7. 魔法鑑定士①
「うーむ……ふーむ……」
「…………」
かれこれ小一時間、クロは小柄な老人にてのひらをこねくり回されている。
いよいよやってきた帝都の魔法鑑定士、その名はフェルディナンド・アザラ。白髪頭に口髭も真っ白、小さなとんがり帽子をちょこんとかぶり、ぶかぶかの黒いローブを羽織った温厚そうな老人だ。
対面の挨拶もほどほどに護衛兵の屋外訓練場へとクロを連れ出し、こうして二人で地べたに座り込み、ほぼ無言のままお触りし放題が続いている。
少し離れたところで両親はテーブルセットを出してイチャコラお茶会としけこみ(途中で飽きたらしい)、メイは直立不動で鑑定士を親の仇のごとく睨みつけている。当のクロは眠気を我慢するのに必死だ。
「………………よし」
アザラ氏が手を離すと、半ば朦朧としていたクロはびくっと頭を上げる。
「あ、あの……なにか……?」
「ん? ええ、わかりましたな」
「なにがですか?」
「わからない、ということがですな。ほほほ」
「は?」
アザラ氏は立ち上がってローブについた埃を払い、すたすたとクロから離れていく。
「ではクロフレッド様、魔法を見せてくだされな」
「え? 今?」
「はい。あなたの得意な魔法をですな」
いざなんでもいいと言われると困るが、父と母は目をキラキラさせながら見ているし、メイの視線にはむしろ敵の隙を見逃すまいという鋭さを感じる。
「……じゃあ」
すっと手を持ち上げ、念力をこめる。かざした先には屋敷の補修に使うと思われる丸太、それらが見えない鋼線で吊り上げられるかのように浮かび上がる。
「おお……これがお噂の、青い魔力……!」
続いてクロはその手を左右に振る。すると丸太が空中でビュンビュンと交錯するように反復横飛び。手振りそのものは必須ではないが、そのほうが念動力を使う上でより操作の精密さが増すのだ。
(上上、下下、左右、左右……)
ハチドリのように空中で暴れ回る丸太に、鑑定士は「ほお、おおお……!」と頭を庇いつつ感嘆している。
「父上」
「なんだ?」
「この丸太、一本いただいてもいいですか?」
「構わん。好きしろ」
「ありがとうございます」
一本を除いて他の丸太を元の場所にドカッと落とす。
「メイ、ナイフ持ってる?」
「はい、このとおり」
メイはナイフを抜くとき、忍ばせている場所を一切悟らせない。つまり気づいたらナイフを手に持っている(考えると恐ろしいことだが)。
彼女はそれの柄尻の輪に指をかけてくるくると回す。握る指に合わせて窪んだ把手に半月のように沿った鋭い刃――カランビットナイフ、前世で南亜諸国連合の遊撃歩兵が使っていた得物とよく似ている。
「借りるね」
「どうぞ」
ふわりとメイの手からナイフが離れ、ビュンッ! と矢のように一直線に丸太へと向かう。
ザシュッッ! ザシュッ! と子気味のいい音とともに丸太が切り刻まれていく。
「ひゃっ! しゅ、しゅごいっ!!」
「先生こちらへ……ゴホゴホッ……」
ぱらぱらと木片が降り落ち、感嘆するアザラ氏を付き人の男が後ろに下がらせる。
丸太がどんどん小さくなっていく。ナイフのほうに強い念力を纏わせて切れ味を上げている――のもあるが、そもそもこのナイフが怖いほどに鋭利すぎる。明らかにそのへんで売っている代物ではない。
(ちょっと懐かしいな、こういうの)
こういった幼児の手遊びのような作業を、研究所の超能力訓練で幾度となくやらされたものだった。手を変え品を変え、使用者の想像性を刺激することで能力の幅を広げたりする、いわば絵描きの落書きのような訓練だ。
やがて、ドサッと着地した丸太の成れ果ては――
「ゴブリンか?」と父。
「いやだわあなた、これはグールよ」と母。
「猫です」とクロ。
木彫りの像。寸胴から生えた丸太のような無骨な四肢、ただ丸いだけの頭部に尖った耳――猫以外のなんだというのだ。
「いいえ、これは猫ではありません。私です」とメイ。
「猫だって」
「いやはや……ほほ、驚きましたな……」
やれやれという風にハンカチで汗を拭うアザラ氏。
「青い魔力……かれこれ幾千もの魔法使いを鑑定して参りましたが、異色の魔力をこの目で見るのは初めてですな」
一般的な魔法使いの魔力光は金色――この世界では非魔法使いでも常識だ。
「鑑定士殿、そんなにも珍しいものですか?」と父。「通常と違うとは言えど、肌色や髪色だって人の個性とは千差万別ではありませんか。かく言う我が妻の霊峰を覆いし雪のごとき白銀色の美髪は大陸広しと言えども――」
「あなたは黙ってましょうね」
「異色の魔力を持つ者は漏れなく天賦の才を持ち、歴史に名を残す偉業を成し遂げた人物ばかりと言われておりますな。当世の魔法師協会では一人として確認されておりませんが……」
「となると……うちのクロフレッドもまた、そういった傑物たちに並ぶ逸材であると?」
父は嬉しそうというかわくわくしていそうだが、話が大きくなってきて内心焦るクロ。「実は魔力じゃないんです別物なんです」と弁明できたらどんなに楽か。
「……リンクソンくん、君はどう感じましたか?」
「ゴホゴホッ……先生が鑑定に関して、私ごときにお尋ねになるのは、初めてですね……」
アザラ氏が水を向けた相手は、彼の唯一の連れである若い付き人だ。
「クロフレッド様の魔法……私の目にも、大変マッチョに映りました、ゴホゴホ……デカくてキレキレで、素晴らしいマッチョでした、ゴホゴホ……」
「マッチョ……?」
その単語がこれほど似つかわしくない人間が他にいるだろうか。落ち窪んだ眼窩にこけた頬、痩せ細った手首に血色の悪い肌。さっきから若干心配になるほど病的な咳もそうだ。
「僭越ながら……私の魔法とどちらがマッチョか、くらべたくなりましたね……ゴホッ、ちょっと失礼……ボリボリムシャムシャ……グビグビ……」
「儂の護衛であるリンクソンくんは栄養価の高い鶏胸肉とブロッコリーと牛乳を常備してるんですな。筋肉を維持するための栄養補給に余念がないのですな」
「はあ」
失礼ながら、維持というより崖っぷちで踏みとどまっているという印象。
「ふう、ゴホゴホ……クロフレッド様、どうかこのガリガ・リンクソンめと合トレしていただけませんか……?」
「合トレって」
要は腕くらべをしたい的なことだろうか。
リンクソン氏が杖を抜くと、その身体からぶわりと金色の光が噴き出す。
「ご覧ください、ゴホッ……鍛え上げた私のバルクを……」
「……っ!?」
魔力を杖へと集約し、地面に向けると、
ゴゴゴゴゴッ……!!
「おおーっ……」
地面が隆起し、巨木のようにせり上がっていく。
土石が形をなしていき、現れたのは――巨大なリンクソンっぽい顔の石像だ。身の丈七・八メートルはありそうな巨躯、そして腕も肩も胸板も本人とはかけ離れてマッチョ化している。
(すげー……本物の魔法っぽい……)
地面の土石で生成したのかと思いきや、地面に質量分の欠損は見られず、そもそも地面は土だ。どういう原理で石像を生み出されたのだろう。
「私の写し身となる石人形を生み出す……これが私の上級魔法、その名も剛腕力士魔法……!」
本人がサイドチェストのポーズをとると、石人形もそれに倣う。当然のように動いている。
(……強いな、この人)
弱々しくゴホゴホと咳き込んでいる本体だが、その痩躯から放たれる魔力の圧は素人のクロにもわかる。この人は本物の「強い魔法使い」なのだ。
「ほほほ……」とアザラ氏。「坊ちゃま、この者は魔法師協会のB級魔法師……直にA級昇格確実と謳われる若きホープですな。こう見えて完全な武闘派ですので、坊ちゃまがご自分の現在地をお知りになりたいなら、この者はそれをぶつけるに値するとお約束しますな」
「ゴホゴホ……」とリンクソン氏。「あなたの魔法と私の魔法……いざ頓にマッチョくらべせむ……!」
クロがちらりと振り返ると、
父は大好物のバチバチの展開に目を輝かせ、
母はハラハラとハンカチを握りしめ、
メイは――
「坊ちゃま」
いつもの無表情のまま、
「――やれますか?」
あえて煽るように、口の端に少しだけ笑みを見せる。
「……当たり前だろ」
ぶわりと噴き出した青い念力光が、
(念翔翼)
クロの頭上で蝶の羽のごとく広がる。
「――いきます」
「どうか、ゴホッ……全力で、来てください……!」
石人形の剛腕と青い羽ががっぷり四つで組み合った瞬間、
ズグゥンッ! と屋敷全体が重く震えた。
例によって「しっくりくるタイトルさがしの旅」に出ております。
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