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Ⅱ-4.教室は“針のむしろ”


 あの学級会から数週間後のことだ。


 国語の授業で読書感想文を書く宿題があった。課題となったのは、女の子が飼っていた犬が看病の甲斐もなく病気で死んでしまう、という悲しい内容の物語だった。


 Sさんの感想文が良く書けているとのことで、自席で立って声に出して読むように先生から指示された。優等生だけあって彼女の感想文はきっちりとまとまった良い内容だったと思う。


 けれど、彼女が「女の子をかわいそうに思った」、と言った時のことだ。


 クラスの誰かが「はあっ?」と言ったのだ。その一言だけではない。ほぼ同時に別の子が「へっ」と鼻で笑う声も聞こえた。「ふーっ」という呆れたようなため息も聞こえた。


 その意味は明白で、「イジメをしていた癖に白々しい」という非難のブーイングだったのだと思う。誰が言ったのかは分からなかったが、全員男の子の声だった。


 Sさんはそのまま感想文を読み終えて椅子に座った。平然としているように見えたが、賢い彼女にブーイングの意味が分からないはずがない。


 ぼくの事が好きなクラスの一部の男の子たちにとって、Sさんは「ぼくらのお姫様」をイジメた悪人と見なされていたのではないだろうか。


 今思うと、もしかしたらSさんは男の子たちから陰でイジメられていたのかもしれない。


 ぼく自身はそんな場面は見たことがないし、当時はそんなことは考えもしなかった。でももし、男の子たちが彼女をイジメていたのだとしたら、それはぼくの知らないところで行われたと思う。


 つまり「ぼくらのお姫様」をこれ以上傷つけないために。


 だとしても、Sさんもそのことを先生に相談したりはしなかったろう。プライドの高い彼女のことだ。今度は自分がイジメられている、なんてことは口が裂けても言えないだろうと思う。


 そしてまたこんなことがあった。


 クラスに転校生がやってきた時のことだ。ストレートヘアで眼鏡をかけた女の子で、文学少女といった趣の物静かなかわいい子だった。教室にはいくつかの女の子の派閥というかグループがあり、彼女がどこのグループに入るのか女の子たちの間でちょっとした話題になっていた。


 そしてその転校生はあのイジメ三人娘のグループに入った。


 例によってぼくは三人娘には何の関心もなかったけれど、転校生の子とは少し話をしたことがあって、おなじ漫画家のファンだと分かったのでその動向には興味を持っていたのだ。


 ぼくは彼女が三人娘のグループに入っても気にせずに友達付き合いをしていた。マンガやアニメの話題でよくおしゃべりをしていた。


 ところがある時、クラスの女の子たちの陰口を偶然に聞いてしまった。


 イジメ三人娘たちのことを「何にも知らない転校生を騙して仲間にしたんだ」と吐き捨てるように言った女の子がいたのだ。まわりの子たちも、「ホントにねー」「やーね」などと相槌を打っていた。


 当時は、あの三人娘は女の子の間で嫌われているのかな、と思った程度だったけれど、今あらためて考えた結果、一つの可能性に思い当たった。


 ぼくはおとなしい男の子だったのでクラスの女の子たちと仲が良かった、と先に述べた。


 彼女たちはぼくが「他の男の子のように乱暴じゃないから」という理由でぼくを受け入れてくれていたようだ。そしてイジメ三人娘のSさんはぼくが「男の子らしくないから」というほぼ同じ理由でぼくをイジメていたのだ。


 だとするとクラスの大多数の女の子たちにとって、三人娘のぼくへのイジメは単に仲の良い男の子をイジメていた、というだけでは済まされない。ぼくへのイジメは、ある意味でクラスの女の子コミュニティへの敵対行為と見なされていたのではないかと思う。


 男の子たちよりも社会性を重視する女の子たちにとって、コミュニティの意向を否定するような三人娘の言動は許されない重大な罪と捉えられてもおかしくない。もしかしたら彼女たちはクラスの女の子たちから疎外されていたのではないだろうか。


 前に述べたように当時のぼくは三人娘たちへの関心を失っていたので、そんなことがあったとしてもまったく気づけなかったろう。


 だが、もしクラスの女の子たちからそうした仕打ちを受けていたとしたら、少しでも自分たちの仲間を増やすために転校生を取り込もうとするのは在りうる話だ。


 転校生の女の子についてはこんな事も思い出した。


 それは転校からひと月くらいたった頃だったと思う。学級会の時にT先生はその子にこう尋ねたのだ。


「もう学校には馴れましたか?」と。


 その質問に彼女はこう答えた。「はい。仲の良いお友達も出来ました」


 そして、その答えに対してT先生が言った言葉に教室は一瞬、ざわっとした。先生はこう言ったのだ。


「そう。でもいくら仲良くなったからって、その子の言うことをなんでも聞く必要はないのよ? 嫌なら嫌って言わなきゃダメよ」


 転校生がイジメ三人娘のグループに入ったと言うことは皆知っていた。そしてリーダーがSさんだということも。


 先生の言葉は、転校生に対して、“Sさんの言いなりになって誰かをイジメちゃダメよ”という意味にも取れるし、Sさんに対して“転校生にイジメをさせちゃダメよ”と牽制しているようにも聞こえた。


 そしてT先生は続けてこう付け加えたのだ。


「あなた(転校生)は頭の良い子だから分かっていると思うけど」と。


 このエピソードを思い出したとき、自分は次のようなことに気づいて一瞬、息が止まりそうになった。


 読書感想文のブーイングを見ても分かるように、Sさんはクラスの(ぼくの事が好きな)一部の男の子たちから嫌われていた。そしてそれ以外の男の子たちも彼女たちに好意的ではなかったと思う。


 そしてクラスの大部分の女の子たちからは女の子コミュニティの敵として爪はじきにされていたと考えられる。


 さらに担任教師からは、イジメなどの問題行動を起こす厄介な子、と認識されていたのではないだろうか。


 だとすると教室の中にはSさんの、そして三人娘の味方はほとんどいなかったことになる。彼女たちにとって教室は居心地の悪い、針のむしろも同然の場所だったのではないだろうか。


 特にSさんはつらい思いをしていたのではないだろうか。


 自分はこの過去へのマインド・トリップを辿るうち、Sさんの家族についていくつかの恐ろしい考察をするに至った。


 このことについて以降で述べることは想像まじりの推測だということを改めて断って置きたい。物的な証拠は何もない、ただの可能性に過ぎない、と言っておきたい。


次回、Ⅱ-5.彼女の“母親”と“弟”  に続く

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