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フレッシュ  作者: 石鬼 輪たつ
第2章 sexy dynamite
6/7

チャプター4  インク≪超成長促進剤≫(1/2)

「なにこれ?」



 ≪学園≫入学から1週間が過ぎた週のはじまり。


 愛玩用(ウイルガ型)≪スキン≫の見た目をした水鈴みすずは、すっかり≪学園≫の制服姿に馴染なじんで、他のまったく背丈せたけも容姿も同じ≪スキン≫たちと混ざりながらクラスの入口付近でたむろする。


 入口横には二枚組の『生涯しょうがいクラス振り分け表』なる貼り紙がなされていた。


 生涯クラスとは、生物科や農業科といった学科を総括した名称だ。


 生涯クラスへ配属された後、愛玩用(ウイルガ型)≪スキン≫は『人類と呼ぶべき概念が、未来永劫(えいごう)すたれないための手段の模索』を目的とし、学習・研究を行わなければならない。


 『政府』が定めた≪憲章けんしょう≫によって義務づけられている。



透見川うおせ 水鈴みすず……生物科、かぁ」



 水鈴みすずは表の貼り紙から自身の名前を探し出す。とりわけ希望する学科はないものの、事実は歓喜にも落胆にもつながらない。


 現在水鈴(みすず)たちのいる≪学園≫教育棟から、生涯クラスのある研究棟までは敷地内を巡回するバスに乗って、片道5分を要する。


 ≪学園≫はムダに広い。いまだ生物科を含む五学科しかないにもかかわらず。


 他の都市の≪学園≫生涯クラスでは、全人類が搭乗できるロケットの開発を手掛ける学科などが存在していることを受け、いさみ立って用地のみ先に準備したのだろう。


 ――と、移動するバスの短い車内時間で水鈴みすずは妄想する。


 いつかそのような夢のある壮大な研究施設を、自分も見られるだろうか。


 研究棟、と大層たいそうな名前をしているが、水鈴みすずから見たその外観は、1週間を過ごした場所と変わらない質素しっそなものだった。


 同じく生物科に配属された学生たちについて、中を進んでいく水鈴みすず


 生涯クラス生物科の講義室前に到着する。

 廊下の窓ガラスからの光が差しても、床や出入口の周囲にたゆたう塵埃じんあいはほんのわずか。清掃が行き届いている。


 1人の勇気ある愛玩用(ウイルガ型)≪スキン≫が扉を開く。水鈴みすずもあとに続いて中へ入る。


 ところが、廊下の清潔な印象を打ち消すように、金属めいた悪臭が水鈴みすずの鼻をツンとさせる。


 水鈴みすずには臭いの大元が何であるかわからなかったが、講義室の教壇きょうだん前に、球状のぶきみな工業的機械が鎮座ちんざしていることについては素直に疑問を抱いた。



「――すげえ、本物の人工子宮じんこうしきゅうじゃん! はじめて見たっ!」



 愛玩用(ウイルガ型)≪スキン≫の1人が声を上げた。


 一瞬の沈黙が過ぎると、他の学生も、すごいすごいとその機械へむらがっていく。


 確かに、人工子宮じんこうしきゅう――≪スキン≫を量産するための装置は、≪スキン≫の製造工場以外でそうそう見かけることはない。


 加えて工場のある区画には、特別な資格をもつ人間の同伴なしに立ち入ることができないため、人工子宮を人生で初めて見る愛玩用(ウイルガ型)≪スキン≫がいることも、当然だ。


 もっとも、水鈴みすずははじめ学生たちが興奮するわけを理解できなかった。それは、



「これ、昔パパの工場で見たっけ……」



 水鈴みすずの父親が、『政府』から任命された愛玩用(ウイルガ型)≪スキン≫工場の長だったからだ。


 瞬間、水鈴みすずの脳内にある未熟なニューロンが、『昔』とカテゴライズされたほんの4年前の記憶を呼び起こす。


 働きアリのように忙しなくラインを動かし続ける、大量の労働用の≪スキン≫。工場中央で数メートルの巨大なカプセルに入れられた肉のかたまり


 人工子宮内部でぐんぐんと育つ胎芽たいが


 父親に渡された、産まれたての小さな幼体≪スキン≫(あかちゃん)から感じた体温。


 鳴き声。おぎゃああ!――、



「誰か、これの使い方知ってる人はいるか?」



 先ほどの第一声の主と同じだろう愛玩用(ウイルガ型)≪スキン≫が、今度講義室のホワイトボードから問いかける。

 水鈴みすずと、人工子宮を囲む一部の学生が目を向ける。


 ホワイトボードには『IN!↓』と書かれており、矢印は、薄緑色の物体が入った謎のカートリッジを示している。


 誰の指示か知れないがこのカートリッジを使えと、学生はくみ取ったようだ。そして水鈴みすずはすでに中身の見当がついていた。



「あのっ――」


「それ、≪INC(インク)≫ですよね? うちの親、研究者なので。知ってます」



 水鈴みすずよりも先に、水鈴みすずと瓜二つの新顔の愛玩用(ウイルガ型)≪スキン≫が挙手をした。


 愛玩用(ウイルガ型)≪スキン≫はホワイトボードまで自信満々と歩み寄る。

 2人の愛玩用(ウイルガ型)≪スキン≫は周りに聞こえる声で自己紹介をし合ったりしつつ、しばらくしてカートリッジを人工子宮の前に持ってくる。



「ここ、操作盤の横に、カートリッジを入れるジグがあります。ここへ入れてから……」



 わかる愛玩用(ウイルガ型)≪スキン≫が、人工子宮の操作盤という液晶モニター、その横にあるくぼみを指さして説明する。くぼみにはガイドがつけられている。


 わかる愛玩用(ウイルガ型)≪スキン≫が、ガイドに沿って≪INC(インク)≫のカートリッジをくぼみにはめ込むと、自動で液晶モニターの電源が入った。



「えっと、経年し……あれ、経年7年でもう設定されてる? じゃあ受精卵も……まあいっか。ポチっとね」



 わかる愛玩用(ウイルガ型)≪スキン≫は液晶モニターから、人工子宮の稼働を開始させた。


 人工子宮はガラス製の球、その内側に特殊な薄い二重のふくろをもった構造で、スイッチが入ると受精卵を内包した二層目の嚢内で反応が起き始める。


 ≪スキン≫が遺伝子改良により発生期間を短縮されているとはいえ、通常ものの数分で、水鈴みすずたちの前になにか生き物の形が現れ始めることはない。


 生物の摂理せつりとはそういうものだ。


 退屈な空気がただよい出す中、人工子宮からピピッと軽快な音が鳴りひびいた直後――学生たちに衝撃が走った。


 機械音は≪INC(インク)≫を注入する合図だったようだ。


 薄緑色の液体が一層目、二層目の膜へ浸透するにつれ、はいは気のせいサイズから米粒、次にオリーブ、おむすび、ハンドボール大にまで急激な膨張ぼうちょうをとげる。その間も姿かたちはしだいにヒトへと相成あいなっていく。



「これが、≪INC(インク)≫……っ!」



 水鈴みすずがあまりの驚嘆に息をのむ。


 人工子宮内部のはいは、胎児たいじばかりか、かつて水鈴みすずが抱いたことのある赤子の大きさをとうに超えていた。


 60センチメートルはあろうかという子どもの裸体らたいに、真っ白いモップのような頭髪が絡みつく。


 それでもヘソから太い臍帯さいたいが伸び、装置上部にできた胎盤たいばん状組織と強く結びついている。


 そのとき、人工子宮から明確に完了音とわかるものが発報される。



「前にいる人っ、羊水ようすいが飛ぶから離れて!」



 気を利かせて、わかる愛玩用(ウイルガ型)≪スキン≫が叫ぶ。

 子宮内環境の劇的な変化に心をうばわれ、無意識に前へ前へと殺到していた学生たちは正気にもどり、その声で後ろへと下がった。


 水鈴みすずも学生たちの中で、とっさに首元のシルクスカーフを手で押さえながら後ずさりする。


 バシャア! ちゃぱちゃぱァ……水音がして、人工子宮内のまくやぶれると、新生児は装置下部の産道を通じて受け皿へと排出される。



「げっ! えほっ、あぁっ」



 最後は80センチメートル超まで膨張した新生児が、受け皿の上でうずくまったまませき払いをくり返す。


 産声うぶごえとは似ても似つかない、子どもの切羽詰まった声で。


 講義室の熱狂は、出産をもって一旦いったん落ち着いたかに思えた。


 突然、部屋の外から何者かが駆け込んでくる。

 ちんちくりんで白衣を着た、髪が長い眼鏡の子ども。


 新生児に近寄ると、2体の≪スキン≫が双子のようにそっくりだとわかる。

 眼鏡をかけた≪スキン≫はケーブルを取り出し、自身と新生児の首元にある≪人倫統制器≫同士を接続した。そのまま数秒間フリーズする。


 2つの≪人倫統制器≫が甲高い駆動音を立てる。


 新生児の≪スキン≫が目を開いた。

 それはまだ産まれて3分と経っていない、体長80センチメートル超の真っ白い子どもの姿をした≪スキン≫だ。


 ≪スキン≫は受け皿から予備動作とともに立ち上がり、講義室の床に足をつける。


 首を振ると、白絹のごとき髪の一本一本が、あどけない裸体の前におどり舞った。



「ようこそっ! エゥッリートな諸君。わが生物科へっ!」



 すべてを反射し、後光のようにかがやく長髪。

 淫靡いんびさの欠片も感じさせない磁器じきめいた肉体美。


 水鈴みすずはそこに、神話の誕生を見た気分になる。

 もっとも、神聖さは本当に気分だけのものだと、ただちに思い知らされる。



わたくしは、生物科を一任されている教職用ソフム――『じぇねこ』と言うんじぇね。もっとも、君たちはソフムに対しては一律『先生』と呼ぶこと! ここのルールじぇね!」



 じぇねこと名乗った、教職用(ソフム型)≪スキン≫(以降、単にソフム)はもう1体の眼鏡をかけたソフムの肩を借りて、講義室の教壇に移動する。



「あの先生、いま≪統制器≫に何をしたんですか?」



 息つく間もなく展開する事態に対応しようと、わかる愛玩用(ウイルガ型)≪スキン≫がじぇねこへ訊ねる。



「それより、さっそく恒例の一発芸にご協力いただき感謝するんじぇねっ。人工子宮を操作したのはどなたかな?」


「あ、うちです」


「ならよし! ところで、君たちは基礎課程を修了していると思うケド、この≪INC(インク)≫については、生涯クラス振り分け前の学習要領に含まれていないんじぇねよ。そんじょそこらのソフムなら効能も使い方も教えないじぇね。どうしてそれがわかったんじぇね?」


「えぇ、うちの質問フル無視ですか……」



 じぇねこの放縦ほうじゅうな態度に振り回されて、よくわからなくなってきた愛玩用(ウイルガ型)≪スキン≫。平静を保ちたい意図か、自身が≪INC(インク)≫について知っていた経緯を説明する。



「なるほど。では、そもそも≪INC(インク)≫とは何じぇね?」


「≪スキン≫を作る際に必要な、目的の経年相当まで時間をかけずに大きくできる超成長促進剤ですよね?」


「お見事そのとおり! 君は優秀じぇね。さらに、なぜ『必要』かも、皆に教えてほしいじぇね?」


「それはっ……」


「結構じぇね」



 薄っぺらな口ぶりで話すじぇねこ。反して、学生が回答に詰まるところを見ると冷淡に突き放し、講義室にいる学生全体へと意識の対象を切り替えた。



「君たちは、自分がこの≪スキン≫社会の一部であること――人体(≪スキン≫)を消費的に資源マテリアルしていることは知っているじぇね。ただ、もとを正せばホモ・ナンチャラ、産まれるまでにはおよそ一年の時間を要する。……仮にも≪スキン≫がありふれたクローン技術のままだったなら?」



 全裸のじぇねこがにやにやと笑みを浮かべる。



「民衆にとって≪スキン≫は不死を司る、夢の道具。しかし作製に時間がかかる。≪スキン≫を消費的に、通貨的に利用するには、『政府』がつねに一定数の≪スキン≫をたくわえておくことになり……何かのはずみで、民衆がパニックに陥ったとき、闘争によるうばい合いが勃発し、社会制度が崩壊することもありえるじぇね。そこで≪INC(インク)≫の大革新がっ――」


「要するに、≪INC(インク)≫のおかげで≪スキン≫が量産可能になったから、≪スキン≫自体の価値も下がって、みんな消費しやすくなったってことですよね?」



 手を上げて、話をまとめたのはわかる愛玩用(ウイルガ型)≪スキン≫だった。意趣返しとばかりに、じぇねこへ満面のしてやったりという顔を向ける。



「……そういうことじぇね。まあ、技術の歴史はこのくらいで。≪INC(インク)≫ はすげえんじぇね。今日はもう一つ、オリエンテーションとして、君たちにはこの人工子宮で≪スキン≫ を作ってもらうじぇね!」 



 仕切り直しと、じぇねこが声高らかに告知する。


 ただでさえ装置をながめるだけで気持ちを高ぶらせていた学生が、まさにその装置を使える機会を望まないはずはなかった。


 いっせいに講義室じゅうで歓喜の声が起こる。

 じぇねこは腕を広げてひっしに声を制しようとする。



「はいはい静かに!  静かにするんじぇね」


じぇねこ(先生)、その前に……さっき質問したことですけど、もうひとりのソフム(先生)は何なんですか?」



 意趣いしゅ返しを果たした勢いのまま、いらだちをあらわにじぇねこを追及する、わかる愛玩用(ウイルガ型)≪スキン≫。


 じぇねこははっとした表情を見せる。


 すると、静かにもう1体の眼鏡をかけたソフムが隣に並び、じぇねこの態度をトレースして立ち止まった。



「あ、これは」「私は」


「「1つ前のじぇねこじぇね」」



 途中から声をそろえて答えた2体のソフム。



「「新入生受け入れの時期は、あの一発芸をする関係でじぇねこがダブるんじぇねなー」」



 人工子宮の登場から始まり、じぇねこが誕生、冗長な解説、そして新旧じぇねこのコンビ結成。唐突とうとつが過ぎる出来事の連続に、学生たちも疲弊ひへいしはじめ、リアクションを取らなくなった。



「「なんじぇね? これ以上質問も物言いもないようなら、さっさと実習始め――」」


「質問なら、あります」



 人工子宮に触れることを待ちわびるムードの中、空気を読まない重々しい口ぶりをして水鈴みすずが声を割り込ませる。



「これから作る≪スキン≫は、作った後どうなるんですか?」


「「んまあ別に、他の科に譲ってもいいんだけど。実験用にも使えるし、あとは味がいいんじぇねな。開発史的に見ても食用が適しているじぇね」それにじぇねこは2体もいらないんじぇね。お前、肉じぇね?」「あ? お前こそ肉になるんじぇね!」



 じぇねこは、水鈴みすずへの回答から転じて2体での口論に発展する。


 全裸の新品から吹っかけ、白衣を着た前のじぇねこが稚拙ちせつな論理で抵抗し、どちらが本日の食卓に並ぶフレッシュミートとなるか争い合う。


 まさに水掛論みずかけろんの構図だ。


 水鈴みすずを含む学生たちはしばらく外野となり、教師じぇねこのどうしようもないやりとりを見せつけられる羽目になる。

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