リプレイ≪追想≫(2/2)
≪学園≫にも昼食休憩の時間がある。
学生は皆同じ遺伝子をもつクローンでありながら、多人数でつるむ者、決まった場所に1人で向かう者、取り残されて集まる者と、怠けアリの法則のようにおのおのが集団における自身の役割を演じていた。
水鈴としずりがどのような配役であるかは知れない。
事実として、中庭にある三人掛けのベンチに2人で座って弁当を広げている。≪学園≫の至るところから水鈴たちの声が聞こえる。
「また……」
水鈴が忌々しげにつぶやく。
開いた弁当箱の中身は、母親特製のフレッシュミート料理一色。白米はラップに包まれ強制おにぎり化、さらに弁当箱から排除されている始末だ。
不幸中の幸いか、ポテトの肉巻きがあり、水鈴は中からポテトを引き抜いて口にできた。
「ん、うまそうじゃん? 1個もらうね」
横取りをたくらむしずり。ギチギチの制服をいったん脱ぎすてている。
しずりは自身の箸を、水鈴の箸とバッティングすることも考えず、水鈴の弁当箱へと挿し入れる。
そこから強奪したものは唐揚げか、竜田揚げ、あるいは焦げたフリッターのような揚げ物。
「んー! んま、これブタじゃん!」
頬張ったしずりは歓喜のようすで声を上げる。
横目に見ていた、水鈴の下腹部が「キュ?」と鳴いて、水鈴に鎌をかける。
水鈴は生唾をのみ、ついにしずりと同じ揚げ物を食べてみる。
「……やっぱり、フレッシュミート」
口内粘膜に包んだその肉を、なかなか噛み切ることができない水鈴。≪人倫統制器≫が鳴っている。
うそを言ったしずりは気分がいいと、水鈴の横で目を細めている。
「しずりん、ブタとか食べたことあるの? デタラメ言って!」
「へへん、あるもん! 一回だけ。フツーにフレッシュミートのがうまい」
しずりはさらに、水鈴の弁当箱から肉を奪いとった。遠慮もなしに。
「その……しずりん、食べて平気なのっ?」
「んあ? ああ。さっき医務室行ってきてさ、≪統制器≫のゲージ上げてもらったのよ。なんか新品の≪スキン≫って、ゲージの初期値が割と低いらしくて」
「その、げーじってなんだっけ?」
「知らない? ≪統制器≫の機能だよ。≪スキン≫が感じる『痛覚』と、モラルに関する『認知』と、あと『≪人命データ≫の暫定的更新』。まあ、いっぺん死ぬまではそんなに意識しないよね」
「うん、まだ習ってないから……」
水鈴はみずからの無知を恥じてか、急にぼそぼそとした声になって応える。
「朝ゲーしたのは、フレッシュミートを食べて感じた≪スキン≫の不快感が、『認知』の制御を超えちゃったからだ! と思って。(制御の)ゲージ上げてみたらこの通り――」
しずりが言葉の信ぴょう性を示すように、次々フレッシュミート料理を口へ放り込んでいく。
いつの間にか、水鈴の弁当箱はしずりの手にあった。やがて水鈴の弁当箱がカラになる。
「やばっ、全部食べちゃった! ごめんみすぅ……」
「えっと、い、いいよ! 水鈴、あんまりお腹空いてなかったから」
これだけで充分、と水鈴がラップに包装されたおにぎりを手早く食べ進める。口内に残っていた揚げ物の塊を白米とともに歯ですり潰し、強引に飲み下す。
快晴の下の昼下がり。よどみない蒼を見上げ、学生たちは物思いにふけった。
「……そういえばさ、パーティーの日、映画観る約束だったじゃん。今日帰ったらその埋め合わせ、してもいい?」
しずりがぼうっとして提案する。
水鈴の「でもあのDVDは……」と後ろ向きの発言を、「あんまりシュミじゃなさそうだったし、いいよ。せっかくなら父さんの映画観ようよ!」と、積極性でねじ伏せる。
水鈴はしかたないなと言いたげな困り顔で、口元に笑みを浮かべる。
「しずりん、本当に『おじさん』好きだよねー」
「みすぅだって『パパ』好きじゃん?」
言葉の掛け合いの後、2人のくすくす笑う声も交じる。
「だってさ、こんな、何でもある世界でさ、自分の『面白い!』を誰かに懸けるんじゃなくて、自分で撮ろうとしてるんだから。父さんたちってすごいよ! ……≪学園≫のおベンキョーが落ち着いたら、ぼくも何か撮ってみたいんだ、実は」
「そうなの? すごいすごいっ、水鈴応援するっ!」
「あー、言ったなー? 約束だからね」
しずりがぶさいくな声で水鈴に釘を指す。
また、2人は元気な笑い声を交わし合う。
それはすぐさま≪学園≫じゅうにこだまして、建物いっぱいに聞こえる。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
≪学園≫での1日を終えた水鈴としずり。
バスに乗って帰るとすぐさま、果たされなかった観賞会を果たすべく、日月家のミニシアター前に集まる。
2人の周りにはプラ包装をそのまま皿にした巨大な三色ポップコーンに、ザラメで真っ白になった山のようなチュロスがそなえられていた。
デュンッ! ドゴン! ブラックアウトした画面に、形容しがたい効果音が鳴る。
画面が激しく明滅しはじめ、いよいよ映画が始まるようだ。モダンなロゴで制作会社のクレジットがしばらく垂れ流される。
『デストレイン~その終点は死~』というタイトルコール。
『デストレイン』とは、≪スキン≫社会が成立して間もない頃、しずりの父・日月 照彦が監督・脚本を務めたモンスターパニック作品だ。
まだ民間の≪スキン≫利用が積極化していない中で、魔列車に轢き殺されるだけの役として20,000体以上の≪スキン≫を殺処分し、他に類を見ない大迫力のアクションシーンを生み出したことで、好事家から高く評価された実績をもつ。
経年7年の頃の水鈴は、しずりとともに日月家で『デストレイン』を観た。
作品の善し悪しに関係なく、触手を生やした怪物列車が人間をなぎ倒し、粉砕するという映像はあまりに衝撃的なものだった。
物心がついたばかりの水鈴としずりの好奇心をかき立て、激しい興奮を起こさせることが、難しいはずもない。
「いけーっ! そこに逃げ込んだぞ! しねー!」
「もっところせーっ!」
エキサイトし、スクリーンに歓声を飛ばす、幼体≪スキン≫の水鈴としずり。
2人は、魔列車が人間たちの身体を引き裂けば喜び、触手でつらぬけば驚嘆し、人間の兵器によって攻撃を受ければ「がんばえー!」と心の底から応援した。
『デストレイン』がエンドロールを迎える頃、2人は愉悦で胸がいっぱいになり、夢ごこちの表情を浮かべて、お互いに向き合っていた。
そして――およそ5年が経った今日。水鈴は同じ映画を前に、戦慄していた。
『デストレイン』はその実、何も変わってなどいない。
≪スキン≫惨殺ムービーとしての鮮烈さも、マニア志向の金ドブコメディーグロ映画という地位も、しずりの父親の出世作である事実も、何もかも。
また、水鈴自身の内に渦巻く情緒も、『デストレイン』に接したばかりの当時から大きく変化などしていなかった。
液晶の光を浴びて、≪人倫統制器≫が打ち震える。
画面を残酷が横切るたびに、水鈴の奥底から感慨が湧然とわき上がってくる。それは映画を純粋に楽しんでいることと相同だ。
しずり。しずりがおかしい。父親が制作した映画、親友と大盛り上がりをしながら観た映画。
内容を知っているのであれば、脳裏にこびりついた名場面をリプレイし、咀嚼するように見つめるだろう。
あるいは、憶えていなかったとして、無知からくる疎外感を避けようとする人間の心理に照らせば、構図・セリフ・効果音・BGMなどから、思い出につながる手がかりを探そうと躍起になるのではないか――と、水鈴の本能がささやいていた。
「……しずりん」
「あっ、うん。なに?」
しずりはホームシアターを満たした『デストレイン』の世界へ浸りながら、水鈴に意識の一片を傾ける。集中が薄れている。
「あー、そういう感じね」と今にも口に出しそう……水鈴が不安視するほどに、映画を視聴するしずりの姿からは情熱が抜け落ち、呆けているようだった。
『窮屈』ではなく、『退屈』。
この印象をしずりから感じ取ってしまったことに、水鈴は戦慄していたのだ。
水鈴は深い疑念を覚える。しかし、たとえ疑心暗鬼の枠内にある、頭の中だけの考えであっても、水鈴の人格は頑としてその明言を避け続けた。
今、ここにいるしずりんは、本当に水鈴の知っているしずりんなの?――と。