16. 光盾魔法(ヤード)
キンコーン、キンコーン、と鐘が鳴る。一時限目の授業の始まりを知らせる鐘だ。
「はいはーい、席に着いてー。ってもう着いてるかみんな」
間もなく教室に入ってきたのは、カボチャ車でクロたちの引率をしていた教師だ。二十代後半くらいだろうか、わりとイケメンだが不健康そうな顔色をしている。ローブはよれよれ黒髪はボサボサ、身なりにあまり気を遣わないタイプかもしれない。
それよりなにより気になるのは――両耳にヘッドホンのようにくっついているドーナツだ。
「えー、一年生の光盾魔法の授業を担当するベイ・グルソンです。前途ある君たちの一発目の授業が僕なんかでちょっとアレなんですけど、まあよろしくね、はーい」
自然体、あるいは覇気がないとも言う。
「ではさっそく授業に……とその前に、今後の基礎魔法の授業について少しお話ししますねえ。ご存じの子もいるかもですが、本学園では三年までで十数種類の基礎魔法の授業をみっちりと教えます。このうちの七・八個ほどをガッツリ習熟してもらいますが、こっちの提示するハードルは高いっすよ? それを越えられなかった場合、残念ながら四年生以降には進級できません」
ぐび、とどこかで喉が鳴る。あるいはクロかもしれない。
「みなさんの中にはすでにいくつかの基礎魔法を使えるーという子もいるでしょうが、サボったりするとあっという間に置いてかれちゃいますんで、ちゃーんと集中して授業聞きしょうね。僕もちゃーんと授業やるんで、ってあんまり説得力ない? あはは」
生徒たちがくすりとも笑っていないのを見て、バツが悪そうにするグルソン先生。
「という感じで授業に入ろうかと思うんですが、なにか質問ある人いるー?」
「あ、あのー」
3班の男子が挙手。
「なんでしょう、ジャスパーくん」
「その……先生はなんで……耳にドーナツを……?」
よく言った、とみんな思ったに違いない。
「あー、これ? ここに赴任して三年、新入生が来るたびに聞かれるんだよねえ。だけど……君、ちょっぴり失礼じゃない?」
眉間にしわを寄せるグルソン先生。ギクッとするジャスパー、並びにクラスメートたち。
「これはねー、ドーナツなんかじゃない……ベーグルだよ!」
「「「へ?」」」
ベリッと両耳に張りついたものを剥がす。文字どおり半分ずつの輪切りになっていて、断面は普通のパンのように白い。
「ドーナツとベーグル、それは似て非なるもの……いずれも小麦粉を主原料とするのは同じでありながら、片やドーナツは卵などを混ぜて油で揚げたもの、一方ベーグルは発酵させたあとにお湯で茹でてから焼き上げるもの……つくりかたも味も食感もすべてが異なるものさ、夢と幻のように」
がさごそと懐を漁り、ベロンととり出したのは丸いサラミとちぎった葉野菜。それをベーグルに挟み、むしゃっとかぶりつく。しんと静まり返る教室。
「もぐもぐ……ベーグルになぜ穴が開いてるか、考えたことがあるかい? それはね、この穴から宇宙を見るためさ。めぐりめぐる生命の円環の中心から、永劫の盛衰を表現する太陽と月を、生と死を繰り返す星々を覗き見る……つまりベーグルとはこの世界そのものなんだ。ねえ、わかるでしょ?」
「は、はい……すいませんでした……」
心が折れたジャスパー。
「ふふふ……っていうのは半分ジョークでね、ベーグルは僕の魔法の根源なんだ。いずれは君たちにも見せてあげるよ、僕のベーグル魔法は強いんだぞ」
呆気にとられている生徒たちを尻目に、グルソン先生はベーグルサンドを食べ終え、懐から新たなベーグルを出して両耳に装着する。これで元通りだと言わんばかりに満足げ。
「はいはいーい、ではいよいよ授業を――」
「グルソン先生、私もよろしいでしょうか?」
「んえ? なんでしょう、えーと……セリッズさん?」
ローミィだ。隣でネチルが「この流れでよく挙手できんな」という顔をしている。
「魔法師協会や鑑定士からエルミィスの推薦状をもらった子なら、基礎魔法くらいみんなある程度使えると思います。私も光盾魔法はずいぶん前から使えます」
「ふむ」
「まだできない子もいるでしょうけど、できる子は時間がもったいないので、別の魔法を勉強したりできないでしょうか? たとえば……上級魔法とか」
「ふむふむ」
ヒヤヒヤするクロ、ぽかんとしているコヨヨ、余計なこと言うなよと顔に書いてあるネチル、そして謎にニコニコしているライナー。他のクラスメートの反応も様々だが、ポクハムは同意するようにうなずいていたりする。
グルソン先生はというと――怒る、どころか苦笑している。
「うん、わかるわかる。ぶっちゃけ毎年同じこと言われちゃうからね、新入生みーんな優秀なんだもん」
ぱちん、と指を鳴らすと、シャッシャッ! とひとりでにカーテンが閉じていく。物体移動魔法か――と思いきや「ブャ」「ブニャ」と聞こえる。マンドラゴーレムが控えていたようだ。
「ほんとは魔法の解説やらなんやら話してからにしようと思ってたけど、ちょうどいいや。実際にやってもらいましょうかね。というわけでみんな、机と椅子どかしてー」
マンドラゴーレムたちのブニャブニャ指示に従い、ガタゴトと机と椅子を脇に移動させる。教室の中央に立たされる不安げな(一部自信満々な)少年少女たち。
「えー、じゃあまずはきっちりできそうな子から。1班セリッズさん、4班ポクハムくん。二人ともこっちに来てー」
言われるまま二人は前に出て、少し間隔を空けて立たされる。向かい合うグルソン先生が両手のひらをかざすと、
「はいはーい、これ僕の光弾魔法ね」
小さな金色の光球が生じる。てのひらの半部程度のサイズの。
「あー安心して、万が一当たってもデコピンくらいの痛さなんで。つーわけではーい、光盾魔法」
ローミィとポクハムが同時に手をかざし、同時に光の障壁を生み出す。
「いーねえ、ほいっ」
光弾魔法が放たれる。ボールを軽く投げた程度の速度で。
それぞれの光盾魔法に一つずつが衝突し、パチッ! と爆ぜて消える。
「お、いーねいーね。一発目でいいお手本見せてくれました。みんな拍手ー、パチパチー」
まばらな拍手。ニヤリとするマッシュヘアぽっちゃり男子、このくらい当然と言わんばかりに澄まし顔の赤髪女子。
「こんな感じでね、二人ずつやっていきましょうかね。はい、じゃあ次、やりたい人ー」
――そうして、二人ずつ前に出て光盾魔法を展開、グルソン先生の光弾魔法を受けるという流れが続く。
驚くことにほとんどの生徒が光盾魔法を使えるようだ。最初の二人ほどすばやく展開できず、あるいは障壁の大きさも光の密度も及ばないが、きっちりグルソン先生の光弾魔法を防いでいく。
「ふんんん……!」
ネチルはてのひらサイズの光盾魔法を出すのに数秒かかり、
「はぅおーー! はうぁーーー!」
コヨヨは鍋蓋で分厚いながらひねり出すのに数秒絶叫(「猿の出産か」とツッコミが聞こえた)。
「よっと……お、うまくいった」
ライナーは――なんというか、さらっと終わった。特に目立たないサイズで遅すぎない速度で、顔色を変えることもなく。
「――いいねえいいねえ、みんな。あれ、次で最後かな?」
というわけで、ギリギリまで様子を窺っていたクロと、他の班の女子が最後となる。
(ついに来てしまった)
もちろん避けては通れない道。
覚悟はとうにできている。
――クロは手をかざし、意識を集中する。
「おっ、トリだからって緊張してる? あはは、そんな必要ないよ――……っ!?」
教室中がざわざわとする。班の仲間も、隣の女子も、ぎょっと目を剥いている。
「……えっと、マッティくん、だったかな」
グルソン先生は――笑みが消えている。未知のものを前に警戒を強めるように。
「それは……僕の知らない上級魔法かな?」
「いや……ただの光盾魔法です」
「……あー、忘れてた。〝異色の魔法使い〟がいるって話だったね、今年の生徒の中に。それが君か、マッティくん」
そのとおりだが、そのとおりではない。
(初めてかな……この世界でやるのは)
魔力ではなく、念力だ。
光盾魔法ではなく、念障壁なのだ。
スーパーでベーグル買ってきて適当に揚げ鶏とか挟んで食べてます。野菜?冷蔵庫にあれば挟みますけど基本ない。
夜に続き更新します。




