31. おぬし あの祠壊したんか
いつの間にか10万字突破。
みなさまご愛顧ありがとうございます。
「あーらーらーこーらーらー、だーんなさまにー言ってやろー」
「ぐぬぬ……」
メイの抑揚のない煽りソングに反論できないクロ。
「君、だいじょぶ……?」
少女は五・六歳といったところか、見るからに山奥暮らしという素朴な出で立ちをしている。話にあったテギ族で間違いないだろう。
「気は失ってるけど……怪我はなさそうかな、よかった……」
不幸中の幸いだ。なにかあれば謝っても謝りきれないところだった。
「さっきちらっと見えたんだけど、そこの階段を下ってすぐのところが集落っぽいね」
「ここはその裏山というわけですか。となると、ここは彼らがなにかを祀っていた場所のようですね」
そう言われると、それを壊したと知られたら烈火のごとく怒られそうではある。
「にしてもこの娘、なんでこの中にいたんだろう? かくれんぼでもしてたのかな?」
それなりの騒音が立ったはずだが、鬼も隠れ仲間も出てこない。あるいは親と喧嘩してプチ家出でもしていたのだろうか。
「…………」
「メイ?」
「いえ……なんにせよ、この娘を集落に届けてはいかがでしょう?」
「そうだね。よっこらしょっと」
見た目からして痩せているが、おんぶしてみるとやはり驚くほど軽い。
「そんな、坊ちゃま自ら……私が介抱しますのに……」
「いいよ、僕のせいなんだし。それに護衛は手ぶらのほうがいいでしょ」
「それはそうですが……私でさえおぶってもらったことないのに……こんな小娘に、坊ちゃまのおぶり童貞が……」
「なにその概念」
丸太を埋め込んだ階段が続いている。そこを下っていくと、間もなく柵に囲まれた集落に突き当たる。と、
「――お若いの、こんなところでなにをしておるのかな?」
少女と似た服装の男たちが数人、クロたちの前に現れる。彼らがテギ族か、先頭にいるのは禿げ頭に白髭の老人だ。
「先ほど……裏山のほうから、なにやら派手な物音がしたんじゃが……まさかお主らか?」
「あ、えっと……森でこの娘を見つけたんで……」
クロは言葉を選びつつ、おぶっている少女の姿を見せる。
「……ザ、ザンカ……!?」
「な、なぜその娘を……!?」
人々が一気にざわつく。この娘の名前はザンカというのか、ひとまず彼女をそっと渡す。ここへ来ても未だに目を覚まさないのが少し心配だ。
「僕らマッティンガムから来たんですけど、道に迷っちゃって。途中でこの娘が祠? の中にいて……」
こほん、とメイがわざとらしく咳払いする。まるで自白を促すように。
「えー……すいません。あの祠、その、ちょっと勢い余って……これ、その一部で……」
持参してきた残骸の一部を見せると、彼らの瞳がわなわなと震える。
「まさか、お主ら……あの祠を、壊したんか……!?」
お怒りはごもっとも、と思いきや、
「なんてことを……してくれたんじゃ……!」
「なんと罰当たりな……! 氏神様の祟りが落ちようぞ……!」
「終わりじゃあ……お主ら、無事に山を下りられまいぞ……!」
怒りというより半泣きの半狂乱でぎょっとするクロ。
「いやそんな、今どき祟りって……ひそひそ(メイ、氏神って?)」
「土着の精霊や妖精のことですね。聖杯教による一神教的概念が世に広く流布される以前、精霊などはその土地の守り神のように崇められていました。現代でもそういった風習は帝国各地でもいくらか残っているのです」
「なるほど」
前世の東亜国ならともかく、ここは魔物の蔓延る魔法世界だ。精霊も妖精も(身近には聞かないが)実在するというなら、今回は現実的な損害を与えてしまった可能性が高い。
「あ、あの……その精霊? さんに謝らせてもらって……あとは弁償とか新しいの建て替えとか……」
と、
「……っ!」
メイのケモ耳が、ぴくんと反応する。
クロも同時に気づく――あたりの雰囲気がおかしいことに。
ざわ……と風が草木を揺らす。
「あ……ああ……」
村人たちが、怯えるように目を震わせている。
「ああ……く、来る……」
ざわ、ざわ……とその音が折り重なる。まるで悪霊の囁きのように。
「氏神……様が……!」
この場の気温が下がったのを体感したとき、
『 はら へった 』
音もなくそれが、クロたちの前に姿を現した。
(なんだ、こいつ……?)
『 やくそく したのに 』
形容するなら、細長い風船型の生物だ。
頭の部分が異様に大きく膨らんでいる。体長四メートル以上はありそうだが、重力の影響がないかのようにふわふわと浮いている。
『 おそなえ なかった おそなえばこ こわれてた 』
抑揚のない重苦しい声だ。顔の両端まで届く下弦の口をもごもごと動かし、木の虚のような真っ黒な目でこの場の人間を見下ろしている。
「う、氏神様……」
「も、申し訳……」
「お供え箱……祠は、そこのよそ者が……」
村人たちがガタガタ震えている。崇拝、というより畏怖――いや、ただの恐怖かのようだ。
『 やくそく ちがう おれたち はら へった 』
(俺たち?)
と、
『 ちちうえ はら へった 』
ふわりと、別の個体が現れる。
『 かーちゃん ごはん まだ? 』
さらに別の個体が。
『 たべたい やわらかいの パパ 』
いずれも親? の半分ほどの体長しかない。
『 おふくろ もう がまん できない 』
全部で三体。口ぶりからすると大きいやつの子どもか。
「ま、待ってくだされ……! お供えなら、ここに……――」
『 こどもたち はらぺこ かわいそう 』
親の口角が、これ以上ないほどに吊り上がる。
『 もう がまん しなくていい 』
「ひゃっ――」
間髪を容れず、幼体が村人へ襲いかかる。
大顎が無抵抗な肉へと食らいつく瞬間、
バチッ!
青い光がそれを阻む。弾かれて空中にぶわりと逃げる幼体たち。
『 いたい 』
『 なに? 』
『 まほう? 』
「おあずけだよ、躾のなってない犬っころども」
――クロの念動力だ。
「ひぃっ……」
「ひぃいいいいいいっ!」
村人たちが足をもつれさせながら逃げていく。
『 おまえら いけ そだちざかり いっぱいくえ 』
『『『 いただき ます 』』』
子どもたちがヒュンッと高度をとり、あの村人たちを追いかけていく。この場に残ったのは――
『 にんげん こども うまい おれのもの 』
親風船と、
「それって、僕のこと?」
クロたちだ。
『 おまえ まほう つかったな 』
「まあね」
能力詐称も板についてきた。
『 まほう つかう こども ごくじょうの めいんでぃっしゅ 』
「ハイカラな言葉知ってんね。つーかあんた守り神なんじゃないの? なんで自分を崇めてる村人を食うの?」
「氏神ではありません」とメイ。「風鼬、精霊でも妖精でもなく、魔物です」
「なるほど」
クロは察する。魔物を氏神として祀る少数民族、祠の中で眠っていた少女――なかなかに闇の深そうな状況だ。
「僕を食うって言ってるし、倒しちゃってもいいよね? こいつは僕がやるから、メイは村のほうをお願い」
「お断りします」
「ファッ!?」
「メイ・ディルルの最優先事項は坊ちゃまをお守りすることです。この状況で坊ちゃまを置いていくという選択肢はありえません」
当然の理屈だろう。そしてきっとこうも思っている――おそらくそのリスクに見合う価値はない、と。
けれど――風船の魔物を見据えたまま、クロはメイの手にそっと触れる。
「あの娘を守ってあげて。僕を、信じて」
「っ!!!」
視界の端で、メイが胸を矢に射られたような仕草をする。
「……ご武運を、坊ちゃま。いずれ坊ちゃまを食うのは私です」
「魔物より怖いんだけど」
ほんの一秒。
クロの手と指を絡め、ぼそりとクロに耳打ちをして、メイは踵を返して村のほうへ駆けていく。
『 ぐふっ つよそうな ほう いった 』
「よくわかるね、さすが野生」
『 おまえの にくも まりょくも おいしくいただく 』
「っ――」
周囲の砂利や石がふわりと浮かび上がり、
『 にく たたいて つぶして やわらかくする 』
ブォンッ! と突風が唸りをあげ、石礫をクロへと撃ちつける。
『 こまかく きって 』
親風船の周りで大気がぐにゃりと圧縮され、三日月型をなし、
『 たべやすく する 』
無数の刃となってクロへと降り注ぐ。周囲の地面が弾け飛び、木々が薙ぎ倒されていく。
『 ちょっとずつ つまむのが おつ……んん? 』
垂れ込めた土埃が晴れた先に、
「――これが風魔法か」
少年は平然と立っている。青い光を纏って。
『 なんで―― 』
「お返しだ」
クロは腕を振り抜く。青い光を纏った倒木が親風船を貫く。
ボシュッ! と胴体がちぎれ、霧散する――
『 ばあ 』
「っ――」
ガギィッ! と背後から食らいつく大顎。クロの頭をかじりとらんとする歯が、身体に纏った念力と拮抗する。
「ふっ!」
手をかざし、念動力の放出。ボンッ! と木っ端微塵に弾け飛ぶ親風船。
今度こそ消え去った、かと思いきや、
『 ……おまえの まほう なんか ヘン 』
しゅるしゅると塵がまとまり、再び親風船の形へと再生される。
「お前に言われたくないね。どういう原理だよ?」
メイの言ったとおりだった。彼女の助言は二つ。
風鼬は、その名のとおり風属性の攻撃魔法を使う。
「いずれにせよ――お前は僕の獲物だ」
『 くひひっ ごはん イキがいい 』
そしてもう一つ、
(超能力が――効かない、か)
高位の風鼬は風と同化し、魔法でしか倒せない。
夜頃に続きを更新予定です。




