表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/19

Ⅰ-5.“キス”


 当時のぼくらの小学校では、天気の良い日には休み時間は校庭で遊ぶことが推奨されていた。これには例外があって、体調が悪かったりケガをしている子は教室でおとなしくしていなければならなかった。


 その日ぼくは足を捻挫しており、足に包帯を巻いていた。当然休み時間には教室にいなければならなかった。この時はもう一人の男の子がやはり足に怪我をして教室にいた。Mくんという子で、野球をしていて足を痛めたのだという。


 二人とも足に怪我をしていたけれど、そこはそれ低学年の男の子ふたりなのだ。お互い足を引きずりながら、教室の中で鬼ごっこをしたりして遊んでいた。


 それに飽きると、ぼくらは二人で並んで窓から外をみていた。校庭でクラスメートたちが元気に遊んでいるのを見ながら、早く怪我を治して外でみんなと遊びたいね、などと話していた。


 この時Mくんが「こっち来て」と言ってぼくの手をひいた。


「うん、いいよー」


 そう言ってついて行くと、Mくんは窓のカーテンを繭のようにくるくるっと巻き込んで、ぼくと二人でその中に入った。女の子が内緒話をするときによくやる遊びだった。


 もとより教室には二人しかいない。そしてカーテンの繭の中にいるのだ。誰からも見られることのないその状態でMくんは、


「身体検査してあげる」


 と言って、ぼくの体に触ってきた。


 え、と思っていると、そのままぼくを抱きしめてキスをしてきたのだ。


 ぼくは無抵抗で、されるがままになっていた。Mくんは唇を離すと、ぼくの顔をじっと見た。ぼくがきょとん、として何も言わないでいると、再び唇を重ねて来た。前よりも長く唇を吸われた。


 キスをしたのははじめてではなかった。幼稚園の頃、幼馴染の女の子(隣家の姉妹とは別の子)とかくれんぼをしていた時に、植込みの陰で彼女とキスしたのがぼくのファーストキスだった。


 だからMくんにキスされた時、それほど驚かなかった。ただ、男の子同士でもキスするんだ、と少し意外に思っただけだった。


 休み時間の終わりを告げるチャイムが鳴り、ぼくらはカーテンから出た。もう少ししたらクラスメートたちが教室に戻ってくる。それなのにMくんは名残を惜しむように教室の真ん中でもう一度ぼくを抱きしめてキスした。


 その日からぼくらは二人で一緒に下校するようになった。脚の怪我が治ってからは放課後も一緒に遊ぶことが多くなった(みんなと遊ぶこともあった)。


 ぼくの家でMくんと一緒に宿題をしていた時のことだ。母がおやつにポッキーを用意してくれた。


 母が部屋を出ていくと、Mくんはポッキーを咥えて、「ん」といって顔を近づけてきた。ポッキーを両側から食べてキスする奴だ、テレビで見たことある、とすぐに分かった。そうしてぼくらはおやつのポッキーをキスしながらぜんぶ食べた。


 二人っきりの時のMくんはいつもニコニコ楽しそうにしていた。キスすること以外では普通の友達として接していた気がする。


 ただ、ふざけてじゃれ合ったりする距離は近かったし、何かというとキスをしたがっていた。好き、とも愛している、とも言われたことはなかったし、そもそもぼくの方は一緒に遊ぶのは楽しかったけれど、それ以上の感情はなかったように思う。


 キスするのはいつも彼からで、ぼくは「キスさせてあげてる」つもりだった。


 彼の家に行ったこともあった。誘われてついて行くと、家には誰もいなかった。リビングに入るなり、Mくんは部屋中のカーテンを閉めて、座布団を並べてベッドのようにした。


「ここに寝て」


 と言われたぼくがその上に仰向けに横になると、Mくんはそのままぼくに覆いかぶさってキスしてきた。


 ちゅうちゅうといつになく激しく唇を吸われたぼくは、こんなに一生懸命キスしてくれているんだから、なにか応えてあげなきゃ、と思った。だから彼の背に手をまわしてキュッと抱きしめてあげた。


 Mくんは唇を合わせたまま、「ふふっ」と笑った。あ、よかった喜んでくれている、とうれしくなったのを憶えている。


 とはいえ小学校低学年の男の子のことだ。舌を絡めるなどということも知らないし、それ以上どうすれば良いのかもわからない。ただ抱き合って唇を吸い合うだけのかわいらしいキスだった。


 けれど、Mくんはだんだんとエスカレートしてきた。


 下校時、通学路の真ん中でキスしてくるようになったのだ。あたりを見回して、「誰もいないよ」というとランドセルを背負ったままでちゅっ、とキスしてくる。さすがに人に見られたら嫌だな、と思ったけれど、Mくんは構わずキスしてきた。


 最初のキスからどれくらい後の事だったかはよく憶えていないけれど、ある時からぼくはようやく「これはイケナイ遊びなのでは?」と思うようになった。


 それまでぼくはMくんとキスすることに何の疑問も感じていなかった。大らかと言えばそれまでだけど、基本的に受け身な態度で常にMくんにされるがままになっていたのだ。けれど、だんだん大胆になってくるMくんのキスを煩わしいと思うようになったのだ。


 だからある日の学校帰りの時、通学路でいつものようにキスしてくるMくんの顔を手の平で押して「ダメ」と言ったのだ。


「どうして」と問う彼に、「もうキスしないの」と告げた。


 その時の唖然としたMくんの表情をよく憶えている。


 まさか拒否されるなんて、という顔をしていた。そしてぼくに何か言ってきたのだけど、その時彼がなんと言ったのかはよく憶えていない。ただ、かき口説くような、すがるような事を言われたのはおぼろげに憶えている。


 どうしてキスしちゃダメなの? 昨日まで嫌がったりしなかったのに、などと言われたような気がする。それに対してぼくは強い口調で「ダメったらダメ」と拒絶した。それでも何か言って来るMくんに、ぼくはこんなことを言ったのだ。


「そんな泣き言いっても聞かないからね」

 

 そして、「Mの泣き言、みっともない」と名前を呼び捨てにしてなじったのだ。


 言われたMくんは下唇をきゅっと噛んで上目遣いでぼくを睨んだ。その表情を見たぼくは、男の子なのに女の子みたいな顔するんだな、と不思議に思ったことを憶えている。


次回、Ⅰ-6.“キス”Ⅱ  に続く

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ