39. 友だち
「――え? この学校に来た理由?」
三カ月前、第一回タコパの翌日、授業間の移動中でのこと。
「そうそう、昨日俺らは腹割って話しただろ?」
「たこ焼きだのディルル先生だのに気をとられて、結局ライナーとコヨヨの話は聞けなかったでしょ?」
ライナーは微妙な顔をして、コヨヨは神妙な顔で口いっぱいに頬張った米を咀嚼した。
「いや、僕は……前にもちょっと話したけど、普通に孤児だったからね。お父さん……神父さんが『一番名門で出世が望める』って勧めてくれたのがエルミィスだったってだけだよ。特に面白い話じゃなくて恐縮だけど」
「その、実は前から気になってたんだけど……」
クロは躊躇いがちに尋ねてみた。
「なんだい、クロくん?」
「いや、その左目……って訊いていいかなって……訊いちゃったけど……」
「ああ、これか」
ライナーが苦笑しつつ、前髪を掻き分けて見せてくれた。
「生まれつきこうなんだ。いわゆる魔障の一種だって言われてるけど、詳しいことは僕もわかってない」
魔障とは魔法や魔物で及ぼされる「魔力由来の身体的影響」だ。大抵はなんらかの機能的障害として残されてしまう。
「まあ僕の場合、ちょっと光に敏感かなって程度で深刻なものでもないんだけどね。でも初見の人にはびっくりされちゃうから前髪で隠してるんだ。みんなにも特に害を与えるようなものじゃないから、あんまり気にしないでもらえると嬉しいかな」
「うん、もちろん……」
本人があっけらかんとしているので、クロたちもそれ以上なにも言えなくなった。
「こほん……コヨヨは?」とローミィ。「やっぱりごはん?」
「そんなにりっぱな理由じゃないです」
ごはんは立派な理由なのか? というツッコミはみんな呑み込んだ。
コヨヨはキョロキョロと周囲を窺う、他のクラスメートは先に進んでいる。
意を決したようにきゅっと手を握りしめてから、コヨヨはいつもかぶっているニット帽を脱ぐ。
「あっ」
「えっ」
「コヨヨ……」
頭の上でぴょこんと立ち上がる、一対の獣耳――。
「コヨヨ……あなた、獣人だったのね……」
メイのような尖った耳ではなく、丸く小さな耳だ。
「わたしは、〝ギンザルのいちぞく〟です。てーこくの山奥に住んでる戦士のいちぞくです。りょーしゅサマをまもるのが使命です」
「銀猿……初めて聞くけど、戦士の家系だったのね」
非魔法訓練で見せた身体能力はその血の片鱗だったようだ。
「キョーダイの中で、わたしだけまほーがつかえたです。わたしは背がちっちゃいから、まほーをきたえたほうがつよくなれるって、パパさんがりょーしゅサマにおねがいして、ガッコーにいけることになったです」
「完全に魔法兵コースってことか」とネチル。
「もちろん、まほーのベンキョーがんばるです。ギンザルのほこりをもって、りっぱなまほーつかいになりたかったです」
「……どうして隠してたの? その耳のこと」
この中で一番彼女の近くにいたローミィは少なからずショックを受けているようだ。
「……一年生のなかで、獣人はわたしだけです。だから……バレたらいじめられるかもって……そうじゃなくても、なかよくしてもらえないかもって……」
最初の授業でポクハムがメイを侮辱したように、この国では獣人差別が未だに残っている。
貴族や富裕層などにその傾向が強く、「穢れ」だの「下等人種」などと正面から見下して憚らない者もいる。
自分の正体が知られたら、クラスメートたちが態度を変えるかもしれない――そんな風に恐れて帽子をとれなかったのか。
「い……」
プルプルと肩を震わせるローミィ。
「いじめるわけないでしょ! と、と……友だちなんだから!」
きょとんとするコヨヨ。
「そ、そうだよ! 仲よくしないなんてこともねえよ!」
ネチルに同意してうなずくクロとライナー。
「打ち明けてくれてありがとう。僕らはコヨヨが何者だって嫌いにならないよ」
「コヨヨちゃん、飴舐める?」
飴でほっぺたを膨らましながら、コヨヨは急に恥ずかしそうにもじもじして、
「……わたし、ほんとは……」
「ほんとは?」とローミィ。
「ほんとはわたし……ガッコーにいきたいっておもったのは……」
顔を上げ、みんなを見回して、
「わたし……ともだちがほしかったです!」
頬を赤らめ、照れくさそうに、くしゃっと笑った。
***
――現在。
「……………………」
コヨヨは、冷たい地面に横たわっている。
顔中腫れ上がり、血にまみれ、光の消えた目で森に切りとられた狭い空を見上げている。
「ふぅっ、ふぅっ、ふぅっ……」
そのかたわらで息を切らしているのは、コヨヨが昏倒させたマスクの男だった。グローブを血に染め、血と嘔吐物で汚れた靴で彼女の腹を踏みにじっている。
「へへっ……こいつ、獣人かよ……くそっ! 下等生物がよっ!」
ゴッ! ガッ! と執拗に蹴り続け、踏みつけ続けている。すでに彼女は身じろぎもしなくなっているのに。
「ハティ、もうやめとけ。死ぬぞそいつ」
ネイン副隊長はそう言いつつも、自分の手で止めることはできない。捕らえたもう二人の生徒を脇に抱えて抑えているからだ。
「やめてっ! もうやめてよぉっ!!」
「殺すっ! 殺すぞクソがぁあっ!!」
女のほうはグチャグチャに泣きじゃくり、男のほうは叫びすぎて唇が切れている。魔法を封じられて絶望しきっていたくせに、さっきまでよりもよほど必死に振りほどこうとしている。
「副隊長、止めんなよ……このクソガキ、ハンサムな俺の前歯を折っちゃったんだぜ!? 万死に値する罪だろ!?」
ハティがマスクを剥ぐと、確かに前歯が一本抜けて血がこぼれている(元がハンサムだったかどうかはともかく)。
普段は冷静沈着で腕っぷしもピカイチだが、こんな風に一度キレると手がつけられなくなるのだ。
「落ち着け、ガキども一匹一匹がどんだけ貴重品かわかってんだろ。獣人つっても売りもんだぜ、殺したらてめえの取り分が減んの忘れんなよ?」
しだいに呼吸が整っていく。ふうーっと長く息をつき、振り返ったハティは、
「……ならよ、殺さなきゃいいんだろ? 基地に戻りゃあいくらでもポーションあるしな」
目を血走らせたまま、ナイフを抜く。
「そいつら連れて先に行ってくれよ、副隊長。俺はこいつでもうちょっと楽しんでくからよ、ひひ」
部下の心底下卑た性根には呆れ果てるが、これ以上揉めるのも時間の無駄だ。
「念を押すけどよ、絶対に殺すな」
「ああ……死にたくても死なせねえよ、きひひ……」
ネインはやれやれと首を振り、
「やめてぇっ!! お願いっ!! コヨヨォ!!」
「放せっ! 殺すぞ陰毛白髪ジジイッ!! 死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね――――」
友を想う少年少女の悲痛な叫びに胸を痛めつつ、
「おいおい、あんまり騒ぐなって。陰毛まで白くてわりいかよ、生きてりゃおめえもそうなんだぜ?」
ちらりと振り返ると、ハティが少女に馬乗りになり、ゆっくりとナイフを顔に突きつけているところだった。
「片目くれえならいいよな……耳もいらねえよな……そうだ、二つあるやつは全部一つ削っていいじゃん……ひひひっ……」
もったいねえな、とネインは頭の中で皮算用する。
いくら魔法使いとはいえ、獣人は繁殖用には使えない。得意先も他の子どもの半値程度まで値切ってくるだろう。全隊でノルマさえ達成していれば問題ない。
「助けて……誰か、誰かっ!! 助けてぇえええっ!!!」
「おい黙れって、口に泥ぉ詰められてえか――……?」
ドゴン、と重い音が響いた。
「…………?」
ネインは足を止め、音のしたほうを振り返る。
「……なん、だ……?」
ハティが、木にめりこんでいる。砲弾として投げつけられたかのように。
メキキ……とその身体が木から引きずり出された、かと思うと、
ブンッと水平に横滑りし、別の木に衝突する。
「…………!?」
それを何度も繰り返す。
ドガッ! ドガッ! ドガッ! と休むことなく木々に叩きつけられる。
「なんだ……ありゃ……?」
高速で飛翔するハティの軌道の中心に、銀髪の少年が立っている。
彼が手を振るう、まるで楽団の指揮者のような動作に合わせ、ハティの身体は飛び、衝突する。
「ぁ……ぁ……」
ズタボロのハティが、空中に浮き上がっていく。少年に腕を上げるのに合わせて。
「ハティ――」
「――潰れろ」
少年が腕を振り下ろす。
ズドンッ!! と流れ星のように墜落した衝撃が、森を揺るがせる。
「……死んだ? 生きてる? まあいっか、どっちでも」
地面にめりこんで白目を剥いているハティに、少年は背を向ける。壊れた玩具に興味をなくしたかのように。
「「クロフレッドォ!!」」
ネインの抱えた二人が涙目で彼を呼ぶと、
「ごめんね二人とも……すぐ助ける」
クロフレッドと呼ばれた少年は、
無機質な目で、ネインに手を向けた。
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