13. 入学式
めっちゃ寒いっすね。
みなさんも風邪など召されませぬよう。
「……で」
カボチャ小屋(牛舎のように連なるカボチャたちの巣)の裏に、メイを引きずり込んだクロ。
「なんでメイがここにいるの?」
「さっきも言ったでしょう。私はここの先生よ、マッティくん」
「真面目に」
こほん、と咳払いののち、クロの知るいつもの無表情に戻るメイ。
「旦那様に激詰……いえ丁重に懇願し、アザラ氏を介してこのエルミィス魔法学園の教職の籍に入れていただきました」
「……ほんとに先生になったの? 冗談じゃなくて?」
お前の妄想じゃなくて、とまではさすがに言わない。
「はい、本当です。そして次の質問は『魔法を使えないメイがどうして?(声真似)』と推察しますが、その答えは『魔法が使えない者でも魔法学園で教えることはある』ということです。私の出自と経歴をお知らせしたところ、『ぜひにうちで教鞭を』と歓迎されまして」
「…………」
〝黒曜狼の一族〟と言えば伝説級の超絶レア人材なので当然かもしれないが、一族の名を使うことを厭う彼女にしては強引な手を使ったものだ。
「ってことは、父上も母上も黙ってたんだ。僕が出発する日にメイがいなかった理由」
「ええ……お二人をお責めにならないでください。私が口止めしたのです、坊ちゃまの……驚く顔が見たくて……」
「成功してよかったね」
ゲロほど驚いたが、それ以上に想定外すぎて焦りが大きかった。
「なんでだよ……メイには父上と母上のことを頼んだのに、これじゃあ……」
メイがいてくれるからこそ、安心して出てきたのだ。これではすべてが水の泡だ。
「ご心配なく、その点抜かりはありません。私の代わりとなる者をマッティンガムに置いてきましたので」
「代わり? メイの代わりになる人なんて……」
「私の弟です」
「お、おお……」
弟、ということは同じ一族か。
「まだまだケツの青い若輩者ですが、百足山羊ごときならブチッと潰せる程度の実力はありますので。ご両親の警護はじゅうぶん務まるかと」
「それ人間?」
ともあれ父上と母上、そして街の平和は心配いらないようだ。
「でも、メイの一族って……本来は権力者とかに直接仕えたりしないって話じゃなかった? メイは異例中の異例だって聞いてたけど」
「仰るとおりです。私が坊ちゃまに生涯お仕えする意思をかためたときも、一族総出ですったもんだがありまして。あのときは危うくツィーガルがまるごと火の海になるところでした」
「初耳の怖い話をぶっこんでこないで」
「ですがあれを機に、苔むした石像のようだった一族の伝統観念という名の思考停止も少しずつ変わってきていまして……今回も少々無茶を通しましたが、旦那様方を含め全員合意の上で契約は成立しておりますので」
クロはあれこれと思考をめぐらせ、観念したように息をつく。死ぬほど驚いたメイ登場だが、とりあえず懸念したことは問題なさそうではある。
「でも……どうしてそこまでして、わざわざこんなところまでついてきて……普通にメイが残って待っててくれればよかったのに……」
メイはくるりと背を向け、
「私が……この私が、坊ちゃまのおそばを離れることなどありえません。いかなる手段をとろうとも、坊ちゃまに寄り添い坊ちゃまを支えることこそ、我が生涯の誓いなのですから」
そして振り返り、目元にかすかな笑みを浮かべてみせる。
「私は……坊ちゃまの行く末を照らす灯籠です。坊ちゃまを未来永劫お守りする盾であり、坊ちゃま専用の孕み袋です」
「最後の怖いんだけど」
***
古びた城でありながら、中は清掃が行き届いている。広々としたエントランスホールからすでに内装が凝っていて、不可思議な形状や配色の装飾があちこちに見かけられる。オブジェかと思った石膏の小鳥が触る寸前で飛び立ったときはびっくりした。
入学願書に記されていたのと同じ校章の旗が飾られている。三筋の流星と交差する杖のシンボルマークだ。
新入生は一階の大広間に誘導される。クロたちブルホルン出発組は三十人程度だったが、すでに同じくらいの人数が集まっている。他の街の集合組か。
順不同で適当に席に着いていく。子どもが百人も集まればガヤガヤと騒がしくなるのも世の理。カボチャ車で一緒だったウィナー・ポクハムや彼にぶつくさ言って逃げたあの少年の姿もある。
群れゴブリンのようにわちゃわちゃしていた少年少女らが、ふと、前のほうから波が広がるように順々に静かになっていく。
『――……あーあー、みなさんが静かになるまで五分かかりました』
いつの間にか、前方の壇に男が立っている。音声を増幅させるマイクのような形状の魔法道具だ――を手にしている。
『……うん、優秀! 君たち合格!』
彼が親指を立てると、新入生たちはいっそうしんと静まり返る。
『……はい、というわけでして。なにを隠そう、私こそエルミィス魔法学園校長、ノルム・カッツェです。みなさんよろしく』
ぱらぱらとまばらな拍手。
(あれが、この学園で一番偉い人)
帝国一の名門校の総責任者……だが想像とはだいぶ違う。てっきりビシッと正装を決めた黒髭の偉丈夫とか、あるいは白髪白ヒゲの威厳のある老魔法使いかと。
「なんだあれ、狼か……?」
「いや、犬じゃね……?」
「なにあの虚無な目……?」
ざわつく生徒たち。
『狼でも犬でもありません。これは帝国北部ラマール領付近に住むラマールスナギツネです。今度犬つったら怒るからな』
頭にすっぽりと、薄黄色の毛並みに無気力な横長の目の狐のマスクをかぶっているわけだが、なぜかという説明はないらしい。声からして中年男性のようだ。体型はひょろりとした長身痩躯で、よれよれの白いローブにはお茶をこぼしたようなシミもついている。
『えー、まずは新入生の諸君、入学おめでとう。君たちは今日からここエルミィス城を学び舎兼第二のおうちとして、五年もしくは六年、みんな一緒に学園生活を送ってもらいます。ここでは家柄も血筋も関係ありません、同じバスケットのパンを食うんだからみんな仲よくするように』
ふん、と鼻を鳴らすウィナー・ポクハム。
『あとはなに話すんだったかなー……ああ、俺は挨拶だけでいいんだった。これから詳しい話は教頭先生にしてもらうんで、ちゃんと聞いとくように。以上、カッツェ校長のありがたーい祝辞でしたー』
狐マスクが酔っ払いのような千鳥足で壇上から去っていくと、
『あー、先ほどご紹介に預かりました、教頭のサハリン・サティです。みなさんごきげんよう』
今度はパリッとした雰囲気の眼鏡の女教師が登壇する。凛とした声にプラチナブロンド、なぜか露出の多いグラマラスな美女だ。とりとめのなかった新入生たちの視線が(特に男子の目が)一気に集約される。
『これから在籍中にすごしてもらう組の選定を行ないます。ここにいる六十名の新入生を、授業の時間割を共有する三つの組に分けていきます』




