69. 最終試験
二階、玉座の間に隣接した控室。
「ふう……」
ウィナー・ポクハムはソファーに寝そべって大きく息をつく。レディ・ウォーカーが用意してくれた軽食や魔力ポーションを口に入れてようやく生き返った心地だ。
(あの二人はクリアしてきたか、やっぱり)
ウェルズとグスマンはエリート倶楽部でも四年生でもトップ2だ。ポクハムも彼らの実力は嫌というほど知っている。
(それに……)
――マッティも。
ポクハム自身もそうだが、あの二人の他に残ったのが一年生というのは誰しも予想しなかった結果だろう。
だが――あのクラスメートが残ったことを意外と思っていない自分に、ポクハムはなおさら悔しさを噛みしめる。
(最終試験……模擬戦か)
一対一の魔法による決闘。勝ち残りで最後の一人を決めるというトーナメント戦だ。
(あの三人に……僕が……)
思わずぶるりとして、ソファーに座り直す。
予選をクリアできたのは運が味方した結果だと自覚している。
幾度も宝箱の部屋にたどり着きながら、そのたびに魔物の群れや罠に阻まれた。ライフが残り一つになってやぶれかぶれになったところで、どうにか宝を手に入れることができた。
玉座の間に着いたときには体力も魔力も限界だった。かたやあの三人は、さほど疲弊していた様子はなかった。自分が一番わかっているのだ、彼らとの差を――。
(僕は……)
――それでも、負けたくない。
学年も経験も、言い訳になどしたくない。
(絶対に……)
あの襲撃事件のときのような、あんな惨めで無力な思いは、もう二度とごめんだ。
「絶対に、勝つ」
あんなやつらに頭を下げて、エリート倶楽部に入ったのも――すべては学園首席の座を手に入れるためだ。
「……兄さん、見守っててください」
***
時間となり、再び玉座の間に集合する。
予選を通過したクロたち四人の生徒の他には、進行兼審判のデビッサ氏と見届人のマリィ。それにこの廃城の管理人、レディー・ウォーカー。
「これより獣鎮めの子選抜祭、最終試験を始めます」とデビッサ氏は。「先ほど申し上げたとおり、最終試験の種目は決闘、一対一の模擬戦です。四名のトーナメント方式で最後の勝者を今回の獣鎮めの子とします。よろしいですね?」
「はいはーい、異議ありー」
口を挟んだのはランゴ・グスマンだ。
「トーナメントなんて時間の無駄でしょ。どうせ俺かグリンのどっちかなんだから、俺らで戦って終わりでよくね?」
「よせ、ランゴ」
グリン・ウェルズが窘める。
「言いたいことはわかるが、それなら予選そのものから無駄だった。無駄な過程も必要ってことだ。僕とお前で事実上の決勝をすればいい」
「じゃあ、僕も異議を」
クロが挙手する。
「そっちの先輩方、二人まとめてかかってきていいですよ。一人ずつやるのも時間の無駄なんで」
空気がピシリと音をたててひび割れる。
二人の先輩は一瞬硬直する。
「……きひひっ、言うじゃねえか」
グスマンはにたりと笑い、
「……身のほど知らずが……!」
ウェルズは額の血管が切れそうになっている。
「田舎貴族のせがれ風情が。お前は少しばかり特殊だとおだてられて図に乗っているようだが、魔力の色など決闘にはなんの役にも立たないと気づくべきだな」
「貴族だの誰々の子どもだののほうが役に立たないと思いますけど気づきませんか?」
クロたちには届いていないが、観戦会場では拍手が起こったりしている。
「マッティ、貴様……皇帝陛下から賜った爵位の価値を貶める気か!? 僕ら最高位貴族はこの血に重き使命を与えられている。民を導き社会を統べる義務を負っている! 貴族としての責務を捨てて庶民に媚びるばかりの木っ端が、皇帝陛下の御顔に泥を塗るつもりか!?」
「帝国の貴族典範じゃあ『平民の不当な差別や卑下は貴族の品格を貶める行為であり厳に慎むべき』ってありますよねえ? 皇室の威光に泥塗ってんのはそっちじゃないですかねえ?」
今だけネチルのレスバ魂が自分に憑依しているのを感じるクロ。
「これは差別じゃない、区別だ! 僕は己の分を弁えろと言ってるだけだ!」
「あーあー! 俺の差別は綺麗な差別ですかー! さっすがいいご身分ですねー!」
「きひひ、おもしれえじゃん! 今すぐ俺とやろうぜ、マッティ! お前も俺とやりてえんだろ!?」
「待てランゴ! 話はまだ――」
「ぼ……僕を!」
四人目の怒声が割り込んでくる。
「僕を……無視するな!」
ポクハムだ。
一瞬しんと静まり返る。こほん、と咳払いするデビッサ氏。
「くじ引きします。よろしいですね?」
ちなみに会場のほうの中継は皇帝の名が出た時点で綺麗な花畑に差し替わっており、生徒たちのブーイングがこだましている。
「では、最初の対戦相手を決めていきます。こちらから一本ずつ選んでください、先端の色が同じ者同士に戦ってもらいます」
デビッサ氏が四本のくじ棒を差し出す。アナログだなあと思いながら一本を引くクロ。
「……決まりましたね。一戦目は赤、二戦目は黄色とします」
クロが赤。
ポクハムが黄色。
ランゴが赤。
ウェルズが黄色。
「よっしゃ! わりいなグリン、後輩いじめ権ゲットだぜ!」
「ふん……一分で終わらせろよ。こっちは……三十秒あれば余裕か。ポクハム、怪我をする前に棄権することも勇気だぞ」
「…………」
ポクハムは応じず、背中を向けてギリッと奥歯を噛みしめる。
「なあ、ポクハム」とクロ。
「……マッティ、僕に話しかけるな」
「お前に譲ってやるよ、あの七光りイキり野郎。トップになるんだろ?」
「…………」
ぽん、とむっちりした彼の肩を叩く。
「僕とお前で決勝やったら、うちのクラスも盛り上がるよね」
「ふん……ならお前も、負けるなよ」
「当然」
広間の中央にクロとグスマン、それにデビッサ氏を残し、他は下がっていく。
「決闘の方式は魔法を使った自由戦闘、いわゆるフリースタイルと呼ばれるものです。杖の使用は許可しますが、その他武器を使いたい場合は事前に申告してください。降参を宣言した場合、あるいは審判である私が戦闘不能と判断をした場合に勝負ありとします。相手を故意に死に至らしめるようなことがあった場合、失格や退学では済みませんのでご注意ください」
「はい」とクロ。
「ざーんねん♪」とグスマン。
「戦闘終了を告げたあとも攻撃を続けたりした場合、私とオー氏が止めに入ります。その際は手荒になることもありますので、あらかじめご了承を」
「骨とか折っちまっても恨むなよ~?」
グスマンは半笑いしているが、クロはマリィなら加減を間違えかねないと重々知っているので戦慄。
「あとは……学園の代表を決める戦いですので、正々堂々、互いに敬意を持って相対するように」
「「…………」」
両者とも返事をせず、ただ睨み合う。クロはまっすぐに、グスマンはへらへらと余裕をひけらかすように。
(敬意とか言われてもね)
もうすでに、手遅れだ。
クロは決意している。このどす黒い感情のままに、憎き相手を完膚なきまでに叩きのめすことを。
「よろしくなあ、一年坊。正々堂々やったろうぜ、きひひ」
「…………」
クロは応えず、つかつかと歩いて距離をとる。
耳の穴にぎゅっと詰めものをする。布切れをかたく圧縮したこより、耳栓代わりだ。
「~~、~~~~~~~~」
グスマンがなにか言っている。クロにはもう聞きとれないが、軽く唇を読む限り「へっ、さすがにそこまで馬鹿じゃねえみてえだな」的なことを言っている(読唇術は前世でも今世でもそこそこ履修済みだ)。遠回しのブラフでないなら、推測は間違っていないようだ。
(相手は催眠系の魔法の使い手)
クロは彼のそれを二度見ている。一度目は自身にかけられた。
(こいつの魔法は、おそらく声での命令がトリガーになってるはず)
原始的な対応策だが、これで防御できるなら話は早い。さて、どうなるか――
「~~~~~~~?(よろしいですか?)」
デビッサ氏が手を挙げる。
「~~……~~~!(では……はじめっ!)」




