52. ハーレム?
「よろしかったのですか、坊ちゃま?」
「なにが?」
「私に手柄を譲っていただいたことです」
目的地への道すがら、メイがそんなことを言う。
「別にいいよ、手柄とかなんとか。ローミィたちにも内緒にしてもらったし、封魔石が効かなかったこととかもね。全部面倒なだけだもん」
事件の首謀者ベイ・グルソンら三名を倒したのはメイ・ディルル教諭――学内ではそういうことになっている。クロ自身が仲間たちに口裏を合わせるよう懇願した結果だ。
ただでさえ〝異色の魔法使い〟などと無用な注目を浴びているのだ。これ以上は「魔法を学ぶ」という本来の目的に支障をきたしかねないし、なにより魔法使いでないとバレるような展開だけは避けたい。
「我が一族にはこんな言い回しがあります、『真の英雄とは日陰にて孤独に胸を張るのみだ』と。さすがは私の坊ちゃま、そこのところをわかっていらっしゃる」
「うーん、まあいっか」
目的の部屋――スバル・ディリスの決闘訓練場の扉は解錠されている。
中に入るとあちこち物色したような痕跡がある、帝国警察隊がいろいろ調べたり証拠品を押収したりしたのだろう。
スバル・ディリスとコリン・レイニー、それとクロが四肢を捻じ折った何人かは生きたまま捕らえられた。全員すでに警察隊によって帝都へ移送済みだ。
「スバルせ……あの人の組織、〝崇高なる私〟て言ったっけ?」
「はい、両名とも別の顔と名前で指名手配がかかっていたそうです。大陸最大手の人身売買組織〝崇高なる私〟の工作員だと」
「顔を変える魔法とかもあるんだ」
「魔法もですが、魔法具の類でよく聞きますね。ある種の呪いに近いものですが」
「うへー」
ともあれ、子どもの学び舎にそんなやつらが潜り込んでいたとは。ぞっとする話だ。
「だいぶきつそうだったね、校長先生」
「当然責任を痛感しておられるようですが、聞くところによればそもそも帝国教育省の官僚からのゴリ押し人事だったそうで。学園の理事会と行政とで熾烈な責任の押しつけ合いが始まっている模様です」
「僕も……ここで呑気にあの人と談笑してたと思うと、自分にムカついてくるよ」
あんなにもフレンドリーに接してくれていた教師が誘拐組織のメンバーだったなんて。
それも「魔法使い以外みんな滅びろ」という過激思想の妄信者だったなんて(クロは滅びる側だ)。
「僭越ながら私もです。あのような輩と坊ちゃまを接触させていたかと思うと、悔しさで尻尾を引きちぎりたくなります」
「やめてね」
「ともあれ……卒業生や中途退学者などの失踪者も含めて、調査は長期に渡ることでしょう。帝国は総力を挙げて組織の壊滅に動きだすはずです。あとのことは国の大人たちに任せましょう」
「だね」
殲滅作戦が計画されるならぜひ参加したいくらいだが、あくまで今の立場は魔法学校の一生徒。悪い大人の尻拭いはいい大人に任せるしかない。
「でもそんなにさ、魔法使いの子どもって高く売れるの?」
「同じ年齢の非魔法民の数十倍から数百倍は値がつくと言われています。ましてや名門エルミィスに選ばれた子どもともなれば破格でしょう。たとえば坊ちゃまもよく知るギルメイン法国などは喉から手が出るほどでしょうね」
「そうなの?」
「法国はまほウ……魔法民優生論の発祥地であり、魔法民優遇の厳しい階級社会です。非魔法民の産児制限を施行した結果、必然的に深刻な少子化と人口減に悩まされております」
「うん、父上から聞いたことがある」
ちなみに父は法国ガチアンチだ。
「国王は今さらその過ちを認めるわけにもいかず、そのため他国からの移民という名目の奴隷狩りを水面下で行なっているともっぱらの噂です。万が一今回の集団誘拐が成功していた場合、法国は彼らの有力な売り手先となり、何億エリンもの利益を得ていたことでしょう」
「胸糞悪い話だね」
最悪の事態にならずに済んでつくづくよかった。
「グルソンが言ってた協力者について、スバルやレイニーは?」
「移送前の尋問では『知らない』と。その人物から封魔石の提供があったことは間違いないそうですが、取引などはグルソンが一人で行なっていたようです」
封魔石の手錠はグルソンたちではなく、その協力者とやらが与えたものだった。そして唯一そいつを知るグルソンは、口封じの魔法で命を落とした。
「クライス……ツィーガルの件と今回のやつと、関係あると思う?」
「クライス氏とグルソンにかけられた魔法は同じものと見ていいでしょう。もちろん同じ魔法を使う別の人間という可能性もありますが、存在を仄めかしながら正体までは掴ませないやり口には共通の薄気味悪さを感じます」
「…………」
ぽん、とメイがクロの背中に触れる。
「少なくとも今回の件は、ツィーガルという辺境領ではなく帝国中央部、それも政府の関わる教育機関で行なわれた凶行です。なにかと尻の重い帝国政府ですが、さすがに今回は日和ったりはしないでしょう。そういったことは大人たちに任せて、我々はこの学び舎で今までどおりすごすのが大切です」
「……そうだね……」
そのまま背筋を撫でられてぞわっとする。ぺしぺしと反撃するもすべててのひらで受け止められる。
と、急にクロの手を掴み、きゅっと握る。悲しそうに目を細めて。
「……坊ちゃま、申し訳ございませんでした」
「なにが?」
「坊ちゃまが危険に晒されているとき……私はそばにおりませんでした。どのような理由であろうとも、たとえ坊ちゃまのお力を信じていようと、真っ先に坊ちゃまの元へ馳せ参じるべきだったのに……私は護衛失格です」
「その謝罪も十回目くらいじゃない? 別に危険ってほどじゃなかったって」
実際はちょっぴり危なかった。
一流の魔法使い、というかグルソンの力を見くびっていた。彼の殺傷能力は実験体の中でも上位クラスだろう、ベーグル怖い。
「それに……僕が一番守ってほしいものを守ってくれたからね。メイが一緒にエルミィスに来てくれてよかったよ、ありがとう」
彼女が一瞬硬直したかと思うと、ぐるんとクロの視界が回転する。気がつくと床に寝かせられ、鼻息荒いメイに覆いかぶさられている。
「ハァッハァッハァッ……今こそ主君と従者の壁を……生徒と教師の垣根を超えるとき……!」
目が血走って盛りのついた犬のようになっている。
とりあえず念動力で吹き飛ばすと、メイはくるくると空中で回転して優雅に着地する。
「話を最初に戻しますが、アルキォーネをどうなさるおつもりですか?」
「今のは謝らんのかい」
ふと本来の目的を思い出す。ここへ来たのは雑談のためではない。
クロのお目当ては――部屋の隅にちょこんと残されている。
「……アルキォーネ……」
そのでっぷりとしたマンドラゴーレムは、壁にもたれてうなだれるように座っている。
目からは光が消え、ぴくりとも動かない。
「ディリスの仕業だそうですね。シャチーモのときと同じく……核が損傷していると」
「…………」
今見ている限りでは特に外傷はない。それは校長が魔法で修復したからだ。
「くそ、あの割れ顎野郎……」
割れ顎曰く、「証拠は少ないに限るしね☆ 立つ鳥跡を濁さずさ☆」と。つくづく救えない人間だ。
「……メイ、僕が倒れたら保健室に運んでもらえる?」
「どうかご自愛を。もしもお倒れになるなら、先ほどの続きをさせていただきますので」
「まあ……できる限りやってみるよ」
クロはアルキォーネの胸に触れて、目を閉じる。
「……手当魔法」
もとい、念治癒――。
青白い光の粒子が、クロの手を伝ってアルキォーネへと流れ込んでいく。
エネルギーはアルキォーネの中にみるみるとスポンジのように吸収されていき――
「…………」
手を放す。精気を抜かれたような虚脱感はあるが、前回のように気絶したりはしない。
だが……シャチーモのように、アルキォーネは目を覚ましもない。
「……ダメ、か……?」
「いえ、アルキォーネは他者の魔力を動力としているので」
「あ、そっか」
へその部分の赤い突起をポチッと押す。
と、念治癒よりもさらに力を吸われる感があり、
『……ブ、ニャ……(……うーん、からだ、だるオモ……)』
「ア、アルキォーネ!」
しょぼしょぼの目をこすり、アルキォーネは大きく伸びをする。
『ブニャ……?(あ、少年……? オレ、あれ……? マスターは……)』
「それは……」
『ブ……ニャン……(あ、オレ……おねむ……むにゃぁ……)』
「アルキォーネ、おい!」
電池が切れたように、再び目を閉じて動かなくなる。
「魔力切れ……でしょうか?」
「あ、そっか」
びっくりした。
「坊ちゃまからの供給が足りなかったのでしょうか? おかしいですね、坊ちゃまはディリスより遥かに魔力が大きいはずですのに……」
「あーいや……さっきの手当魔法で魔力消耗しちゃったからかな? すごい魔力使うっぽいんだよね、あはは」
クロの魔力が足りなかったのだろう。非魔法民と同じ程度しか魔力がないから。
「でもよかった、生き返ってくれて……」
クロは大きく息をつき、ぺたっと尻餅をつく。
「未だに原理がわかりませんが……坊ちゃまにしか成しえない奇跡、改めて堪能させていただきました。しかしやはり、ご自身へのご負担が大きいようで」
「うん、わかってる。気をつけるよ」
念治癒の検証はまだ進んでいない。
今のところマンドラゴーレム特効だが、生身の人間や動物に使ったときにどう作用するのか。クロ自身への影響もどうなるか。実験は慎重に進めていくしかない。
「それで……校長との約束というのは?」
「あー、アルキォーネの蘇生を試したいってのと、もし成功したらアルキォーネを不問にしてあげてほしいって」
「なるほど、しかし……」
「うん、断られた」
「ですね」
「警察隊の調査に協力しないわけにはいかないってさ。証拠品として押収されて、きちんと聴取するって。でもそれが終わったら、今までどおり学園で働いてもらうって」
「そうですか」
アルキォーネが犯罪に関与しているとは思えない。近いうちにまた一緒に遊べるはずだ。
「恐れながら坊ちゃまは……マンドラゴーレムにとても執着しているように見受けられます」
「執着っていうか……僕は友だちだと思ってるし。アルキォーネも、シャチーモたちも」
マンドラゴーレム全体に言えることだが、どうしても他人のように見えないのだ。
校長はあの所長のような人間ではないが、それでも「人の手によって生み出された」マンドラたちに対して前世の自分たちを投影してしまっているという自覚はある。
懸命に働いている彼らを見ていると、少しでも幸せに生きてもらいたいと願わずにはいられないのだ。
「坊ちゃまはマンドラたらしですね。マンドラゴーレムハーレム略してマンドラハーレムでも築くおつもりでしょうか?」
「誰がうまいこと言えと」
もう14年ですか……忘れちゃいけませんね。




