8. 魔法鑑定士②
「……ぐぐっ……!」
「ゴホッ……!」
念力の翼と石人形の腕ががっちりと組み合い、互いに押し合っている。さながら手四つで力くらべをする格闘家のように。
(じゅ、重機かよ……!)
ガリガ・リンクソン氏、B級魔法師。この華奢な男の魔法がこれほどまでに怪力だとは。
二人の足下の地面がビキッ! とひび割れる。空気がミシミシと軋んでいる。気を抜けば押し切られかねないほどの圧力をクロはひしひしと感じている。
「わ、私は……ゴホッ……幼い頃から、ずっとこんな身体で……」
リンクソン氏も、押され負けまいとするように前屈みの姿勢でこらえている。
「季節の変わり目なんかは、必ず体調を崩して……同い年の友だちにも、十年絶食したゴブリン以下ってからかわれて……本当は、魔法使いより、マッチョな戦士に憧れて……ゴホッ……」
無機質な石人形の腕――そこから繋がるクロにも、伝わってくるものがある。
「だけど、魔法学校に入って……この剛腕力士魔法を編み出しました……私の中にある信念は、誰よりもデカく……誰よりもマッチョだと……証明するために……!」
その強い意志が。強く在らんとする熱意が。
「これは、力試しの場です……あなたの魔法を、ゴホッ……その全部を、私に……!」
「…………」
二人の踏ん張りがさらに強まり、地面の亀裂がさらに広がっていく。借り物の場所だということは考えないようにする。
「……なんで、笑っているのですか……?」
「……いや、なんでも」
――懐かしくなったのだ。
前世の実験体の中で最強の怪力を誇った55号ゴジラ。その能力と外見に似つかわしい脳筋愚直な熱男で、真逆な性格のサイだったが不思議と馬が合った。
親友と呼べる一人だった。能力を競い合ったライバルでもあった。
当然ながら生身では蟻と象で勝負にならなかった。だが念力ありきの力くらべなら、二人でいくつもの訓練施設をダメにしながら――サイは一度として遅れをとることはなかった。
「いつか絶対お前に勝つんだからな! それまで絶対誰にも力負けすんなよ! ――」
勝負のあとの彼の口癖が、クロの脳裏に甦る。子どもみたいに半べその泣き笑いを浮かべる彼の表情も――。
(……ああ、ゴジラ)
クロは足を一歩前に踏み出す。
(負けないよ、俺は)
二人の圧による破砕が、周囲の壁や建物にまで伝播していく。
そして、石人形も――ビギッ、とその腕に亀裂が走る。
「ぐっ……ううう……!」
自身にも影響があるのか、リンクソン氏が一歩後ろに下がる。
(ゴジラ……お前のほうが強いよ、本場の魔法使いよりな)
「がぁああああっ!!」
前世の親友を真似るかのように、クロは獣じみた咆哮をあげる。
青い羽が石人形をねじ伏せ、押し倒す。ダァンッ!! と空気が破裂したかのような衝撃波があたりを薙ぎ払い、リンクソン氏の身体も地面に投げ出される。
「ぐっ、ゴホッゴホッ……さすがです、クロフレッド様……ナイス、マッチョ……!」
うつ伏せの彼の頭上に、クロは手を差し伸べる。
「リンクソンさんも……ナイスマッチョでした」
握手を交わす二人が、殺気を感じて振り返る。そこには鬼のように髪をボサボサにしたマッティ夫妻が立っている。
役割を終えたマッチョ石像がさらさらと塵に還っていく。これは魔素の塵か、とすると石人形は魔力による造形物ということか。さすがは魔法。
「――いやはや、うちのリンクソンを負かすとは……単純な力勝負なら帝都の協会でも屈指の者ですが……」
さっきの衝撃波で小石でも当たったのか、アザラ氏の眼鏡がひび割れている。正座させられたクロとリンクソン氏は子犬のように反省するしかない。
「坊ちゃま……先ほどお見せいただいた魔法、魔力そのものに物理的な干渉力を持たせ、手足のように扱っているようにお見受けしましたが、いかがでしょうか?」
「あ、はい……そんな感じかもしれません」
念動力の原理としては合っている。さすがの観察眼だ。
「強いて相似例を挙げるならば、基礎魔法の物体操作魔法に似ておりますな。出力や操作性は並のそれではありませんでしたが。坊ちゃまは基礎魔法の習得訓練をしたことがない、ということでしたな?」
「はい。こないだ頭を打って、気づいたらできました。逆に言うとこれしかできないんですけど」
「ふむふ……頭を打って強力な魔法の力に目覚めた、しかも青い魔力光と……まさに前代未聞ですな」
「私も……今までに味わったことのないマッチョでした」とリンクソン氏。
「となると……儂の見立てもそう荒唐無稽なものではないかもしれませんな」
「どういう意味ですか? さっきはわからないって……」
こほん、と気をとり直すように咳払いするアザラ氏。
「先ほどの坊ちゃまの魔法……それは、源流魔法に近いものではないかと推察しますな」
「「「源流魔法?」」」とマッティ家が口を揃える。
「その話をする前に、まずは魔法学校で新入生に聞かせるのと同じ講義をせねばならんのですが、よろしいですかな?」
テーブルセットはメイの手であっという間に立て直され、そこにクロたちも着席する。リンクソン氏は一歩引いて持参した牛乳とバナナを摂取している。
「さて……みなさん、ここになにがありますかな?」
「「「?」」」
空を撫でるように手を振ってみせるアザラ氏。
「なにとは……なにもないが?」と父。
「空気、とか?」とクロ。
「魔素、ですか?」と母。
「ほほっ。旦那様も坊ちゃまも間違いではありませんが、それこそ私が望んだ回答ですな、奥様」
少し気恥ずかしそうにする母。
「魔素とは、遍くこの世界を構成する元素の一つ。空気や水のように至るところに在り、あらゆる自然の営みに調和をもたらす、まさに神の与え給うた見えざる手……こほん、というのは聖杯教の説教じみた言いかたでしたな」
聖杯教とはこの大陸で最も影響力を持つ宗教であり、帝国の国教でもある。
「あらゆる生命は酸素や水を摂取するように、自然と魔素をその体内に蓄えております。それを魔力というエネルギーに変換して引き起こされる事象を魔法と呼ぶのですな。一般的に魔法とは二種類に分けられます、基礎魔法と上級魔法ですな」
アザラ氏の口調がしだいに熱を帯びていく。クッキーをかじりながら聞き入るマッティ家+早くも掃除を終えたメイ。リンクソン氏は疲弊しきった顔で持参したバナナをもそもそ食べている。
「クロフレッド様の魔法は、見る者が見れば上級魔法に位置するものと類推されるでしょう。上級魔法とは基礎魔法から派生させた強力な魔法です。たとえばリンクソンくんの剛腕力士魔法は、土石魔法や物質化魔法、それに身体強化魔法の要素も組み合わされておりますな」
「仰るとおりです、ゴホッ……」
「先人の魔法に倣うこともあれば、まっさらから独自に開発することもできる、いわばその人だけの必殺技のようなものですな。坊ちゃまの魔法についても、並みの鑑定士であれば物体操作魔法から派生した上級魔法と認定するやもしれませんが……私には上級魔法ではなく基礎魔法、あるいはもっと根源的なものと感じられたのですな」
「根源的?」
バリボリ。
「基礎魔法とは文字どおり、すべての魔法使いにとって基礎的で汎用的な魔力の技術体系ですな。火、水、風、土の四大属性に魔力の性質や形質の変化……有名なのは光弾魔法や光盾魔法、手当魔法や照明魔法なども日常に馴染みの深い魔法ですな」
どれも母が使うのを見たことがある。はしゃぎすぎて膝をすりむいたときなどは「痛いの痛いの、消し飛べ~」と手当魔法で治してもらったものだ。
「基礎魔法の研究の歴史は、まさに人類の魔法研究の発展の流れ。幾星霜を経て洗練されてきた効率的で画一的な魔法技術、上級魔法へと至る先達の礎……それは裏を返せば、人類社会が老成する中で身につけざるを得なかった常識という名の枷とも言えるのですな」
「枷……」
ボリ……。
「しかし太古の昔、それこそ聖杯教が生まれる以前の『原初の魔法使い』の時代……彼らはその有り余る魔力をエネルギーの奔流として想像と願いのままに、自由自在に操ったといいますな。それこそが〝源流魔法〟と呼ばれる『形のない魔法』だったのですな」
「形のない……魔法……」
ボリ……ボリ……。
「しかし、先生……」とリンクソン氏。「私も文献で読んだ限りですが……それは現代の人類では再現不可能と呼ばれる魔法では……」
「確かに……だが、先ほどのクロフレッド様の魔法……膨大な魔力を自身の身体の一部のように操り、重たい丸太をハチドリのごとく高速で自由自在に動かし、そしてリンクソンくんの魔法を正面から受け止めてみせた。お伽話でしか知るはずのない源流魔法の姿を垣間見た気がして……年甲斐もなく少々胸が躍ってしまいました。クロフレッド様の類稀なる才能は疑う余地なしですな、ほほほ」
アザラ氏が喉を潤すために紅茶を飲み、その間にマッティ家は彼の言葉を咀嚼する。数秒の沈黙を、遠くの小鳥のさえずりが埋める。
「あの、アザラ様」と母。「垣間見た気がした、と仰りましたが……それが鑑定魔法の結果ということですか?」
「ええ、まあ……その……」
急に口が重くなるアザラ氏。
「私の上級魔法、千智鑑定魔法は相手に直に触れることでその魔力量や潜在能力、行使できる魔法の特徴まで把握することができますな。それによるクロフレッド様の鑑定結果は……魔力は人並み、魔法はなにも見えない、というものでした」
「「え?」」と父母。
(まずい)
「このフェルディナンド・アザラ、五十年の鑑定士人生において、これほど見通せなかったことは初めてでした。それすなわち、クロフレッド様の魔力の異質さを物語っており、この矮小な老人ごときには計り知れない器を秘めている、ということはないですかな、と……」
「そんな、先生ですら見通せないとは……ゴホッ……」
「あるいはまったく別の……限りなく魔法に近い別の力……というようなことも考えましたが……いやはや、さすがにそれは妄想がすぎますかな、ほほほ」
「あははははは(棒)」
背中の汗が滝のように止めどないクロ。気まずさ全開だが――しかしこれで、はっきりしたことが一つある。
クロの使う念力は魔力とは別物で、念動力は魔法とは別物ということだ。
あるいはこの世界が〝窓〟の内側で、超能力は魔法と同質のものなのでは、というクロの推測は外れだった。
(この世界も……〝窓〟の外側ってことなのかな?)
そういう意味では今回の鑑定、八百屋に肉の良し悪しを見てくれと頼んだようなものなので、やはり少し申し訳なく思うクロ。こんなことでアザラ氏の経歴に傷がついたりしなければいいが。
「そうか……正直まだよくわからんことばかりだが、クロの才能は本物だったと……それもそうだな、俺の命ばかりかこの街を救った英雄に違いないからな!」
「そうね……私も助けてもらったもの」
父にがばっと肩を抱かれ、母にそっと手を握られる。二人ともひとまず納得してくれたようだ。
「えほん」とアザラ氏。「鑑定士としては誠に不本意な仕事で大変恐縮ではありますが、『詳細は鑑定不能、しかしその力は本物』という鑑定結果とともに、先ほど申し上げた推論を添えて提出させていただきますな。それと、こちら……」
懐から丸めた羊皮紙をとり出すアザラ氏。
「エルミィス魔法学園の入学願書です。クロフレッド様は十二歳になったばかりということで、ちょうど次年度の入学年齢ですし、しかも入学式は来月と、これまた絶好のタイミングですからな。ほほほ」
「それはいいですね、ゴホゴホ……」とリンクソン氏。「かくいう私も、かつてアザラ先生に推薦をいただき、エルミィスに入学することができたのです。帝国一とも呼び声高い名門校ですから、きっとクロフレッド様の才能をさらに伸ばしていけますよ」
「……え……?」
エルミィス、魔法学園――。
「……僕、学校通うの……!?」
タイトル模索中なのでどうぞブクマを。。。