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Ⅱ-3.“お姫様”いじめ


 Sさんがぼくをイジメた理由については、当時ぼくは母の見立てのとおり“勝ち気な女の子がのろまな男の子を嫌っていたから”だと思っていた。


 もちろんそれはそれで間違っていないとは思う。だが、ここまで考察してきた自分は別の観点からイジメの理由を考えてみた。


 Sさんには父親がいなかった、と先に述べた。


 父親というものは自分の娘をお姫様扱いして甘やかすものだ。もちろん世間には厳しい父親もいるだろう。それでも大方の父親は娘の事を特に大事にしてちやほやするものだ。


 けれど彼女の父親は離婚して今はいない。母親は男なんかに負けるなとお尻を叩いて勉強させるような厳しいひとだった。


 母親に言われた通り、彼女はクラスで一番か二番の成績を取っていた。そして教室では、“男なんてなにさ”という勝ち気な態度で男の子たちに接していた。


 男の子たちは敵対的な態度を取る彼女を敬遠していたし、少なくとも彼女の事をちやほやする男の子は一人もいなかったと記憶している(女の子たちがどう接していたのかは知らない)。


 Sさんは容姿の美しい女の子だった。勉強も出来る優等生だった。皆からちやほやされてクラスの女王になっても不思議ではなかったのに。


 彼女のことばを思い出してみる。


 ぼくをイジメた理由について「男の子らしくないのが嫌だった」と言った。ぼくをイジメている時には頻繁に「男の子のくせに」となじっていた。


 彼女はこう言いたかったのではないだろうか。「男の子のくせに、どうしてあんたなんかがお姫様扱いされてるのよ」と。


 彼女の目にはぼくはどう映っていたろうか。もしかしたら頭の良い彼女は、ぼくが一部の男の子たちから過剰に好かれていることに気づいて居たのかも知れない。


 よりによって男の子が、それも勉強も大してできない、何のとりえもないのろまなぼくが、彼女が求めても得れないお姫様扱いをされていたのだ。当たり前のように皆と楽しそうにニコニコしているぼくを毎日見なければならなかったのだ。


 彼女の嫉妬と羨望、そして絶望感は想像するのにあまりある。イジメたくなるのも理解できる。


 ここまで思い至った時、自分はあの学級会が終わった後のことを思い出した。


 あの日、Sさんたちが“断罪”された学級会の直後。休み時間になり担任教師が教室を出て行った後のことだ。教室の中はしんとしていて、なんとも言えない嫌な雰囲気になっていた。


 ただ、ぼくはその時、Sさんたちが叱られてしゅんとなっているのが愉快でたまらなかった。ウキウキしていたと言ってもいいくらいの良い気分になっていたのだ。


 そんなぼくにある男の子が近づいてきた。誰だったかは憶えていないけれど、それほど仲の良い子ではなかったと思う。その男の子はぼくの机の横にやって来て、こう言ったのだ。


「Kちゃん、大丈夫? みんなの前でイジメられていた、なんて言われて嫌じゃなかった?」


 ぼくのことを心配してそんなことを言ってくれたのだろう。きっとぼくが落ち込んでいると思って元気づけるつもりだったのだろうと思う。


 けれどぼくはすっかり愉快な気分になっていたので、満面の笑みを浮かべて、笑いを含んだ声で楽しそうにこう答えたのだ。


「ぜーんぜん平気だよ? ダイジョブ、気にしてないからー」


 虚勢を張って強がりで言っているのではないことは彼にも分かったのだろう。その男の子は戸惑ったように、


「え、あの・・・そうなんだ・・・うん」


 と答えたきり目を白黒させて固まってしまっていた。ぼくのリアクションが想像していたのとあまりに違ったために引いていたようだった。ぼくはそんな彼をニコニコと笑いながら見ていた。


 その時のぼくは、その男の子はぼくのことを心配して声を掛けてくれたのだろう、と単純に思っていた。


 けれどいま彼の言葉を改めて思い返して見ると、慰めの言葉にしては奇妙な点があることに気づいた。


みんなの前で(・・・・・・)イジメられていた、なんて言われて嫌じゃなかった?」


 その子はぼくがイジメられていたことではなく、そのイジメがクラスメートに公にされたことでぼくが傷つくことを心配していたのだ。


 このイジメは一年近く続いていたと記憶している。だとしたら、本当にクラスメートたちはイジメに気づいていなかったのだろうか。


 いくら人目につかないところでイジメていたとは言え、これだけの長期間、それも毎日のように行われていたのだ。クラスメートがイジメに気づく機会は、その期間に比例して多かったはずだ。そう考えて見ると、ある可能性に気づいた。


 もしかしたらクラスの一部(または大半)の生徒はこのイジメに気づいていたのではないだろうか。


 けれど、気づいたとしてもそれを先生に告発するのには勇気がいる。


 クラスの優等生を、しかも勝ち気なSさんを敵にまわすことになるのだ。イジメを告発することで自分が当事者になりかねないのだ。クラスメートたちは関わり合いになることを恐れて見て見ぬ振りをしていたのではないだろうか。


 だが、このイジメがあまりにも長期間に亘って行われたため、三人娘への反感と、ぼくに対する同情心から、先生に言いつける者が複数現れたとしてもおかしくない。


 その一人が新聞係りの女の子だったのではないかと推測できる。


 仮に彼女が自主的に記事を書いたのだとしても、新聞係りは複数人いたのだ。ただ一人のスタンドプレーとは思えない。なぜなら記事の作成は新聞係りが相談して決めていたのだ。


 だからあの記事は新聞係り全員の合意の上で書かれた可能性がある。この事からも複数の生徒がいじめに気づいており、そしてそれに対する義憤から行動に出たのではないか、という推測が成り立つ。


 そして学級会の後にぼくに声を掛けてくれた男の子。


 もしかしたらあの男の子は単独で先生に言いつけたのかもしれない。イジメをしているSさんたちを注意してほしい、とでも言ったのではなかったろうか。


 イジメについてクラスでは周知だったとしても、その男の子はなるだけ穏便に、ぼくがクラスのさらし者にならないように先生に頼んだのかもしれない。


 それなのに先生は学級会という公の場でSさんたちを詰問した。その男の子は自分の告げ口が原因でぼくがイジメられていることが明らかにされてしまったと思ったろう。


 先にも述べたが、彼はイジメそのものではなく、イジメが明らかになったことでぼくが傷つくことを気にしていたようだ。


 あんな言い方になったのも、自分の告発が原因でぼくをクラスのさらし者してしまったことへの後悔からなのかも知れない。だからこそ真っ先にぼくに声を掛けたのではないだろうか。


 先生にしてみても、当初はSさんたちを個別に叱るつもりでいたのかもしれない。


 しかし、男の子の告発と同時期に新聞係りが暴露記事を書いてきたため、クラス内でイジメが常態化している容易ならざる事態だと認識して、歯止めを掛けるために学級会で取り上げることにしたのかも知れない。


 そう考えると、あの学級会での突然の暴露と学級新聞の記事、そしてあの男の子の奇妙な慰めの言葉も辻褄が合うことになる。

 

 ところで、学級会があった時のぼくの席は、教室の真ん中当たりだった。そしてSさんの席は窓側の中ほどにあった。机四つ分くらいしか離れていなかったのだ。


 学級会の後、自分の席に居たぼくに男の子が「大丈夫?」と声を掛けた時、Sさんがどこに居たのかは憶えていない。


 休み時間になるのと同時に席を立ったりしたら、逃げ出したと思われてしまうのではないか、と勝ち気な性格の彼女なら考えそうだ。


 だから平静を装ってすぐには席を立たなかったのではと想像している。そしてもしSさんが席にいたなら、ぼくらの会話は聞こえていたはずなのだ。


 先ほどの考察で、Sさんはお姫様扱いされているぼくの事が気に入らなくてイジメていたらしい、と述べた。もしそうならぼくが男の子に気を遣われているのを見るのはさぞ不愉快だったろう。


 そしてぼくが屈託のない様子で「ぜーんぜん平気だよ」と答えているのを聞いてしまったとしたら。


 あの時ぼくが落ち込んだり、気に病んでいる様子を見せたりしたら、彼女もある程度は気が済んだかも知れない。けれど楽しそうに受け答えしているぼくをみて、あれほどイジメてやったのにどうして平気なんだ、どうして落ち込んでいないんだ、と愕然としたのではないだろうか。


 たとえ学級会の直後のぼくらの会話を聞いていなかったとしても、一連の出来事はSさんにとって相当ショックだったろうと推察できる。


 それまでは優等生として先生に褒められていたSさんが教室で立たされ、クラスメートの面前で先生に叱られたのだ。プライドの高い彼女にとってこれ以上の屈辱はなかったろう。


 そしてその後のぼくはと言えば、特に気にした様子もなく何事もなかったかのようにクラスメートと毎日を楽しく過ごしていた。


 イジメられたぼくはノーダメージなのに、イジメた彼女には大きなマイナスダメージとなったのだ。ほとんど彼女の一人負けといっていい結果になったのだ。


 そのことに気づいた時、Sさんの心は折れてしまったのではないだろうか。


 それがあの後、Sさんがイジメを止めた本当の理由ではなかったろうか、と思っている。


 さて、当時のぼくにとってSさんからのイジメはここで終わっていた。学級会以後はもうSさんには何の関心もなくなっていた。


 だが今回、Sさんのイジメ事件の後に何が起きたのか、いや、陰で何が起きていたのかを推察できるいくつかの断片的な出来事を思い出してしまった。


 ぼくにとっては終わっていたあのイジメ事件は、Sさんにとってはまだ終わっていなかった可能性があるのだ。その余波とも言うべきものが続いていたのではないか。次に紹介するエピソードの記憶をそう信ずる根拠としてあげたい。


次回、Ⅱ-4. 教室は“針のむしろ”  に続く

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