9. 後始末
ドアをノックをすると、すぐに「入ってくれ」と部屋の主が応じる。
「忙しいところを呼び立ててすまんな、メイ」
「いえ、旦那様。ご用件はなんでしょう?」
ツィーガル辺境伯アシュフォード・マッティは執務用の机から離れ、応接セットのソファーにどさりと腰を下ろす。
「クライスたちの尋問の結果を、君にも共有しておこうと思ってな。座ってくれ」
「はい」
メイが向かいに座ると、彼は考えをまとめるように少し間を置く。
「やつらの実行犯のリーダーはクライスだった。俺に一番近い立場にいたということで、現場の司令塔役を果たしていたようだな」
彼は先代の頃からの側近だった。ボロッサの出自とはいえ、マッティ家への私怨はなかったという。高給の仕事と安定した生活を捨ててまで凶行に手を染めるに至った動機は別にあった。
「一度目の襲撃で狙ったのはセシアとクロフレッド……二人を誘拐して俺を切り崩そうという算段だったようだが、間一髪でクロが阻止してくれた。間を置かず二度目の襲撃を急いだのは、君が屋敷に戻ってくるより早く決着をつけたかったからだな」
何年ぶりかの里帰り――両親には「もう少しいれば」とさんざん引き留められたが、これ以上坊ちゃまのにおいを嗅がずにいると窒息してしまいそうだったので、当初の予定を繰り上げてツィーガルへ戻ることにした。
馬車で三日の距離を半日で踏破した。道中のトラブルさえなければ(魔物に襲われていた老夫婦を助けたり、身の程知らずの野盗グループを壊滅させたりなど)もっと早く帰れただろう。
「言われてみれば、私に里帰りを勧めてきたのはあの人でしたね」
「ああ、そもそもそこから計画が始まっていたということだな」
ただ……一度は固辞した里帰りを一番ゴリ押ししてきたのは、メイの主であるクロフレッドだった。「行ってきなよー行ったほうがいいよーお父さんお母さんも会いたがってるよー」と事あるごとに提案してきたものだった。
そんなことを言って、この坊ちゃまは私を試しているに違いない。本当に実家に帰ったら寂しくてたまらないくせに。そう思ってメイは一生べったりそばにいてやろうとかたく誓ったものだったが、
――いったん距離を置くことで、改めてお互いの大切さを思い知る……そういうこともあるかもしれませんね。
そんなクライスからのアドバイスを受けて、結局里帰りを決めることになったのだ。まんまとしてやられたわけだ。
(私の坊ちゃまを想う気持ちを利用するとは)
「首を刎ねておけばよかった……」
「いや、それには及ばんよ」
「?」
「……クライスは死んだよ、今日」
執務室に冷たい沈黙が下りる。アシュフォードの目に宿る感情は、怒りとも悲しみともつかない。
「何者かによる暗殺ですか? それとも自害?」
「どちらでもない。精神操作系の魔法を使える者が到着して、尋問でクライスの言っていた〝首謀者〟について吐かせようとしたんだが……魔法にかかってしゃべりだしたとたん、急に喉を押さえて苦しみだした。俺もその場に立ち会っていたんだが、やつの口の中になにかしらの魔力光の反応のようなものを見た……そのまま窒息死だ」
「その精神操作系の魔法のせいではないのですね?」
「ああ、他の魔法使いも立ち会っていたからな。その可能性はない」
「では……」
「事前になんらかの口封じの魔法をかけられていた、ということだ。おそらく件の首謀者とやらがかけたんだろう、自分に辿り着かせないようにするためにな」
アシュフォードはソファーの背もたれにどかっともたれこむ。
「クロたちを襲ったミセッリという魔法使いを含め、捕らえた下っ端たちのほうは『今回の計画のサポートや資金提供などをしてくれる人物がいる』程度の認識しか持っていなかった。やつらにはその口封じの魔法はかかっていなかったし、窓口はクライスのみだったようだな」
「そのような人物について、心当たりはありますか?」
「……法国のやつらしか考えられんな、可能性としてはだが」
ギルメイン法国――ツィーガル領と国境を接する北の魔法国家。小国ながら魔法研究が盛んであり、優秀な魔法使いを多数輩出してきた。歴史上幾度となくこの大陸北方をめぐって帝国と争ってきた。
「法国の工作員が、ボロッサの連中を焚きつけてテロを起こさせた、と?」
「やつらならクライスの出自について調べていたとしてもおかしくはないが……少なくとも今はそういう時期じゃない、国内のゴタゴタでそれどころじゃないはずだからな。だが……他に心当たりがないのも事実だ」
メイは口に手を当て、しばらく思考に耽ける。
「……坊ちゃまが仕留めたという幻獣の件は、なにかおわかりになりましたか?」
幻獣、百足山羊――メイも話に聞いたことはある。A級冒険者がパーティーがかりで相手どるような怪物だ。
「衛兵の報告では、百足山羊は突然東門の前に現れたんですよね?」
「ああ。如何に夜とはいえ、あれほどのデカブツの接近に見張りが一切気づかないなんてことはありえない。気づいたら目の前にいた、とあいつらはそう言っていたよ」
「そして街中へ侵入して大暴れし、坊ちゃまに仕留められた。のちに間もなく、魔素の粒子へと霧散した」
「大勢がそれを目撃していた。何者かが魔法で幻獣を召喚して暴れさせたことは間違いないだろう。そしてその魔法使いはおそらく……この街に潜んでいたはずだ」
「私は魔法には明るくありませんが、百足山羊ほどの強力な幻獣を召喚するには、それこそ魔法師協会でいうA級……いやS級並みの魔力が必要になると思われます」
「ああ、街の魔法使いたちの見解も同じだ」
幻獣の召喚魔法は使い手が少ない。わざわざダンジョンを潜って幻界に行くのは大変だし、それなら通常の魔法を習得するほうが遥かにコスパがいいからだ。メイの知る召喚魔法使いは(とある一人の規格外を除けば)強い幻獣と契約している者はいなかった。
「それも、首謀者側の仕業、でしょうか?」
「そいつが組織だとするなら、そう考えるのが自然かもな」
アシュフォードは目頭を指で揉みほぐす。心労も疲労もだいぶ溜まっているようだ。
「統治者としては頭が痛いよ、厄介な敵に目をつけられたものだ。それを退けたうちの倅も大したもんだが」
「そうですね、教育係としても誇らしいです」
「ずいぶんときなくさいことになってきたが……君と交わした契約は、あくまでクロフレッドを守ることだ。この街や俺たちの命は……そこに含まれてはいない」
「……二者択一のような状況ともなれば、なにがあろうとも坊ちゃまを最優先にするつもりです」
メイは、必要がなければ言葉を偽らない。相手の地位などはその必要条件にはならない。
「ああ、わかっている」
「ですが、坊ちゃまが愛するこの街や旦那様方を守るために最善を尽くすことは、必ずしも契約に背くものではありません」
「はは、そう言ってもらえると心強いな。ただ……領主じゃなく父親として言わせてもらう」
アシュフォードは膝に手を置き――小さく頭を下げる。
「息子を、頼む」
政治に疎いメイだが、為政者が滅多なことではそうするものではないということくらいは理解している。これは政治ではなく、家族の話なのだ。
「かしこまりました。命に代えてもお守りすると誓いましょう……ぼそっ(お義父様)」
「ん? なんて?」
「ちなみに今回の話、坊ちゃまにも共有なさるおつもりでしょうか?」
「まあ、折を見てあいつにも話すつもりだが……ちょっと時間を置いたほうがいいかもな。あいつもいろいろと考えることも多いだろうし、魔法学校のこととかも」
「……そうですね」
メイは、ちらりとドアのほうを見た。聞き耳をたてていた気配がちょうど逃げていくところだった。
だいたい1話3000~4000字くらいに押さえたくて、そうすると結構分割になりがちです。今回は3000文字でした。
続きはまた夜頃。