??いっちゃなんだが、かなり厳しいぞ??」
「ああ。でも敵の目的は観測兵の排除と、おそらく敵の主力陸軍の行軍の強行偵察とかってことだろう。多分、周りの観測隊も攻撃を受けている。ここが抜かれるとまずい。ただし、撤退しながらだ」
「了解。やるだけやるぞ。みんな!」
そう言って再び散開する。高速で飛びながら敵の発砲する銃弾を避けつつ、地上の森林地帯に入り込む。そしてここから狙撃しながら敵の行軍を防ぐ。ただの時間稼ぎだ。
正直小隊で大隊をやるのは厳しい。だから時間稼ぎに全力を注ぐ。もし、砲兵がこのエリアに入られるとちょっとやばい。司令部には届かないものの駐屯地に届いてしまう。
「ザザッ・・・・ザーザザ・・は・CP。第二観測班以外の観測員の消息が途絶えた。至急状況を」
「こちら第二観測班!共和国軍と思われる魔導大隊と接敵!!至急離脱の許可を!」
願わくば離脱の許可をくれ。このままだとマジで死ぬ。一個中隊くらいいるだろ後方に、俺らルーキー小隊だけじゃ無理だ。
「観測班に次ぐ、観測を中止し、接敵を維持。遅延戦闘をせよ。また可能なら敵に損害を与えよ」
「無理だ!敵の攻撃は苛烈!観測兵の装備じゃ撃ち合いにもならない。至急離脱の許可を」
死ねと言うのか??俺たちに帝国は?一個大隊だぞ?訓練とは違うしたくもなかった実践だぞ??
いやいやいやさすがに無理だ。やれる気どころかやれない。
「現在二個中隊が緊急スクランブル、おおよそ三百には急行する」
5分。5分耐えるのか??距離はおおよそ2000だ。接敵確定だな。
小隊で大隊に挑むか、聞いて呆れる馬鹿馬鹿しい。無理難題を押し付けやがって。
「観測班各位聞いてるな!ルノーが連絡した通り、司令部は俺たちの墓場を選んでくれたようだぞ!!」
とエルヴィンが言う。
「うるせぇ。墓場は自分で決めるんだよ。やるぞ」
俺は通信を用いてそう言う。
それに3人は笑う。
「まさか、着任して数日でこんな大変な目に遭うなんて」
「そうだな、ほんと不幸だよ」
そう言って自嘲する。
「こちらFCP。武運を祈る」
おい、なんでこれから死にに行くような奴らを見送る雰囲気出してんだよ。ふざけんなこちとら死ぬ気はないんだよ。クソッタレの司令部。
ああ、やっぱり軍人はクソだ。