21. たこパ②
たこ焼き作成、三周目。次の焼き手はローミィだ。
「俺の話はもういいよ。次、リヒ……ローミィな」
「え、あたし?」
ネチルから振られて戸惑うローミィ。
「お前、首席になるって息巻いてたろ。なんで貴族のくせに成績なんかにこだわるんだよ? そもそも魔法学校なんか通わなくても勝ち組人生じゃん、クロフレッドもだけど」
しばらく黙り込んだかと思うと、その手をぷるぷると震わせ、
「どこが勝ち組よ……こんな人生、もうクソ喰らえって感じ!」
千枚通しをたこ焼きに突き立てるローミィ。先が欠けるからやめてほしい。
「あたしね……許嫁がいるのよ。隣領の公爵家の跡取り息子」
「公爵ってめっちゃすごいやん」
「息子つっても今年で二十五よ? ポクハム五倍膨らました脂ギットギトのおっさんよ?」
「あー、そういう感じ……」とクロ。
「貴族令嬢ってのも大変だな……」とネチル。
「いやまあ、性格クッッッッッソいいからまんざらでもないんだけど」
「いいんかい」
「自分でまんざらとか言うんかい」
表情からして本気のようだ。そして料理などとは無縁の貴族令嬢、のわりには手際よくたこ焼きを丸めていく。
「許嫁っていうか、嫁候補の一人なのよ。三十になったら候補からお妃様を一人選んで娶るんだって。貴族にしちゃあ晩婚だけど、そういうしきたりなんだって。ちなみに側室もなし」
「三十って、五年後?」
「俺らが卒業するタイミングか、順調にいけばだけど」
「そう。うちなんか絵に描いたみたいな弱小貴族だから、若さだけじゃきっと選んでもらえないのよね。ほんっとうちの両親、お人好しなだけで出世とか金儲けに疎くて、娘の婚姻って一番大事な部分で役に立たないんだもの……別に嫌いってわけじゃないけど」
「そんなに周りがいい人ばかりなのに、どうして君は――」
間一髪でネチルがライナーの口を塞ぐ。
「その点、エルミィス首席卒業なんて箔がついたら個性爆発オンリーワン、一気に嫁レース筆頭よ。生活便利、護衛にもよし、血筋もよしってね。良妻賢母なんてレベルじゃないわ、一人何役兼ねられんのって」
「つまり、そのデ……お……公爵の跡取りと結婚するために……」
「首席狙ってんのか……すごいな、お前……」
「そうよ。すべては愛する者との輝かしい未来のためよ。そのためなら石にだってかじりついてやるわ」
この中で最も授業に熱心にとり組んでいるのはローミィだとクロは感心していた。それだけにその動機のギャップがすごい。
「まあ、そういうこと。はいお待ち」
とたこ焼き完成。青のり鰹節かけてソースかけて、それぞれの小皿にとり分けて、とやはり手際のいいローミィ。
「だからね、あたしはあたしで人生かかってんの。あんたたち、足引っ張ったらどうなるか、わかってるわよね……?」
千枚通しを手にすごまれる。みんな黙々とたこ焼きを口に運ぶ。
「次、やいてもいいですか?」とコヨヨ。
「二ターン目お前一人で食ってたけど、まだ食えんの?」
「ぐもんです」
「だんだん怖くなってきたんだけど」
さすがに次でタネ切れだ。ラストの焼き担当はネチル。
「あたしたちがこんだけ赤裸々に喋ったんだから……あんたも答えてもらうわよ、クロフレッド」
「え、僕?」
「あんたの青い魔力、あれどうなってんの?」
「そうだよ、光盾魔法といい照明魔法といい、お前だけ明らかに普通じゃないだろ。訊いてもなんかはぐらかされてばっかだったけど、この際ぶっちゃけちゃえよ」
「僕も聞きたいなあ、クロくんの秘密」
「ですー」
「えっと……」
ネチルとローミィの話を聞いた以上、適当にごまかすというわけにはいかない。もちろん全部打ち明けるというわけにもいかないが。
「実は僕……ちょっと前に命を狙われまして……」
悪漢の襲撃を受けて頭を打った拍子に魔力に目覚め(半分嘘)、気づいたら魔法が使えるようになっていた(嘘)。高名な鑑定士に見てもらったところ、異色の魔力という希少性のためにエルミィスを勧めてもらった(微妙に嘘)。事件の政治的背景や百足山羊との大立ち回りについては端折っておく。
「お、お前……苦労したんだなあ……」
「大変だったわね……リアルで初めて見たわ、命狙われた貴族……」
「はうう、ぶじでよかったです……」
思った以上に感情移入してくれて半泣きの三人。
「ということは……魔力に目覚めたばかりな上に魔法の訓練をしたわけでもないのに、全方位展開の光盾魔法まで使いこなしてるんだね。君はほんとにすごいだなあ、クロくん」
ライナーはそちらのほうに興味を惹かれたようだ。
「あれ、そういやディルル先生が言ってた『命を二度狙われた貴族令息』って、お前のこと?」
「あ……」
「はい、ご明答です」
「「「「「ぼっっ!?」」」」」
口の中に含んだものを勢いよく噴出する五人。なぜなら一人増えていたから。誰も気づかないうちに。
「メ、あ、ディルル、先生……!?」
メイだ。
「今はメイでよろしいですよ、坊ちゃま。勤務時間ではありませんし、坊ちゃまの教育係の地位を放棄したわけでもないので」
「お前ら、そういう関係だったのかよ……」
わなわな震えるネチル。
「お前……こんな素敵なお姉様に手取り足取り教育されてんのかよ……」
「キショいわよネチル」
彼らにメイとの関係がバレてしまった。クロとしては隠しておきたかった、いろいろと面倒だから。
「あの……他のクラスメートには内緒にしといて? 変な噂になるのも面倒だし、授業のときに贔屓とか言われたりするかもだし」
「私は構いませんよ。贔屓などという根も葉もない風評の入る余地のないほど坊ちゃまをしごけばいいだけですから」
「それはそれで贔屓だからやめてお願い」
想像するだけで血尿が出る。
「はうう、うらやましいです……こんなすてきなおねーさんがいて……」
目をキラキラさせるコヨヨ。あの授業のときからメイに憧れているようだ。
「まあ、クゥネルさんはお口が上手ですね。こちらの『坊ちゃまの金玉焼き』が焼けたようですので私が食べさせてあげましょう、あーん」
「あーんです」
「先生なんて言った、今……?」
「聞き間違いよね、今……?」
「ていうか、メイはなにしに来たの?」
スルーしなくてはならないという使命感で強引に話題を変える。
「坊ちゃまの部屋を外から監視していたところ、夜になっても明かりがつかなかったのでお出かけ中なのかと思案しました。寮監のディリス先生に尋ねると、ここで親睦会をしているとのことでしたので、このとおりデザートのカボチャケーキを持参してきた次第です」
「……監視してたの?」
「坊ちゃまの安寧と安眠を見守るのがメイの役目ですので、教師としての勤務時間以外は。ああ、私の睡眠時間などのご心配は無用です。趣味と実益を兼ねておりますので」
微妙に表情が曇っていくネチルとローミィ。この数分で彼女の化けの皮が不可逆的に剥がれていく。
と、
「……あの先生、どうかしましたか?」
ライナーが戸惑っている。メイにじっと顔を凝視されて。
「……どこかであなたを見かけたような憶えがあるのですが」
「……えっと、この学園で初めてお会いしたと思いますけど……」
「……そうですか、失礼しました」
苦笑しながらも汗だくになっているライナー。圧の強いメイの視線をまっすぐ注がれれば、蛇に睨まれた蛙の心境になるのも無理はない。
絶品のカボチャケーキを堪能し、親睦会はお開きとなる。後片づけのあと解散、クロはメイと一緒に借りものを食堂に返しに行く。
「あのさ、メイ……実はちょっと、相談があるんだけど」
「はい、坊ちゃま。なんでしょう?」
「……この学園で一番強い先生って、誰かな?」
***
自室に戻る廊下を歩きながら、
「楽しかった、なあ」
ライナーの口から、そんな言葉がこぼれる。無意識だった、そんなことを口にした自分に驚いた。
「……ふっ、なにを僕は……」
自嘲気味に苦笑し、首を振る。部屋のドアを開けると、
「――よかったじゃないか、初めてのお友だちができて」
「っ!!」
中に先客がいる。真っ暗なせいでローブを羽織ったシルエットしか見えないが、それでも誰かと問う必要はない。そんな風に不躾な訪ねかたをしてくる者は、この学園に一人しかいない。
「……あんまり驚かせないでくださいよ。思わず光弾魔法撃っちゃうところでしたよ」
「授業外での魔法の使用は禁止だぞ、ライナー・ヴァースくん」
「はあ……部屋の主に無断で侵入するのもダメですよね? 先生」
ため息をつきつつ、ライナーはドサッとベッドに座り込む。
「で、なんの用ですか? いよいよ僕をこんなところに入学させた理由を話してくれる気になったんですか?」
「任務についてはまだ教えられない。焦る必要はない、そのときが来ればおのずとわかる」
最初からずっとこの調子だ。信用されていないのか、それともただの下っ端にあれこれ考える頭など必要ないということか。
「なに、お前が自分の立場も忘れて学園ごっこに興じているようなら、思い出させてやったほうがいいと思ってな。ずいぶん仲よさそうにしていたあの貴族のお坊ちゃんの故郷をメチャクチャにしたのは誰だったかをな」
ライナーはぎゅっと拳を握りしめる。
「……そうですね、忘れてませんよ。彼の大切な人たちを傷つけたのは、僕たち〝夜明けの子〟ですから」
「ふふ、それでいい。それを胸に刻み込んだまま、平凡な同級生の演技を続けることだ」
わざわざ部下の世話を焼きに、貴重な休日の時間を費やしに来たのか。教師というのは意外と暇なのか。
「あ、それよりグルソン先生の件ですが――」
「記憶操作がうまくいったようだな。はは、持つべきものは仕事ができる上司だろう?」
「……おかげさまで……」
あわやという下手を打ったのは自分なのでなにも言えない。
「……一つ、教えてもらえますか?」
「なんだ?」
「僕がここに潜入させられたことと……クロフレッド・マッティがここに入学してきたことは、関係ありますか?」
実はライナー自身なにも知らされていないのだ。なぜこの学園に入学させられたのか、秘密結社〝夜明けの子〟は自分になにをさせたいのか。「そのときを待て」としかこの上司には言われていない。
「いや、偶然だ。お前があの坊っちゃんと同じ班になったこともな。まったく、お前のくじ運には仰天させられたよ」
それはライナーも同じだ。彼がここに入学してくるということすら知らなかったのに、まさか班のメンバーとして顔を合わせることになるとは。縁とはつくづく悪戯なものだ。
「ツィーガルを落とす計画は当面の間お預けだ……ああ、お前が失敗したからじゃない。成否にかかわらず、元々そういう予定だったんだ。だからあのお坊ちゃんに深入りする必要もない、むしろ適度に距離をとっておくほうがいい」
「…………」
「我らが主はあの坊っちゃんに興味を示しているそうだが、私としてはあいつについてるあのコブ……あの女が一番目障りだよ。〝黒曜狼の一族〟と正面からぶつかるなんてまっぴらごめんだからな」
カラカラ、と上司がガラス窓を開ける。少しひんやりとした外気がするりと忍び込んでくる。
「ああ、お前のプライベート空間に踏み入った非礼の詫びとして、一つだけヒントをくれてやろう」
「?」
「三カ月後だ。私の想像どおりに事が運ぶとしたら……面白い絵が見られそうだ。お前もせいぜい楽しみにしておくといい」
「それって……」
「今度こそ日和ってくれるなよ? マッティンガムの市民への被害を厭って、百足山羊を市外で召喚したときのようにな」
「…………」
一瞬目を逸らした隙に、上司の姿は消えている。忽然と、まるで先ほどまでの会話がすべて夢だったかのように。開いた窓と揺れるカーテンだけがその存在を証明している。
「…………」
ライナーはベッドに倒れ込み、
「……友だちごっこ、か」
その手を天井にかざす。
「……ごっこ、だよな」
彼らは知らないのだ。
この手がどれだけ汚れているか、どれほどの命を奪ってきたかを。
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