34. 特別授業
「おー、積もってる」
十一月の末日が近づき、エルミィスの森にこの冬最初の雪が降る。
ツィーガルほど寒くなかったので油断していたが、中央部でもこのへんはわりと雪が降りやすいらしい。メイの監視をやめさせておいてよかった。
入学からもうすぐ三カ月……今年の授業も残すところあと一月だ。
「――まさか……年内にレベル7のアルキォーネが破られるとは……☆」
『ブニャニャ……☆(だ、脱帽だぜ、少年……☆)』
週に一度か二度、こうしてスバル先生の訓練室に通って二カ月弱。
「はあ、はあ……や、やりました……」
最初のジャンケンや的当てなどはまだいいとして、手押し相撲に尻相撲、おいかけっこにかくれんぼ……この世界の決闘はなかなか多様性に富んでいた。
そして今日、レベル7のアルキォーネとのダンス対決を制し、ついにすべての種目で勝利を飾った。大の字に寝転がったまま、アルキォーネの祝福の拍手を存分に浴びるクロ。
「当初から一年生とは思えない魔法捌きだったが……このわずかな期間にさらなる成長を遂げたようだ☆ 決闘部のトップレベルと比較しても遜色ないレベルだ☆ さすがは〝異色の魔法使い〟……末恐ろしいとはこのことだよ、マッティ少年☆」
『ブニャニャ!☆(オレの目に狂いはなかった!☆)』
「ありがとうございます。スバル先生のご指導のおかげです。アルキォーネもね」
最初はお遊びかと高を括っていたが、基礎魔法(クロにとっては超能力の小技や応用技)の発動スピードやコントロールを鍛えるにはもってこいのプログラムだった。
この決闘の仕組みを考えた先人は先見の明がある。それをマンドラゴーレムに組み込んだ校長もさすがだ。
この二カ月で得られたものは大きかった。前世でも真面目に訓練していたつもりだったが、実際は如何に出力任せの大雑把な戦いかたしかしてこなかったかというのを思い知れたのは収穫だった。
「まあ、吾輩としても……君のおかげで、ディルル先生との距離を縮められたというのもあるしね……☆」
ご機嫌なスバル先生、バチンとウインク。
「……そうですか、よかったです」
やはりメイに気があるようだ。クロのなにかがむずっとする。
「あの……メイはともかく、今度は僕と模擬戦やってくれるんですよね? 約束どおり自慢の子どもたちを倒したんだから」
相手は「エルミィス最強の魔法使い」を自称する決闘部の顧問。
彼の光弾魔法と光盾魔法に、念弾と念障壁を真っ向から試してみたい。腕試しではなく、できれば真剣勝負として。
「ん?☆ ああ、もちろんさ、受けて立とう☆ ――と言いたいところなんだが」
と、困ったような表情をするスバル先生。
「それは来年までおあずけかな☆ 残念だけど☆」
「え? なんで?」
「だって、〝野外探索〟までもうすぐだろう?☆ これからは準備で忙しいし、それが終わったら次は年末までバタバタするし☆」
「野外探索?」
「あれ、知らないのかい?☆ 食堂の掲示板にデカデカと張り紙が出てたと思うけど☆」
「――これか……全然見てなかった……」
「授業でも言ってたわよ。あんた聞いてなかったの?」とローミィ。
スバル先生の言っていたとおり、食堂の掲示板にきちんと張られている。鬱蒼とした不気味な森の中を魔法使いらしき少年少女が杖を手に歩くイラストまでついている。
「野外探索授業、か」
一年生にとって初となる野外実習の特別授業だそうだ。エルミィスの森の特定領域に設置された標的を、これまで習った魔法を駆使して見つけだす、いわば宝さがしゲームだ。
「組じゃなくて班対抗戦なのね。成績にも反映されるのかしら?」とローミィ。
「ふふっ、俺ら仲よしビジャット1班の力を見せつけてやろうぜ」とネチル。
「しょーひんが出るみたいですね。おいしいものですかね」とコヨヨ。
と、通りかかったキノコ頭のポクハムと目が合う。後ろには班員を含む取り巻きがずらり。
「せいぜいビジャット組の名に泥を塗るなよ、マッティ」
「ああ。がんばろう、お互い」
にやけ面を一瞬しかめ、ふんっと鼻で吐き捨てて去っていくポクハム。
「あんな貴族豚野郎に負けてらんないぞ、クロフレッド」とネチル。
「しょーひんのおいしいものはわたさないです」とコヨヨ。
張り紙には「優秀な成績を収めた班にはちょっとした賞品を贈呈」と書いてあるが、食べものかどうかは不明だ。
「…………」
「どうかした? ライナーくん」
「ん? いや……なんでもないよ、クロくん」
珍しく口数の少ないライナーだった。
***
十二月五日、影曜日。晴れてはいるが日陰に雪の残る寒い日。
いつもなら週末の二連休だが、休日返上での特別授業。一部生徒は不満たらたらの顔だ。
『はいはーい、みんな注目ー』
耳当てのようにふわふわのベーグルを耳につけたグルソン先生の覇気のない声が拡声器で増幅される。城壁の外、エルミィスの森のそばの広場で、入学式以来の一年生全員集合だ。
『えー、いよいよ野外探索授業が始まります。寒いんで手短に説明しますけど、これからみなさんには各班ごとに森に入ってもらい、あるものをさがしてもらいます。それはもちろんー? ベーグル! ……ってのは冗談です、こいつです。魔石オーブです』
先生が掲げるのは、イチジクくらいのサイズの赤い球体だ。
『こいつは赤で1点、という風に何色か用意されてます。見づらいやつほど高得点になるんで、がんばってさがしてみてください。もちろん目視で――なんて途方もない話じゃなくて、魔法を使えばちゃんと見つけられるし、ちゃんと捕まえられますんで』
捕まえる――まるでそのオーブが動くかのような物言いだ。
「動くんだろうな」
「だろうな」
生徒たちも薄々気づいている。そんなことで驚いていては魔法学校ではやっていけない。
『探索エリアは城の東側、この森の中ですねー。ご存じのとおりめちゃめちゃ広い森ですけど、エリアはこの立入禁止のロープで仕切られてるんで、それより外には行かないようにね』
「先生ー。そもそも森の中は魔物が出るから入っちゃダメって言われてたんですけどー」
生徒側から声があがる。
『うん、心配いらないよー。今回のエリアは事前に魔物の駆除が済んでるから。でもエリア外はダメだからね、危ないし迷子になっちゃうから。帝国の諺にもあるでしょ? 「ベーグルの穴から危険を覗くとき、危険もまたお前を覗いている」って』
「はーい」
生徒たちはベーグルの存在にすっかり慣れている。
『迷子になりそうだったら、その場からすぐに動かずじっとしていてください。各班のリーダーに配布したコンパスがみんなの位置を知らせてくれるんで、エリアを巡回してる先生がすぐに駆けつけるよ』
グルソン先生の隣にはスバル先生、それと見たことのない先生が一人いる。
『あー、みんなはこちらの先生は初めてかな? コリン・レイニー先生です』
「よろしく。一年生の後期から授業を受け持つ予定なので、この機会にお見知りおきを」
眼鏡をかけた真面目そうな先生……なのはいいが、なぜ雨も降っていないのに傘を差しているのか(真っ黒な蝙蝠傘だ)。この学校の教師はいちいち「なぜ?」が多い。
「あのー、メイ先生はいないんですかー?」と別の生徒。
『あー、どうでしたっけ?』
「ディルル先生なら、ブラホルンのほうで新任教師向けの講習会に参加することになったみたいだよ☆」
スバル先生が答えると、生徒たちから「えー」と落胆の声があがる。
「メイ先生いたら安心だったのになー」
「めっちゃ萎えるわー、ただでさえ休日授業なんてさー」
ネチルから伝え聞くところによると、メイの人気は生徒の間でうなぎ登りで、密かにファンクラブまでできているらしい。
最初こそポクハムのように「非魔法民の獣人が無意味な運動を強いてくる」と反発する生徒も少なくなかったようだが、今では授業そのものも好評だという。
「超美人だし一見無愛想だけど面倒見いいし、なによりめちゃくちゃ強いもんなあ」
「あんたと同じ班にならなければ……知りたくなかったわよね、人気教師の裏の顔」
「僕のせい?」
現実を知っているビジャット組1班は冷静な反応。
「はう……わたしもししょーといっしょにピクニックしたかったです……」
ちなみにコヨヨはいつの間にか弟子入していた。メイも「坊ちゃまの妹弟子ですよ」とまんざらでもない様子。
(講習か)
クロだけは事前に聞いていた。メイが仕事などでエルミィスを離れる際には、その都度クロにわざわざ報告に来るからだ。
今回もいつものように「ほんの一日ですからね、心配しないでくださいね。寂しいと思ったら空に向かって大声で私を呼んでください、百キロ離れていようと秒で駆けつけますから」とやたら早口で何度も念を押された。もちろん試したことは一度もない。
『まあまあ、スバル先生もレイニー先生も超凄腕の魔法使いなんで安心してください。僕? まあ人並みってとこかな。ほどほどに安心してね』
「先生ー、賞品ってなんですかー?」
『ああ、それはねー……ぶっちゃけ1エリンにもならないかもだけど、君たちの今後の人生において大変意義のあるものになると思うよ? ぜひ上位三班めざしてがんばってねー』
なんだろう、とクロは考える。人生に意義のあるもの――なにかしら成績につながるものだったら嬉しい。周囲の生徒がにわかに目の色を変え、コヨヨの腹がぐるると鳴る。
『あと他に言っとくことは……ああ、制限時間は今から二時間、午後一時までだからね。鐘が鳴ったらこの場所に集合、遅れた場合は減点の対象になるんでご注意を。つーことで、準備はいい? はじめーっ!』
「いきなりかよ!」
ネチルのツッコミと同時に、六十人の一年生たちが一斉に森へと駆けだす。
野外探索授業スタートだ。
課外授業じゃなくて野外授業だった。。。
こ、こまけえこたあいいんりすよ!




