Ⅱ-1.いじめっ“娘”
Ⅱ.女の子たち ―Girls―
Ⅱ-1.いじめっ“娘”
ここでクラスの女の子たちとのことを書きたい。
以前述べたように、ぼくはおとなしい男の子だった。そのせいかクラスの女の子たちとは仲が良かった。
女の子の家に遊びに行ったり、教室でも席の近い子たちとはいつも楽しくおしゃべりしていた。誰だったかは憶えていないが、ある女の子から「Kちゃんは他の男の子と違って乱暴じゃないから」だから仲良くしている、と言われたこともあった。
けれど、ある時からクラスの三人の女の子からぼくはイジメられるようになった。
それは四年生になったばかりの頃だったと記憶している。
イジメを主導していたのはSさんという子で、勉強のできる優等生の女の子だった。すらりと背が高くて、いつもきりりとした表情をしている綺麗な子だった。
ウェーブのかかった髪は肩まであり、お人形さんみたいだ、とぼくは思っていた。ちなみに前章で紹介した優等生のJくんとクラスの一位二位を争うくらい頭の良い子で、女の子の代表みたいな子だった。
あとの二人はYさんというストレートヘアで面長な子と、ショートカットで丸顔のIさんという子だった。ふたりともやっぱりかわいい子だったと記憶している。
きっかけが何だったかは今となっては分からない。
けれど、その三人娘たちは人目のない廊下の隅や階段の踊り場といった場所でぼくを壁際に追い詰めて、言葉の暴力を浴びせかけるようになったのだ。
イジメのリーダーは見るからにSさんで、ぼくに近づいて来るときもYさんとIさんを両脇に従えていた。
まるでテレビのアニメや特撮ヒーローものの悪役みたいな分かりやすいムーブだったので、ぼくは(テレビみたいだ)と興味深く見ていた。
ぼくを罵るのも主にSさんで、YさんもIさんもその言葉尻に乗っているだけのようだった。ボスであるSさんの言いなりになっていただけではなかったかと思う。
彼女たちが具体的に何と言ってイジメていたのかはよく憶えていない。というよりもそもそも彼女たちが何を言っているのか当時のぼくには理解出来なかったのかも知れない。
断片的に憶えている会話は次のようなものだった。
「あんたこの前の〇〇のテスト、何点だったの」
「え、△△点だったけど」
「△△点! バカじゃないの? わたしなんか百点だったよ。あんな簡単な問題もできないなんて、あんたはどうしようもない落ちこぼれね」
とか、
「あんた総理大臣の名前を言える?」
「え、〇〇さんでしょ」
「〇〇総理、て言うのよ。あんた何も知らないね。そういうのをね、無知って言うのよ。ああ、無知なんて難しい言葉、あんたに言っても分からないわよね。だってあんたバカだもの」
などと勉強や知識などでマウントを取るようなことを言われていたのは憶えている。だが、それ以外にも何か言われていたはずなのだが、何を言われたのかははっきりと記憶に残っていない。
ただ、「男の子のくせに!」とよくなじられていたのは憶えている。
けれどそれが具体的にはどういうことなのかはよく分からなかった。他の男の子にイジメられて泣かされたことを揶揄されたこともあったけれど、だから何なのさ、と思っていた。
それに、男の子たちはいつも楽しそうにぼくをイジメていたけれど、この三人娘たちは敵意をむき出しにして、憎しみに引き歪んだ顔でぼくのことをなじっていた。
積極的なSさんにくらべて、Yさんは明らかにイジメには乗り気ではない様子だった。口数も少なくて、彼女から酷いことばを掛けられた憶えはあまりなかった。
対照的なのはIさんで、ぼくのことをいつも「屎尿処理場」といって罵っていた。これには心当たりがあって、このイジメの始まる少し前、学校の社会科見学で下水の屎尿処理場に行ったことがあったのだ。
たぶん、幼児が良く言う悪口の「うんち」とか「おしっこ」では幼稚だと考えて、「屎尿処理場」という憶えたばかりのアカデミック(?)な言葉に置き換えていたのだろう。
当時のぼくは口調から悪口のつもりで言っているのだろうな、とは理解できたけれど、でもそれって悪口になるの? と思っていた。
それに、マシンガンのようにつぎつぎと言葉を繰り出して罵倒して来るSさんにくらべて、いつも「屎尿処理場」としか言ってこないIさんはワンパターンで、この子はもしかして頭が悪いのでは、とも思っていた。
やはりYさんもIさんもぼくをイジメる確固とした理由があるわけでもなく、ただボスであるSさんに従っていただけだったようだ。
彼女たちからのイジメは日常的なもので、人気のないところでは毎日のように罵声を浴びせられていた。
とても不快で嫌な気持ちだったけれど、相手は女の子で、イジメも言葉だけだったので、ぼくもどう対処していいのかわからなかった。
いつも困ったような笑みを浮かべておとなしく彼女たちの暴言を聞いていた気がする。そしてまたそのことで「なに笑ってるのよ! 頭おかしいんじゃないの?」などと言われていた。
三人娘からのイジメで強く印象に残っていることがあった。
それは夏休みに町内の子ども会の行事で川遊びにいった時のことだ。この時もぼくがたまたま河原でひとりになった時、狙いすましたかのように三人娘が連れ立ってぼくの前に立ったのだ。
この時に何を言われたのかは例によってまったく憶えていない。
ただ、このとき三人娘はスクール水着ではなく、おしゃれな私物の水着を着ていたのだ。
お供のYさんとIさんがどんな水着だったかは憶えていないが、ボスであるSさんの水着はよく憶えている。白いワンピースで、胸の部分に大輪の赤い花(たしか薔薇だったと思う)のプリントがあった。
Sさんは手足がすらりと長く、まるでモデルか着せ替え人形のようなスレンダーな体型をしていた。
それに薄手の白い生地の水着だったので、膨らみはじめた胸と乳首が浮き出て見えていた。今の自分の医学的知識に照らして見るとタナーステージ2期に相当する成長度合いの胸だったと思う。
ぼくはSさんの罵り声を聞きながら、(わぁ、オッパイだぁ)と彼女の胸をじっくり観察することが出来た。暴言を吐くSさんをうっとりと見ていたことを鮮明に憶えている。
もちろん彼女の事は好きではなかった(というかはっきりと嫌いだった)。
けれど、そのときのぼくはSさんの性格や言動とは別に、その容姿は美しいと思っていた。それはたぶん隣家の姉妹と着せ替え人形で遊んでいた経験から、彼女の事を“意地悪な女の子役”のきれいなお人形、とでも思っていたからかも知れない。
ところで今気づいたのだけど、美しい少女になじられ、言葉の暴力でイジメられる、というのはマゾ気質の人にとっては“ご褒美”になるのではないだろうか。もちろん当時のぼくにはそんな考えはまったく思い浮かばなかったのだけど。
そんな三人娘からのイジメはほぼ一年近く続いていたと思う。
だがそのイジメは何の前触れもなく突然終わりを告げることになったのだ。
次回、Ⅱ-2.学級会での“断罪” に続く