Ⅰ-1.夏祭りの“お兄さん”
Ⅰ.男の子たち ―Boys―
Ⅰ-1.夏祭りの“お兄さん”
小学校低学年の、おそらく一年生の夏休みのことだ。
当時ぼくには仲の良い二人の男の子の友達がいた。幼稚園の頃からの仲良しで、三人で遊ぶことが多かった。
けれど町内で盆踊りが行われたその年の夏の日、二人はぼくの前にはいなかった。どうしてなのかは憶えていない。おそらくは親の里帰りなどで遠方の親戚の所に行っていたのだろう、と今は想像している。
所在なく一人でお祭り会場をうろうろしていた時、やっぱり一人でいた男の子にぼくは声を掛けられた。二つ三つ年上らしい見知らぬお兄さん。ぼくよりも背の高い痩せた男の子だった。
そのお兄さんは一人でいたぼくに一緒に遊ぼうよ、と言ってくれた。退屈していたぼくは二つ返事でそれを受け入れた。追いかけっこをしたり、一緒にお祭りを散策したりした。少しも乱暴なところのない優しいお兄さんだったと思う。
そして夕方、日が翳ってきた頃に、公園の隅でそのお兄さんは奇妙な遊びを提案してきた。それはジャンケンをして勝った方が負けた方のお尻を叩く、というものだった。ぼくはよく考えずにうなずいてその遊びをすることにした。
ジャンケンに勝ったお兄さんは、「ごめんね、痛くするからね」と言ってぼくのお尻を叩いた。といってそれほど暴力的だったわけではない。確かに痛かったけれど、ぼくは「いたーい」といってキャッキャッと笑っていた。
そしてぼくが勝った時にはもちろんお兄さんのお尻を叩いたのだけど、本気で叩くことは出来なかった。
お兄さんは、「もっと強く叩いてもいいのに。君は優しいんだね」とニコニコしていた。
何度もジャンケンをして、お尻をたたき合う。負けた回数はぼくの方が多かったと記憶している。やがて暗くなり、そのお兄さんとはバイバイと手を振って別れた。
それだけのことで、当時は変な遊びだったなあ、と思っただけで気にもとめていなかったのだけど、今の大人の視点で振り返った時、あっと気づいた。
あれはスパンキングだ、と。
あのお兄さんはサディスティックな性的嗜好を満たすために年下の男の子を狙ったのだと(反対に、実はお兄さんはマゾで年下の男の子にお尻を叩かれたかった、という可能性もある。それとも両方かも)。
あの祭りの日以外で、そのお兄さんを見かけることはなかった。
そもそも初めて会った子だったのだ。これは想像だけど、あのお兄さんは別の街から親戚の家にでも遊びに来ていたのではないだろうか。もともと変態的な性向のあったその子は、誰も自分の事を知らない街でなら、そうした行為をしてもバレないと思ったのかもしれない。
でもなぜぼくを選んだのだろうか。たまたま一人でいた、おとなしそうな男の子を見かけたから? それはありそうな気がする。けれど、当時の記憶を辿っていた自分は気づいてしまった。
あのころ、小学校のクラスメートの男の子たちからも似たような事をされていたことに。
次回、Ⅰ-2.「君は“女の子”役ね」 に続く