チャプター3 リプレイ≪追想≫(1/2)
≪学園≫教育棟。入学間もない≪スキン≫が通うことになる、いわば学科振り分け前クラスだ。
いくつかの講義室のある一室、水鈴としずりが席について講義を受けている。
暗い室内に設置されたプロジェクターが講義室前面のスクリーンへ、味気ないスライドを投影する。
プロジェクターの光が当たらない場所には、真っ白いモップのような頭髪で、眼鏡をかけた、幼児の見た目の≪スキン≫が立つ。ただし以前登壇したものから、若干ヘアスタイルと長さが変わっている。
「それでは、一般分野の講義を始めます。えー前回は、≪スキン≫の分類と製造過程、遺伝子の取り扱いに関する規制について、でしたか。教えたのは私ではない(・・・・・)ので、各自で復習するように。本日は≪スキン≫の資源循環にまつわる内容です。資源循環と言えば廃棄する≪スキン≫を単純に焼却処分するのではなく、『フレッシュミート』に加工して消費、ないしは作物など一次食糧の肥料として再利用するという一連の――」
幼児めいた≪スキン≫は抑揚のない早口で、滔々(とうとう)と手元の原稿を読み上げた。ノート類を持参した学生の誠心を唾棄するがごとき行い。
しかし、学生の誰からも中止を呼びかける声はなく、時間は流れ過ぎていく。
「フレッシュミートに、加工……」
水鈴がぽつりと、幼児めいた≪スキン≫のせりふを反芻する。
フレッシュミート。≪スキン≫リサイクル食品とも呼ばれる、非常に安価で庶民的な食材だが、その原材料は一言で表すると人肉だ。≪スキン≫社会では、≪スキン≫すなわち人型の肉が、石油や木炭を超える低コストの資源とされている。生かして働かせるのも善、殺して食うのも善。水鈴の≪スキン≫もその運命にある。
水鈴は、しずりが死ぬ以前――もっと、年端もいかない頃から、自身の好物が自身と同じものからできていると知っていた。すでに常識だった。それでも肉を食べ続けてきた。
「君たちは特殊食糧公社……俗に言う『加工所』には行ったことがありますか? ないかたの方が多いかと思います。私もです。今から二〇年前の資料映像を流します、とはいえ、現在とそう相違ないものですので、教材として問題ないでしょう」
教卓の横に座り、幼児めいた≪スキン≫がノートパソコンを操作している。
間もなく、スクリーンに資料映像が投影される。ホームビデオ相当のノイジーな映像は、『加工所』の外観から始まり、やがて内部を映し出す。ぐったりした≪スキン≫がコンベヤの上に横たわっていたり、吊るされていたり、粉砕機にかけられたり、四肢を削ぎ落とされたり……ラストシーンではパティになって食卓に並べられたりしていた。
それらは正真正銘の凄惨を極めた映像だった。しかし、水鈴の内心は「こんなものか」という余裕が揺るぎなく存在していた。しずりと観たどれかのB級映画の拷問シーンに比べれば、むしろ生ぬるいくらいだ、と。
映像の視聴と、幼児めいた≪スキン≫の総括が終わると、講義が終了する。
「透見川くん、で合っていますか?」
「先生……?」
終了後も座席から立ち上がらない水鈴に、教鞭をとった幼児めいた≪スキン≫が、声をかけてきた。水鈴はその場で少し驚いてみせ、返事よりも先に問いかけへ首肯する。
「なはっ、よかった。珍しい読みなので緊張しました。……用件は二つです。一つ、先日までの欠席について、ご両親からは体調不良と伺っています。……もう、気分はよくなりましたか?」
外面では水鈴の身体を気遣っての発言ととれる。反面、水鈴は幼児めいた≪スキン≫の眼鏡越しの眼に、ただならぬ威圧感を覚えた。
「は、はいっ」
「そう固くならずに。ご両親をあざむいてでも、学びの義務を放棄したいという腹積もりがないか、確認したまでです。私にも、『政府』報告という義務がありますのでね」
幼児めいた≪スキン≫が口角を上げてみせる。すべて冗談ですよ、と茶化しているのか、脅迫する意図があるのか判然としない微笑み。
またもや水鈴の首筋に冷たいものが走る。
現時点でその≪スキン≫から読み取れることといえば、ただ一つ「面倒ごとを起こすな」という意志のみだ。
「もう一つ、あそこの方についてです。ご友人ですね?」
改めて、明るい声で、幼児めいた≪スキン≫が訊ねる。ダボダボの白衣から小枝の手を差し出し、あそこという場所を示す。水鈴は見ずともあそこが何かを察知する。
「はい。水鈴が経年五年のときにできた友だちで……」
幼児めいた≪スキン≫の指した方角には、机によだれを垂らしてのんきに眠るしずりの姿があった。
「なるほど。では、ご友人に伝えておいてください。いかなる理由があっても、統一制服の着用なしに≪学園≫への立ち入りは許されない、と。早急に対処しなければ、≪人命データ≫の矯正、という懲罰を課されることにもなりかねません」
「待ってください! しずりんは事故でっ、いや今朝のは違うけど……とにかく、他に服がなかったんです。こんなことで、しずりんを傷つけようとしないで……っ!」
「他に服がなかった、ですね。それでも許されません。しかし、他に服があれば……どうでしょう。許されますよね」
水鈴の訴えははらい退けられるかにみえたが、幼児めいた≪スキン≫の顔は、わかりやすくその場で楽しんでいる小さな笑みへと変わる。そしてわずかに開いた口から吐息を漏らすと、ダボダボの白衣を大胆に脱ぎすてる。
「えっ!」
突然起きたことにうろたえる水鈴。幼児めいた≪スキン≫は次に、取っかかりのない肉体から制服を脱ぎさろうと第三ボタンへ指をかけ始める。
水鈴は色素薄い肌に朱を差し、顔をおおった。
ところが、幼児めいた≪スキン≫が制服を脱いだところ、中から同じデザインの新たな制服が姿をあらわす。
「おっと、今日は間違って、服を二枚着てきてしまいました。うっかり八兵衛です」
「なんで……」
「ああ、そうだ、透見川くんのご友人が着てくれれば万事解決ですね! そういうことで、何卒」
幼児めいた≪スキン≫は自身が脱いだ制服を、水鈴に手渡しする。水鈴は両手で受け取る。
「ご友人がズボンを穿いてくれていて助かりました、こちらは一枚ですのでね。さあ、私は雑務がありますから、これで失礼します」
「は、はい。ありがとうございました……?」
水鈴は釈然としないようすで、幼児めいた≪スキン≫にお辞儀する。≪スキン≫が白衣を着直して出入口に向かったところを確認して、水鈴はしずりの元へ向かう。きたならしい寝顔を揺すり動かして起こし、しずりをすぐにも手に入れた制服に着替えさせた。制服のサイズは当然合っていない。
「これっ……丈が、いや、丈どころの騒ぎじゃない、ボタンすら締まんない。これ懲罰?」
「ふふっ、ぜ、全然入ってない! あははははっ!」
水鈴は今朝、心労をかけられた腹いせとばかりにしずりを思うがまま笑い物にした。しずりもつられて水鈴と笑う。
次の講義。担当した教員役の≪スキン≫から、しずりが制服の件で追及されることはなかったものの、サイズ違いの制服で首を絞める変態か変人として悪目立ちをした。