Ⅰ-3.放課後の“お誘い”
図書室から誰もいない教室に戻ったぼくは、机の中の教科書やノートをランドセルに詰めて一人で帰り支度をした。
もちろんそのまま一人で帰宅することになるのだけど、この帰り支度をしている時にクラスの男の子が一人でどこからともなくやって来て、一緒に帰ったり、そのまま遊びに行くことが時折あった。
いつも同じ子ではなかったと記憶している。当時のぼくは、自分と同じようにたまたま遅くまで残っていた子と偶然一緒に遊んだ、と認識していたのだが、今思い出して見ると結構な頻度であったように思う。
そこでこんなことがあった。
その男の子は、帰り支度するぼくを、前の席の椅子に反対向きに座ってじっと見ながら待っていてくれた。そしてこう言ったのだ。
「Kちゃんの首ってどうしてそんなに細くて長いの?」
ぼくは「そう? ふつうだよ」などと答えていた気がする。
そしてまた別の日、帰り支度をしていると、別の男の子が同じようにやって来て、一緒に帰ることになった。教室を出てぼくが先に立って階段を下りていると、後ろからその男の子にこう言われた。
「Kちゃんの首って細くて長いね」
と。その時もぼくは「そう?」と聞き流していたのだけど、考えて見ればその男の子はぼくの真後ろから階段を下りていたのだ。だから彼が見ていたのはぼくのうなじということになる。
他にも何人かの男の子に同様のことを言われた気がする。
あの時の男の子たちの発言は、けっしてぼくをからかうようなニュアンスではなかった。例えて言うならこんな感じの言い方だったと思う。
「Kちゃんの首って、細くて長くて・・・キレイだね」とでも言うような。
そういえばその頃、ぼくは父親からあることを言われたことがあった。
それは家でテレビを見ていた時のことで、テーブルに頬杖をついていたぼくに父はこう言ったのだ。
「女の子みたいな仕草は止めなさい」と。
言われたその時は、だらしない恰好でテレビを見ていたことを叱られたのだと思って姿勢を正した。けれど今あらためて思い出すと、父ははっきりと「女の子みたいな」と言ったのだ。
ぼく自身は自分の事を女の子と思ったことはなかった。好きなテレビ番組はヒーローもので、男の子の友達とごっこ遊びもしていた。
口調もふつうの男の子と変わらなかったと思う。自分のことはオレとかボクと呼んでいた(みんなと騒いでいる時はオレで、静かに話すときはボク、と使い分けていた気がする)。
ただ、隣の家の姉妹とは着せ替え人形で遊んでいた記憶があるので、女の子の遊びも嫌いではなかったと思う。ちなみに姉妹の姉はぼくよりも年上で、妹は年下だった。二人ともかわいらしい女の子で、そんな二人と女の子の遊び(着せ替え人形やおままごと)をするのは楽しかった。今思うとまるで三人姉妹のように遊んでいたように思う。
そんなこともあり、もしかしたらぼくの仕草や容姿(首?)にはどこかガーリーに見える要素があったのかも知れない、といま振り返って気づいた。
やんちゃな男の子たちのグループに誘われて遊んでいた時にもこんなことがあった。
どちらかというと不器用だったぼくは、みんなと一緒にうまくゲームをすることが出来ないことがしばしばあった。
この時、こんな風に言われたのだ。
「しかたないよ、Kちゃんだもの」
当時はバカにされたと思ってムッとしたけれど、今思うと嘲りの口調ではなかったように思う。例えて言うなら、
「しかたないよ、あの子は(おとなしい)女の子だもの」
とでもいうようなニュアンスだったと思う。そして、不器用なぼくをサポートしてくれたりしていた。
ふつうに考えると、鈍くさい男の子なんか放っておいて自分たちだけで遊んだり、そもそも誘ってくれなくなってもおかしくはない筈だ。それなのに、彼らはぼくを遊びに誘ってくれた。
そして何くれとなく助けてくれる。いま思うとまるで接待プレイのようだった。やはり当時の男の子たちはぼくを女の子扱いしていたのではないかと思う。そう、あの転校したSくんも、ぼくのことをお姫様みたいにエスコートしてくれていたように思う。
そこまで思い出して、ある可能性に思い当たった。
もしかするとぼくはクラスの(一部の)男の子たちから見て“お姫様”ポジションにいたのではないかと。
こんなことがあった。
ある日の午後、クラスメートのJくんとIくんが連れ立ってぼくの机の前に来て、今日は一緒に帰ろう、と誘ってくれたのだ。ぼくが二つ返事で「うん、いいよ」、と答えると、二人はとてもうれしそうにニコニコしていた。
この時、微かな違和感があった。
Jくんというのはクラスで一番成績の良い子で、テストではいつも百点を取っていた。授業中も積極的に発言する優等生だった。
でもIくんの方は勉強が出来る子ではなかった。いつもふざけたりいたずらしたりする、いわば“悪ガキ”の代表みたいな子だったのだ。なんでこの二人が? と思ったのを憶えている。
けれどその日の放課後、ぼくは二人と一緒に帰ることが出来なくなった。理由はよく憶えていない。何か突発的な出来事があったのだと思う。
そのことを二人に告げると、今までニコニコしていた二人が急に態度を変えて、「ちぇっ、つまんないの」とか「せっかく楽しみにしていたのに」と不機嫌そうに言ったのだ。
ぼくは、「ごめんねー、また誘ってねー」と答えたのだけど、それでも二人は不貞腐れた態度のままだった。
この時ぼくは約束を破ったのだから怒るのも当然だよね、と思ったのだけど、二人は約束を破ったことに腹を立てていたのではなかった、と今になって気づいた。
二人はぼくと一緒に帰れないことを悔しがっていたのだ。
そしてまたあらためて気づく。
放課後、図書室から教室に戻った時、たまたま居たクラスメートと一緒に帰る時があった、と先に述べた。
いつも同じ子ではなかった。何なら普段はあまり親しくない子でも、その時は仲良く一緒に下校していた。
もしかしたらクラスの男の子たちは、その日誰がぼくを誘うのかをあらかじめ決めていたのではないだろうか。ぼくが図書室に通っていることは見ていればわかったろう。一人になったぼくを誘うタイミングを計るのは容易だったはずだ。
だとすると優等生のJくんと、悪ガキのIくんが連れ立って誘ってきたのは、水面下での調整がうまくいかず、互いにけん制し合ったままでぼくを誘いに来たのではないか、と推測できるのだ。
ちなみに後日、この二人とは一緒に下校している。奇妙なことにいつもの通学路ではなく、わざわざ遠回りして楽しくおしゃべりをしながら帰ったことを憶えている。JくんかIくん、どちらかの提案だったと思う。
「今日はこっちの道から帰ろうよ」と言われて、よく分からないままその言葉にしたがったのだ。
道すがら何を話していたのか全部は憶えていない。明確に憶えているのは、Jくんが最近読んだSFの話をして、平行世界とか異世界とかの違う世界のことを話題にしたことだ。
SF好きだったぼくはその話に食いついて、ずいぶん熱心に話していたような気がする(そういえばIくんは話題についてこれずあまり話していなかった)。
もしかしたら頭の良い優等生のJくんはぼくの読書傾向を知っていて、ぼくが興味のある話題を振ってくれたのかも知れない。そのことで本なんて読みそうにないIくんより優位に立とうとしたのかも。
自意識過剰だろうか。これは自分に都合の良い被愛妄想だろうか。だが、次に紹介するような、ぼくのことを特別扱いしてくれる男の子がいたのは事実だ。
次回、Ⅰ-4.“秘密基地”の冒険 に続く