表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/19

Ⅰ-6.“キス”Ⅱ


 Mくんとキスはしなくなったけれど、その後も普通に友達として接していた。


 他の子たちと一緒に遊んだりもした。Mくんのぼくに対する態度に特に変わったことはなかったし、それはぼくも同じだった。あのキスのことはなかったことのようにふるまっていた。ぼく自身あれはもう終わったこと、と思って気にもしていなかった。


 けれどMくんの気持ちはそれでは済まなかったのだろう。こんなことがあったのを思い出した。


 それはキスを拒絶してから何週間か後のことだ。場所は教室で、他の子たちがいる前でMくんがこう言ったのだ。


「ぼくたちキスしたじゃないか」


 まわりにいた子たちは、えっという顔をしてぼくとMくんを交互に見ていた。正直ぼくは「やばっ」と思った。クラスメートにバレたら、それこそからかわれたりイジメられたりするのに決まっているからだ。だからぼくは保身のために嘘をついた。


「何いってるの? 男同志でキスなんてするワケないじゃん」

「したじゃないか何度も。教室でも、ぼくのうちでも」

「はあ? 変なこと言うのやめてよね」


 そう言って平然としていたのだ。Mくんは真っ赤な顔をして歯を食いしばって涙目になっていた。


 ぼくはそんなMくんに腹を立てていた。クラスメートの前でキスのことをバラすなんて。きっと明日からみんなにからかわれたり嫌なことを言われたりするんだ、とちょっと憂鬱になったことを憶えている。


 けれど翌日の教室では誰もそのことを話題にしなかった。ぼくやMくんに何か言ってくる子は一人もいなかった。


 あれえ、おっかしいなあ、とぼくは素で疑問に思った。男の子同士でキスしていたなんて、たとえ不確かな噂話だったとしても格好のからかいのネタのはずだ。あのとき教室には5、6人はいたのだ。クラスの噂になってもおかしくないのに。


 当時のぼくは、あの場で強く否定して見せたからみんなはMくんの言うことは嘘だと思ったのだろうな、と思ってそれなりに納得していた。


 だが今、あらためて当時の事を思い返してみて、自分はあることに気づいてしまった。


 あれは放課後の出来事だったのだ。


 ぼくが教室に入った時、その場にいたのはみんな男の子だった。


 そうだ、あれは放課後にぼくが図書室から教室に戻ってきた時の出来事だったのだ。


 以前はぼくが教室に戻ってから、誰か男の子が一人でやって来ていた。それは男の子たちが事前に調整していたかららしい、というのが先ほど述べた考察だ。


 けれどMくんとキスしていた頃は、ほぼMくんがぼくを独占していた。そのため、男の子たちによる事前調整の仕組みは崩壊してしまっていたのではないだろうか。


 だからMくんとの関係が終わって、ぼくがまた一人になった時、男の子たちはもはや事前調整などせずにみんなでぼくが来るのを教室で待つようになっていたのではないだろうか。だとしたら、あそこに居たのは、全員ぼくのことを待っていた、ぼくの事が好きな男の子たちだったのではないだろうか。


 そして更に思い出す。


 あの時の会話の流れを。


 確かあの時、誰かがぼくに一番仲が良いのは誰、と聞いたのだ。ぼくは「Sくんだよ」と何の気なしに答えたのだ。


「え、でもSくんて転校したじゃん」

「うん。でもたまに会って遊ぶんだ」

「へぇ」


 その言葉を聞いたMくんが平静でいられるはずがない。Mくんはこう言ったのだ。


「Kちゃんの特別はぼくだろう?」


 そしてこう続けたのだ。


「ぼくたちキスしたじゃないか」


 その言葉を冷たく否定するぼくと、真っ赤な顔で涙目になって反論するMくん。どちらが嘘をついているのかはそれこそ子どもでもわかる。


 ところでこれは想像なのだけど、ぼくが教室に行く前、ぼくを待っていた男の子たちはこんな話をしていたのではないだろうか。


「Kちゃんの一番の仲良しって誰かな」


 そんな話題が出ていたのではないかと思う。だとしたら、おそらくMくんは自信たっぷりにこう言うだろう。「Kちゃんの一番の仲良しはぼくだよ」と。


 なぜならキスをしていたのは自分だけだったのだから、恋人みたいなものだ、と密かに想っていたとしても不思議ではない。


 そしてそれを信じようとしない他の男の子たちにこう言ったのではないだろうか。「だったらKちゃんが来たら聞いて見るといいよ。誰が一番の仲良しか、て」


 もちろん自分の名が呼ばれる。そう確信していたのではないだろうか。


 それなのにぼくは仲良しとしてSくんの名を上げた。だからMくんは思わず、ぼくとキスしたことをバラしてまで、自分がぼくの「特別」だと主張したのだ。だとしたら、それを否定されて涙目になってしまったのも無理のないことだ。


 ところで、このことがクラスの噂話にもならなかった理由についてはこう考えられる。


 あの放課後の教室に居たのが、ぼくの事が好きで、ぼくのことを待っていた男の子たちだったのなら、ぼくが不利になるようなことを言いふらすはずがない。


 もしこのことでぼくをからかったり、他人に話したりしたらぼくに嫌われてしまう、と思っても不思議ではない。だからこそ、あの場にいた男の子たちは誰にもしゃべったりしなかったのだ。


 もちろん状況証拠だけだ。けれど、あの後どうして誰も何も言わなかったのか、という当時の疑問に対する納得のいく答えの一つだと思う。


 Mくんとのキスの思い出はもう一つあった。


 それは更に数日後のことだった。


 ぼくとMくんはたまたま一緒に下校していた。もともと家の方向が一緒だったのだ。おそらく偶然二人きりになったのだと思う。


 あれからもぼくは特に意識することもなくMくんと普通の友達付き合いをしていた。Mくんから何か言ってくることもなかった。


 けれどこの時、ぼくは唐突にMくんに謝らなきゃ、と思い立った。キスなんてしてない、といってMくんを泣かせたのだ。罪滅ぼししなきゃ、と思ったのだ。


 だからぼくはあたりを見回して、通学路には誰もいないことを確認してからMくんに声を掛けたのだ。


「ねえねえ」

「なんだよ」


 とこっちを向いたMくんの唇に、ちゅっとキスをしてあげたのだ。ごめんね、というつもりだった。後にも先にも、ぼくから男の子にキスしたのはこれが最初で最後だった。


 けれどMくんは、


「なんだよ! なんでキスなんかするんだよ!」


 と言って怒りだしたのだ。


 ぼくは戸惑って、


「え? あー、うん、冗談だよ? 気にしないで。ふざけただけだから」


 と言った。その時Mくんが何と言っていたのかは憶えていない。ただ怒っていたようだ、という記憶はある。ぼくは「冗談だったら。怒んないでよ? もうっ」などと言ってその場から走って逃げた。


 その時のぼくはなぜMくんが怒ったのかわからず、(あんなにキスが好きだったのに、怒るなんて変なの)と思っていた。


 今思うとMくんが怒るのも無理はない。Mくんにしてみれば、酷い言葉で自分を振った上に、大事なファーストキス(たぶん)の思い出まで否定した酷薄なぼくの方から、何の脈絡もなく一方的にキスされたのだ。ぼくの身勝手さを腹立たしく思ったのだろう。


 けれど、そんなことがあったにも関わらず、翌日からもぼくらは普通の友達として接していた。


 Mくんはぼくを責めることも、ぼくを嫌って無視することもしなかった。


 ほんとうにただの仲の良い友達としてぼくと遊んでくれたし、ぼくもふつうに仲良くしていた。例によってぼくはMくんとのキスの一件をまったく気にしていなかったから、きっとMくんも気にしてないだろう、と思っていたのだ。


 もっとも、Mくんは時折ぼくのことをじっと見つめて、媚びるような表情を見せることがあった。けれど以前のように彼の方から迫ってくることはなかった。


 ぼくに拒絶されたトラウマから、Mくんは自分からキスしたいとは言い出せなくなっていたのではないだろうか。


 けれどぼくの方からはいつでも気ままにキス出来る。ふつうに仲良くしていればまたキスしてくれるかも、と期待していたのではないだろうか。


 だとしたらぼくはまるで蛇の生殺しのようなことをMくんに対してしていたのかも知れない。


 これらの事は大人になった今になって気づいたのだ。当時のぼくの所業はまるで無自覚に男心を弄ぶ天然系の小悪魔女子みたいだ。本当に女の子みたいにMくんを振り回していたのではないかと思う。


 そう考えると、やはり当時のぼくはガーリーな男の子だったのかも知れない。


 “きれいなうなじ”(?)で男の子たちの心を惑わせ、自分が複数の男の子に好かれていることにも気づかず、相手の好意を当然のものとして無邪気に身勝手に振る舞う。


 ここまでくると、当時のぼくには同年代の男の子を狂わせる“魔性”があったのではないかと疑いたくなる。


 いま思い返すと、ぼくと遊んでいる時、男の子たちはみなニコニコと嬉しそうにしていた。当時は楽しく遊んでいるのだから当たり前だと思っていた。


 ところで、クラスにはぼくに意地悪をしてくる男の子たちもいた。筆箱とか持ち物を隠したり、わざとぶつかってきたりしてくるのだ。おとなしい性格のぼくはたやすく泣いてしまっていたので、それをまた囃し立てられたりもした。


 先の考察で当時のぼくは一部の男の子たちにとって“お姫様”だったのではないか、と述べたが、もしかするとぼくはクラスの男の子たちにとって“おもちゃ”か“愛玩動物”だったのかもしれない。


 ボディタッチやキスなどの性的な被害に会いやすいイジメられっ子、という側面もあったのではないかとも思う。


 ぼくをイジメてくるその男の子たちもみなニコニコと、いやニヤニヤと嬉しそう笑っていた。ぼくをイジメるのが楽しくて仕方がない、という表情をしていたのだ。


 誰一人としてぼくに憎しみの目を向けている男の子はいなかったと記憶している。仲良くしてくれる子も、イジメてくる子も、その笑顔は同じだったように思う。


 男の子が気になる女の子をイジメてしまうのはよくあることだ。ぼくのクラスの場合は“ガーリーなかわいい(?)男の子”だったぼくがそうした女の子ポジションにいた、ということなのかも知れない。


次回、Ⅱ.女の子たち ―Girls―

    Ⅱ-1.いじめっ“娘”  に続く

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ