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3. 百足山羊


 東門前の広場は、この日も多くの外客や住民たちが変わらぬ賑わいを見せている。


 レストランのテラス席では小さな女の子が母親の膝の上でうとうとしている。彼女の眠りを覚ましたのは、テーブルの上のコップを倒してしまった母の「あっ」という声ではなく、


 カンカンカンッ! ――


 突如響き渡った、剣呑な鐘の音だった。


「魔物だーーーー!! 魔物が来たぞーーーー!!」


 城門上の見張り台から、悲鳴にも似た叫び声。


「魔物?」

「魔物が来るって……?」


 にわかにざわめきが広がるが、寝ぼけ眼の少女は母親にだっこされたまま状況を理解できずにいる。


「……ママ、あれなに?」


 少女が城壁のほうを指さす。


「なにって……え?」


 それは、巨大な山羊の頭だった。それが城壁の上からきょとんと覗き込んでいた。


『メェ……ェエエエ……』


 周りの人々もそれに気づき、凍りつく。


 そして。


 山羊頭がずるりと下に滑ると――キチチチチ……と、

 頭から下の百足状の身体が露わになる。


「きゃぁああああああああああああああっ!!!」


 悲鳴が爆発する。人々は我先にと逃げだす。


 山羊頭はギチギチと脚を這わせ、城壁を乗り越えて内側に降り立ち、


『メェエエエエエエッ!!!』


 箱庭にぎっしりと詰まった、柔らかそうな獲物に歓喜の声をあげた。

 

 

 

「止めろっ! 止めろーーーーっ!!」


 すぐさま武装した衛兵が応戦に集まってくる。槍を、剣を、弩を構えて包囲する。


 しかし――山羊頭は、にたりと口角を上げ、


『メェエエッ!』


 その刃のように鋭い脚を、無造作に振り回す。鍛えられた鉄の武具が砕け、鎧が切り裂かれる。鮮血とともに武器を持ったままの腕が飛んでいく。


 ボンッ! ボンッ! 


『ッッ!!』


 その頭に無数の光弾が衝突する。魔法兵の部隊だ。


「やれっ! 殺せっ!」


 光弾魔法(ミーティア)の波状攻撃。それらはことごとく着弾する、が――山羊頭は鬱陶しそうに身じろぎしただけで、怯むそぶりすらない。


『メェエエッ!』


 高速で脚を動かし、巻き角をぶつけるように頭から突っ込む。


光盾魔法(ヤード)! 重ねろっ!」


 ギギギィッ! と光の障壁が角を食い止める。だが数秒とたたずビキビキとひび割れていく。


「だっ、ダメだ! もたねえっ……!」


 身体をよじって尻尾のように横薙ぎする。それだけで光盾魔法(ヤード)ごと魔法兵を蹴散らす。


『メェッ、メェッ……』


 山羊頭は再び顔を上げ、ふと振り向く。


「ぇええええん……ぇえええええん……」


 大通りの真ん中で、うずくまって泣きじゃくっている――親とはぐれ、逃げ遅れた女の子だ。


 ずぞぞぞぞ……と彼女に這い寄り、品定めするように睥睨する山羊頭。


 かぱ、とその整然と並ぶ下歯を見せ、

 一口でかじりとろうとその首を走らせ、


「――なんだよ、お前」


 バキィッ! と見えない壁に弾かれる。


『ッッッ!!!』


 いつの間に現れたのか、銀髪の少年が立ちはだかっていた。

 

 

    ***

 

 

(みんな……)


 城門付近に兵士が何人も倒れている。屈強なこの街の衛兵でも歯が立たなかったのか。


 クロの足下には、涙と洟水でぐしゃぐしゃの顔をした女の子。きょとんとした目でクロを見上げている。


 手をかざし――ふわりと彼女を持ち上げる、念動力(サイコキネシス)で。


「ひゃっ――」


 そのまま優しく、投げて飛ばす。必死の形相で駆け寄ってくる母親らしき女性の胸に、ぽすっと収まる。


「……さて」


 わりと強めに弾いたつもりだったが、山羊頭の魔物は特にダメージはないようだ。苛立たしげに鼻先をひくつかせ、忌々しげにクロを睨みつけている。


(デカいな……)


 体長三十メートルはあろうかという、山羊の頭を持った百足。魔物、というよりもはや怪獣だ。


『メ゛ェエエエエエエッ!!!』


 曲がりくねった角の先端をクロに向け、突進してくる。クロはいなすように側面に跳躍し、


「ふっ――!」


 念動力(サイコキネシス)で直接拘束にかかる、が――


「ぐ、ぎぎ……」


 デカいだけあって、さすがに重すぎる。動きを止めるだけで体力を消耗してしまう。


(それなら――)


 ベギッ、ベギッ! と脚がひしゃげる。まるで鋼鉄のような外殻だが、関節を壊すことはできる。


(違う、アホか俺は)


 百足の足を数本折ったところでなんになる。


 狙うなら頭、いや首だ。捻り切ってちゃんと虫と哺乳類に分類してやる――


『メゲェエエエエエエッ!!』


 山羊頭が力ずくで逃れようともがく。とんでもない力だ。その瞬間、


 ズキッ――


「ぐっ!」


 脳の奥に再び鈍痛。その隙に拘束を振りほどかれてしまう。


(ちっ、頭が……!)


 むやみに空中飛行を楽しんだツケが回ってきたか。


(長期戦はダメだ)


 クロ自身の負担もそうだが、なにより背後には逃げ惑う民がいる――ケリをつけなければ、一刻も早く。


『メェエエエエエエエエッ!!』


 再び自由になった山羊頭が、その身体を鞭のようにしならせ、デタラメに振り回す。


「くそっ、めちゃくちゃ暴れやがって」


 左右に跳躍して回避するクロ。直撃を受けた建物が積み木のようにガラガラと崩壊していく。


「――使わせてもらうよ」


 崩れ落ちる煉瓦が、空中でぴたりと止まる。


 火に群がる蛾のように、クロの周囲を飛び交い、

 ぴっ、と山羊頭を指さした瞬間、それらが標的めがけて発射される。


『メェエ、エエエッ!?』


 念力(サイコパワー)を纏って加速した煉瓦は、鉄の砲弾に等しい。それらが雨あられと降り注ぎ、硬質な外殻をガシガシと削っていく。さしもの怪獣も怯まずにはいられない。


「ふんっ!」


 振りかぶった腕を鋭くスイングする、その腕の軌道に合わせて半壊した煙突が山羊頭を殴りつける。ズガンッ! と黒ずんだ血を噴きながら横倒しになる山羊頭。


『メェ……エ……?』


 星がちらつくその四角い瞳孔の目が、

 無数の剣や槍とともに宙に浮かぶ少年を映す。


(…………)


 怪獣を前に倒れた衛兵や魔法兵――何人かはクロも知った顔だった。みんなこの街を守る使命に誇りを持ち、市民にも親しみやすく接していた。


(……もっと早く来てれば……)


 後悔をぎゅっと握りつぶし、


「――いくよ」


 クロはその拳を虚空に振り抜く。


念螺旋突(サイコスラスト)


 守り人たちの剣が、槍が、

 高速で回転しながら、夜空に青い軌跡を描く。


 外敵の脚を撃ち砕き、その顔面に突き刺さり、


『ゲェ、エエエエエエッ!!!』


 長い長い身体を突き抜けた。

 

 

 

「うおお……」


 巨獣が崩れ落ち、一瞬の静寂のあと、


「おぉおおおおーーーーっ!!!」

「すげぇええええーーーーっ!!!」

「倒したぁああああああーーーーっ!!!」


 怒号にも似た歓声が広場に轟く。


「ふう……」


 念動力(サイコキネシス)を解除して降り立ったクロを、たちまち兵士や市民たちがとり囲む。


「ぼ、坊っちゃん!?」

「クロフレッド坊ちゃん!? どうして……!?」


 暗かったせいか身バレしていなかったらしい。みんなクロだと気づいてぎょっとする。


「坊っちゃん、魔法使えたのか……?」

「煉瓦とか武器とかぶっ飛ばしてたよな……バチバチッて動き止めたり……」

「すごい魔法だった……上級魔法でも、あんなの見たことねえぞ……」


(まずいまずい)


 そもそも「魔法は使うな」と父からお達しを受けていたのに。「魔法じゃなくて超能力なんです」という言い逃れも墓穴を掘るだけだ。


「ク、クロフレッド様……あの、先ほどはこの子を……」

「ん?」


 女の子を抱いた母親が近づいてくる。さっき助けた子だ。


「この子を助けてくださって……ありがとうございました、本当に……」

「あぃがと、くぉふぉれっどさま」


 クロの表情がふっと緩む。頭痛が少し治まった気がする。


「あの、僕についてはあとで説明するから……とにかく衛兵のみんなは負傷者の処置と、あと住民のみなさんは衛兵たちの指示に従って……」

「そうだ、いったんこの広場は封鎖するぞ。怪我人がいないか捜索して……」

「また別の魔物が現れるかもしれない、本部から応援が来るまで俺たちで警戒態勢を……」

「市民のみなさんはいったん避難してください。後片づけなどは夜が明けてから……」

「おい、見ろ! 魔物が!」


 ざわりとして、すぐに輪が解ける。

 まさか今ので仕留めきれなかったのか、と慌てて駆け寄ると――その逆だった。


「魔物が……消えてく……」


 大蛇のような舌をだらりと垂らし、光の絶えた目で夜空を見上げていた山羊頭の魔物が、キラキラとした粒子状にほどけて消えていく。


 大勢の民衆の目の前で、ものの十数秒で完全に霧散した。おびただしい破壊の痕跡だけを残して。


「き、消えやがった……なんだったんだよ、こいつ……?」

「ふざけんなよ……メタクソに解体して復旧の足しにしてやろうと思ったのに……」

「死体が魔素(マナ)の粒子に……やはり山羊百足(センチゴート)、幻獣か……」


 呆然と呟いたのはベテランっぽい魔法兵だ。


山羊百足(センチゴート)っていうの? 今の魔物、幻獣?」

「ああ、坊ちゃま……そう、山羊百足(センチゴート)ですわ。幻獣、つまり幻界なんかにいるやつですわ」

「幻界って……ダンジョンの一番奥とかだっけ?」


 この世界にはダンジョンと呼ばれる地下迷宮があり、その最深部は異界とつながっていると言われている。


「そう、この世とあの世の狭間とか言われる場所ですわ。幻獣ってのはその幻界にのみおるやつですが、そんじょそこらの魔物とは別格のバケモンでさあ。あんなのを坊ちゃま、よくぞお一人で……」


 確かに手強い相手だった。出力が万全ではなかったとはいえ、前世の戦闘ヘリやドローン兵器よりよほど脅威だった。


「その幻獣が、なんでこんなところに?」

「幻獣と契約して召喚する魔法ってのがあるんですわ、使えるやつはめったにおらんですが。ましてやこんな大物を召喚するなんて、それこそA級の魔法師なんかでもできるもんかどうか……」


 いったい誰が――いや、今重要なのは「誰が」より「なぜ」だ。


 魔法によって召喚された幻獣の襲撃。


 しかも、先日の急襲から間もないタイミングで――偶然とは思えない。


「――なあ、本部の応援はまだ来ないのか? 治療魔法使いは?」


 と、他の衛兵の会話が聞こえる。


「いやなんか、向こうもバタバタしてるみたいで……念話通信も来ないし……」


 クロの背筋が凍る。


「あの……坊っちゃん……?」

「ごめん、ありがとう」


 その身体から、青い光が迸る。


 ぎょっとする周りの人々にも構わず、クロは再び夜空へと飛び上がる。


(もしも……今の幻獣の襲撃が、人為的なものだったとしたら)


 高速で空を切り裂きながら、必死に思考をめぐらせる。


(あれが派手な陽動だったとしたら)


 あくまで可能性の話だ。


 だが、可能性ならいくらでも――。


 屋敷の上で静止し、あたりの様子を窺い――再び血の気が引く。玄関の扉が破られている。


「――父上っ!」


 急降下からエントランスに飛び込むと、


「――……クロ?」


 護衛が数人、血溜まりに臥している。


 母を後ろ手に庇い、至るところに血を滲ませ、膝をつく父の頭上に、


「来るな、逃げろ――」


 凶刃が振り下ろされるところだった。



承認欲求モンスター「ブクマくれー!」


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― 新着の感想 ―
タミコの激エモ話読んでからの温度差よ トーチャンどうなるの?続きはよ!
続きが楽しみ過ぎる
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