73. 決勝戦
「やれやれ……がっかりだな。その程度の分別も持ち合わせていなかったとは。せっかく目をかけてやっていたというのに」
ウェルズはすでに勝ちを確信しているようだ。
「……僕が、背負っているものを……わかられてたまるか、あなたなんかに……」
「なに?」
ポクハムは頭を上げ、その杖の先を、
「僕は、負けない……なぜなら……僕が勝つからだ!」
床に向ける。
「っ――」
ボォンッ!!
床が、爆ぜた。灰色の煙がもうもうと垂れ込める。
「うおっ、ゲホッ」
「坊ちゃま、もう一歩お下がりください」
「これ、なにが……?」
「ポクハムくんは綿密に準備をしていたようですね。水面下、もとい地面下で」
「煙を、仕込んでたのか……この床の下に……」
床は石材の上に大理石のパネルを敷き詰めたものだ。おそらくはその隙間に、自身の煙を少しずつ蓄積させていたのだ。
あれだけのウェルズの猛攻を凌ぎながら、この瞬間のために、一発逆転の目に賭けて。
(……くそ、かっけーじゃん)
直撃だ。間違いなくガードは間に合わなかった。これなら――
「――だから言っただろう、身のほどを知れと。いや、言ってなかったか?」
「……マジかよ」
ウェルズが、浮いている。
椅子に座って足を組むような姿勢のまま、天井近くにふわふわと。
「……くそっ……」
唇を噛むポクハム。
(浮遊魔法か)
回避が間に合ったのか、あのタイミングで。ありえない、事前に警戒していなければ――
「全部見えていたよ、お前の小細工もな。神託魔法――すべてが無意味だ、神のお告げを受けし者の前ではな」
「…………!」
その瞳がギラリと黄金色に光る――あれが、ウェルズの上級魔法か。
「さて、青ざめた顔色、戻らない呼吸……魔力の枯渇が近いようだな。万策尽きたといったところか」
膝に手をついたままうなだれるポクハム。丸い背中が激しく上下している。
「僕は……まだ……っ」
言葉が途切れ、そのままドサリと倒れ落ちる。まだ意識はあるようだが……起き上がれない。
「……そこまで! 勝者、グリン・ウェルズ!」
デビッサ氏の宣言に、クロはぐっと目を閉じる。
「ふん、身の丈に合わない挑戦ではあったが、その価値はあったな。よくやった、ポクハム」
ブニャブニャとマンドラゴーレムに運ばれていくポクハムに、ウェルズは前髪を掻き上げながら労いの言葉をかける。
「それでは……五分間の休憩ののち、決勝戦を行ないます」
懐中時計を見ながらデビッサ氏が言う。
「クロフレッド・マッティ、グリン・ウェルズ……両者の一戦により、今回の獣鎮めの子を選定します。いずれも悔いのなきよう、全校生徒の代表にふさわしい戦いを期待しています」
「はい」
「はい」
クロはまっすぐに睨みつけながら、ウェルズは髪を掻き上げながら答えた。
***
五分の休憩、というのは連戦になるウェルズへの配慮だろう。
クロとしても異論はない。その間に、先ほどのポクハム×ウェルズ戦から頭の中で情報のおさらいをしておく。
(ポクハムには悪いけど、まだ本気を出してはいない感じだったな)
光弾魔法などの攻撃魔法のキレはグスマンと同等以上と見ていいだろう。
あそこからどこまで調子を上げられるのか……というのは重要ではない。仮に手数や威力が倍になったとしても、それでもクロの念力の装甲を破るほどにはならない。
(気になるのは、もっと別のことだ)
ポクハムの煙の魔法は決して悪くなかった。それを一切寄せつけなかった回避性能――おそらくウェルズの真骨頂はそちらだ。
(神託魔法……って言ってたっけ)
あれが次戦のためのブラフという高度な餌蒔きでなければ、あの回避性能の正体こそその上級魔法ということだ。
どういうカラクリなのか――いや、今の材料では考えても答えは出ないだろう。
(それなら、攻めるだけだな)
あちらが「当てづらい」なら、クロは「当たってもびくともしない」だ。
過度な消耗戦にでもならない限り(あちらの燃費がゼロでもなければ)、負けるイメージは湧かない。
(ポクハム、お前の仇は討ってやるぞ)
彼はというと――意識はあるようで、広間の隅でマリィとマンドラゴーレムたちに付き添われて休憩している。特に怪我もなさそうだ。
「うっし、そろそろかな」
「一教師としては一方への肩入れはご法度ですが……ご武運を、坊ちゃま」
「うん、任せて」
コキコキと首や拳を鳴らしながら、クロは前に出る。
「それでは時間です。両者――……?」
ウェルズは、まだ前に出てこない。
「……ウェルズくん?」
デビッサ氏が呼びかけても、ウェルズはそっぽを向いている。なにやら片耳を押さえている。
「ウェルズくん、時間ですよ? こちらへ――」
と、
「――そこまでだ」
すいません次回ちょっと時間頂戴します。




