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Ⅲ-1.救いの“天使”


Ⅲ.“ぼく” ―“I”―


 ここまで読んでくださった読者諸氏は、いったい“ぼく”という子はどういう子なんだと思われるかもしれない。


 ほかならぬ自分自身、こうして過去の自分を思い出して見て、こいつは何者なんだと思ったくらいだ。


 ここで“ぼく”がどんな男の子だったのかを考察するため、いくつか思い出したことを紹介したい。


Ⅲ-1 救いの“天使”


 社会科見学の時のことだ。


 行き帰りは学校からチャーターしたバスに乗っていくのだが、この時ぼくはOくんという男の子と隣の席になった。このOくんという子は乗り物に弱くて、遠足などの時はいつも気分が悪くなって嘔吐していた。


 バスの席が決まった時、Oくんはぼくにすまなそうに言った。バスの中で気持ち悪くなって吐いたりしたらごめんね、と。


 その様子があまりにかわいそうだったので、ぼくはなんとかしてあげなきゃ、と思った。だから当日はビニール袋を用意してバスに乗った。そして憂鬱そうな顔で隣の席に座っているOくんにこう言ったのだ。


「気持ち悪くなっても大丈夫だよ。ほら、ぼくビニール袋を持って来たんだ」


 そしてOくんの前の席の背についているポケットにそのビニール袋を入れて、


「気持ち悪くなったらこの袋の中に吐くといいよ。目の前にあるからすぐ取り出せるでしょ」


 Oくんは驚いていたようだった。けれど、ほっとしたように表情を緩めたことを憶えている。


 そしてバスは発車したのだが、ぼくはOくんの乗り物酔いのことなどキレイに忘れて、ふつうにはしゃいでいた。そしてOくんとふざけあったり、おしゃべりしたりして行き帰りを楽しく過ごした。


 社会科見学を終えてバスが学校に戻った時、先生は忘れ物をしないように、と告げた。


 ぼくは何の気なしに座席のポケットから使わなかったビニール袋を回収して自分のカバンに入れた。それを見ていたOくんははっとして、「ぼく、酔わなかったよ」と言った。


 ぼくはにっこり笑って、「うん、よかったね」と答えた。Oくんはうれしそうに、「バスに乗って酔わなかったの、初めてだ」と言う。幸せそうなその笑みにぼくもうれしくなったのを憶えている。


 乗り物に酔いやすいOくんのことはクラスの皆が知っていた。嘔吐するOくんを嫌って、隣の席に座るのを皆嫌がっていた。


 けれどぼくは嫌がるどころかビニール袋まで用意して、吐いてもいいんだよ、と言ってあげたのだ。


 きっとOくんは気が楽になったのだろう。それだけではなく、バスに乗っている間中、おしゃべりしたりしてぼくと楽しく過ごせたのだ。リラックス出来たためにバスに酔わなかったのだろうと推測できる。


 だとしたら、もしかするとOくんにとってぼくは救いの天使だったのかもしれない。


 ところで当時のクラスには、ぼくの他にもイジメられている子が複数いた。


 一人はUくんという小柄な男の子で、いつも皆から臭いとか汚いと言われていた。何日も同じ服を着ていて、夏などは汗臭かったと記憶している。今思うと家が貧しかったのか、ネグレクトされていたのかもしれない。


 もう一人はDくんという男の子で、この子はぼく以上にのんびりしていて、何をやってもみんなよりワンテンポもツーテンポも遅くて、そのことでバカにされたりしていた。


 いずれにしてもスクールカーストの最下位の子たちで、当然のようにクラスの大多数からイジメられたり蔑ろにされたりしていた。クラスの一部の男の子たちからイジメられていたぼくは、彼らの事を“イジメられっ子”仲間だと思っていた。


 けれど、ぼくに対するイジメと彼らへのイジメは性質の違うものだったと思う。


 ぼくをイジメる男の子たちは楽しそうにしていたけれど、彼らに対しては嫌悪もあらわに「臭い」とか「グズ、のろま」と罵っていたのだ。


 もちろんぼくはそんな彼らをイジメたりはしなかった。一緒に遊んでいたし、差別したり悪口も言わなかった。


 ぼくは何も“お姫様”としてクラスの最底辺の子を憐れんで優しくしていたわけではない。同じイジメられっ子として共感していたのだ。


 UくんもDくんもいつも楽しそうにぼくと遊んでくれた。いまこうして振り返って見ても、二人の笑顔しか思い出すことが出来ない。


 これについてもこんな考察が出来ると思う。


 その時のぼくは自分が“お姫様”だなどとは夢にも思っていなかったから、普通に対等な友達のつもりで接していた。


 けれど、皆から“お姫様”であると見なされていたぼくのそうした態度や言葉は、彼らにとってどれほどうれしかったことだろう。心が救われる思いだったのではないだろうか。だからこそ彼らはぼくといる時はいつも笑顔だったのだと思う。


 放課後の教室でぼくのこと待っていてくれた男の子たちがいたと先に述べたが、この二人もその中にいたことを憶えている。


 ところで、はっきりとは記憶してはいないのだれど、ぼくは困っている子がいたら(男の子でも女の子でも)無意識に手助けしていたような気がする。


 だとすると僕の事を好意的に見ていた子がいても不思議ではない。ぼくがお姫様扱いされていたのは、なにも容姿や仕草だけでなく、こうした行いを自然にしていたからなのかも知れない。心優しい“お姫様”と思ってくれていたのでは、と今気づいた。


 けれど、それに相反する次のような記憶もあるのだ。


次回、Ⅲ-2「もしそうなら“ぼく”が悪い」 に続く

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