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序章 蘇る“思い出” ―“Memories”―


 あんなことが無ければ思い出さなかったろう。


 あんなこと・・・コロナ禍による外出自粛と自宅待機のことだ。思いもかけず無為な時間が得られたあの日々に、私は自分の過去を顧みることにしたのだ。


 プルーストの「失われた時を求めて」を意識しなかったと言ったら嘘になるだろう。ある日、紅茶に浸したマドレーヌを食べたことで過去への連想の旅に出たというあの物語を(私の場合はコーヒーとビスケットだった)。


 現在の自分を起点に過去へ過去へと記憶を遡るマインド・トリップ。これまでの仕事のこと、就職活動のこと、学生時代のあれやこれや。家族や友達との思い出たち。


 楽しいことも辛いことも、コロナ禍の焦燥の日々からみれば皆懐かしく、後悔と悔恨の念さえ穏やかに思い起こすことが出来た。


 そうして記憶を辿り小学校低学年の頃にまでたどり着いた時、ある一つの記憶、当時の自分には理解できなかったあるエピソードを思い出した。


 そしてその一つのエピソードから、いくつもの断片的なエピソードを連鎖的に思い出したのだ。それらを大人の視点で見直した時、自分の子ども時代がそれまで思っていたような平凡な日々ではなかったことに気付いたのだ。


 これから語ることは自分の主観的な思い出だけを根拠にしている。当然、記憶違いや思い違いもあるだろうし、状況証拠しか提示することが出来ない。


 けれど「オリエント急行殺人事件」で物的証拠に拘泥せずにポワロが推理してみせたように、矛盾なく一つのストーリーが成り立つならそれを真実と信じても良いのではないだろうか。


 主題のひとつにイジメがある。


 これは自分がイジメられていた理由に納得のいく説明がついたことに、あたかもミステリー小説の終盤で探偵が鮮やかに謎を解いて見せた時のような爽快感を感じたのであえて書くことにした。不快に感じられる方もいらっしゃると思うが、いま現在もイジメで悩む子どもたち、大人たちの参考になればと思っている。


 複数の人間のプライバシーに関わる話になるので、個人が特定できるような部分については暈してある。


 名前もイニシャルで表記しているが、人によって姓だったり名だったりしている(姓に限定すると複数人が重複してしまうため)。ちなみに私自身のことは『K』としている。これは当時の私のあだ名の頭文字から取ったもので、「K・・ちゃん」とか「K・・くん」と呼ばれていたのだ。


 なお以降の文章で主に一人称として“ぼく”としているのは、子どもだった当時の視点で描きたかったからだ。もちろん現在の大人としての視点からの考察も含まれるので、その部分の一人称は“自分”としている。読者諸氏は混乱されるかも知れないがお許し願いたい。


 以下は少年時代の“ぼく”の話だ。


 小学校の低学年から中学年(小1~4)にかけての、ほんの小さな子どもだった頃の。

 子どもは無垢だなどと大人は言いがちだけど、子どもには子どもなりの悪意や嫉妬があるのだ。


次回、Ⅰ.男の子たち ―Boys― 

    Ⅰ-1.夏祭りの“お兄さん”  に続く

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